穴の底で待ち受けるもの
迷宮の地下から見ている人間がいる。
それを聞いて、俺は考えた。
「この迷宮の地下にいる……か。明らかに罠だよな」
「明らかに罠よね――映像受信器と送信器の魔力回路は繋がっている。私が映像送信器を持ち去ったのもきっと気付いているんだと思う」
ルシルも俺と同意見のようだ。となれば、相手も大体の想像がつく。
ベリアルの仕業だろう。
穴の底にベリアルの関係者がいる――本命はベリアルの影か。
「コーマ、どうするの?」
「直接出向く――というのは早計だな。偵察を送りたい」
「ゴブリンかミノタウロスにでも頼む?」
「……仲間を使い捨てにするのもあれだし、いきなり殺されたりしたら交渉もできない――よし、ルシル、ついてきてくれっ!」
俺はコレクションルームを出て走り出し、そして気付いた。
こんな速度で走ればルシルがついてこれない。スピードを落とすか……そう思った時だった。
「なっ! ルシルが俺の横を並走しているだとっ!」
隣にルシルがいた。
「その説明口調の驚き方はなんなのよ……」
「いや、どういうトリックだよ」
全力で走っていないとはいえ、百メートル十秒台は出ているぞ。と目的の部屋に辿り着いても扉を開けずに尋ねた。
「トリックって、コーマ、本当に気付いていないの?」
「ん……あ、そうか」
言われてみれば単純な魔法だ。
「補助魔法か」
補助魔法の中に速度増加があったな。あれを使ったのか。でもルシルの鈍足が日本陸上界を背負って立てるほどの俊足になるとは、補助魔法、恐るべし。
そして、俺は扉を開けた。
「マネット、いるかっ! 緊急の用事だっ! ってお前、何をしてるんだよっ!」
扉を開けると、そこでマネットがシルフィアゴーレムの服を脱がせて胸の辺りを触っていた。あれか? お医者さんごっこか? 見た目が子供だからと大目に見ていたが、やっぱりお前、そっちの趣味があったのか?
「何って、普通にゴーレムの整備だよ。このゴーレムは元々長時間稼働する目的で作られていないからね。整備は必要なんだよ。それで、コーマ、どうしたの? そんなに血相を変えて」
「おっと、そうだった。実は――」
と俺が事情を説明すると、今度はマネットが血相を変える番だった。マリオネットなので血は流れていないけど。
「どういうことだよ。この迷宮の地下に侵入者!? ベリアルの関係者の可能性が高いっ! はぁ、この迷宮の下に着くのが安全だと思ったのに間違えたかな。それで、僕に何をさせるつもり?」
「偵察用のゴーレムを欲しい。これを乗せてな」
と俺は鉄の板を出した。
「これに転移陣を描いて、いつでも転移石で移動できるようにする」
「あぁ、それなら――」
とマネットは部屋に置いてあった蜘蛛足のゴーレムに板を突き刺した。
「これで大丈夫でしょ?」
「……蜘蛛足か……気持ち悪くないか?」
「気持ち悪いって、これは凄いんだからね。足から粘着球を出して、壁や床を歩いたりできるんだから」
とマネットは蜘蛛足ゴーレムに壁を這わせた。鉄の板がテーブルのようになる。
「よし、ルシル。これに転移陣を描いてくれ。行き先は無くていいから」
「わかったわ」
俺はその間に映像送信器と音声の送受信の装置を取り付けた。
そして、ルシルを見ると、ルシルは指を使って赤い転移陣を描いている。
「指で赤い転移陣を描くって、お前の前世は赤ペン先生か?」
「ただ鉄を酸化鉄に変えてるだけよ。表面だけだから短時間なら強度的にも問題ないでしょ」
「――お前は本当に器用だな」
鉄を酸化鉄に変えるのって大変そうな気がするんだけど、それも魔法の一種なのだろうか?
こうして蜘蛛ゴーレムが完成した。
「確か、穴の上に持ち運び転移陣を置きっぱなしだったよな。そこまでこの蜘蛛ゴーレムを運ぶか」
と俺は持ち運び転移陣を敷き、蜘蛛ゴーレムと転移石を持って穴の淵に移動――そこに蜘蛛ゴーレムを置いて直ぐに戻った。
「……さて」
と映像を見る。
蜘蛛ゴーレムが壁伝いに地下へと降りて行った。
「モニターで見ると、壁伝いに歩くのって普通にトンネルを歩いているみたいよね」
「そうだな――」
時折俺が作った階段があるのだが、それも器用に避けている。
そして――
「あれ? 階段がなくなった」
階段は穴の底まであったはずなのだが。
誰かが取り外した――ということではない。恐らく、穴の底がさらに深くなっているのだろう。
そして、蜘蛛ゴーレムは穴の底付近にたどりついた。
穴の底はドーム状になってさらに広がっていた。
そして、その中央に、そいつはいた。
何も映っていない映像送信器のモニターと一緒に。
『やぁ、待っていたよ――コーマとルシファー』
そう言ったのは小さな男の子だった。
彼に最初に出会ったのは、エントと戦っている時だったな。グリューエルと呼ばれていた少年。
だが、ただの少年ではない。
「まさかベリアル本人が待ち受けているとはな」
本人が待っているとは予想外だが、気になったのはそのベリアルの横で目隠し、猿轡をかまされ、簀巻きにされている少年だった。
『コーマ、ルシファー、悪いんだけど直ぐにこっちに来てくれないかな? そうじゃないと、この適当に連れてきた名前も知らない男の子を殺すことになるよ。あと十秒だけ待ってあげるからさ』
とルシファーは悪魔の笑みを浮かべるのだった。
昨日投稿したはずなのですが、反映されていなかったので慌てて書き直しました。




