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第18話

「大丈夫ですよ。しっかりなさい」


 煙に巻かれていた女性達は、疲弊している者が多かったが何とか無事であった。

 ユフィアを逃がすため火事を起こしてしまった際、彼女たちを見捨てる形になってしまったのだが、最悪の結果だけは免れた事になる。


 ただ、数名。薬を使われて暴行されていたためか、正気を失ってしまっている女性もいる。

 ソフィーが疲労困憊な身体に鞭打って治癒法術を施しているが、彼女たちに必要なのは時間だろう。

 薬が身体から抜け、その後の禁断症状を抜けるまで、長い時が必要になる。



「すまなかったな。危険な目に遭わせてしまって」


「大丈夫よ。鍵はちゃんと置いていってくれたじゃない。でも……」



 そんなソフィーや女性達に目を向けつつ、女性達のまとめ役でもあるヴェルナが、その色気ある目元に、悲しげな色を浮かべながら口を開く。


 彼女と数人の女性は、ヴェナ・ニュン族という、ニュン族の中でも少数種族で、呪術や攻撃法術に長ける種族である。

 また、白皙の肌とスレンダーな体躯が特徴的な最大種族のルリ・ニュン族とは対照的に、褐色の肌と豊満な体躯が特徴的な種族でもあった。


 その他は、キュオ族や人間の女性が捕らえられ、やがては薬漬けにされて娼館や奴隷商人にでも売られていくのだろう。

 とりあえず、助けるだけの道筋は出来たわけだが、事は簡単にはいかない。



「すぐに逃げるのは無理だな。一緒に来ている連中が居るから、あいつらを連れて来る。それまでは、危険だとは思うが」



 実際、彼女たちを逃がすにしても、洞窟内は彼らの庭である。自分とユフィアやギエルで守りながら地底湖から外へ逃がすのが一番迅速だとは思うが、この人数になると船が足りない。

 亜人達は闇に紛れながら逃げてもらうのも手であったが、人質が増えた以上、守り手は多い方が良い。

 となれば、やはりユフィアらと合流するのが一番良い。



「……貴方、刻印学には詳しい?」


「一応、専門だ」


「ほんとに? じゃあさ、私とこの子達のこれ、外してもらえる?」


「うん?」



 そんな自分の言に、ヴェルナが顎に手を当て考えるような仕草をした後、髪を持ち上げて、左の首筋を見せてくる。

 そこには、どす黒い光を放つ刻印が禍々しき光を放っている。それを見て、他の女性達に視線を向けると、多くが同じ刻印を首筋に刻まれていた。



「これは、防除印の一種か」


「ええ。不意を討たれてこの有様よ。あの貴族はなかなか手強いわ」


「ほう? ヤツが?」


「ええ。例の幻術も見破れるほどにね。私ら亜人はそのせいで捕まったようなモノなのよ」


「なるほど、ちょっと待ってろ。触るぞ?」



 ヴェルナの首筋に刻まれているのは、魔力や意識を抑える際に使役される防除印と呼ばれる種の刻印で、魔力などの妨害に特化しているため、高位の法術師ならば簡単に使役が可能である。

 囚人などを抑えるために使われるが、現状だと麻薬を使う前段階でのモノだろう。煙を吸わせる場合は時間が掛かるし、錠剤などは本人の意志を無視するのは困難である。

 そのため、この刻印で動きを、特に法術等を得意とする亜人種に対しては有効な刻印でもある。



「外せはするが……、ヴェルナ、魔力に優れるヤツはお前と?」


「この子達ね」


「よし。今は3人だけにしておこう。荒療治になるから、体力も魔力も下手に削られない方が良かろう」



 刻印に振れ、魔力の流れを指先に感じ取るが、なかなか手強そうな感じもする。法術には優れていても、刻印の扱いは素人であるのか、魔力を用いて強引に埋め込んでいるのだ。

 となれば、こちらも魔力を送り込んで引きはがすしかない。しかし、魔力自体は生命力の一種であり、無茶をすれば当然命にも関わる。

 幸か不幸か、自分はそれなりに魔力に優れているのだが、彼女たちは現状は普通に振る舞っていても、囚われの身であったことを鑑みれば無茶は出来ない。


 ヴェルナ達もその辺りの事情は理解しているのか、こちらの提案には素直に頷いてくれた。



◇◆◇



 熱気に包まれる洞窟内をユフィア達は息を潜めながら移動していた。


 ついて来ているのは、ユフィア他、ノルン、ギエル、テトリと腕力に優れるレア族の男二人。

 ルゥルゥなどは、森の中に隠れて状況次第でオルヒデア家へと駆け込ませる事になっている。状況次第というのは脱出が困難になった時のことであるが、それを知らせるのはギエルお手製の心伝石という鉱石で擦り合わせると同じ反応を示す為、ルゥルゥ等に預けられた石が反応を見せた場合が合図になる。


 ケラヌスやラナエルは今の状況は知らないが、ユフィアの危機となれば手は打てる。

 何より、国内最強の人間が一目散に飛んでくることは請け合いなのだ。

 とはいえ、そんな事態になれば面倒くさい事になるのは明白であることから、フソラはアティーナ等の耳には入らぬうちに事態を解決しようとしたのだ。

 当初は、しょうもない誘拐事件と思っていたから余計である。




「すごいことになっていますね……」



 そして、今内部を移動するユフィア等の耳に、再び激しい爆発音が届くと、ノルンが息を飲みながら口を開く。

 広間に目を向けると、最初に火の手が上がった水槽から水路、そして今精錬釜などに火が回ったのだ。

 作業に当たっている者達が狂ったように水や砂をかけているため延焼は遅れつつあるが、それでも鎮火は困難だろう。



「原料を考えれば当然の結果だ。テトリ、臭いは大丈夫か?」


「うん。ルゥルゥとかと違って抑え方は教わっているからね。それより、どうするの?」



 そんな状況に、知識が豊富なギエルが答えると、彼は傍らにて顔の半分を布で覆っているテトリの身を案じる。

 嗅覚に優れるキュオ族にとって、周囲に立ちこめる麻薬の臭いは劇薬になりかねないだろう。

 今、彼女等が居るところは風の流れがあるため、中毒症状になる程の臭いはやって来ていないが、キュオ族となると話は変わってくる。


 テトリ本人は大丈夫と言うが、やはりこの場からは離れたい様子だった。



「ジェネシスの所へ行くしかない。まだそんなに時間は経っていないから、ソフィーの救出も……、隠れてっ!!」



 そして、先頭を歩くユフィアがテトリの問いに答えるが、しばらくすると歩みを止め、通路脇の小部屋へと皆で身を隠す。

 わずかに開いた扉の隙間とギエルが手際よく開けた小穴から通路に目を向けると、苛立つ男達の声が足音とともに耳に届く。




「まったく。余計なことをっ!!」


「叔父上、今は消火を優先しましょう」


「分かっておるっ!! ええい、急ぐぞっ!!」




 苛立ちの声をあげているのは、ここの支配者である貴族。

 自身の金づるを台無しにされて怒り心頭といった様子で、足早に通路を抜けていく。その憤怒に満ちた身体からは、身に宿した刻印の光が溢れ出し、全身を覆い始めている。

 これは、無意識からではなく、意識して刻印の使役に備えているのである。


 そして、はっきりと目視できるほどに魔力があふれ出ている状態を示しており、水か風の法術であれば、今の火災自体はあっさりと鎮火させるだけの水を呼び出すことが出来るかも知れない。




「時間は無さそうだな。早いところ、フソラ殿の所に」


「そうね」



 そして、貴族達の足音が消えると、音を立てぬよう部屋から出て足早に奥へと進んでいく。



「あらよっ!!」


 途中、見張りに立っている男はレア族の二人があっさりと意識を奪い、順調に奥へ奥へと進んでいくユフィア達。

 貴族達が消火を追え、先ほどの牢獄と私室に戻ってくる前にフソラと合流し、ソフィーや女性達を連れで脱出しなければならないのだ。

 だからこそか、ゆっくりと彼女等の背後に近づく気配には気づかなかったのだろう。



「まったく、このようなことを……。目先の欲に駆られず、証拠を消すことを優先すればよいのだ」



 それまで何も存在しなかった空間が歪み、それが消えた時には一人の男が立っている。

 はじめこそ、表情を消していた男であったが、今ここを去っていった貴族達の行動に対してははっきりとした苛立ちを向けている。

 再び生み出すことの出来るモノよりも、将来の危険の芽を摘み取ることを考えることも出来ない愚か者。

 高位の法術師である貴族に対して、男が付けた評価はそんなところであった。



「まあ、いい」


「うわっ!?」



 男がそう呟くと、先ほどレア族達に眠らされた見張りに対して、ゆっくりと手を振るう。すると、どこからか現れた線のようなモノが一瞬にして見張りの身体を取り巻き、突然の事態に彼は目を覚ます。



 だが、次に男が振るった腕を握りしめた瞬間。その場には、おびただしい流血とともに輪切りにされた見張りが出来上がる。

 恐ろしく冷血に、一人の人間の命を奪った男。その視線は、奥へと向かう王女と奥で待つ神官と令嬢へと向けられていた。

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