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生涯の覚悟

 見間違いかもしれない。


 怪我による、ただの傷なのかもしれない。


 最初はそう、自分に言い聞かせようとした。


 けれど、そんなことは全て虚しい努力だと分かっていた。


 私は、確信してしまったのだ。


 ずっと近くで維澄さんを見てきた私だからこそ、分かってしまった。


 私が見てきた維澄さんの行動、言動、そして時折その表情に垣間見える暗い影。


 その原因が、あの手首に見えた一本の”線”ですべて繋がってしまった。


 なぜ失恋しただけで、こんな田舎に隠れるように暮らす必要があったのか。


 十代の少女が無責任に仕事を放り投げたというだけで、なぜあんなにも人を恐れ、避け続ける必要があったのか。


 上條社長と会うことを未だに拒絶するという、拭い去れない違和感。


 私に向ける異様な独占欲、つまり「自分から離れてしまうこと」への、狂おしいまでの恐怖心。


 そのすべての理由が、あまりにも残酷な説得力を持って、維澄さんの手首の傷に結びついてしまった。


 上條社長は、私と最初に会った時、すぐに維澄さんの安否を気にしていた。


 おそらく、上條さんにはその予感があったのだろう。


 リストカット。


 維澄さんはかつて、”自死”という選択をしたことがあるのだ。


 私は、彼女の過去の体験を、あまりに安易に考えすぎていたことを悔いた。


 維澄さんが上條社長に突き放された時に感じた激しい失望と喪失は、彼女を自死にまで追い込んでいた。


 私の維澄さんへの気持ちを、ただただ押し付けるだけでなんとかなるような、そんな甘い話では到底なかったのだ。


 以前に辿り着いた「恋人の称号は要らない、ただ維澄さん側にいられればそれでいい」という選択は、間違っていなかった。


 けれど、それでも、まだまだ甘すぎた。


 私は動揺を悟られまいと、小さく、長い息を吐きながら心を落ち着けようと努力した。


 そして、できる限りの作り笑顔で維澄さんの姿を見つめ続けた。


 無理に笑顔を作っても、気を許せば今にも涙が零れそうになる。


 維澄さんがブレスレットを見て、嬉しそうな顔をすればするほどに……。


 会計を終えた私たちは、昼食をとるためにレストラン街のある一階へ向かった。


 その道すがら、私は彼女の手を握るために、維澄さんの”左手”へと手を伸ばした。


「え? なに? 檸檬!?」


 維澄さんは驚いたように、また恥ずかしそうに手を引っ込めようとした。


 けれど、私は強引にその手を追いかけ、その手を強く、強く握りしめてしまった。


「いや、さっき私の手を握りしめてくれたので。そのお返しですよ」


 私がことさら笑顔でそう言うと、維澄さんは少し照れながらも、すぐに自分の左手を私に委ねてくれた。


 もしかしたら、維澄さんをあの世に連れて行ってしまったかもしれない、左手首の傷。


 私はそのすぐ近くにある左の掌で、彼女の”心の痛み”を少しでも感じたかった。


 もう、私だけの気持ちを優先するべきではない。


 私はもっと、もっと、維澄さんのことをちゃんと分かってあげなければいけなかった。


 そして、私は”ある覚悟”を決めなければならないことに気付いていた。


 間違いのないことが、一つある。


 それは……。


 万が一、私が維澄さんから去るようなことがあれば……。


 維澄さんは、きっと……。


 だから、私は命懸けで、維澄さんの側に一生いる覚悟を決めなければならない。


 もちろん今までだってそのつもりだった。


 けれど、今なら分かる。


 ”檸檬はきっとこれからも、素敵な人にたくさん会う。檸檬のことだから、またすぐに好きになってしまう”


 かつてファミリーレストランで、維澄さんが目に涙を溜めて、叫ぶように言ったことがあった。


 維澄さん自身、頭で明確に意識していたわけではないと思うけれど……。


 きっと、この言葉の裏には「檸檬は私を一生愛し続ける保証なんて、どこにもないでしょう!」という、彼女の魂の叫びが隠れていたに違いない。


 だから私は、今一度、覚悟を決めた。


 もう絶対に、維澄さんの側を離れない。


 一生だ。


 一生をかけてでも、維澄さんの傷を癒していく覚悟をしなければならないんだ。


 クリスマスという聖なる日に、私ははからずも、生涯の決意をすることになった。

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