子供のような
維澄さんとデートした次の日の午後。
私は維澄さんと、ドラッグストアのレジにいた。
昨日は、結果的には「楽しいデート」だったのだと思う。
だが自分でも予想だにしない方向と距離を進んでしまって、未だに昨日の維澄さんとの会話が現実なのか夢なのか、疑ってしまう自分がいた。
維澄さんは、自分の過去をすべて私に打ち明けてくれた。
これは、当初の私と維澄さんの関係からすれば、奇跡といっていい。
そして私は改めて、モデルを目指すことと、維澄さんがそれを全面的にサポートするということまで確約をもらった。ちょっと強引だったけど。
でも、私にとって最も大きなことは、「私にしかこの維澄さんを救えない」という事に、私自身が気付けたこと。
いや、気付くというか、思い込んだだけなのだが。
我ながらこの結論に達することができたことに、拍手を送りたい。
いままで曖昧模糊としていた私と維澄さんの関係が、はっきりした。向かうべき目標も、はっきりしたのだ。
ただ、こんなハイテンションの私とは裏腹に。
維澄さんは、昨日たしかにあれだけディープな話をしたはずなのに、いつも通りなのがちょっと寂しい気がする。
でも心持ち、顔色は明るい。
そう思うのは、私の色眼鏡が過ぎるのだろうか。
そんな、いつもの私と維澄さんがいるドラッグストアに、一人の来客があった。
* * *
「お~い!檸檬~!」
右手を大きく振り、「彼女らしい」ハスキーボイスで私の名前を呼びながら、浅沼美香が店内に入ってきた。
「あれ。もう部活終わり」
「いや、檸檬が愛する私に会いたいって言うから、無理して早退してきたんじゃない」
何の躊躇いもなく、そう大声で話す美香の目線は、当の私より維澄さんに向いていた。
美香と私の間には、既に蟠りはまったくない。
でも、どうやら美香と維澄さんの間には、まだちょっとしたモヤモヤがあるようだ。むろん美香の一方的なものだと思うのだが。
美香の維澄さんへの目線は、明らかな「対抗心」のようなものが感じられた。
ホント、いやな予感しかしない。
維澄さんは、美香の意地悪な目線に負けて下を向くのでは。
と思っていたが、意外にも、美香の視線をガッチリと受け止めて、むしろ美香を睨み返していた。
な、なんだこの緊迫感は。
「ちょっと、美香。そういう意地悪な言動はやめてくれる」
私はこの緊迫感を和らげるべく、おどけた調子でカットインした。
「え。意地悪。誰に対する」
「だから、それは……」
その先は、維澄さんのやきもちを肯定することになるので言いにくい。
「ハハ……最近の檸檬は面白いね」
私は別に、振った後ろめたさがあるわけでもないのだが、ちょっと強く出れない。
「ところで維澄さん」
美香が突然、維澄さんに話の矛先を向けた。
「はい」
美香は意地悪く維澄さんを見据える。
「な、なにかしら」
維澄さんは美香の視線に耐えながら、緊張しつつも臨戦状態のように見える。
ナニナニ。美香は何を言おうというの。
私はハラハラしながら話に入ろうとしたが、美香が先に話を続けてしまった。
「檸檬ってさ。ただ見栄えがいいだけじゃなかったでしょ」
「は」
維澄さんは一瞬、驚いたように目を見開いて疑問の表情を見せたが、すぐに下を向いてしまった。
「フフフ……否定しないか」
そう言い返す美香に対しても、維澄さんは表情を動かさない。
その沈黙が意味することが、美香の質問に「首肯している」のは明らかだった。
私が見栄えがいいだけじゃない。
維澄さんは私に、何を見ているのだろう。
「聞いてるんでしょ。私が檸檬に告白したことは」
「なっ。何を言い出すのよ、美香……」
私は驚いて美香を制した。
「檸檬は黙ってて。私は維澄さんに聞いてるんだから」
「ええ、聞いたわ」
維澄さんは意外にも即答した。
「聞いてるわよ。あなたが告白した次の日に、朝一番で私に伝えに来たから」
「え。朝一に。そうなの、檸檬」
「ま、まあ……」
「え~、それちょっとショックだな。私が告白した翌日の朝でしょ。そうか、朝にはもう私より維澄さんに気持ち奪われてたのか。ああ悔しい」
私自身も、当時それを想わないでもなかったので、ギクリとした。
維澄さんも、正直に言わなくなって。
「檸檬は意外に面倒見がいいでしょ」
美香は一瞬、大げさに落ち込んだように振舞ったが、すぐに維澄さんへの質問を続けた。
維澄さんは美香にそう尋ねられると、私へチラリと視線を向けた。なぜかその顔は、少しむくれているように見えた。
私は、維澄さんが何と答えるか気になり、この辺で美香の暴走を止めるべきだという思いを押しとどめて、維澄さんの答えを待ってしまった。
「まあ、そうね」
維澄さんは不機嫌そうに、一言だけ呟いた。
「ハハハ……なんかかわいいね、維澄さんって」
「美香、その辺にしないと怒るよ」
「ゴメン。でも、これくらいの意地悪、許してほしいな」
そう言われるとまた私も強く出れない。でもいいかげんに「これ」をネタに強請るのは勘弁してほしい。
相変わらず勘のいい美香は、私の「怒気」を察知して、いままで緩めなかった維澄さんの視線をようやく緩めた。
美香は場を荒らすだけ荒らして、部活で使うであろうテーピングを数本買って、早々に帰っていった。
しばらく気まずい雰囲気が残っていたが、珍しく維澄さんから口を開いた。
「檸檬」
「ん」
「檸檬はいつも……誰にも、その……昨日みたいにするの」
「え。昨日みたいにって」
「だから、色々相談にのって、一緒に解決していこう、みたいな」
「ああ、あれ。するわけないじゃない」
「……そ、そうなの」
「そうでしょ。伝わってないのかなあ。昨日、散々言いましたよね。私は維澄さんのことしか頭回らないって」
「そんな言い方はしてないと思うけど。でも、美香さんとは付き合いも長いし、仲もいいし」
「美香。ああ、美香ね。美香は特別だからね」
「ほら、私だけじゃない」
「あれ。もしかして、やきもちやいてくれてるとか」
ちょっと調子に乗って言ってみたが、案の定、維澄さんは横を向いて澄ました顔になってしまった。
こういうところが、この人はずるい。
人には散々言わせておいて、自分は肝心なところで逃げる。
ほんとに、この人は逃げの体質、直さないとこの先、社会で生きていけないよね。
「もう、逃げてばっかり」
私はつい口に出してしまった。
「な、なによ」
「昨日、逃げないで向き合おうって言ったじゃない」
「昨日は、檸檬は余計なこと言わないから、モデルのことだけ向きあえって言った」
「ま、まあ、そうだけど」
なんなのよ、駄々っ子みたいに。
ああ、まただ。
これでまた護ってあげたくなってしまう私が、負けなんだろうなあ。




