指輪に聞こえる悪魔の足音
冒険者ギルド本部。自治権を持ち、長を持たないこの都市の最高機関といっても過言ではない。
その長であるギルドマスターの本部に、わたくし――エリエールは赴きました。
サフラン雑貨店の店主としてではなく、勇者エリエールとしてではなく、アイランブルグ国の使者として……でもなく、ギルドから派遣された二重スパイとして。
ギルドマスターの部屋は、前回入った時と同じく、先代、先々代と多くのギルドマスターの肖像画が壁にかけられているのですが、全員同じ顔で、全員幼女趣味。
正直、見ていて面白いものではありませんわ。
幼女趣味は今のギルドマスターも同じようで、現ギルドマスターであるユーリの横にはルルという名の幼女がお茶を汲んでいる。
ユーリは入れられた沸騰しているであろうお茶を冷まそうともせずに一気に飲み干し、
「よく来たね、エリエール。経過報告から始めようか」
「……経過報告……その様子だと問題ないのでしょう?」
「ああ、ジューンが言うには間もなく目を覚ますそうだ。手を下すまでもないそうだ」
「……コーマ様はそれを御存知で?」
「コーマ様……ね」
まるでわたくしの弱点を見つけたみたいにユーリは私を見て微笑みます。
「彼はお客様ですからこの呼び方は当然ですわよ」
「そんなことはないさ。君はここでは誰にも“様”をつけて呼んだことはなかった。そうかそうか、うん。私は君たちのことを――」
私のレイピアが光速の動きでユーリの眼前に突き付けられる。
私が勇者たる所以の剣技。
だが、ユーリは瞬き一つせずに言葉を続けた。
「応援してるよ」
「…………」
殺気がないのを見抜かれたのか、それとも恐怖という感情がないのか、ユーリは笑顔でそう言いきった。
この人には敵う気がしない。
「わたくしはあなたが魔王ではないかと思ってしまいますわよ」
「ははは、私が魔王なら、うちの受付嬢は差し詰め大魔王だね」
「……レメリカさんは確かにそうですわね」
あの受付嬢の武勇伝は、他国にまで知れ渡る。
私が勇者試験を受けたときも、彼女にはいろいろと世話になったが、候補生の何人かは彼女に煮え湯を飲まされていた。
生きる伝説といってもいい。
「なんであの人、受付嬢をやっているのかしら」
「彼女には彼女の理由があるんだよ。詮索しないであげてほしい」
もちろん、詮索するつもりはありません。
彼女を調べていることが本人にばれたらどうなるか、考えただけでも恐ろしいですわ。
「……ところで、ユーリさんの計画ではどのくらいの確率で――」
「90%……といったところかな」
ユーリは間髪入れずにそう答えた。
彼はそう言ったのだ。
10回に9回……蒼の迷宮の35階層に住む人全員が死ぬと。
その数は2000人は超えるという。
「少なくとも、半数は死ぬだろうね。領主の計画だと」
「……あの計画ですか……仕方のないこととはいえ、あれも聞いていて辛いものですわ」
「だね。でも、彼の気持ちは私には理解できる。上に立つものは取捨選択をしなければいけない」
ユーリはルルの頭を撫でて言った。
「全員を守ることができるなんて、理想でしかない。理想を求めるものは、いつだって全てを失うんだから」
「……そうですわね」
私はそう頷きながらも、おそらく今、地下35階層にいるであろうコーマ様の姿を思い出す。
彼ならばもしかしたら――そう思ってしまうのは、過度な期待というものなのかしら。
※※※
「聞いているかい? コーマよ」
「え、あ、はい、聞いています」
メアリに問われ、俺は頷いた。
だが、視線はどうしても、新たな72財宝に行ってしまう。
すると、マユと呼ばれた女性は、俺の顔を見て微笑んだ。
(はじめまして、マユと申します)
突如、そんな声が聞こえてきた。
恐らく、その声はマユのものだろう。
(…………!? 驚いた、友好の指輪の効果か)
(この指輪を知ってるのですか?)
(いや、今わかったばかりだよ。特殊な目を持っていてね)
俺がマユと見つめ合っていると、メアリは何も言わなくなった。
おそらく、俺がマユと話しているのに気付いたのだろう。
(それにしても便利な能力だな。会話する必要がないなんて)
(そう思うのは貴方が優しい人だからです。普通の人は心を見られるのは嫌なものなのですよ)
例えば、とマユはとんでもないことを言ってきた。
(あなたが魔王だって私はわかってしまうの)
(……そりゃ困ったな。でも、俺のことが魔王だとわかったわりには落ち着いているな)
(もちろんです。私も魔王なのですから)
ずいぶんとあっさりと……本当にあっさりと彼女は告げた。
自分が魔王だと。
……その可能性は考えていた。
むしろ、そうだと思っていた。
メアリよりどう見ても年下のはずの彼女が「姉さん」と呼ばれていることを見ると、見た目の年齢と実際の年齢が違うのではないか?
そう思ってしまう。
魔王は年を取らない。かつて、ルシルから教わった話だ。
俺もまた、この年齢から年老いることはないだろう。
まぁ、見た目を変えるアイテムなどを作れば、80年くらいは人間として暮らせそうだが。
(メアリは知っているのか?)
(いえ。私の不老性を知っている人間は皆、それが私の体質だと思っているだけです。その者の数も多くありません)
そうか、それはよかった。
魔王が不老の生物だと知っている人間は多くはないと思うが、零とは言い切れない。
できるだけ隠しておいてもらいたい。
(ええ、言われるまでもなく隠しますわ)
(え? 俺、声に出してないよな。あぁ、心が全部読まれるのか。こりゃ参ったな)
(こんなことをされても黙って私と会話してくださるのは、貴方やメアリ、ランダ、後は彼くらいなものです)
俺が笑いながら思うと、少し呆れたようにマユの言葉が伝わってきた。そうは言われてもなぁ、魔王だというトップシークレットがばれてしまった以上、俺が隠すことはあまりないしな。
でも、考えたらダメと言われたら悪いことを考えてしまうよな。
例えば、マユの身体はとてもスレンダーで綺麗だな、とか。
白い髪なら、白いウサミミが似合いそうだな、とか。
(……そのくらいにしてもらえませんか?)
「ごめんなさい」
俺は口に出して謝罪した
「まぁ、今、話してると思うが、マユ姉さんは口で話すことができないんだ」
メアリがそう説明した。
「ああ、そうなのか。で、メアリ、教えてほしい。このマユさんは、フリードの屋敷に監禁されていたはずだ。なんでここにいるんだ?」
「あたいが誘拐してきたのさ。あの屋敷の構造は隅から隅まで熟知してるからね、余裕だったよ」
なんで海賊が領主の屋敷を熟知しているんだよ。
「でさ、途中でコーマの話をしていたら、マユ姉さんがコーマと話したいって言うんだけど」
そうなのか?
一体、何を話したいんだろ?
魔王同士の情報交換か?
(実はコーマ様にお願いがあるのです)
(お願い?)
(私達を……この二つの島を救ってください)
(ああ、呪いのことならもうすぐ片が付く)
(いえ、呪いではありません。もうすぐ、北の島が、下手すれば二つの島が沈みます)
島が沈む!?
(はい。間もなく、一角鯨が目を覚まします。そうなったら二つの島は無事ではすみません)
一角鯨……伝承に存在する魔物。
その足音が近付いてきているというのか?
(鯨には足はありません)
的確なツッコミ、ありがとうございます。
感想欄で、クリスはコーマがいなかったら生きて行けるのか?
みたいな感想が多々来ています。
クリスがコーマと出会う前は、詐欺師に養われて生きていました。
地方の冒険者ギルドの受付で討伐報酬をごまかされそうになったところを詐欺師の男に助けられました。詐欺師の男はクリスを助けた後、彼女の剣を騙し取ったのですが、グラムの価値とクリスの剣の腕を見込んだ彼は彼女の腕を利用したほうが儲かると考え、共に旅に出ることになりました。
ほとんどは詐欺師にいいように使われて魔物狩りをしたりしてお金を稼いでいましたが、時には盗賊団を壊滅させて、詐欺師とともに盗賊団を再結成させて、盗賊団と繋がっていた貴族から大金を巻き上げたりして生活をしていました。
もちろん、クリスはほとんど騙されたままですが、結構幸せだったみたいです。




