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奇跡の途中

土曜日の朝。


 私は待ち合わせより30分も早く”ドラッグストアーの前”に来てしまっていた。


 デートの待ち合わせがドラッグストアーの前というのは少し不満だが、それでも浮ついた私の心は、そんなことで暗くなったりはしない。


 今日は維澄さんとデートなのだ。


 まあ、デートと思っているのは私だけで、維澄さんは買い物の付き合いに無理やり連れ出されたと思っているに違いないのだけれど。


 それでも、私のちょっと強引な誘いに戸惑いながらも来てくれたのは、大きな大きな進歩だ。


 昨日、思い切って維澄さんを誘った。


*  *  *


「維澄さん? 明日、時間ありますか?」


「え? なんで?」


 普通は、ここでお誘いかな? と思うんだけどね。


 まあ、維澄さんにそれは期待しない。


 私は準備していたことを、勇気を出して伝えた。


「明日、私に付き合ってください」


「え?」


 快も不快もない表情。


 ただ驚いた様子に、少しだけホッとする。


「服を買いたいから」


「なんで私が?」


 ナチュラルに距離をとる言動。


 そんなのはもう慣れた。


 この程度でひるみはしない。


「モデルの指南、お願いしましたよね? まずはファッションのアドバイスをしてほしくて」


「指南って……そ、それは檸檬が勝手に決めたんじゃない」


 維澄さんがめずらしく慌てている。


 でも──ちょっと嬉しそう?


「で、付き合ってくれるんですか?」


「まあ……構わないけど」


「え!?」


 声が跳ね上がってしまった。


「なんで自分で誘っておいて驚いてるの?」


「お、驚きますよ!」


「な、なんでよ?」


 や、やった! やった! 嬉しすぎる。


 維澄さんと休日デート!


「でも私、そんなに役に立てないと思うけど?」


「何言ってるんですか? 元プロですよね?」


「勘違いしてない? モデルとファッションセンスって関係ないからね。スタイリストは別にいるから自分で服を選ぶなんてしないし、それが似合ってるとか似合ってないとか、私はあまり興味なかったし」


「え? そうなんですか?」


「そうよ。どんなファッションでも魅せることができるのがプロのモデル。何を着るかは関係ない」


 い、意外……。


 維澄さんが、まともなことを言っている。


「さ、さすがですね。ちょっとびっくりしました」


 維澄さんは照れ隠しで少し赤くなりながら、むくれて見せた。


 でも、この人は確かに何を着ても抜群に着こなしてしまうから、選ぶ必要がないとも言える人だ。


 だって、あんな殺人的にダサい店の制服すら、この人が着ると「私も着てみたい」と思ってしまうんだから恐ろしい。


 だから、この人に「選ぶ」という発想そのものが必要ないのかもしれない。


 ああ……才能って恐ろしい。


*  *  *


 私は維澄さんを待つ間、これまでのことを色々考えていた。


 いつしか、想像の中で……。


 数ヶ月前の私と、こんな会話を始めていた。


『IZUMIが私にモデルをやれって言ったんだよ?』


『IZUMIにモデル指南役になってもらったんだよ?』


『そしてこれから……IZUMIとデートなんだよ?』


 IZUMIというモデルが現実に存在していたということすら怪しんでいた少し前の私だったら、こんなことを伝えたって絶対信じるわけがない。


 真実と知ったら、嬉しすぎて大泣きするだろうか。


 それとも驚きのあまり卒倒するだろうか……フフフ。


 でも、これは正真正銘の事実。


 夢でもなんでもない。


 それだけ奇跡のようなことが今、進行している。


 ただ、その未来を手放しに喜べないのが……少し苦しい。


 でも、もう私は進むしかない。


 少し前の私からすれば、こんな奇跡が起こるなんて1パーセントも考えられなかった。


 そう、既に私は奇跡の中にいるんだ。


 この先だって、予想もできない奇跡が起こらないとも限らない。


 今はポジティブに考えよう。


 だって……今日は『維澄さんとデート』なんだから。


 すごいんだよ、私。


 暗くなる理由なんて全くない……。


「あ、檸檬……待った?」


 ほら、こんな奇跡が今、起こってる。

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