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未来への決意

維澄さんは神妙な面持ちで、過去のモデル時代に起きた上條さんとのエピソードを語ってくれた。


 私を信用してくれたのだと思えば、これだけ赤裸々に語ってくれたということは、この上なく嬉しいことなのだが……。


 もともとは、維澄さんが当初頑なに触れられることを怖れていた話題だ。


 それを、ここまで赤裸々に語ってしまう維澄さんが、少々心配になった。


 私が少し(いや、かなり強引に?)維澄さんに接近したのは事実だ。


 維澄さんは、モデル時代に起こした事件以来、自ら殻に閉じこもって人との関わりを頑なに避け続けてきた。


 その間、私ほど強引に距離を詰めてくる人は、きっといなかったのかもしれない。


 辛すぎる『この事件』の記憶を、ずっと心の奥に強く強く押し込めてしまったからこそ、維澄さん本人ですら気づかずに『誰かに話したい』という想いが芽生えてしまっていたのかもしれない。


 だから私という「話してもいい相手」が現れた瞬間、維澄さんの”心の振り子”が逆方向へ一気に振れて、ダムが崩壊するようにすべてを私に語ってしまった。


 私はそのことを思うと、気持ちの中では、私を信用してくれた嬉しさよりも「そんなに辛かったんだ」という悲しさが勝って、また、年上のはずの維澄さんを私が護ってあげなければと強く思ってしまう。


 私は話の核心には敢えて触れずに、話を継いだ。


「維澄さんって、ワールドコレクションに出る予定だったんですか?」


「ええ」


「ちなみにその時、維澄さんっていくつだったんですか?」


「18歳よ。高校卒業前だった」


 こともなげにそう応える維澄さんに、私は心底、驚愕せざるを得ない。


 あり得ない。


 だってワールドコレクションと言えば、四年に一度、オリンピックの年に合わせて行われる世界最大のファッションショーだ。


 出場するモデルは世界に名の通った限られたスーパーモデルだけ。


 時にはその年話題になった映画の主演ハリウッド女優が出ることもあるが、今でも日本人が出場するなんて誰も想像すらしていない。


 それを18歳で? 出場が決まっていた?


 私は改めてIZUMIというモデルの天才性に、全身から震えを感じるしかなかった。


 大丈夫だろうか、私。


 こんな世界に通用するほどの天上人を好きになってしまって!?


 私はそんな不安を打ち消すために、冗談交じりで尋ねた。


「大丈夫だったんですか?……ワールドコレクションをドタキャンして、違約金とか?」


「わ、わからないわ」


 維澄さんは辛い顔をしつつも、こともなげに言う。


「え? わからない? それ、やばくないですか?」


「や、やばいかな?」


「いやいや」


 私は呆れて、今度はあんぐりと口を開けてしまった。


 冗談で聞いたんだけど、この調子だと本当に放り投げたその後のことを分かっていない様子だ。


 この人、大丈夫なんだろうか?


 もしかしてこんな田舎に隠れていたのは、借金取りから追われているからなんてオチじゃないよね?


 いや……。


 きっと大丈夫なんだろう。


 だって当時18歳で未成年だった維澄さんに、そこまでの責任を求めるのは酷な話だ。


 法的にはどうだか知らないけど、その責任はきっと上條さんが全部被ったに違いない。


 上條さんの今の成功を見る限り、このことが原因で上條さんはモデル界から失脚していない。


 上條さんの社長としてのポテンシャルなら、どうにかしてしまったのだろうと思う。


 そして……きっと彼女なら、維澄さんに被害が及ぶようなことは決してしない気がする。


 でも、維澄さんは少し動揺して私に尋ねた。


「私って酷いよね」


「ええ、最悪ですね」


「っ!……さ、最悪って……そ、そんな」


「そんなって、自分で同意を求めてきたじゃないですか?」


 維澄さんはまた、少女のように頼りなく泣きそうになってしまった。


「じゃあ、モデル業もそれ以来、放り投げたままですよね?」


「……」


 維澄さんは黙っている。


 そうか、これでは業界からは抹殺されるよね。


 私がどんなにIZUMIを検索したって情報が取れる訳がない。


 維澄さんには申し訳ないけど、これは日本のモデル業界始まって以来の汚点だ。


 いや、ワールドコレクションに日本人が掠りもしない原因を作った張本人が、維澄さんだった可能性すらある。


 きっと維澄さんだって、それくらいは分かっているはずだ。


 甘いなあ、維澄さんは。


 ほんと子供だ。


 でも、当時18歳の少女がどうにかできる問題でもない。


 きっと本人だって相当悩んだんだ。


 そうか、だからか。


 だからこそ……きっと誰かに「大丈夫」と言ってほしかったのかもしれない。


 維澄さんが堰を切るように語り出したことを思い出すと、そんな気がした。


 だから私は、きっと言ってあげないといけないんだ。


「まあ、でも当時18歳の少女の手には負えないもんね。仕方ないでしょ? 大丈夫、大丈夫。七年も経てば時効だね」


 維澄さんは情けない顔で私を見つめた。


 それでも私は続けた。


「でも……」


「でも?」


「上條さんには、ちゃんと会って謝った方がいいかもね」


 維澄さんは今までに見せたことがないほどに表情を歪めて、辛い、辛い顔をしてしまった。


 ああ……。


 分かった。


 維澄さんがあの”肖像画”、つまり上條さんに会いに行っている理由。


 もちろん昔愛した人に会いたいという気持ちだってあるのだろう。


 そうは思いたくないのが私の本音だが……。


 でも、きっと維澄さんはあの”絵”に懺悔しているのだ。


 そう、上條さんの顔をしたあの女性に、許しを請うているんだ。


 維澄さん……。


 18歳から七年間。


 ずっと、ずっとこんな田舎の片隅で、自分のやったことを悔い続けて生きていたんだ。


 そう考えると胸が痛くなった。


 そしてその「痛み」は、私の中で震えるような強い高揚感に変化した。


 そして、その熱を帯びた高揚感が、私に一つの結論を出してくれた。


『私は維澄さんを救う』


 私が維澄さんを、この苦しみから助け出してみせる。


 だから……私がモデルになって、維澄さんがモデル界に関われるきっかけを作る。


 やっぱりそれが今、私ができる最上の選択だ。


「維澄さん? もう私をモデルにするしかないですよ?」


「え?……どうしたの急に?」


「維澄さん、もう逃げるのは止めましょう。まずは私をモデルにすることで、”モデル”ということに前向きに向き合ってください」


「れ、檸檬……」


 維澄さんは私の言葉の意図を察したのか、少し照れたように口元を緩めた。


 維澄さんの本音は、”モデル業が好き”なんだ。


「それまでは、私も余計なことは言いません。だから維澄さんも余計なことは考えずに、私をモデルにすることに集中してください。いいですか?」


「え、ええ。……なんか、檸檬ってやっぱり凄いね」


「なんかさ、維澄さんを見てると、頭フル回転して私ポテンシャル上がるんだよね」


「え? 何それ?」


 そう言って、維澄さんはようやく笑顔を見せた。


 でも、簡単じゃないよね?


 私がモデルになるとか……。


 もっと言えば、維澄さんのこんなにも深い”傷”を私が癒すとか……。


 でも、私が救わなければ、きっと維澄さんは一生この傷を抱えたまま生き続けることになる。


 そんなことは、絶対にさせない。


 とりあえずそのモチベーションだけで、今は突き進むしかない。

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