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維澄さんの連絡先

 今日の私のミッションは維澄さんの連絡先を聞き出すこと。


 だから勇気を振り絞ってミッションを遂行した。


「維澄さん、昨日はお身体でも悪かったんですか?」


 私は渡辺店長から“いつもの有給休暇”と聞いていたが、白々しく尋ねる。


「いえ、ただの有給休暇よ」


 私がプライベートなことを聞くのはおそらくこれが初めて。だから維澄さんも少しきょとんとしたが、特に訝しむ様子は見せなかった。ただ、いつも通り必要最低限の言葉だけが返ってきた。


 こんなこと、もちろん想定内。


 これでは会話が終わってしまうので、引き延ばし作戦だ。


「そうでしたか。維澄さん、平日突然休みたい時とか、シフトの相談とか私にしてもらってもいいですよ?」


 ごくごく普通の問いかけ。


 問題ないはず。


 でも──


「それは店長に伝えるから大丈夫よ」


 やっぱりそう来るよね。


 分かっていたけどガードが固すぎる。


「私も急に休むこととかあるかもしれないから。できれば一番迷惑が掛かる維澄さんに直接連絡したいんですけど」


 私が準備した最後のフレーズであり、最後の悪あがき。


 これでダメなら諦めるしかない。


「そんな、私に気を使わなくても大丈夫よ。休みたい時は店長に伝えてもらえれば」


 だめか。やっぱり。


 維澄さんと連絡先交換とか、そんな夢のようなことは起きるはずもなかった。


 私は、緊張の糸が切れた途端、急に寂しさが押し寄せて押し黙ってしまった。


「ど、どうしたの?」


 維澄さんは私の表情の変化に気づいたのか、若干動揺しているように見えた。


「すいません。維澄さんの連絡先聞きたかったので」


 私は、なんだかやけくそになって本音を漏らしてしまった。


 すると維澄さんは、驚いた顔を見せた。


「だ、だったらそう言ってよ」


 維澄さんは少し逡巡しているようだった。


 しかしそのあと驚きの行動を見せた。


 なんと維澄さんは胸のポケットからスマートフォンを取り出したのだ。


 私はその姿を見てドキリとしたけど、無理やりそうさせてしまったことがいたたまれず口を開いた。


「ご、ごめんなさい維澄さん。無理言って。こういうことしない約束でしたから。気にしないでください」


 そう言った私の顔を一瞬見てから、維澄さんも口を開く。


「別にいいわよ。仕事仲間に連絡先を教えるくらい。おかしなことではないでしょ?」


 維澄さんにしては強い意志を感じる言葉に聞こえた。


「は、はい」


 私は維澄さんの言葉に押されて思わずそう応えた。


「檸檬? そんなに私に気を使わないでいいから」


 維澄さんがさらに強い口調でそう言った。


 私は訳が分からなくなってしまった。


 私がスマホを出す気配を見せないのを見かねたのか、維澄さんはレジ横にあったメモ帳を一枚切り取って、携帯番号を走り書きしてしまった。


 私はそのメモをちらりと横目で見たとき、今までの動揺を抑え込むくらいの歓喜が胸に広がり、口元が緩んでしまった。


 そんな私の表情を目ざとく見ていた維澄さんも、照れ隠しのように横を向いてしまった。


 もう喉から手が出るほど欲しかった番号。


 これさえあれば、どこにいても維澄さんと繋がれる。


 そう想像するだけで私は気持ちが高揚していくのを抑えきれず、気づいたら震えながらメモに手を伸ばしていた。


 私がそうしている間、維澄さんの視線を感じていた。


「維澄さん、ありがとうございます」


 そう言った私の言葉は、心からの言葉だった。本当に嬉しかったから。


「そんな、大げさよ」


 維澄さんのその表情は、少し照れているように感じた。


 私はようやく自分のスマホを取り出した。


「いま掛けてみますので、私の番号も登録してください」


 私はまだ震える指で自分のスマホから維澄さんの番号を入力して、通話ボタンを押す。


 維澄さんの持つスマホが震える。


 維澄さんがワンコールで出る。


「間違ってないですね」


「ええ」


 たったそれだけの返事。でも電話越しに耳のすぐそばで聞こえた維澄さんの、低くても綺麗な声。


 嬉しい。叫びだしたいほどに嬉しい。


 でもさっきまで落ち込んでいた自分の顔をどう作っていいか分からなくなってしまい、歪んだ顔になってしまった。


 最初に私が泣きながらアルバイトを諦める話を維澄さんにしたときのことを思い出していた。今回もそれに少し似ている。


 たしかに維澄さんは冷たく、そして極めてドライに見える。


 でも、ふいにこういった優しさを見せてくる。


「檸檬?」


「は、はい」


 急に維澄さんに呼ばれて驚いた。


「あなたはまだ誤解していると思うけど、私は別に檸檬のこと嫌っている訳じゃないからね?」


 へ?


 維澄さんらしからぬ言葉に驚く。


 だって維澄さんは仕事以外の話を積極的に自分からしたことはない。なのに。


「この間も檸檬が男性客に絡まれた時も、必死に護ろうとしてくれたし、むしろ感謝しているの」


「でも、私はあの時興奮して維澄さんを怒鳴ってしまったから」


「あれは私のために怒鳴ってくれたんでしょ?」


 ポ、ポジティブにとらえてくれたの? なんで?


 また少し照れた顔をする維澄さん。そして口を開いた。


「そ、それに私のこと好きとも言ってくれたでしょう」


 な、……どういうこと?


「だ、だからそれは……」


 私は「憧れの意味で」と言い訳しようとしたが、言葉が止まる。


「好きと言われて嫌な気持ちになることはないものよ。 でも今まで遠慮していた檸檬が急にどうしたのかと思ってびっくりはしたけど」


 思考が追い付かなくて頭がくらくらしてきた。


 なんか維澄さんが饒舌になっている。


 少しだけ想像できることがある。


 維澄さんは自分が冷たいだとかドライだという態度をとってしまうことを自覚している。


 最初は自分を守るためにわざとそうしていると思っていたが、最近はそうではないと思い始めている。


 おそらく自分でもその態度が良くないことを自覚していた。だからそれを改善しようという気持ちがあったのかもしれない。


 だから私が落ち込んだ姿を見て慌てて態度を軟化してくれた。


 今回がまさにそうだ。


 わざと冷たくドライにしていないなら、職場の後輩から連絡先を聞かれて拒否する理由は全くない。


 だから私が過度に落ち込んだことにセンシティブに反応して、維澄さんなりに普通の対応をしようとした。


 そう考えると私の態度も悪かった。


 無理やり維澄さんを「冷たい」「ドライ」と決めつけてしまっていた。


 確かに最初の印象が強かったから、そう思わざるを得なかったんだけど。


 つまり維澄さんは、もしかすると私に歩み寄ろうとしてくれている?


 気を遣わせてしまっている?


 もしそうなら、私の方こそ今後維澄さんへの態度を変えていかなければならない。どういう風に?


 普通にだ。


 もっと普通に会話して、仲良くなって。


 それをしていいんだ。迷惑なんかじゃない。私のエゴを通すことでもない。


 これが普通なんだ。


 そう思ったら気持ちが軽くなった。


 今日の夜、さっそく維澄さんに連絡してみようかな?


 さすがにそれは迷惑かな?


 私は分かっているようで何も分かっていなかったことを痛感した。

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