日本への送還
カリアナの皆とクリスを呼んで、俺は既に準備を終えているルシルの元へ向かった。
カリアナの皆は、日本に戻ってもいいようにと着物や袴を着ている。そんな恰好で日本に行ったら逆に目立つだろうが、まぁ問題はないだろう。
グンジイは描かれた陣を見ると、その場に座り込み、それを見て顔面を蒼白とさせて震えていた。
「これは……なんと凄い。我々カリアナの民はこの世界にきて数百年、ありとあらゆる術の研究をしてきましたが、これほどのものは見たことがありません」
「そう? この陣の凄さがわかるだけ、あなたは優秀よ。コーマはあんまりわかっていなかったみたいだし」
「そんなことないぞ。なんとなく凄いんだろうなってことくらいわかってたし」
「それは私がいつも以上に時間をかけて陣を描いてるからってだけでしょ? 陣の内容はわからないわよね。例えばこれは複製の陣といって、この世界の物質構成をそのままコピーするための――」
「あぁ、やめてくれ。全然わからないから」
「わかろうとしないだけでしょ……まぁいいわ。コーマには先に行っておくけど、これからコーマの中の神の力を少しクリスに移すわよ」
「は? なんでそんなことをするんだよ」
突然ルシルは何を言い出すんだ、と思っていたがクリスはやけに落ち着いている。
もしかして、こいつ、既にルシルから聞いていたのか?
「世界を創造するには私の力が足りないのよ。コーマは今、神の力の一部を制御できているでしょ? クリスも、コーマが作った力の神薬のお陰で器としての力が成長して、元々の才能もあって神の力をコーマと同様制御できるようになっているの。コーマは気付いていないけど、超薬は人を越えた者を身に宿すために成長するための薬、霊薬は精霊を身に宿すために成長するための薬、そして神薬は神の力を宿すために成長するための薬だったの」
「私もお父さんから聞いて驚きました」
とクリスは決意した表情で言った。
「エグリザから?」
「はい。私の役目は神の力を宿すことらしいんです。このためにコーマさんと出会った、それが私の運命だったんだって教えてくれました。お父さんは世界を救うために、そして私に一秒でも長く生きて欲しいから死んだんです――」
「……そうか」
「でも、意外と平気なんですよ。だって、お父さんに会えましたし、今もお父さんは私のここで生きていますから」
とクリスは瞳を閉じ、自分の大きな胸を抑えた。
「……そうか、クリスもクリスで成長しているんだな」
「お風呂で見たんですか? 確かに大きくなっていますけど、でもあんまり大きな声で言われると――」
「そうじゃねぇよっ!」
ていうか、やっぱりお前また胸が大きくなっているのかよっ!
そりゃまだ十代だから成長する余地はあるだろうが、いくらなんでもそれ以上大きくなると垂れるぞ。
「はぁ……で、ルシル。いつになったらカリアナの人たちを送れるんだ?」
「こっちは今すぐにでも可能よ。というか、あまり時間を掛けられないのが実情ね」
とルシルが言った時、迷宮が大きく揺れた。
「地震かっ!」
「足音よ」
「足音? まさかベリアルの!?」
「世界が滅亡する足音――と言ったところね」
「コーマさん、知らないんですか? ラビスシティーでも昨日から大小含めて地震が二十回近く起きているんですよ」
「え? もしかして世界中で同じことが起きているのか? マジか。今までそんな予兆なかっただろ」
どこかで火山の噴火があったようななかったような気がするが、それも世界滅亡と繋がるとは思えない。
「まぁ、大丈夫よ。世界滅亡まであと五時間は、カリアナの人たちを送ってしまったら一時間の猶予はあるわ」
とルシルはカリアナの皆を見て、
「で、準備はいいのかしら?」
とルシルは黙って話を聞いていたカリアナの皆を見た。
彼等は無言で頷いた。
「じゃあ、カリアナの人たちはそこ、コーマも同じように立って。クリスはこっちね」
と言って俺たちの立ち位置を指示していく。
「じゃあ、まずはコーマの神の力をクリスに移すわよ」
「一部な。一部」
「わかってるわよ」
とルシルが頷くと、魔法を唱えた。
ルシルの体が大人のものへと変わる。
「……美人だ」
俺は思わずぽつりとつぶやいた。
そして、その時だった。
俺はその場に頽れ、思わず膝をついた。
力が抜けていく。
耳にある通信イヤリングを外してそれを見た。
「……鑑定できない」
どうやら神の力が使えないようだ。スキルもほとんど使えないだろう。もしかしたら、アイテムクリエイトも使えないのかもしれない。
その時だ。
「うっ……あぁぁぁぁぁぁっ! うっ、うあぁぁぁぁぁぁああああっ!」
クリスが頭を抱えて叫び出した。
「クリスっ!」
「コーマ、そこから出ないでっ!」
とルシルが手をこちらに向けた。突如、俺の目の前に硝子のような壁が現れる。
声は普通に通じるようだが。
「クリス、大丈夫かっ!」
「大丈夫で……があああああああっ!」
「全然大丈夫そうに見えないぞっ! ルシルっ!」
「大丈夫よっ! 私の計算だと三分は耐えられる! コーマとカリアナの皆を日本に送ったら、直ぐに封印するわ」
三分って……って、待て。
「おい、ルシル! 今なんて言った!? 俺をここから出せっ! もう力を移し終えたんだろっ!」
「ルシファーだった私は何度も未来を見たわ。その未来の私は本当に幸せそうだった。そして、実際に私はコーマといて本当に幸せだった」
「お前、いったい何を言ってるんだ! 俺をここから出せっ!」
力の入らない手でルシルが作った壁を叩くが、びくともしない。
「でも、それと同じくらい、過去の私にとって未来の私は、そして今の私にとって過去の私はずっと苦しんでいた。コーマを日本に送り届けられないふがいなさが。世界の滅亡なんかに巻き込んでしまった私が辛かった」
「俺はいいんだよっ! ここにいて幸せなんだっ!」
俺はお前と一緒にいたいっ!
ふたりで永遠の時間を過ごしたいんだっ!
「コーマ、お願い。コーマが今手に握っている通信イヤリング、絶対に無くさないでね」
俺はその言葉を聞いて、はっとなった。
『魔力的に繋がりのあるアイテムがあったら、たまになら様子を見ることができるわよ』
こいつは――ルシルは最初から俺を日本に送るつもりだった。
日本に送ってもいいように、俺の中の神の力をクリスに移したんだ。
そして、俺が日本に戻ってこっちに戻る手段を捜さないように、アイテムバッグまでも奪った。
ルシルは――
「お前、最初からそのつもりだったのか!?」
俺が聞いた。
だが、ルシルは何も言わない。
彼女はただ笑顔で涙を流していた。
そして気が付けば――
※※※
「…………」
突然、野鳩が俺の前を飛び去って行った。その飛び去った空を見上げると、ヘリコプターが音を立てて飛んでいた。
そして、振り返るとそこにあったのは……俺の家の近所の神社だった。
つまり、そこは紛れもなく日本の風景だった。
つまり、俺は今日本にいる。
つまり、俺はルシルに――
つまり、俺は――
つまり――
「……ルシルのばっかやろおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
周囲を見回すカリアナの民の先頭で、俺は大声で天に向かって叫んだ。
その声が一台の軽トラのクラクションで打ち消される。
見慣れた白い軽トラの運転席から彼は降りてきた。
四十歳半ばの、白衣を着た無精ひげの男――
「よう、バカ息子。もう異世界から帰ってきたのか?」
火神光磨の父、火神神良がそこにいた。
~あとがき劇場~
コーマ「…………ルシル、俺一人でバカなこと言えないぞ」
コーマ「…………………………」
コーマ「…………………………」
コーマ「…………………………」
コーマ「……チクショウっ」




