変化の兆し
維澄さんは、私と出会ったばかりの頃、「モデル」という職業に対して決して良いイメージを抱いていなかった。
化粧品コーナーに何枚も貼られたモデルのポスターに一切目を向けることなく、視線を落として足早に通り過ぎてしまうほどに。
その時の彼女の表情は、”不快”というよりは”苦痛”に近いものに見えた。
維澄さんはモデル時代に”トラウマ”を抱え、今もなおそれを引きずっているのだと、当時の私は解釈していた。
そのトラウマの内容自体は分からない。
けれど、それが原因でこんな田舎町のドラッグストアに身を潜めるという、ある種”異常な”アルバイトを続けているのだ。
それはまるで”世間から逃げている”かのように、私の目には映っていた。
それなのに、一体どうしたというのだろう。
モデルの話題を徹底的に避けていたはずの維澄さんが……。
「檸檬、モデルのオーディションを受けてみない?」
自らそう提案してきたのだ。
私からすれば、そこには二つの驚きがあった。
一つは単純に、私の憧れだった伝説のモデル・IZUMIである維澄さんが、私に本気でモデルを勧めてきたこと。
そしてもう一つが、あれほど頑なに避けていたモデルの話題に、なぜ自分から積極的に関わろうと言い出したのか、ということだ。
維澄さんはかつて、私に「過去の詮索はしないでくれ」とはっきり告げたことがある。
しかもかなり強い口調で、そこには揺るぎない意志を感じたのを覚えている。
だとしたら、思いきり呑気な解釈が許されるならば、彼女はその暗い過去を押し殺してでも、私をモデルとして推挙したいと思ってくれたのだろうか。
それは、私にそれほどまでのモデルの素質があるから?
いや、さすがに自分自身でそんな想像をしてしまうのは、自意識過剰で痛々しすぎる。
実は、私の中で最も腑に落ちる解釈が、他にある。
それは、私との出会いを通じて、維澄さんの過去のトラウマが消えつつあるのではないか、というものだ。
店長の渡辺さんも、最近よく指摘している。
「碧原さん、最近よく笑うようになったよね?」
確かに維澄さんは、私と出会った当初に比べても格段に明るくなっている。
特に、私と一緒にいる時にそれが顕著なのだ。
私の前にいる時だけは、維澄さんにとって過去の話はストレスにならないのかもしれない。
事実だけを並べれば、そうなのだ。
だとすれば、私がこの「モデルにならない?」という提案を断る選択肢などなかった。
私がもっと維澄さんの心に踏み込むためにも。
そして、もしかすると彼女の過去のトラウマを完全に解消するためにも。
「維澄さんが”そんなに押すなら”、オーディションを受けますよ」
私は意を決して、そう返事をした。
「そんな、それだと私が無理やりやらせてるみたいじゃない」
「違いますよ。維澄さんがそこまで言うから、やる気になったということです」
「そうなの? なら、檸檬も前向きに考えてくれてるってこと?」
「もちろんですよ!」
「そう……よかった」
維澄さんはホッとしたように、少しだけ笑みを浮かべた。
「でも、一つだけ条件があります」
「条件?」
「維澄さんにしか頼めないことです」
「……な、なに?」
維澄さんの瞳に、少しだけ不安の色が混じる。
「そんな顔をしないでください。維澄さんが、私のオーディションまでの指南役になってください」
「は?! ……え?!」




