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第16話

 障気と清浄の入り混じった風の流れを感じる。

 麻薬の製造施設であるためか、換気のために空気の抜け穴はいくつも開いている。

 おそらくではあるがこれがソフィーの居場所へと導いてくれるはずであった。

 快感をもたらす麻薬は分からないが、少なくとも気力を奪う類のそれは、この施設の運営者。つまり、ソフィーを攫った人間達は好まないはず。

 なれば清浄な空気が流れてくる区画を探る方が効率がよいはずなのだ。もっとも、相手が重度の中毒者であった場合はどうしようもないのだが……。


 そんなことを考えながら進むとさらに澄んだ空気と水の流れる音。


 開いている穴からその出所へと視線を向けると、灯火の明かりを反射する水の揺らめきが目に入る。

 人の気配に注意しつつ周囲を探ると、そこは天然の地底湖であり、周囲の淀んだ空気はこの水の存在によって浄化されているようだった。



「川縁に貯蔵施設があるかも知れんな。いずれにしろ、ソフィーの状態によっては」



 穴から身を乗り出すように地底湖の周辺を探ると、人工の桟橋があり、小型の船がいくつか係留されている。

 粉剤にすればそれほど重くはならないため、小型船でも十分なのだろう。いざとなれば、ソフィーはここから連れ出すしかないが、人数は絞らねばならない。

 もっとも、亜人達も若者が中心で、狩りはしたことがあっても戦いの経験などはないものが大半。

 となれば、このまま一人で救出してしまった方が早いようにも思えてくる。



「……いかんな」



 そこまで考えて自分の驕りにも気付く。


 たしかに、施設の人間は薬中でまともに動けないだろうが、管理する人間や見張りに立っている人間達は正気である。

 加えて、麻薬などの製造を行っているとすれば、身体や魔力を強化する薬品の研究もおそらくはやっているだろう。

 油断して鼻を明かされるのは出来れば避けたい。



「うん? まずいな」



 そんなことを考えていると前後から人の気配。少々立ち止まる時間が長すぎた。

 仕方なく、穴から身を乗り出して岩盤を掴むと、音を立てぬよう桟橋の方へと移動する。

 穴の周囲は浸食によって滑らかであったが、上部はゴツゴツした岩肌をしていて掴むところはいくらでもある。

 何より、種族的に筋力に優れているためこう言った動きは有利なのだ。



「う、ううぅ……、ぐすっ…………」



 そして、岩肌を移動して行き、桟橋の上部にある岩に身を預けた時、どこからともなくすすり泣く女性の声が聞こえた。

 何事かと思い、岩肌に開いた穴に身を投じると、暗がりの先にはほのかな灯り。

 這うようにして進んでいくと、今度は何かを激しく揺する音と女性の叫び声が穴の中に響く。

 そして、ほのかな灯りの下へと辿り着くと、それまで泣き叫びながら抵抗していた女性が、髪を掴まれて引きずられていく光景が目に入る。



「いや、もう、もうやめてーーーーっ!!」


「大人しくしろっ!!」


「あぐっ!?」



 そして、なおも抵抗する女性に対し、引きずっていた男は容赦無く蹴りを見舞うと、女性は気を失ったのか身体をだらりとさせてそのまま引きずれていき、男は女性を部屋へ投げ入れるように放り込むと、激しく音を立てて扉を閉める。

 その後に室内に残されたのは、すすり泣くような女性の声とほどなく、先ほどの部屋から女性の泣き叫ぶ声が聞こえ始める。

 それを耳にしつつ、周囲の様子を探っていると、女性の泣き声は次第に聞こえなくなり始める。



 一瞬、目を閉ざし、周囲へを視線を向ける。岩肌をくり抜いた空間にはめ込むように重々しい鉄格子が収まり、死角になっているその中からは金属どうしがこすれ合う音がすすり泣きとともに聞こえてくる。

 おそらく見張りもいるし、いくつかある部屋の中で楽しんでいる人間もいるはず。

 正面から殴り込んでも倒す自信はあるが、それでも過信は禁物。となれば、発見を避けての迅速な行動が求められた。



「っ!!」



 そうと決めると、身を隠していた穴の中から牢獄へと降り立つ。


 周囲の牢屋に、何事かと目を見開く女性たちの姿があるのを確認すると、自分の居場所から死角になっている柱の陰へと走る。

 案の定、女性たちの動きに、何事かと顔を出す男。



「むぐっ!?」



 躊躇うことなく口元を掴むと、勢いそのままに柱に頭を叩きつけ、意識を奪うと首を掴んでそれをへし折る。

 一連の動作を、女性達は目を見開いたまま見つめていたが、幸いなことに叫び出すモノはおらず、現状は問題無く行動できている。

 男が腰に下げていた鍵の束を奪い、鉄格子の越しに女性達へと近づく。



「静かに。助けに来たから、静かにしていろ。声を出すなっ」


「っ!? は、はい」


「それと、貴族の少女が連れてこられただろう? どこにいるか分かるか?」



 いくつかの牢屋に捕らえられていた女性達はどこか怯えた様子で、自分を見つめてくるが、助けに来た。と言う言葉に安堵の色を讃え始め、こちらの問いかけにも応えてくれた。

 思わぬ土産が出来る事になったが、後はソフィーの居場所を探るだけだった。



「多分、あっちの大きな部屋に……。お願い、助けて」


「分かっている。だけど、騒げば君達も殺される。頼むから静かにしていろよ? 絶対に助けてやるからな」



 女性達にそう伝え、鍵を手渡し、合図があるまで開けるなと伝えると、牢獄から光の漏れる小部屋へと静かに駆け寄る。

 中で行われているのは、見るに耐えない光景。どうやら、麻薬の類を男達は好き勝手に使っているらしい。



「馬鹿どもが……」



 そんな光景に吐き捨てるように呟き、一際大きめの部屋へと近づくと明かり取りから静かに中を覗きこむ。

 そこには、見覚えのある波がかった金色の美しい髪が見てとれた。



◇◆◇



 室内に居たのは、この施設を取り仕切る貴族の男とその取り巻きに、昼にソフィーとフソラに絡んだ若者達。

 皆、夜中にも関わらず、派手に化粧した女性達と談笑し酒や料理を楽しんでいる。

 その喧噪の輪の中から外れた場所に、ソフィーは破られた制服を着せられ、露出した身体をそのままに晒されたまま捕らえられていた。

 手枷によって自由を奪われ、それは鎖によって壁に繋がれたまま。

 はじめこそ抵抗していたが、次第に気力も体力も尽きて、今は身じろぎもせずにその場に横たわっている。



「しっかし、良くこんなことを思いつくなあ」



 酒を手にし、頭にバンダナを巻いた若者の一人が貴族風の男に対して声をかける。

 貴族風の男も若者達の一人で、ここを取り仕切る貴族の縁者に辺り、今回の誘拐劇を思いついた男でもある。



「あの神官が余計なことを口走ってくれたからな。まさか、アルベルト家の令嬢だったとは」


「あの小うるさい爺には辟易していたところだ。ここもほどなく閉鎖せねばならんところだったが、ふふ、ちょうどよい仕返しが出来たわ」



 貴族風の男の言に貴族も満足げに頷き、女性の身体を撫でる。


 この場に居る女性達はその種の仕事を生業にするため、囚われの女性達のように薬で縛られているわけではない。

 とはいえ、こんな重大事に巻き込まれてしまったことで、内心は逃げ出し達気持ちになっていることも事実であった。

 このような場に来てしまった以上、彼女たちの運命も貴族達と道を同じくする以外には無い。だからこそ、暗い未来を憂うよりは目の前の現実を楽しむしかない。

 そのような考えが出来るからこそ、彼女たちはこの様な仕事を生業としていた。



「しかし、大人しく金を払うか?」


「払わなければ、愛娘が娼婦になるだけのこと。それはそれで問題無い」


「これだけの上玉ならば、身代金ぐらいは回収できるからな」


「払ったら払ったで、楽しんでから返せばいい。どのみち、あっさり攫われた愚かな娘をもったあの男の責任さ」


「へえ? 俺としては払ってくれることを祈るしかねえな」



 そう言って笑いあう男達。

 元々、誘拐された時点で身の安全など保障できるはずもない。すべては犯人の手の内にあり、命があるか無いかと言うことだけが焦点になる。

 今回の場合は、相手が金に目が眩んでいる事が幸いしたとしか言えなかったのだ。



 そして、そんな男達の喧噪とは裏腹に、フソラは別の問題に直面していた。



◇◆◇



 遊女たちまで居るとは計算に無かった。


 そして、気がかりなのがソフィーの状態。先ほどから、身じろぎ一つせずに、床に倒れ伏している。

 時間帯を考えれば、体力も尽きる頃であるが、理想とすれば彼女が自分の足で脱出できることであったのだが……。



「仕方がない。やるか……」



 残された時間はあまりないことはソフィーの様子から察せられる。となれば、覚悟を決めて貴族達を叩きのめす以外に無い。

 殺してしまえばこの事実は消えてしまうし、何より、リヒャルトが納得しないだろう。

 本心としては娘の無事を願っている面もあるだろうが、麻薬密造の事実ぐらいは持って帰らねば事を為したところで今度はこちらが消される番である。



「っ!?」



 そんな時、背後から気配。

 腰に下げた銃を手に取り、振り返りながら突き付ける。



「っ!? お前……」



 お互い、相手の気配を気取っての臨戦態勢。瞬時に大きな殺気が牢獄内を包み込むが、そこにあったのは黒銀の髪を持つ少女。

 何故ここに? と言う思いもあったのだが、今はそのことを問い詰めるよりも先になることがあった。



「姫、しゃがめっ!!」



 そう叫んだ刹那。


 ユフィアの背後から振り下ろされる剣。それは、彼女の首があった箇所で空を切ると、剣の主である巨漢は乾いた音とともに、後方へと弾き飛ばされ、激しい音とともに壁に激突する。

 額に穿たれた穴からは大量の血液が流出し、石造りの床を赤く染めていく。



「な、なんだっ!? ごあっ!?」


「走れっ!!」



 そんな騒ぐに、慌てて部屋から飛び出してくるバンダナ男を後ろ手で殴り倒すと、脇にあった松明を蹴り倒し、牢獄内にある他の松明も撃ち抜くと周囲からあっという間に炎が上がる。

 それを見て取ると、ユフィアの背を押すようにしてともに駆け出す。



「ぎゃあああっ!! 熱い、熱いいいいいいっっっ!?!?」


「な、お、追えっっ!!」


「それより、火を消せっ!!」


「お願い、助けてーーっ!!」




 背後から男達の叫び声が届き、一瞬のうちに周囲は混乱の渦へと飲みこまれていく。

 松明を壊されたことで、舞い上がる炎以外の灯りが消えてしまい、囚われの女性達の声が貴族や若者達の混乱をさらに助長しているのだ。



「何故追ってきたっ!!」


「悪いっ!? あんたがいつまでも戻ってこないからよ」


「馬鹿かお前はっ!!」


「ええ。馬鹿よっ!! 小言は後で聞くから、ここからどうするのっ!?」



 通路を掛けつつの会話である。お互い、言葉遣いなどを考えている暇はなくなり、口喧嘩の様相を見せる。

 その間、何事かと襲いかかってくる者達を斬り捨て、殴り倒しながらの逃走劇である。



「止まれっ。良いか、姫。この先の麻薬製造区画は分かるな?」


「麻薬? ええ、分かるわよ?」


「よし。そこにあった水槽があるな? そこに火を投げ入れたらその連中を連れて戻ってこい。動けないヤツも何人もいそうだ」


「大丈夫なの?」


「知らん。ソフィーの救出以外は命令されていないからな。運がいいヤツだけが生き残る」


「そんな事って」


「協力してくれた連中を危険な目に遭わせるんだ。あいつらの身こそ守ってやならきゃだろ」


「だからって……」


「それ以上は聞かん。お前はさっきの場所に仲間たちを連れて来ればいい。あの場所の安全は俺が作っておく」


「えっ!? 戻るの?」


「誰かさんのせいで余計な手間が増えたんでな。さっさと行け、馬鹿姫」


「なっ!? ちょ、ちょっとっ!!」



 正直なところ、苛立ちは頂点に達している。


 ユフィアが余計なことをしていなければ、火事を起こして犠牲者を危険な目に遭わせることも、亜人達を混乱の渦に入り込ませることもなく、貴族達を制圧できていたかも知れないのだ。

 だからこそ、彼女に対しては言いすぎなぐらいの悪態をついてしまったが、今はそんな事を悔いる暇はない。


 若者達が逆上するだけの要因を作ってしまったのだ。逆上した彼らが、ソフィーや囚われの女性達に何をするか……。

 それ以上考えたところでどうしよもない。今はただ、元いた場所に舞い戻るしかなかった。

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