時の揺り籠
「ふははははははははっ! ルシルよ、俺はついに神の領域に足を踏み入れたぞっ!」
「コーマ。久しぶりの登場でテンション上がるのはわかるけど、何をバカなことを言っているのよ。そもそも、コーマって神の領域に足を踏み入れたって言っているけど、実際に神になったじゃないの」
久しぶりの登場って……あぁ、そういえばもう一週間くらい研究室に引きこもっていたからな。久しぶり扱いされるのも仕方ないか。
魔王城の会議室。会議用の長机は撤去され、今は畳と炬燵がこの部屋のトレードマークとなっている。しかも、ご丁寧に炬燵の上にはみかんの入ったカゴが置かれていた。あとはこたつの中に猫でもいたら完璧だ。
魔王城もすっかりと冬になった。
世界を創り変えても、世界は基本的に変わりない。太陽は東から昇るし、月は西に沈む。魔物は相変わらず出現するし、冒険者たちは迷宮に潜るし、フリーマーケットは今日も大繁盛だし、コメットちゃんの作る味噌汁は今日も美味しいし、ルシルの料理は昨日も魔物化して俺に襲い掛かってきた。
つまり、いつもと変わらない日常なわけなのだが、しかし、全く変わっていないというわけではない。
なんと、不思議なことに迷宮の中に四季が生まれたのだ。
ルシルが言うには、元々は迷宮というのは別の世界を創るための手段として作られたものであり、その役目を終えた今、今度は独自の方向に進化しているのだとかしていないのだとか。さらにいうなれば、俺の日本人としての感覚がこの世界に影響を与えてしまったらしく、特にこのルシル迷宮こと選運の迷宮は本当に日本のように四季が移り変わる。ラビスシティーは温暖な気候にあるというのに……だ。
今の季節は冬なので、こうして炬燵が幅をきかせているが、夏は夏でルシルは扇風機の前から動こうとしなかった。
どうやらこいつは、生まれながらにして日本人としての資質に満ち溢れているらしい。
「ルシル、俺も炬燵に入っていいか?」
「あ、うん。いいわよ……あ、コーマ。足が当たっているわよ」
「いいだろ、狭いんだから」
本当はわざと当てているんだけどな。狭い炬燵で足と足が触れ合うというのも、炬燵の醍醐味である。
「で、コーマ。何を作ったの?」
「ん、あぁ……なんか炬燵に入ったらどうでもよくなってきたな。新しい七十二財宝なんて」
「そうよね……ねぇ、コーマ。そろそろこの世界に映像受信器と映像送信器を大々的に普及させない? それで、世界初のテレビ局を立ち上げるのよ」
「……それをお前が炬燵の中から鑑賞するわけか。できないことはないと思うけど、まずはラビスシティー内のローカルテレビ局が関の山だな。今度ユーリに相談してみるよ。町営放送にするか、それともスポンサーを探すかどっちかしないとな」
「でも、映像送信器と映像受信機じゃ、全部生放送だから大変そうだよな。録画方法を考えないと」
「そうよね……過去の見逃したテレビって本当に悔しいもんね。タイムマシンでもあればいいんだけど」
「あるぞ、タイムマシン……いや、マシンじゃないけどな」
「あるのっ!? え? 未来の猫型ロボットがやってきたのっ!?」
「いや、未来の猫型ロボットも狸型ロボットもやってきていないけどな。ほら、言っただろ。神の領域に足を踏み入れたって。これだよ、これ」
と俺は炬燵の机の上に、懐中時計のようなものを置いた。
「これがタイムマシンなの?」
とルシルが尋ねた。
「ああ、時の揺り籠って名前のアイテムだ。揺り籠っていうよりかは、見た目ただの時計だけどな。でも、未来にはいけないけど、過去になら戻れるし、戻る場所も選べる」
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時の揺り籠【魔道具】 レア:七十二財宝
時間を揺り起こし、過去へと行くことができる魔道具。
使用して二十四時間後、自動的に元の世界に戻る。
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「へぇ……あ、でも最終回より前には戻れないわよね?」
「最終回より前?」
「あ、違った。半年以上前よ。この世界はコーマが作り替えた世界だから、半年以上前に戻ったら、この場所はただの無が広がるだけの場所になるじゃない」
「いや、それがな。試しに、一枚のメモを一年前のフリーマーケットの倉庫に送ってみたんだよ。『メイベルへ、この紙を見たら、サインをしてここに置いておいてくれ。あと、このことは俺や他の人には絶対に話さないように』ってな。そしたら、次の日この紙は元の場所に戻ってきて、この紙をメイベルに聞いたら、確かに一年前にこの紙にサインをしたことを覚えているって言うんだ。つまり、一年前、世界が崩壊する前の世界に行くことができたわけだ」
「へぇ……それは凄いわね。んー、もしかしたら、世界を創り変えても、そのふたつの世界のつながりをこの魔道具は読み取っているのかしら? それとも、この魔道具は時間ではなく、空間を渡っているのかもしれないわね」
と何やらルシルが難しいことを語りだした。
別に理論なんてどうでもいい気がするんだけどな。
「その後、魔法生物のスライムに頼んで実験に協力してもらったが、通訳のカリーヌ曰く、しっかりと過去に戻れたらしい。無生物実験、魔法生物実験も終わったことだし、次は俺が直接過去に行ってみようかな……って思ったんだけど、なんだかどうでもよくなってきてな」
本当に、炬燵に入ったらどうでもよくなってきた。
このまま物語を終えてもいいと思うくらいだ。
「そうね……私もタイムマシンより、面白い漫画雑誌のほうが欲しいわね。コーマ、amaz〇n作ってよ」
「am〇zonがあっても、ここは配達区域外だと思うぞ……ってルシル、何してるんだ?」
「え? あぁ、うん。とりあえず普通に時計としては使えそうだから、ぜんまいを巻いてるんだけど」
「あぁ、そうか。普通に時計として……ってお前! それを巻いたら過去に戻っちまうぞっ!」
とルシルから慌てて時の揺り籠を取り上げた。
だが、時はすでに遅し。
ルシルは既に時の揺り籠のぜんまいを巻き終えていた。しかも、何回も巻いている。
これだと……とその時。
視界が急にぼやけてきて、酷いめまいが俺を襲う。
遊園地でくるくる回るバイキング船に三連続乗ったときよりも酔いそうだ。
「やば……これはきた。過去に戻るあれだ、きっと」
「コーマ、私もめまいが――コーマ、何年前に戻っちゃうの?」
「……お前はぜんまいを巻きすぎたからな……そうだな。少なくとも数百年前ってことは確かだよ」
と言った。
次の瞬間、俺とルシルと炬燵は宙を漂っていた。
そして、そのまま落下する。
「ルシルっ!」
俺はこたつをひっぱり、それを足蹴にするとルシルをお姫様抱っこのように抱え上げて跳んだ。
そして、そのまま着地する。
炬燵は着地失敗して大破してしまった。
「……あぁ、私の炬燵が」
「帰ったら修理だな」
と炬燵の破片をアイテムバッグの中に入れた。
そうか、魔王城の会議室は二階にあるが、数百年前は当然、今の――というより未来の魔王城は存在しないからな。当然、そのまま落ちてしまうわけか。
「そして、あれは当然あるんだよな」
と俺はそれを見た。
地下にあるとは思えない立派な居城。
なぜかその場所だけ天井がとても高くなっている。今の俺ならわかるけれど、空間を捻じ曲げているのだ。
「……元魔王城。俺の中の神の力を封印するために失われた、お前の城か」
俺が一度もその外観を拝むことができなかった魔王城が、今、目の前にあった。
このノリも久しぶりです。




