距離の変化
「檸檬、化粧品コーナーの在庫チェックしてくれない?」
「私、まだ商品覚えきれてないし、補充の定数とかも知りませんよ?」
「なら、これを機会に商品覚えたら? 将来モデルになるのなら役立つかもよ?」
「ま、またそんな冗談言って揶揄う《からかう》!! そんなこと言ってると、ホントにモデル目指しちゃいますよ!」
「いいじゃない! 目指せば?! そうしたら私が指南してあげるわよ?」
私と維澄さんのそんな会話を横で聞いていた渡辺店長は、目を丸くして驚いている。
「碧原さんも、こんなに楽しそうに会話することあるんだな」
「店長? それ失礼すぎるでしょ? 維澄さんは、いつだって楽しそうですよ!」
「いや、それは神沼さんの前だけだと思うな。結構、衝撃だよ」
店長は、思わず私の口元がニヤけてしまうことを、平気で言うから少々焦る。
私は恐る恐る、維澄さんの表情を横目で見ると……
いつものポーカーフェース。
でも、不快な表情はしていないし。
どことなく、微笑んでいるようにも見える。
これは、すごい進歩だと思う。
維澄さんにとっては災難だった、ストーカー事件だが、あのお泊まり会?によって、明らかに私と維澄さんとの距離感は変わった。
一言で言えば、私へのガードが、ビックリするぐらい下がった。
だから維澄さんは、私には結構、言いたいことを言うようになった。
そして、よくよく見ていると、維澄さんと渡辺店長が二人だけでいるときは、そんなに会話は弾んでいないし、安定のクールな維澄さんだ。
さっきみたいに、渡辺店長と維澄さんが絡んで笑いが出る時も、あくまで“私を介して”というシチュエーションが条件になっている。
だから最近は、少しずつ、でも慎重に、維澄さんの“プライベート”にも踏み込む勇気が出てきている。
「維澄さんって、休みの日、何してるんですか?」
「え? なんで?」
なんでって──
理由なく聞いたっていいじゃない。
まあ、理由はあるんだけど……
このナチュラルな警戒心は、相変わらずだ。
「好きな人のプライベートに興味があるということです」
維澄さんに、すでに何度も好きと言ってしまっている。
その意味の持つ重さは、私と維澄さんでは違っている。
でも、だからこそこうやって会話でも、その話題にできる嬉しさがある。
「またそんなこと言って」
維澄さんは、それでも毎回、少し照れたような仕草をする。
私のように、直接的に感情をぶつけられることに、おそらく慣れていないんだと思う。
「教えてくださいよ」
ずうずうしく、そんなことを言っている自分も、不思議に感じる。
少し前では考えられない。
「美術館、とか」
維澄さんが、ポロリと言った。
「へえ、意外です」
正直に思った。
すごく失礼だと思うが、維澄さんは、すべてのことに無関心だと思っていた。
でも、そうなんだ。
絵が好きなんだ。
「そう? モデルなら、審美眼は磨かないとね」
「まあ、確かに」
確かに一理ある。
でも、まただ。
また維澄さんから、モデルの話題をはじめている。
「だから檸檬も、モデルになるなら、そんな努力も必要よ」
「!!!」
突然、その話を蒸し返されて、焦って絶句してしまった。
どうしたのよ、維澄さん?
急に?
……もう、維澄さんの心境の変化に、私はまだついていけてない。
でも、それを聞いて、私の顔は、気持ちが悪いほどに口角が上がっていたに違いない。




