異世界への凱旋
「本当に行けるのか? 異世界に戻れるのか?」
《うん、僕は力をほとんど使ってしまうけどね。でもまぁ、適当にぬいぐるみを依り代にして三年くらい眠っていたら元に戻れるよ》
とミュートはあっけらかんとした口調で言った。
そして、機械の中に入っていく。
《僕は闇の精霊。闇の精霊が好むのは暗い場所と人の欲望。君のあっちの世界に行きたいという願いは誰よりも欲深く、自分勝手で、それでいて素直な気持ちだ。だから僕は君に協力したい。かつて鈴子が日本に戻りたいと願い、そのために僕が戦争を引き起こした時のように》
とミュートは機械の中から俺に語り掛ける。
声ではない思念で。
「……こっちの心配はない。がんばれ、弟!」
と鈴子は静かに笑った。俺が弟なのはもう鈴子の中では決定なのか。
見た目だけなら、絶対鈴子のほうが妹なのに。
「……戻れる……ルシルのところに」
「コーマ、あんたにとってもうあっちが戻る場所なんだね。ったく、本当に親不孝な息子に成長したもんだよ」
母さんは嬉しそうな寂しそうなそんな複雑な顔をすると、
「その円の中心に入るんだ。息子が行くべき場所があるのなら、全力で送り出してやるのが親の務めだ。行ってきな」
「……わかった。ありがとうな、母さん。親父、行ってくるよ」
「おう、今度帰ってくるときは前もって連絡くらい入れろよ」
親父はそう言うと、近づいてくる足音に気付き扉を押さえた。
と同時に扉を叩く音が鳴り響いた。
「火神先生、何をなさっているんですかっ!」
と扉をたたきながら叫ぶ。俺たちが何かをしようとしていることに気付いたのだろうか。
「コウ、はやく行けっ!」
「しっかりね」
「わ、わかった。あ、親父。カリアナの皆に持たせた宝石類の中にオリハルコンを混ぜているからそれを研究したら何かノーベル賞クラスの大発見が見つかるかもしれない。高値で買い取ってくれっ!」
「本当かっ!? オリハルコンという名の真鍮なんてオチじゃないだろうな!」
「その心配はない、めっちゃ硬いからっ!」
「そうかっ、それは研究が捗る! ナイスだ!」
と親父が親指を立ててウィンクした。
「コウ、準備はいいね。と言っても私ができるのはあんたを異世界に送ること――その行先はどこだかわからないよ」
「その心配はない。あっちに行けばきっとこいつが導いてくれる」
俺は通信イヤリングを握りしめ、最後にふたりの両親と妹となった鈴子を見た。
「行ってきます!」
俺の声に三人は笑顔で見送った。
そして――
※※※
扉を叩く音を聞きながら、ふたりの夫婦は話していた。
「行っちまった……な。コウ、お前は俺の自慢の息子だ」
「私たちの……の間違いでしょ。タバコ、やめたんじゃなかったの?」
「こういう時に吸わないでいつ吸うっていうんだ。これだから女はロマンをわかってないな」
「ロマンなんてどうでもいいから。研究所内は禁煙よ」
その後、研究所の中に複数の男が入ってきた。
無断で装置を作動させたことに対して怒りを持っていた彼らも、オリハルコンという未知の金属の情報を聞くと目の色を変え、その有用性を考えた。
彼らが考えている間に夫婦は祈る。最愛の息子の前途を。
※※※
迷宮の奥深くで私はひとり途方に暮れていた。
それでも、コーマを日本に送れてよかったと思う。
「どういうことなんですか、ルシルちゃん! 転移できないってっ!」
クリスが大きな声で叫んだ。
「世界を複製するのに必要な陣の数と範囲が圧倒的に少ないの。少なくとも私たちだけだと回り切れないわ」
「それって、つまりどういうことなんですか! 私たちはどうなるんですかっ!」
「この町だけの転移も無理よ――あと一時間で私は死ぬってこと」
やっぱりこうなった。
私は何度も、何十度も、何百度も世界の滅亡を見てきた。生命の書によって。
でも、その時の私はこれほど寂しかっただろうか?
コーマを日本に送れないという後悔はもちろんあった。でも――
こんなに寂しくはなかった。
まるで自分の半身をもがれたかのような感覚――ううん、ひとりの天使だった私の三分の二が失われた時もこんなに寂しくはなかった。私にとってコーマは、私以上の存在だった。
こんなんじゃうまくいくわけなんてないよ、コーマ。
だって、私は――コーマがいなくなっちゃったこの世界に未練なんてやっぱりないんだから。
コーマと一緒だから私は頑張れたんだから。
「……コーマ……ごめんね」
コーマもきっと私と同じ気持ちなんだと思った。
涙があふれてきた。
「謝るのなら最初からするな、バカ」
その涙が嬉し涙だと気付いたのは、涙を流すタイミングとコーマの姿が目に映った時と同じだったから。
「ただいま、ルシル」
そんな気の抜けた挨拶をするコーマに、私はこう言った。
「せっかく日本に送ってあげたのになんで帰ってきてるのよ、バカっ!」
という怒りの声と、そして、
「おかえり、コーマ」
という、やっぱり世界が滅ぶという状況としては気の抜けた挨拶だった。
~あとがき劇場~
コーマ「って、気付けば残り六話って話数決まったじゃないかっ!」
ルシル「へぇ、六話で本当に話が終わるのかしら?」
コーマ「どうなんだろうな。世界が滅んでバッドエンドってのもあれだから、時間をかけてでもハッピーエンドになってほしいものだが
ルシル「私はコーマと一緒なら世界は滅んでもいいって思っていたわよ」
コーマ「お前、そういうことを言うなよ――」
ルシル「でも、コーマに再会できて、やっぱり世界は滅んだら困るって思ったわ。だって、そうしたらコーマと一緒にいられなくなる」
コーマ「おまっ、そういうのは本編で言ってくれよ。あとがき劇場で言われても困るだけだよ」
ルシル「コーマがいなくなれば誰が私の料理を食べるのよ」
コーマ「そういうのは本編でも言わなくでくれ。俺はお前の料理処理係名誉会長なんかじゃないからなっ!」
ルシル「ということで、あとがき劇場は残り五回!」
コーマ「残り五回? 最終話ではしないのか……まぁ、大団円の余韻に浸ってる中、こんなバカな話はできないよな」
ルシル「さぁ? 普通に考えたら最終話で世界が滅んじゃって、あとがき劇場どころじゃないって可能性もあるわよ」
コーマ「嫌すぎる未来予想立てるなよっ!」




