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敵からの励まし

維澄さんが私に対して「激しい嫉妬心」を見せたのは、疑いようのない事実だ。


 私は維澄さんのあの激しい反応を目の当たりにして、一時は「もう維澄さん、私のこと好きすぎるでしょう!?」と浮かれてしまったりもした。


 けれど、一人になって冷静に考えてみれば、全くそんな単純な話ではないという結論に落ち着いてしまった。


 私は自分に都合の良い……つまり「嫉妬してもらえたんだから、絶対に脈ありのはずだ」という確証を求めて、止めておけばいいのにネットで「嫉妬」について色々と調べてしまったのだ。


 すると、調べれば調べるほど『嫉妬=恋愛感情ありとは限らない』というシビアな見解ばかりがヒットする。


「他の人に取られるという不安」や「自分が選ばれなくなる恐怖」は、あくまで「自分の不利益」を中心とした考え方であって、純粋に「相手を思う気持ち」とは別物である……とかなんとか。


 確かに、維澄さんは他人との関わりを頑なに避けてきた。


 それは自分自身の心を守るための防衛本能だ。


 そして、私というまだ「浅い」友人関係ができただけで強い独占欲を見せたのも、要するに「自分が」失いたくないという自己中心的な想いの現れなのかもしれない。


 だとしたら、きっと私でなくても、維澄さんと少しでも親密な関係になる人が現れたなら、彼女はその相手に対しても同じように激しい独占欲を見せる可能性が大いにある。


 私にとっての唯一の救いは、そんな相手が今まで一人もいなかったということだけだ。


 今の維澄さんは、心の矢印が自分自身に向いている。


 けれど、実際の恋愛感情というものは相手を慈しむ気持ちなのだから、矢印は本来、相手に向かわなければおかしい。


 激しく嫉妬してもらえたことで有頂天になりたい気持ちはあるけれど、今はまだ焦らず、じっくりと様子を見ていくことにした。


「少なくとも、友達」


 今はそれだけで満足する。


 そう心に決めた。


 でも……。


「あんた、バカじゃないの?」


 私が最近の維澄さんへの想いを話し終えると、目の前の女性は少しの遠慮もなく、即座にそう言い放った。


「えっ、どうしてですか!?」


「ホントに……まあ、IZUMIもバカだけど、それに輪を掛けてあんたも相当なバカだよ」


 っていうか、なんでまたこの人が私の目の前に座っているんだろう。


*  *  *


「今、盛岡にいるんだけど会える?」


 上條裕子社長から私の携帯に着信があったのは、わずか一時間前のことだ。


 私に断る隙を一切与えず、自分から一方的に予定を告げるだけ告げて、彼女は電話を切ってしまった。


 なんて強引な人なのだろう。


 本当に、どうしてまた盛岡にいるのか。


 社長だから忙しくしているのかと思いきや、実は相当暇を持て余しているんじゃないだろうか。


「上條さんが維澄さんの近況を知りたいって言うから、やっとの思いで時間を作って来たのに、その言い方は酷くないですか?」


「まあ、あんたも分かったような顔で講釈を垂れるけど、結局はまだまだ十七歳の小娘だってことを言いたかったんだよ」


「維澄さんのことに関しては、間違えたくないから必死に考えてるんです。普段はこんなに頭を使いません。維澄さん限定の特殊能力が発動してるんです」


「フン、くだらないね」


「上條さん……もう帰ってもいいですか?」


「分かったよ、怒るなって。……だからさ、もっとシンプルに考えなさいよ」


「どういうことですか?」


「だから、そんな小難しい解釈なんてしなくても、IZUMIはあんたのこと大好きでしょ?」


「な、なんてことを……。他人事だと思って安易に言わないでください。せっかく勘違いしないように、その考えは引っ込めたんですから」


「引っ込める? なんで? 若いんだから、あんたからガンガン攻めないでどうするのよ」


「そ、そんなことしたら、また殻に閉じこもってしまうかもしれないじゃないですか」


「大丈夫だよ、私を信じなさい。言わせてもらうけど、少なくとも私の方があんたより何倍も、IZUMIとの付き合いは長くて深いんだから」


 そんなことは分かっている。


 けれど、面と向かって言い切られると、歯ぎしりしたくなるほどの嫉妬心が湧き起こってしまう。


 そうだ。


 私は維澄さんの嫉妬ばかりに気を取られていたけれど、私だってこの人への嫉妬心は半端ではないのだ。


 本来なら、こんなに冷静に話をしていられるような相手ではない。


「ほら、そんな怖い顔をするなって。あんたまでそんな嫉妬に狂った顔をしなくていいでしょ」


「狂いますよ! 狂うに決まってるじゃないですか! 私なんて維澄さんにはついこの間会ったばかりだし、私の方ばかりが好きすぎて、完全に片思いの状態なんだから!」


「一応言っておくけど、私はあんたを励ますために言ったんだよ?」


「全く、そうには見えませんが」


 私は不貞腐れてそう返したけれど、本当はとっくに気づいている。


 実際、上條さんの「IZUMIはあんたのこと大好きでしょ」という一言で、私の悩みは綺麗に吹き飛んでしまったのだ。


 上條さんが言う通り、私なんか及びもしないほど、いや間違いなく世界で一番維澄さんのことを深く知っているのは上條さんだ。


 その彼女がそう断言しているのだから、説得力は絶大だった。


「私はね、神沼さんには本当に感謝しているからこそ、こうして励ましているんだよ」


「な、なんですか急に……」


「だってそうでしょう? 私のせいで逃避行を続けていたIZUMIを、なんとか現実社会に引っ張り戻そうと必死になってくれている」


「まあ……私はそんな大それたことを考えているわけじゃありません。ただ維澄さんと仲良くなりたい、その一心なだけですから」


「嘘をおっしゃい。あなたのさっきの講釈は、なんとかIZUMIを幸せにしたいという想いに溢れていたよ。それを聞いてね、本当は嬉しかったんだ。ありがとね」


 上條さんの威圧感は半端ではない。


 前回会った時は、殺されるのではないかと思うほど怖かった。


 けれど、同じくらいこの人は優しくて情が深い。


 話せば話すほど、この人の持つ底知れない魅力に気づかされてしまう。


 だから、私が上條さんに嫉妬するなんて、おこがましいにも程があるのだ。


 こんな人に、一生かけても追いつけるはずがない。


「何黙り込んでるのよ」


「励ますとか言ったって……結局、私が落ち込まされているんですよ」


「え? どういうことよ」


「上條さんの魅力に、完敗したってことです」


「あら、やっと気づいた? でも私に対抗しようだなんて、あんたも相当な自信家だね。……ハハハ、やっぱりあんたは面白いよ」


 私は自分のおこがましさに、赤面するしかなくなってしまった。


「じゃあ、私はそろそろ帰るけど、今日私と会ったことはIZUMIにちゃんと話しなよ? 黙っていると、またあの娘は暴れるよ」


「ええ、分かってますよ。私がもう、そんなミスをするわけないじゃないですか」


「ハハハ、さすがIZUMIにぞっこんの檸檬ちゃん」


「”ぞっこん”って、いつの時代の言葉ですか……」


「いいんだよ、私はおばさんなんだから。やっぱり、JKの若さには勝てないよねぇ」


「……ホント、そういうところがムカつく!!」


 上條さんは、前回と同じように嵐のようにやってきて、また嵐のように去って行った。


 一体、あの人は何をしに来たんだろう。


 たまたま盛岡に用があったわけではないはずだ。


 やっぱり、今でも維澄さんのことを心配しているのだろう。


 多忙な仕事の合間を縫って、わざわざ盛岡まで足を運ぶなんて。


 けれど、今日上條さんに会えたことで、私の心は随分と軽くなった。


 最大の敵だと思っていた人と、まさかこんな関係になるとは思ってもみなかった。


 上條さんには本当に振り回されっぱなしだけれど……。


 私のような小娘があれこれと考えたって仕方がない。


 それに気づけただけでも、大きな収穫だった。

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