一発殴らせろ
ハッカ茶の香りはいつ嗅いでも落ち着く。頭がすっとしてくる。やはり精神的に疲れていたのだろう。
「コーマ、そのクッキーもらっていい?」
紅茶にほとんど興味のないルシルが俺のクッキーを狙ってそう尋ねた。
「…………」
俺は無言でアイテムバッグから砂糖と小麦粉と卵を取り出し、「アイテムクリエイト」と唱えた。
新たなクッキーが現れた。それをルシルの皿に乗せてやる。
そして、俺はクッキーを何度か咀嚼し、口の中にクッキーが無くなったあとハッカ茶を飲む。口の中にクッキーの甘みとハッカ茶の苦みが混ざり合い、ほどよい味わいとなって口の中に広がった。
そして、俺はテーブルの向こうで静かに佇んで紅茶を飲むそいつに尋ねた。
「そっちもハーブティーか?」
「ああ、ハモミリだよ」
ハモミリ?
聞いたことのない茶葉だな。と鑑定してみると、
「なんだ、カモミールティーか。王様なのに随分とメジャーな物を飲むんだな。国王なんだからロイヤルミルクティーとか飲むのかと思ってたよ」
「生憎、僕は茶葉にはあまり詳しくないんだけど、国王はロイヤルミルクティーを飲むものなのかい?」
とベリアルが笑って尋ねた。
そりゃ、ロイヤルとつくくらいだし、当然だろう。
「コーマ、言っておくけど、ロイヤルミルクティーは和製英語で、王室御用達っていうのも日本人の勝手なイメージよ」
「え? そうだったのか!? ウソだろ――俺の十七年間の知識が根底から崩れ落ちていく」
と言いながらクッキーを食べた。美味い。
「それにしても、僕の方から話し合いをしたいと言っておいてなんだけど、テーブルを出してお茶を飲みながら話し合いをすることになるとは思わなかったよ」
「なんか長い話になりそうだったからな。それに座っていないだけマシだ」
警戒は当然怠っていない。いつでも動けるように椅子は出さなかった。
「ついでに、間に障害物を置くことでいざという時に逃げ出しやすくなるようにでもしたのかな?」
「……そんなつまらない質問のために俺たちを呼び出したのか? だとしたら帰れ。こっちは忙しいんだよ」
そう言ってカップを持つ。
「七十二財宝――君はどれだけ集めたのかな?」
突然のその質問に、俺はカップを持つ手が止まりかけたが、そのままハッカ茶を飲む。
「72財宝? なんだそれ? お前の目的と関係があるのか?」
当然、俺が72財宝を集めていることはベリアルも知っているだろう。
「あくまでも誤魔化すつもりかい? 誰が竜殺しの剣グラムをプレゼントしたと思ってるんだよ」
こいつは言った。ブラッドソードを使って俺を試したと。
ブラッドソードで多くの死者が出た。ほとんどは通り魔的な犯行だった。その被害者の中にはコメットちゃんもいた。
だが、ひとつ。
「風の騎士団――そういえばブラッドソードによる通り魔事件でお前の国の騎士団が殺されたんだったよな」
「あぁ、あれは役に立ったよ。ラビスシティーへの外交的介入をするきっかけを作るにはちょうどよかった。あの伏線がなかったら、ゴブリン王事件の時、あんなにスムーズに各国の首脳を招集することはできなかったからね」
もしも風の騎士団が殺されるようなことがなければ、ゴブリン王事件でさえ冒険者ギルドが独自で解決すると言っていただろうとベリアルは語った。
つまり、あの時から全てがこいつの手のひらの上だったというわけか。
……ふざけるな。
そんな作戦のせいでどれだけの人間が傷ついたと思っている? 風の騎士団やコメットちゃん、ゴーリキだけではない。何人もの人間が死んだ。スーやシーも怪我をした。多くの人が通り魔に怯えた。
あの時の苦痛の理由がそんなくだらないものだっていうのか。
「ベリアル……余計な雑談はもうよせ……俺は今すぐ殺したいと思っている」
俺の中の破壊衝動が出てくる。封印を僅かに解除しているせいで。
「わかったよ。でも確認作業は必要だから聞かせてもらう。もともと七十二財宝は全てこの世界ではない場所にあったことは君も知っているよね?」
「……ちっ。俺が知っている話だとお前、サタン、そして――」
と俺は隣に立つルシルを見た。
「ルシファーの三人がひとりの天使だったときに盗み出してそれらの力を全て使ってこの世界を創った……だったな」
「そこまで調べているとはね。流石だよ」
とベリアルは言った。
「そう、この世界はたった72個の財宝から生まれた。でも、おかしいと思わないかい?」
「何がだ? お前の頭か?」
俺は緊張感を隠すため、軽口を叩いて言った。
「七十二財宝――君はどれだけ集めたのかな?」
「……答える義務はない」
「では言い方を変えよう。君は72財宝を全て集めるつもりなんだよね?」
「そりゃ集めたいとは思っているよ。便利なアイテムもいっぱいあるからな」
「でも、本当にそんなものがこの世界にあると思うのかい?」
「……そりゃ、あるだろ。俺が拾った竜殺しの剣グラムも七十二財宝だし、全部この世界に――」
俺はそこまで言って、その違和感に気付いた。
「気付いたようだね――72財宝を全て集めるということは、つまりはこの世界の全てと同じエネルギーを集めるということだよ。おかしいよね?」
「いや、待て! お前は――お前たちはこの星の全てのエネルギーを使って別の世界を創ろうとしていた」
「そして失敗した――コーマ、賢者の石を作ったよね」
「…………さぁな」
「誤魔化すのなら誤魔化してもいい。賢者の石――全ての錬金術の触媒、無限のエネルギーを持つ石。でも、そのエネルギーは無限なんかじゃない。そのエネルギーは世界を創るためのエネルギーの約九割になる。君がラクラッド族からもらったピカピカ石は、かつてあった賢者の石がこの世界を創った後に残ったいわば出がらしの石だった。君はその石にどうやってエネルギーを補給した?」
「それは――」
「僕は気付いたんだよ。本当の意味で世界を創るのに必要なのは莫大なエネルギーでもなければ72の財宝でもない。その答えは僕が嫌っていた力――神の力なんだって。いや、世界を創ることができるから神なんだって。そして、君は世界を創るために最も重要なアイテム――賢者の石を創ってくれた。間に合わせてくれた。間に合ってよかった」
とベリアルは言った。
「世界はあと一日で滅ぶ。その滅びから逃れるために神の力が必要だ。コーマ――いや、神。あなたの力を貸して欲しい」
俺はその話を聞いて、こう言った。
「話は聞いた。この話が本当だろうと、それともウソだろうと、きっとお前は俺を殺せない。それなら安心して言える。とりあえず一発殴らせろ――そうすればさらに詳しく話を聞いてやる」
ベリアルは笑って頷いた。
直後、テーブルを飛び越えた俺は、その拳をベリアルの鼻骨を捉えた。




