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今はこのままで

私達は盛岡の商店街にある、小さなイタリアンのお店に入った。


 ここは地元のTV番組にも何度も登場する有名店で、普段の休日はそうそう入ることができないほど混雑している。


 しかし幸か不幸か、時間がまだ11時を少し回ったばかりだったので、すぐに席に通してもらえた。


 デパートを出てから店に入るまで、私と維澄さんは一言も言葉を交わさなかった。


 あまりに気まずすぎてお互い目も合わず、二人で下を向いて歩いた。


 ほんの数百メートルしか歩いていないのに、無限に続く地獄のような、辛い辛い時間だった。


 しかし、どんなに目を合わせたくないと思っても、店について対面で座ってしまえば、さすがに目を逸らしてばかりはいられない。


 私と維澄さんは、この店お薦めの「ズワイガニのトマトクリームパスタ」のランチセットを注文した。


 料理を待つ間、私はずっと俯いていたが、少しだけ顔を上げて恐る恐る維澄さんの様子を覗き見た。


 すると、運悪く——いや運良く、同じタイミングで維澄さんも顔をうっすらと上げ、私を見ようとしていた。


 だから、目がバッチリと合ってしまった。


 私は怯んで目を逸らしそうになったが、なんとか、なんとか耐えて……維澄さんの目を見つめ、とりあえず差し障りのない話を切り出した。


「維澄さん、この店知ってましたか?」


「え?……ああ、なんか雑誌の特集で見た記憶があるかな」


「ですよね?……ここ人気店で、もう三十分もすれば絶対座れなかったですよ。早く入れてラッキーでしたね」


「そ、そうね」


 維澄さんも必死に作り笑顔を浮かべているのだろうが、全然笑えていない。


 むしろ、それが少しおかしくて笑えてしまった。


「維澄さん? そんな変な顔しないでくださいよ。維澄さんは思ったことがストレートに顔に出るから、無理に作ると変顔になりますよ?」


「じゃあ……私は今、どんな顔をすればいいのよ?」


 維澄さんは少しムッとして言い返してきた。


「私に告白されたんだから……嬉しい顔してみるとか?」


 私は自分でもびっくりするような言葉を、咄嗟に言ってしまうことがある。


 そう、特にこの人の前では。


 でも、これが突破口になった。


「だ、だからそんな……急に」


「急じゃないでしょ? 私は出会ったときから言ってます」


「でもそれは、ニュアンスが違ったというか」


「それは維澄さんが勝手に勘違いしてただけ。私の気持ちはずっと一貫していました」


 私は維澄さんの前だと強気に出てしまう。


 自分には弱い者いじめの傾向があるのだろうか。


 私は言ったそばから罪悪感を覚え、すぐにフォローを入れた。


「ごめんなさい。困ってますよね」


「困ってるというか、突然すぎてまだ何も考えられないというか。あなた、突然ではないと言うけれど……」


「そうですよね。じゃあ、これから真剣に考えてください」


 少し会話が途切れ、維澄さんは思い詰めたように下を向いた。


 そして、ゆっくりと語り始めた。


「私、こう見えて……昔から結構、なんというか、よく告白されたのよね」


「ええ。こう見えてって、どう見てもそうだと思います」


「……っ、そ、そうかな? でも、それは檸檬だってそうなんじゃないの?」


「まあ、維澄さんほどではないと思うけど、それなりには」


「女性からも?……この間も、美香さんから告白されたし」


 ああ、女性からの告白の話なんだ。


 そうか、維澄さんは女性からもたくさん告白された経験があるんだ。


「女性からは、そんなにはないです。それを言ったら美香の方が多いかな。ほら、彼女はボーイッシュで王子様だから」


「ええ、そうよね。だから、ちょっと焦ったんだよね」


「え? 焦る?」


 そうか、やっぱり少しぐらいは独占欲が出ていたんだ。


 こんな私に対しても。


 なんだかくすぐったい。


 私のことを、そんな風に見ていてくれたなんて。


 少なくとも、私の存在が維澄さんの中で少しは大きくなっているのだろうか。


「私は女子校だったこともあって、結構、女性同士の恋愛は多かったの。でも、今思うとそれがどこまで真剣なものだったのかが、よく分からなくて」


「どういうことですか?」


「女性同士で付き合っている人もたくさんいたけど、決して長続きしない。気づけば次は男性と付き合っている、という人を多く見かけたわ。私にはちょっと、ついていけなかった」


「ああ、それは分かる気がします。あれは真剣な恋愛じゃないでしょう。そんな簡単に別れたり、男に鞍替えしたりなんてありえません」


「檸檬は……檸檬は違うの?」


「あんな遊びと一緒にしないでください。私が人を好きになったのは維澄さんが初めてで、たぶんこの先も、維澄さん以外を好きにならない自信があります」


「そ、それは檸檬がまだ若いから言えるのであって……みんな、最初はそう言うんじゃないの?」


「それは正直分かりません。まだ十七歳なんで。でも、今の素直な気持ちはそうなんです。私はそれ以上のことは言えません」


 でも、痛いところを突かれている。


 維澄さんの言いたいことは分かる。


 勝手に一人で盛り上がって、人を振り回すだけ振り回して、飽きてしまうんでしょう? と言いたいのだ。


 きっと、実際にそんな人たちを見てきたのだろう。


 もしかして、過去に維澄さんは女性と付き合った経験があるのだろうか。


 上條さんより以前に……もちろん、上條さんとだって付き合っていたという保証はどこにもないのだけれど。


「維澄さんは高校時代に……その、お付き合いとかあったんですか?」


「え?……いや、それはないんだけど」


 ないんだ。


 よかった。


 なんだか、ものすごくホッとした。


 維澄さんレベルなら当然、お付き合いの一つや二つは覚悟していたけれど、ないんだ。


「もしかすると、私みたいに一方的に押してくる相手がいたとか?」


「檸檬とは全くタイプは違ったけど。ずいぶんと熱心に言い寄られたことはあるわ」


「それは女性、ですよね?」


「ええ」


「で、どうしたんですか?」


「一応、友達として一緒にいることは多くなったんだけど……」


「だけど?」


「次第に、彼女の方から距離を置くようになって……たぶん結果的に、私のことが好きとかじゃなかったんだと思う」


「ああ、維澄さんが綺麗だから、憧れて近づいただけですね、それは」


 そこまで言って、私はハッとした。


 そうか、維澄さんも「これ」を警戒しているんだ。


 私もきっと、そうに違いないと。


「だから檸檬、ごめんなさい」


 え?


 ごめんなさい?


 え……まさか、振られた?


 一瞬で顔面が蒼白になった。


「あ! 檸檬の気持ちを、その、断るとかじゃなくて。私が、その辺に対する不信感が強すぎるから……」


 ああ、そういうことか。


 焦った。


 もう撃沈したかと思った。


「私は檸檬といると楽しいし、私も最近では親しい友達なんていなかったから、檸檬には感謝してるんだよ」


「な、なんですか? 急にあらたまって」


 しかも、私のことを友達って言った?


 嘘でしょ?


「だから、もうちょっとこのままでは……ダメなのかなと思って」


「いえ、いいんです。別に、ただ私が好きだってことさえ伝わっていれば、今はそれで」


「ごめんなさい。あ、その、これは……」


「ええ、分かってますから大丈夫です。私を振るわけじゃない、ってことですよね?」


 維澄さんは少し照れたように、当惑気味に下を向いた。


 でもつまり、これはよくある「今の関係を壊したくない」というやつだろう。


 それは私だって望んでいることだ。


 ただ、上條社長の存在を意識しすぎて暴走してしまっただけ。


 それで維澄さんを困らせてしまっただけなのだ。


「なんか、また私が暴走して困らせてしまいましたね」


「いや、困ってはいないわ」


「じゃあ、嬉しかった?」


「うん」


「え?……うん?」


「え? なんで? おかしい?」


「だって……」


「いや、普通は好きって言われると嬉しいんじゃないの?」


「まあ、そ、そうですけど」


 確かに美香に告白された時も嬉しかったし……。


 そうか、全然拒絶されていないんだ。


 私は自然に顔がほころんでしまった。


「檸檬、嬉しそう」


「それはそうです」


「ふふふ」


 維澄さんは、彼女にしては魅惑的に笑ってみせた。


 ああ……もう死んでもいい。


「でも、檸檬……聞いていい?」


「え? 何を?」


「上條さんのこと」


 そうだった。


 私が上條社長の名前をうっかり出してしまったことで、こんな展開になったのだ。


「はい。すいません。私、美術館に行ったんです」


「え? 美術館?」


「前に話してくれましたよね? 審美眼を磨くために通ってるって」


「ああ……」


 維澄さんも合点がいったようだった。


「そこで、偶然見つけたんです。上條社長にそっくりの絵を」


「えっ!?」


 明らかに動揺する維澄さん。


「美術館の職員の方が教えてくれました。この絵を見に通ってくる女性がいると」


 維澄さんは観念したように下を向いた。


「上條さんって有名人じゃないですか。TVにもよく出演するし……。でも、私が上條さんの顔をよく知っていたのは、昔、維澄さんのことを検索していた時に散々上條さんがヒットしたから。維澄さんの関係者だとは思っていました」


「そうなんだ。でも、私がなんで……」


 私は維澄さんが話し終わる前に、言葉を継いだ。


「なんで維澄さんが過去に上條さんを好きだったことが分かったか、ですよね? それは分かりますよ。維澄さんの顔を見れば」


「え? 私の顔?」


「私の部屋で、私が飾っていた維澄さんの写真を見て、維澄さんは暗い顔をしましたよね? それはその写真に、維澄さんが辛い体験に繋がる何かがあるってことだと気づきました。そしてさっき、維澄さんはあの写真のIZUMIと同じ顔を、あの微笑みを……上條さんのことを思い出している時にしていました。それを私が見逃すはずがありません」


 私がそこまで捲し立てると、維澄さんは驚きのあまり口をあんぐりと開けて固まってしまった。


「好きな人が誰を好きかなんて、簡単に分かるんですよ」


 私は美香に言われたことをもう一度口に出して、維澄さんに告げた。


「檸檬って凄いのね。なんでも分かっちゃう」


「それは維澄さんに対して限定ですよ?」


「そうなの?」


「そうです」


「そうか。なら、私からも話しておかないといけないのかな」


「え? 何を?」


「だから、上條さんのこととか、昔の私のこととか」


「えっ! だ、だってそれは、詮索しないでって……」


「それは檸檬と会ったばかりの頃でしょ? もう檸檬に黙っている必要もないじゃない」


「えっと……それはどうして?」


「檸檬は私のこと好きなんでしょ? だったら別に、隠す必要ないじゃない」


 あまりに態度が軟化してしまった維澄さんに、今度は私が口をあんぐりと開ける番だった。


 あれだけ話すことを拒んでいた「辛い過去」であるはずのモデル時代のことを、私に話す?


 私は緊張のあまり、ゴクリと唾を飲み込んだ。

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