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第21話

 突き刺した腕を引き抜くと、ジュドーは前のめりにゆっくりと倒れ伏す。



「ぐぐ……っ、な、なぜ」


「俺の得意は幻術だ」



 口から血を吐き出しつつ、今だに何が起こったのか理解できぬ様子のジュドー。そんな彼の眼前から、立ち尽くしていた自分の姿が霧散するように消えていく。

 そして、身体に突き立っていたワイヤーも落ちて行くが、それらは自分の血に染まっている。

 実際、攻撃を受けて動きを封じられていたことは事実。だが、ジュドーはソフィーに気を取られすぎていた。


 動きを奪われていても、幻術を施すことは可能であるし、ワイヤーから抜け出すことさえ出来れば虚を突くことも難しくはない。

 だからこそ、ソフィーが介入してきた時点でこちらの勝利はある程度予測できていたし、そのための彼女を残したとも言える。

 昼間に絡んできた若者達のような能なしに彼女を有効活用出来る能があるとは思えないし、貴族も実力はあっても所詮は俗物である。

 知恵袋となり人間が居なければここまでの施設運用も難しい事ぐらいは僅かな邂逅で見てとれたのだ。


 背後に何者かがいる。そう考え、居るはずもない人間が現れた。そのため、すぐには殺さずに、動きを奪う機会を探っていたのだ。



「ジュドー……」


「な、にを?」


「黙っていなさい」



 そんなソフィーは、倒れ込んだジュドーの傍らに腰を下ろすと、すぐに治癒法術を使役し始める。

 不意を突いたとはいえ、急所への一撃は躱している。とはいえ、常人なら致命傷とも言える傷。助かるかどうかは微妙な線であった。



「ソフィー」


「ジュドー。貴方には真実を話す義務があります。死ぬことは許しません」


「ふ、何を仰る。無防備のまま……むっ!?」


「きゃっ!? な、何をっ!?」



 そんなソフィーとジュドーの側により、二人の身体に触れると、一瞬、二人をどす黒いもやのような光が包み込む。

 そして、光が消えると同時に、ソフィーの身体から小さな光が伸びてジュドーの身体に触れ、二人が軽く押されたような仕草をする。



「ソフィーを殺させるわけにはいかんのでな」


「なに?」


「ソフィーが死ねばお前も死ぬ。元々主従関係であったんだ、生き長らえるならそれぐらいの覚悟は背負うのが筋だろう」


「え? そ、それは……」


「ジュドーが死んでも、ソフィーが死ぬことはない。主従。と言ったのはそう言うことだ」



 黒の刻印の力の一つで、呪縛とも言える法術。


 主人となる人物を設定し、その人物との隷属関係を結ばせ、強制的な忠誠を相手に強要する際に使用できる。

 主人に設定されたソフィーに対し、ジュドーは反抗や攻撃と言った類の行為に及ぶことが困難になり、逆に彼女を守る際には持っている力以上の能力を発揮できるようになる。

 加えて、主人であるソフィーが死を迎えた際には、ジュドーの命をも強制的に奪い取られる。

 そして、これは自分か、自分の許しを得たソフィーが解呪するか、どちらかの死を持ってでしか解放されることはない。



「私が命を惜しむと?」


「惜しまなければ、違う結果になっていたかも知れんな」


「ぐっ……」



 もっとも、命令を強制できるわけでもなく、ジュドーに彼女を守る義務もない。そのため、彼女を殺すつもりであれば、自分のような人間が彼女に襲いかかった際に見捨てればいい。

 だが、それは自分の命の終焉を意味する。今、指摘したように、口ではどうとでも言える。

 実際、自分が背後を取った時、命を惜しまなければ、ジュドーの心臓を自分は貫けた。

 だが、同時に自分の首はワイヤーによって弾き飛ばされ、結果は相討ちだっただろう。

 しかし、ジュドーは自分が生き残ることを優先して、急所を外すことに本能が向き、結果として自分に敗れた。


 どこかに命を惜しむ本心があると言うことがなんとなく読み取れた以上、それを利用しない手はないし、生き恥をさらさせる理由も用意してやったのだ。



「ジェネシス様……。貴方はそのような力を……」


「その気になれば、他者の意思を無視して操ったりも出来る。もっとも、それが出来るのは一度だけだし、その度の激痛に襲われるのは趣味じゃない。お前達に施した呪印も、自分を主にした縛りは出来ないんでな。正直不便でしかない」




 一通り口にすると、ソフィーは顔を青ざめながらそう口を開き、取り巻き達を制圧し、捕縛を終えたユフィアとヴェルナも顔を顰めている。

 たしかに、そのような関係を強制されることなど、他人に取ってみれば恐怖でしかない。

 だが、そう都合良く行くモノでもない。


 命令を強制するには限りがあるし、その都度激痛と強烈な倦怠感に襲われる。今の呪印に関しても相当な体力と精神力を必要とするのだ。

 ジュドーにやられた傷の痛みが、今も自分の意識を保たせているというのが実情でもある。

 仮に、強制的に命を奪うような命令をした場合、自分の身の安全の方が保障できないという事実。

 これでは、やたらと使用するわけにはいかないのだ。




「それで、あの時の法術はどうなの?」


「あれは普通の法術と変わらん。と言っても、一撃必殺であるから、そこらの素人には使えんがな」


「それじゃ、あの男を助けたのは? 戦いながら聞いていたけど、あいつ相当のクズだろ?」


「実力は本物だ。それに、俗物である以上命は惜しむ。だからこそ、ソフィーの安全は確保したい」



 ほどなく、気を失ったジュドーに縛を施し、治療に当たるソフィーとヴェルナを見守りつつ、ユフィアが口を開く。

 自分も傷の手当てをしていたのだが、それを見たユフィアが意外なほど手際よく、それでいて丁寧に治療をしてくれた。

 そんな彼女にとって、刻印のことやソフィーがジュドーを救うことを止めようとしなかった事は疑問であったようだ。

 実際、彼女は初めての邂逅の際に見せた自分の法術を気に入って、師として受け入れることを決めていたのだ。

 その本当の力に関しては気にもなるだろう。




「ふーん……。んで、そんな能力があるのに、私に黙っていたのは?」



 そして、自分の法術に対し、ユフィアが先ほどまでの疑いの眼差しから、おもちゃを隠された子どものようなむくれた表情を浮かべる。


 彼女の立場からしてみれば、命令を強制したり、忠誠を強制するような能力は喉から手が出るほど欲しいモノであろう。


 もっとも、彼女が他者にそんな事を強制することは何よりも嫌っている事は分かっている。だからこそ、打ち明けることはなかったし、使役もしていない。

 実際、使役をしていれば先ほどのような冷めきった視線を向けられていたであろう事は想像に難くないのだ。

 この態度は、自分に対する警告であるのだろう。自分の知らぬ所でそんなモノを使った時は、この様な態度は消え失せるぞ。という。




「お前が知ったらしょーもない事に使わせようとするからに決まっているだろ」


「しょーもない事って、あんたは私をなんだと思っているんだ?」


「馬鹿姫」


「……ほう? それなら、そこに“暴力姫”と言う渾名も加えさせてやろう」


「いい加減になさいっ!! 二人とも。殿下もジェネシス様もです。いえ、今のはジェネシス様が悪いですわっ!! それが、臣下の態度ですかっ!!」




 そして、戯けた態度を見せた以上はそれにのってやるのが彼女に対する礼儀でもある。

 時には本気で子どものような行動をとることがあるが、それはそれできっちり注意もする。


 だが、この場にあっては、ソフィーに自分達主従の道化は通用しなかったらしい。



「ちょ、冗談なんだからそんなに怒らないでよ」


「先ほども申したはずですわっ!! たしかに、今は事情を知った者達の前でございますが、普段からそのような態度では、民に対して示しが付きませんし、いつぼろが出るか分からないのですのよっ!!」


「むっ、たしかに、軽率であったな」


「あ、逃げた」



 何とか宥めようと笑みを浮かべたユフィアであったが、すでに調子を取り戻したソフィーには通じず、更なる説教を生むのみ。

 背後では、ジュドーを治癒しながらヴェルナが笑みを浮かべているのが見える。

 彼女もソフィーを宥めるつもりはないようであり、こうなれば逃げの一手しかない。



「なれば、お気を付けください。それから、殿下」


「だから、ユフィアで良いって」


「私事にあってはそのようにいたしますわ。ただ、今は臣下としてのお願いがございます」


「…………申してみなさい」



 そうして、なんとか気持ちを落ち着かせたのか、ソフィーはふっと息を吐き出すと、ユフィアに対して向き直り、それから彼女に対して膝を折る。

 “臣下として”と礼を尽くした態度を取られた以上、ユフィアもそれなりの態度が求められる。

 仕方なく、ユフィアは肩を竦め、言葉と態度を改める。



「ありがとうございます。……王女殿下。私、ソフィー・アルベルトを、ユフィアーナ・パルティア様の臣下として、お仕えすることを、何卒お許しください」



 そして、ユフィアの言を受け、ソフィーは普段の令嬢のようなやや高飛車な言葉遣いを控え、凛とした口調で、静かにそう告げたのであった。

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