消せない記憶
私はその少女の写真を見た時に、驚きのあまり全身に震えがきた。
ずっとずっと封印してきた記憶が、私の心の奥底から噴き出してくるのが分かった。
その写真の少女はこともあろうか、あまりに”IZUMI”にそっくりだった。
厳密には、顔立ちは似ても似つかないから”そっくり”と形容するのはおかしい。
しかし、写真から醸し出される雰囲気が”顔立ちの違い”を飛び越えて二人の印象を同じくしてしまっていたのだ。
似ていないのにここまで雰囲気が肉薄してしまっている。
だからこそ私は驚いたのだ。
この少女が”IZUMI”と無関係であるはずがない。
その写真はある地方のオーデションに応募してきた女子高生のものであった。
私はすぐさま出身地と名前を確認した。
この少女の居場所からIZUMIの消息がつかめると思ったのだ。
彼女は岩手県盛岡市出身で名前は神沼檸檬とあった。
盛岡?……あまりに心当たりがなさすぎる。
私が最後に知る”IZUMI”の姿は丁度この女子高生と同じ年頃の姿だった。
IZUMI……私はモデル業界には随分長くいるが日本のモデル界において彼女程の素質に未だ出会ったことはない。
彼女がモデル界を去って7年が過ぎた。
しかし今でも海外のコレクションに行けば真先に”IZUMIはどうしてる?”という問いかけをされる。
つまり未だにIZUMIは世界で存在を気にされる程にインパクトを残しているのだ。
そして残念なことにIZUMI以降、世界に認知されている日本のモデルは誰もいない。
まさにIZUMIは日本モデル界の宝だった。
私はそんな彼女を発掘し、育て……そして潰した。
彼女の存在がなければ、今の私の地位はなかった。私の名前が日本モデル界に広く知れ渡ることができたのはIZUMIがいたからに他ならない。
しかしそのIZUMIが突然失踪した。
「裕子さん……好きです」
私が事務所のソファーでうたた寝している時、ふと目覚めた瞬間にいつのまにか目と鼻の先まで顔を寄せていたIZUMIが言った一言。
結局、彼女は私に触れることはなく顔を上げてしまった。熟睡していると思った私に唇を重ねようとしていたのかもしれない。
毎日、もっとも長い時間を共にして気心も充分すぎるくらいに知っていたのに、私はIZUMIの気持ちに全く気付けなかった。
後になって思えば、どんなにプライベートの話をしてもついにIZUMIの口から男性の名前が出ることはなかった。これはつまり男性の友達すらいないということだった。IZUMIほどの容姿をしてそれはあり得ない話しだ。
そしてまさかその理由が私にあったとは想像もしていなかった。
思い返してみると今までのIZUMIの言動、行動、逐一思い当たることばかりだった。
いくら若いとはいえ、学校と両立して睡眠時間まで削って、私が言うがままにどこまでも仕事をし続ける姿は尋常ではなかった。
私は自分に都合がいいように、IZUMIが単にモデルという仕事がそこまで好きだからと安易に考えていた。
そんなはずがなかったのだ。
きっと彼女は私といることが全てだった。モデルという仕事よりも私と目標に向かって手を取り合うことこそIZUMIにとっての全てだった。
そんな彼女を……
いとも簡単に私は裏切った。
私は同性愛に偏見を持っているという感覚は一切なかったが、それに応えるという感情はなかった。
それでも私は大切な仕事のパートナーとしてもっとIZUMIの気持ちを考えて行動するべきだったが、当時の私にはそんな余裕はなかった。
IZUMIにもとりあえず恋愛のことは後回しにしてワールドコレクションで成功することだけを強いてしまった。むしろ恋愛感情を仕事に持ち込まれたくないとすら考えた。
だから”今はそれどころではない”といった感情でIZUMIを仕事以外では遠ざけてしまった。
ついにIZUMIは私が自分への愛に応えるつもりがないと気付いた。
そして彼女は何も言わずに私の元を突然去った。
私はIZUMIの消息を追うことをしなかった。探しだしたところで、私がIZUMIにしてやれることは何もないと思ったからだ。
…… …… ……
私は神沼檸檬を盛岡まで尋ねることにした。理由は実は2つあった。一つはもちろんIZUMIとの関係を聞き出すこと。そしてもう一つは、この少女自体がモデルとしての素材が抜群に高かったので直接合ってみたいという気持ちが芽生えたこと。
私は神沼檸檬に会って、次に行われるオーデションでは彼女が優勝するであろうことが直ぐにわかった。
そして彼女からはIZUMIと同じ職場で働いていることを知らされた。
私はIZUMIが普通の生活を送ることができていることを心底うれしく思った。もしかしたらもうこの世にいないのではないか……そんな想像すらしていたから。
そして私は神沼檸檬と会った時に感じたもう一つのことがある。
それはこの少女がどうやらIZUMIを好きになっているということだ。
この神沼檸檬という女子高生は、カリスマ経営者として業界でも怖れられる私に対しても全く物おじせずに理路整然と自分の主張を通そうとする度胸とクレバーな頭脳があった。
その姿は自分の若いころにそっくりだと思った。
だから……
私の都合のいい解釈かもしれないが、こんな想像をしてしまった。
”ひょっとしてIZUMIも神沼檸檬のことを好きになる可能性があるのではないか?”
そしてそれを確かめたくて、その後何度か神沼檸檬に会いにいった。
そして彼女の話を聞くうちにそれがほぼ間違いないことを知った。
IZUMIはこの神沼檸檬を間違いなく好きになっている。
もしかしたらIZUMIが幸せになれるかもしれない……
そのことが私は嬉しかった。




