片思いという告白
「神沼先輩ですよね?」
私の涙がようやく引いた頃。
ショッピングモールで見かけた三人組女子の一人が突然私に話しかけてきた。
背が低いけれど身体はシャープで、ショートカットのルックスが少しだけ美香に近い印象だ。
私の事を〝先輩〝と言うからには、きっと同じ学校の下級生だろうか。
「ええ、そうだけど?」
私がそう答えると、話しかけてきた女子の友達であろう二人が「やったじゃん!」とか「ヤバイ!ヤバイ!」なんて言いながら、キャッキャと騒いでいる。
私はなんとなく状況を理解できたが、維澄さんは案の定キョトンとした顔で三人組の女子高生を見つめていた。
「あの、私、一年の益川杏奈って言います。ずっと神沼先輩のファンなんです」
「あぁ、そうなの。ありがと」
予想通りのフレーズに、私は全力の作り笑顔で答えた。
けれど、どうしても維澄さんのリアクションが気になってしまい、すぐに視線を隣へ向けた。
すると……。
こっちも予想通り。
あんぐりと口を開けて固まってしまった維澄さんの顔がそこにあった。
はは、維澄さん……まさか女子高生の後輩にまで嫉妬とかしないよね?
いや、絶対しそうで不安なんだけど……。
「と、突然話しかけてすいません。あの……恋人さんですか?」
その女子高生は視線をチラッと維澄さんに向け、突然予想外の〝爆弾〝を投下してきた。
問いが想定外過ぎたことと、「なんて答えるべきか」を咄嗟に考えてしまったせいで、私は反応することができず、ただただ赤面してしまった。
この時の正解は、さっきと同じ作り笑顔で「ただの友達だよ」と軽く流すことだったはずだ。
それが後輩に対する余裕ある「大人の対応」だったのに、不覚にも全力で動揺してしまった。
そして、動揺したのは私だけではない。
困ったことに、維澄さんまで全く私と同じ反応をしてしまったのだ。
こんな二人の反応を見てしまった女子高生は、当然こう思ってしまう。
「あ、やっぱり恋人さんですか。すごく素敵な方ですね」
そう言いつつも、彼女の顔は少し引きつっている。
さあ、ここまで言われて、今更「いや、ただの友達です」と否定するのか。
それとも「そうね~」なんて余裕であしらうのが正解なのか。
当然、後者がスマートなはずなのに、私は選択に逡巡してしまい、またしても出遅れてしまった。
すると、私が出遅れたせいで、なんと維澄さんが先に答えを言ってしまった。
しかも、一番の不正解を。
「私たちは、た、ただの友達です。こ、恋人とかじゃないから……」
もちろん事実なんだけど、改めてバッサリ否定されると、やっぱり胸に堪える。
それに、同じセリフでもサラリと言えばまだ良かったのに、思いっきり動揺を滲ませてしまった。
だから、女子高生に「付け入る隙」を与えてしまったのだ。
「あ~! そうなんだ! 良かった!」
益川杏奈は目を輝かせて、満面の笑顔を私に向けてきた。
すぐに横目でチラッと維澄さんの顔色を確認するあたり、なかなかに抜け目がない。
「杏奈、良かったじゃん! 頑張りなよ!」
外野の友達も余計な煽りを入れてきたので、彼女もすっかり調子に乗ってしまった。
「檸檬先輩、ライン教えてもらっていいですか?」
いきなり名前呼びで、しかも初対面の先輩に連絡先を訊くなんて……。
さすがに、胸の奥が少しざわついた。
そして維澄さんも、あんなに動揺していたのに、今は信じられないくらいの形相で益川杏奈を凝視している。
あらら……。
やっぱり女子高生相手でも、嫉妬しちゃうんだ。
維澄さんも、本当に大人気ないんだから。
けれど、彼女の露骨な態度のおかげで、私の動揺はすっかり醒めてしまった。
そうなれば、あとはいつも通り適当に収めればいい。
維澄さんを巻き込んで、あまつさえ牽制するような態度は、私としても少し看過できない。
「え~? いきなりは無理だよ。まだ会ったばっかりじゃない」
私はさっきの笑顔をもう一度作り直して、やんわりと、けれど明確に拒絶した。
「あ、でも私はずっと前から先輩を見ていて……」
「気持ちは嬉しいけど、私、よく知らない人と交換するのは決めてないから。ごめんね」
笑顔のまま言葉を重ねると、益川杏奈の顔から笑みが消えた。
これくらい言えば、流石に気づくだろう。
「ご、ごめんなさい。ちょっと舞い上がってしまって……でも」
でも?
「私……結構、本気なんです」
開き直ったのか、それとも玉砕覚悟なのか。
彼女はまた挑むような熱い視線を私に向けてきた。
はは……参ったな。
「私ね……好きな人がいるんだ」
私はそう言って、わざとらしく視線を維澄さんに向けた。
維澄さんは狙った通りに赤面して俯いてしまった。
益川杏奈も、当然その意味に気づいた。
「で、でも、友達だって……」
「だから、私の片思いなの。察してほしかったな」
益川杏奈は、もう一度維澄さんの表情を睨みつけるように凝視した。
そして悔しそうに下を向いてしまった。
その表情の裏には、きっとこんな言葉があったのだと思う。
「なんだこの人も、口では友達なんて言ってるけど、結局、神沼先輩のこと好きなんじゃない」
端から見れば、維澄さんのリアクションはそう見えるはずなのだ。
維澄さんが私を好きすぎるように、周りには映る。
私もそう思いたい。
けれど、やっぱりそれを最後まで認めないのが維澄さん本人なのだ。
私が維澄さんにしなければいけないことは、「私を好きになってもらう」ことではない。
だからこそ、こんなにも悩ましい。
「すいませんでした」
益川杏奈がフリーズしていると、友達の方がフォローを入れて謝ってきた。
重たい空気に耐えられなくなって、話を収束させたいに違いない。
「ほら、杏奈も……」
小声で促された益川杏奈は、振られた悲しさというより、思い通りにいかなかった悔しさを顔に滲ませた。
「す、すいませんでした……」
そう一言だけ絞り出し、友達に手を引かれながら三人はそそくさと去っていった。
きっと、彼女の瞳には涙が浮かんでいたように思う。
ちょっと突き放しすぎたかもしれないけれど、変に期待させる方が、きっと彼女にとっても残酷だ。
それに、人の領域に無遠慮に踏み込む危うさは、早いうちに気づいておいた方が本人のためでもある。
……なんて、自分に都合のいい理屈を並べてしまう私って、やっぱり上條さんに指摘された通り、考えすぎの気があるのかもしれない。
そんなことをぼんやり思っていると……。
「檸檬?」
維澄さんが、不安でいっぱいの表情で声をかけてきた。
「結構、こういうことあるの?」
「ああ、たまにありますね」
「女の子からも?」
「まあ、そうですね。数は男子の方が多いですけど」
なるべくサラッと言ったのだが、維澄さんはさらに輪をかけて、泣き出しそうなほど不安な顔を見せた。
そんな顔をするくらいなら、「ただの友達です」なんて自信満々に言わないでほしい。
そして、きっと無意識なのだろう。
維澄さんは両手で私の右手を、ぎゅっと握りしめてきた。
まるでお母さんとはぐれないように必死に縋りつく、迷子の子供みたいに。
だから!
なんなのよ、これは!
「ただの友達」なんでしょ!
本当に……私はいつまで、こんな甘い拷問に耐え続けなきゃいけないんだろう。
「このままでいい」なんて思った矢先に、これだもの。
勘弁してほしい。
ねえ、維澄さん。




