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第13話

 アルベルト家の屋敷から出ると、ユフィアは道端に置かれていたくず入れを思いきり蹴飛ばした。



「まったくっ!! なんなんだ、あの、あいたぁっ!?」


「すぐ片付けろ。馬鹿姫」



 リヒャルトの言動がよほど頭に来たのであろうが、だからと言って市民に迷惑をかけて良い場合ではない。

 案の定、通行人が顔を身あせたりコソコソと小声で何かを話し合っている。アルベルト家の屋敷前であるため、余計に目立つのだ。



「痛った~。何も本気で殴ること無いじゃない」


「うるさい。片付けるぞ」



 涙目で睨み付けてくるユフィアに対し、立て掛けてあった箒を手渡し、散乱したゴミを片付ける。

 ただ、こんなことをしている時間が惜しい。だからこそ、いらぬ事をしたユフィアに対して苛立ちが矛先を向けたのだろう。

 犯人達からの要求を考えれば、期限は夜明けまで。水晶球に映っていた場所の様子から、どこか地下深くに軟禁されている様子であったが……。



「もし、こちらを」


「うん? 貴方は」



 そんなことを考えつつ、ゴミを片付け終えると声をかけてくる男。

 先ほど自分達をリヒャルトの元へと連れて行った男であるが、差し出してきたのは懐中時計であろうか?



「なるほど。時を確認しろということか」


「はい……。それと、現時点で出航した船は無く、停泊中のものにはすべて手を回しておりますし、街道沿いにも非常線を張っております。ですが」


「森や水辺……亜人達の生息域は手付かずだと言う事か?」


「はっ……。元より、我々が立ち入っては戦の火種になりますが故」



 そう言って、男はわずかに視線を逸らす。

 ユフィアが入りこんでいる深き森は亜人達の集落がいくつか点在している。国土の中にあるとはいえ、彼らにパルティアの民としての意識はない。

 そのため、亜人種に関しては奴隷化への制限は無いものの、亜人の側も縄張りに入りこんでくれば容赦はしないという姿勢をとっていると言う。

 ユフィアのような王族や貴重資源の取引を行う一部商人以外は立ち入る気にすらならない地であろう。


 ただ、ユフィアや自分が出入りしていることは承知していると言う事実を確認できたのを良しとするべきか。

 これらは、本来ならばリヒャルトの執務室で告げられる話であったのだろうが、少々苛立ちが過ぎた。



「なるほど。じゃ、森の方へ行って連中に手伝いを頼むとするか」


「そうだな」


「それと一つ」


「まだ何かあるのか?」



 実際、森の中を捜索するとなれば協力は当然必要になるだろう。

 ユフィアが亜人達と交流を持っていた成果が形になって表れたと言える。ただ、そんな言動に男は眉間にしわを寄せながら口を開く。



「はっ……、くれぐれも、お嬢様は亜人と関わりにならぬよう、お願いいたします」


「あー、はいはい。近づけさせないから安心してな。まったくどいつもこいつも」



 男の言が終える前に手を振ってその場から立ち去ろうとするユフィアは、小声で苛立ちを口にしている。

 リヒャルトの時と続く形で不快な思いをさせられたのである。当然、愚痴を言いたくもなるだろう。今度は物に当たらないだけ成長したと言えるが。



「まあいい。どのみち、彼らの助けは借りねばお嬢様は助からん。そのぐらいは受けて入れてもらうぞ」



 そんなユフィアの背中へと視線を向けつつ、傍らの男に対してそう告げる。男の本音を考えてみれば、自分ですらソフィーに近づくことは受け入れ難いであろう。

 とはいえ、自分がやりたくないなら他者に押しつけるしかない。それが分かっている男は、不承不承といった様子で自分の言に頷くしかなかった。





「あれぇ? お姫様、珍しいじゃん」


「最近は勉強に目覚めてな。それよりテトリ、みんなを集めな」


「ほえ?」



 屋敷の裏口を抜けて森の中へと入っていくと、古神殿前の広場にやってくると、数人の亜人達がのんびりと談笑していた。

 その中で、キュオ族のテトリと呼ばれた女性がフワフワした尾を振りながらユフィアの元へと駆け寄ってくる。

 再会を喜ぶのも束の間、ユフィアがそう言うとテトリは何事かと目を見開くも、すぐに広場を駆け回って広場に来ている亜人達を集める。

 ほどなく、二十人ほどが集まってきた。



「どしたの?」


「それがな……」



 そして、ユフィアとの久しぶりの顔合わせを喜ぶのも束の間、亜人達に対して事の次第を告げていく。

 はじめは興味津々といった様子だった亜人達。しかし、事の次第を聞くに辺り、次第に表情が曇り、互いに顔を合わせ始める。



「姫さんの頼みは分かるが……」



 開口一番に口を開いたのは、少年のような外見に薄く髭を生やした亜人種の男。


 シウ・ニュンと呼ばれる、ニュン族の中でも手先が器用で鉱山の管理や金属加工などを生業とする種族で、外見に反して力も非常に強い。

 また、男女ともに少年少女のような外見をしているのだが、成人すると声色がとても低くなることが特徴でもある。

 男性は重低音に、女性は妖艶さを含んだ中性的な声といった具合で、姿が見えなければ筋骨隆々とした体躯の男と妖艶な美女が会話をしているように聞こえたりする。



「どうにも貴族は好きになれん」


「そもそも、自分の娘を助けたいんだったら自分で頼みに来るのが筋だよ。どうせ、姫様やフソラさんに面倒ごとを押しつけたんだろ?」



 シウ・ニュン族の言を皮切りに亜人達はそんな不満を口にする。


 実際、ユフィア以外の人間達には煮え湯を飲まされたことがないわけではない。人種を気にしない商人達のおかげで生活は成り立っているが、間違って森や山岳から出ようものなら、すぐに差別や迫害に晒されるのだ。

 市民達の間ならば、ノルンのような理解者も居るので深刻な対立にはならないが、所謂上流層は亜人と見れば即座に奴隷にしようと部下に嗾けてくるほど。

 そんな彼らに、門閥貴族の令嬢を救い出してくれとお願いするのはたしかに筋が通らない話でもあるだろう。

 とはいえ、今回ばかりは勝手が違うのだ。



「すまん。今回ばかりは、私の責任なのだ。当主が頭を下げに来るべきだという理屈も分かる。だが、今回だけは、私に免じて協力してもらえないだろうか?」


「え、ちょっと、フソラさんっ!?」



 実際、自分が今少し気を回していれば防げていたかも知れない事態なのである。

 それに、ソフィーという少女と言葉を交わしてみて、水と油の可能性もあるが、ユフィアの助けになってくれるような、そんな予感をさせてくれるだけの少女であったのだ。

 男の要求は無視する形になるが、それでも彼女自身が亜人に救出されるというのは、今後に大きな意味を持つようにも思える。



「この通り。お願いしますっ」



 そう思えば、土下座など安いもの。

 前世であれば考えられなかったことでもあるが、実際の所、“馬鹿を転がすには土下座が一番”と言う話もあるので、それを知る自分がやったところで、彼らに対して失礼な動作にもなるかも知れない。

 ただ、どんな理由であれ、屈辱でしかないことも事実なのだ。

 亜人達がどう思うかまでは分からなかったが、それでもそれなりに誠意は尽くすべきだと思うし、これが自分なりの誠意であった。



「ジェネシス、あんたそこまで……」


「俺の失態だからな……。挽回のためには手段は選べん」


「私からもお願いします。殿下も私も、彼女とは同じ年ですし。それなのに……」



 そんな自分の様子に、やや呆れ口調のユフィアに対し、土下座までは行かずとも、頭を上げるノルン。

 同年代のソフィーがどんな目に遭わされるかは彼女からしても想像に難くないのだろう。何より、ノルンはユフィアに比べれば世間というものを知っている。

 時には、考えられないほど残忍に慣れる人間がいる事を、当然のように知っているのだ。



「まったく、人が良いんだか悪いんだか。なあみんな、私らがあんたたちにひどいことをしているのは分かるし、王女として、そんな現状を許しているのは情け無くも思う。だから私は、こんな現状を必ず変えて見せる。今回の事は、その一歩だと思ってくれないか?」


「姫様まで……。とは言っても、私達だけじゃ」



 そして、ユフィアもまた、王女としての立場に戻ってそう告げる。

 好き勝手生きてきていて、今もまだ未熟なところがあるユフィアであったが、少なくとも現状を良しとしない思いは人一倍である。

 亜人達も、そんな彼女の心情は良く知っており、協力してあげたいという気持ちもあるのだろう。

 とはいえ、彼女たちで決めて良い問題でないことも事実。だからこそ、気持ちは伝わっても即答というわけにはいかないのだろう。



「さすがに時間がない。族長や長老たちの意見も聞かねばならんことは分かるが、今は救出を急ぎたい。……最悪、私の首は無理だが、腕の一本ぐらいは差し出してやる」


「物騒なことを言うんじゃないよ。族長たちには、最悪お父さんに一筆書かせるから、今は動いてくれないか?」



 実際、時間は確実に押し迫っている。渡された時計に目をやると、夜も大分更けてきている。夜明けまでに見つけ出さねばならないのだ。



「…………ふむ。王からの依頼状でもあれば、あの頑固爺も納得するか」


「父ちゃん怒ると思うけど……、一緒に殴られてね?」


「私らは面白ければ問題無いよ?」



 そして、ユフィアの言に、亜人達はわずかに思案し、こちらの提案に乗ってくれたのだった。

 当面の難題は何とか突破できたが、後は広大な森からソフィーが囚われている場所を見つけ出すしかない。

 とはいえ、部族ごとの結界や集落を避ければ場所は大分絞られてくる。集落などが無く、町からもそれほど遠くない場所。

 そうなればある程度は絞り込めるとは思う。



「後は手がかりだが……、テトリさん、一番鼻の利く者は?」


「うーん……、ルゥルゥかな。ルゥルゥ、ちょっと来て」


「はぁ~い」



 協力が得られたとなれば、後は動くだけである。


 とりあえずは、亜人の特性を生かさない手はないだろう。キュオ族は特に鼻が利き、人間では分からないか消えかかっている匂いまで察することが出来る。

 ソフィーは身だしなみもしっかりしていたので、香水の類も付けていたと思うのだ。



「どうすればいいの~」



 まだ、少年と言っても良いキュオ族のルゥルゥ。とはいえ、種族的な特徴か、骨格などはしっかりしている。



「俺の服に付いている匂いを嗅いでみてくれ」


「大丈夫なの~?」


「何がだ?」


「いやあ、年が年だし」


「俺はまだ十八だっ!! 中身は知らんがな。でだ、ルゥルゥ、俺の身体に付いている、姫やノルンの匂いとは違う匂いが分かったらそれを辿ってみてくれ」


「はぁ~い」


「へえ、服に匂いが付くほどにねえ?」


「神官も、最近は異性に目がない者が多いと聞きますから」


「年下に手を出すってねえ? 妙に必死だし」


「ふ~ん、フソラさんて年下好きなんだ?」


「その落ち着きを考えれば、誰でも年下見える気がするがな」


「無視だ無視。ルゥルゥ、どうだ?」




 そんな自分の言に対し、ユフィアやノルンはおろか、他の亜人達もなんとも微笑ましい視線を向けてくる。

 いったい先ほどまでの緊張感はどこへ行ったんだっ!? と口に出して文句を言いたくもなったが、言ったところでこう言った話を好む者達の口に蓋は出来ない。

 となれば、無視が一番であり、状況の確認を優先した方がよい。



「う~ん、ふんふん。なんとなく分かったかなぁ~」


「よし、とりあえず、行くだけ行ってみよう。皆、まずは集落の場所を大まかで良いから教えてくれ」



 そして、自分の服に付く残り香を探っていたルゥルゥがわずかに首を傾げた後、残り香を嗅ぎ当てた様子に頷き、他の者達に声掛ける。

 とりあえずの目処は立った。後は、情報を元に場所を割り出すのみ。少なくとも、人間が立ち入らない地に入りこんだのだから、手がかりさえ掴めれば補足することは容易なはずだった。

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