コーマに突き刺さる刃
与えられた時間が間もなく過ぎ去ろうとしている。
無情にも落ちるペースを崩さない(早くなったりしないだけマシだが)砂時計の砂はみるみる下に積もっていき、上は残り数ミリといったところか。
べリアルがニコニコと笑い、俺を待ち受ける。子供はぐったりとしているが、時折僅かに動き、周囲の様子を探ろうとしている。
生きているのは確かだろう。
そして、砂時計が落ち切る前に、俺とルシルはべリアルの前に立った。
「蜘蛛ゴーレムは下がってろ」
俺は蜘蛛ゴーレムを後ろに下がらせ、べリアルに向き合った。
「やぁ、待っていたよ。時間で言うと、こっちに来てから七分、そして君と話してから十分待った。国王を待たせるなんて君はずいぶんとえらいね。さすがは神なだけあるよ」
「俺は神じゃない。ただのコレクターだ!」
「君が言うところの竜化はしなくていいのかい?」
俺はまだ竜化していない。
べリアルを相手にこの状況は不用心だ。だが――
「バカも休み休み言え。この状況で竜化なんてできるわけないだろ! まずはその子供を放せ!」
俺が竜化しようものなら、子供が解放されたとしても俺のことを味方だなんて絶対に思わないだろう。
「子供のためにあえて状況を不利にするのかい? ずいぶん甘い神様だね」
「狡猾過ぎる魔王に言われたくないよ。お前がゲームの中の魔王なら、ゲームバランスなんて考えずに最初の町周辺に強敵モンスターばかり置いていきなり詰みゲーにしてるんだろうな」
「んー、言っていることはよくわからないけど。でも約束は守る――子供は解放するよ」
とべリアルはどこからともなく長い剣――いや、その形状はどちらかといえば日本刀に近い――を取出し、子供を縛っていた縄と猿轡を切った。
「立つんだ」
と子供を立たせ、目隠しをしたまままっすぐ歩かせる。
「いい子だ。よくここまで泣かずに堪えたな――でもべリアル。目隠しを外している間に襲い掛かってくるつもりじゃないだろうな?」
とこちらは警戒していることを露骨にアピールする。
「そんなことしないよ――」
べリアルは笑って言った。よし、子供さえ無事なら思う存分戦える。
そう思って近寄ってきた子供の目隠しを外した――そして俺が見たのは――
「この目はっ!? がっ!」
子供の手が急に刀のようになって伸びてきて、俺の体を突き刺す。
「不用心だよ。以前に君には見せたはずだ。魔物化する人間を」
そう、子供の目は、あの時のサイルマルの兵と同じだった。最後まで目隠しを外さなかったのは目隠しを外す時に俺を狙うためでなく、それを悟らせないためか。
「僕が作った学校でも研究資料を漁ったんだろ? 言っておくが、その刀は特殊な刀でね、簡単に抜けないようになっている。いくら薬を使って治療できても刀が刺さったままだと意味ないだろ? ついでに――」
とべリアルは手を前にかざし、火の魔法を放った。火の球が飛んでいき、蜘蛛ゴーレムを破壊する。
「相変わらずお前は卑怯だな」
「褒め言葉だ」
「でもな――」
と俺はニヤリと笑った。
「う……うぅ、がぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、苦しみだしたのは、俺を突き刺した子供のほうだった。
子供はもだえ苦しんだあと、刀に変形していた手が元に戻り、その場で倒れた。
そして――
「そんな小細工こちとらお見通しだよっ!」
と本物の竜化第二段階になった俺が空から落ちてきて、べリアルに襲い掛かった。
「なっ!」
驚くべリアルだが、俺のエクスカリバーによる一撃を躱す。その間に俺は一枚の紙を投げた。紙はその場で広がり、そしてそこに描かれた転移陣からマネットとルシル(大学生バージョン)が現れた。
「これは驚いた、コーマとルシファーがふたり?」
余裕ぶって笑ってはいるが、べリアルの裏をかくのは成功したようだ。十分待ってもらった甲斐があったってもんだ。
「狡猾な魔王はこんな単純な手に引っかかるのか? これは俺じゃねぇ、俺とルシルそっくりのゴーレムだよ……マネットっ!」
「わかってるよ」
マネットは気を失った子供をつれて転移陣に潜った。
そして、俺とルシル、そしてべリアルが向かい合う。
「ちなみに、俺のゴーレムの中には魔物化を封じ込めるルシル特性の薬をたっぷりいれてあるからな」
かつてマネットは俺そっくりのゴーレムを影武者として作ろうとしたことがあった。
あの時は失敗したが、それからも研究を重ねてくれていたらしい。気持ち悪いくらい見た目がそっくりだけど。
ちなみに、ルシルそっくりのゴーレムは残念ながら発音機能までは対応していない。
ぎりぎりぎまで魔王城で俺そっくりのゴーレムを操り、十分の間にシルフィアゴーレムに持ち運び転移陣を運ばせ、この穴の真ん中、階段ぎりぎりの場所からゴム無しバンジーをしたわけだ。
「へぇ、それがゴーレムか。素直に感服したよ。出血もしているし、心音もしっかりと聞こえていたのにね」
「当たり前だろ。うちのゴーレム作成大臣を舐めるな。ぼっちのお前には頼れる仲間なんてひとりもいないだろうから気付かないだろうがな」
と言ってはいるが、正直汗が止まらない。
向かい合ってわかる。
なんでこいつはあんな小細工をして戦おうとするんだ?
……こいつは小細工なんてしなくても、ガチで今まで戦ってきたどんな敵よりも強い。
冷や汗が止まらない。武者震いなんかじゃない、寒気で体が震える。
「さて、コーマ。そしてルシファー。戦闘前にひとつだけ聞きたい」
「世界の半分をあげるから仲間になれってか?」
俺が茶化すように言うと、べリアルは笑って、
「こんな世界がほしいのなら全部あげてもいい。僕の仲間になってもらわなくてもいい。だけど、今回は僕の話を聞いて、協力してくれないか?」
「俺を殺そうとしておいて?」
「殺すつもりはないよ。ほら、そのコーマのゴーレムを見たらわかると思うけど、急所は避けているでしょ?」
とべリアルが指差すゴーレムを見た。確かに心臓からはかなりずれている。
あれが俺の体だとしても、即死には程遠い状況になっていたはずだ。。
「僕はただ君と話をするために足止めをしたかっただけなんだ」
「随分と乱暴な足止めだな。足をぶっさしたらいいだろ? 文字通り足止めになる」
「それだと君は足の付け根を切り落として、エリクシールを使って逃げることができるからね」
「そんな自切をする勇気が俺にあるわけないだろ!」
自切とは、いわゆるトカゲの尻尾切りだ。
「でも、話だけなら聞いてやるよ。お前の目的については知りたかったからな。ただし、余計なことをするな。たとえ些細な魔法でも使おうとするものなら即座に戦闘だ。ルシルの目はごまかされないぞ」
「わかってるよ」
とべリアルは頷いた。
「僕はただ、この世界を滅ぼし、この世界を救いたいんだ」
いきなり矛盾だらけじゃねぇかっ!




