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第12話

 待ち全体が何やらざわめきはじめた。

 ソフィーと別れ、食事を終えて屋敷へと戻る途中であったのだが、方々で鐘が鳴らされ、警備兵達がせわしなく駆け回っている。

 賊徒の襲撃予告でもあったのだろうか? そう思いつつも、妙な胸騒ぎがするので、帰りの足を早める。



「あ、お師匠っ!!」



 案の定、屋敷へと戻ると、ユフィアとノルンが警備兵達と見覚えのない男達と何かを話しており、自分の姿を見かけると慌てて駆け寄ってくる。



「姫、何事だ?」


「それがねぇ……」


「神官殿。突然ご無礼を、ソフィーお嬢様の事で聞きたい」



 駆け寄ってきたユフィアに何事かを訪ねるが、彼女が口ごもっている間に身なりの良い男が歩み寄ってきて口を開く。

 自分の格好を見てか、口調こそ丁寧であるものの、目には犯罪者を詰問するような光がある。



「ソフィー様の? 先ほど別れたばかりだが……」


「会われていたと? どのような理由で?」


「暴漢に襲われかけていてな。ソフィー様にご助力いただいて場を収めていただいた。通行人も多いし、目撃者もいると思うが」



 実際、商人への暴行を止めたのはソフィーであるし、自分はその助力をしただけだ。



「その後は?」


「お屋敷までお送りすると申し出たが、供が居るとおっしゃってな。一人で帰られたはずだが?」


「会われていたことは事実ですな?」


「そうだな」



 そう言って男の目が鋭くなり、警備兵達が歩み寄ってくる。



「ちょっと待て、この男は私の教師だ。証拠も無しに、誘拐犯扱いするつもりかっ!?」



 そんな警備兵達を鋭い口調で制するユフィア。

 声を荒げているわけでもなく、あくまでも凛とした態度を崩さないままの声であったが、鋭い声に兵士達が歩みを止める。



「そういうつもりではありませぬ。それに、オルヒデア様。これは、法務尚位(大臣)アルベルト卿の御下命なのです。……御同行、願えますね?」



 そんなユフィアに臆することなく、男は彼女を制すると、声色を変えぬまま、それでいて断ることは許さないと言った様子でそう告げてきていた。




「何もお前達まで来ることは無いだろ」



 警備兵達に囲まれる形でアルベルト家の屋敷へを案内される。もちろん、案内という名の連行であったが、ユフィアとノルンも自分に同行してきたのだ。



「冗談じゃないわよ。たかが尚位風情が理不尽に人を連行して良いわけ無いわ」


「声が大きい」


「そうですよ……、本音は隠しておかないと」



 そう言って声を荒げるユフィア。


 当然、警備兵や男の耳にも届いているが、分かった上での暴言であるだろう。彼女の本心からすれば、当然の感想であるし、『その時が来たら思い知らせてやる』と言う、彼女なりの宣言でもあるだろう。



「ノルンも黒いな。……いずれにしろ姫。お前は“没落貴族の令嬢”って事を忘れるな」


「うるっさいわねっ!! 分かってるわよ。…………こっちは、心配しているのに」


「それなら良い。頼むから、短気は起こすなよ?」



 二人の発言から、状況に気押されているわけではないことは分かる。


 とりあえずは取り繕っておかねばならない立場であるし、腹芸と本心が入り混じっているのがユフィアという少女でもある。

 ただ、一応は、成り上がり風情の良いようにはされない。と言う意思表示は周囲に出来たと思う。


 問題は、アルベルト家当主にして、パルティア王国法務尚位リヒャルト・アルベルトの人となりであるが……。


 ユフィアがソフィーに対して、“国政を好き勝手にしている”と断じたように、法務に関して厳格ではあるが、平等ではない事は周知の事実。

 もっとも、法務を司る人間が自分が不利になるような法を敷くことなど、どの世界であっても稀である。

 実際問題、ユフィアもノルンも、そして自分も曲げられた法によって利を得た事がないわけではないのだ。



「よくぞ参られた」



 そんなことを考えていると、執務室へと案内される。


 リヒャルト・アルベルト。


 パルティア王国の法務全般を取り仕切る人物であるが、当人はソフィーと同じ金色の髪をした壮年の男で、年齢以上に若々しく見える。



「……そして、王女殿下。お久しぶりでございます」


「久しぶりね」



 話を前にユフィアの姿に気付いたリヒャルトは、男等を退出させると膝をつき、ユフィアに対して頭を下げる。

 さすがに、国政を司る人間はユフィアの顔を見知っている様子であり、彼女の表情から自分とともにやってきた理由も察しているのであろうか?



「で?」


「別に、“すぐに”彼を裁こうなどと言うつもりはありませんよ」


「どうかしら? 貴方の手に掛かれば、私だって罪人に落とせるんじゃなくて?」


「ええ、もちろん。建国以来、王室といえども法をもって国を治めて参りましたが故、例え王族でも、罪を犯せば法の下に裁かれます」


「そうね。そう言って王室の人間を確実に減らしてきたんですものね」


「はてさて。それよりも、彼を呼び出したのは、法の問答をする為ではありません」



 大仰な態度でリヒャルトを問い詰めるユフィアであったが、彼女の今身をいつまでも聞いている場合ではない。



「さて、ロリシオン殿。ソフィーとの最後の会話……。部下に告げた事に偽りはありませんな?」


「……ええ。屋敷までお送りしようとは思ったのですが」



 “ロリシオン”と告げてきたリヒャルトに対し、一瞬眉を顰めるも、嫌味以上の意図は無いと見て話を続ける。



「ふむ。我が娘ながら、軽率であったとしか言いようがないですな」


「軽率ねえ。その通りかも知れないけど、悪いのは攫った連中でしょ?」


「そうですな。こんなモノを送ってこられれば、そう判断せざるを得ない」



 そう言って、手渡された封書。

 そこには乱暴な記述で、ソフィーの誘拐事実と身代金要求。加えて期限や時限での彼女に対する制裁内容などが記されていた。

 そして、肝心なことに封書の下部。差出人を印したその箇所に記入されていたのは、“ジェネシス・フソラ・ロリシオン”と言う署名。



「どう見ても罪の擦り付けね」


「馬鹿馬鹿しくて笑えて来るほどのですね」



 それを見て、ユフィアとノルンが呆れたように顔を見合わせる。


 実際、封書の中身は彼女達にとっては目を覆うほどの内容でもあり、自分の罪を大きく見せるために大袈裟に書いているとも読める。



「ただ、こんなモノも送られてきております」



 そう言って、リヒャルトは懐から手の平大の水晶球を取り出すと、台座にそれを置き、右手の甲に光を灯すと、それが水晶球へと移っていく。



『聞こえているか? リヒャルト・アルベルト。見ての通り、お前の娘は預からせてもらった』


『こんなことをして、恥ずかしくないのですかっ!! この下郎どもがっ!!』


『まったく、口の減らない小娘だ。おい』


『うっ!? ――こんなことで……っ』



 そして、水晶球に灯された光景。

 そこには、鎖で壁に縛り付けられたソフィーの姿と聞き覚えのある男の声。

 それ以降は、封書に記された通り、彼女に対する時限ごとの“制裁”の様子が映し出されている。

 今もまた、顔を張られたソフィーが鋭い視線で睨み付けている様子が映っている。



『今のところは、これぐらいで済ませてやるが……、分かっているよなあ?』


『お父様っ!! 私は大丈夫ですから、この様な者達の言いなりになどっ!!』


『ふふ、元気なことで。さて、その元気が身を汚されてなおも続くと良いですがねぇっ!!』


『きゃああああああああっ!?』


『ふ、絶景だな。言っておくが本気だぞ。俺達の後ろには、あんたと同等の人間達が居る。そのことを忘れるなよ?』



 そんな男の声を最後に、水晶球から光は消える。それが消えてなおも、皆眼前の光景に一様に口を閉ざす。



「んで、これの首謀者がジェネシスだと言うの?」



 そんな中で、ユフィアがゆっくりと口を開く。

 水晶球の光景から、犯人達の所業に怒り心頭であると同時に、リヒャルトの魂胆にも察しが付いているのだろう。



「封書の署名から、そう言うことになりますね」


「ほう? 娘より先に冥府に行くか?」


「殿下っ」


「姫、短気を起こすなと言っただろ」



 そう言って腰の剣に手を伸ばすユフィア。気持ちは分かるが、事は問題児どうしの喧嘩ではない。

 一国の姫が、一国の大臣を害す。構図としてはありうる物であったが、今のユフィアや王室の権威を考えれば、致命傷になりかねない。



「ちっ、で、こんなもんを見せたって事は、娘を助けられなかったら、ジェネシスに罪を着せて処刑するって事かっ!?」


「そうですね……。この際、娘はどうでもよろしい。彼らに娘を殺す度胸など無いでしょうしな」


「どうでも良いだと?」


「それよりも、娘が帰って来ても帰って来ずとも、証拠が挙がっている以上は……」


「貴様」


「まあ待て姫。閣下、私を裁くことでロリシオン家の勢力減退を意図しておられるのならば」


「知っておりますよ。君がロリシオン家を追放され、存在そのものを抹消されていることも。ですが、知らぬ存ぜぬなど通用しません。この国の法に、“都合の悪い御子の存在を抹消できる”法律など存在しません」



 表情を変えずにそう告げてくるリヒャルト。

 その言葉には、娘の身を案じる響はなく、あくまでも法の行使を宣言しただけでしかない。

 さらに自分を犯人として裁くことで、娘の身に起こった出来事を闇に葬る意図もあるだろう。



「ソフィー事はどうでもいいって言うのかっ!? ジェネシスを裁ければっ!? 期限が来たら、あの娘は暴行を受けるだけじゃなくて……、それが女にとってどんなっ」



 そんなリヒャルトに対し、怒り心頭といった様子で詰め寄るユフィア。普段大人しいノルンもまた、それまで見せたことの無いような表情を浮かべてリヒャルトを睨んでいる。

 同世代の少女。それも、自分の娘に対するもの言いでは無いことが、彼女たちの怒りを呼んでいるのだろう。

 特に、ユフィアは今にもリヒャルトに斬りかかりそうな様子だった。



「どのみち、どこぞの馬鹿息子にくれてやる娘です。遅いか早いかの違いでしかっ!?」



 それでもなお、平然と口を開くリヒャルトを殴り倒す。



「……罪は作ってやった。裁くなら勝手に裁け。だが、ソフィーは助け出す……それまで待って居ろ。五体満足な娘を連れてきて、そこで裁判を受けてやる」


「あ、ちょっと待てっ」


「ジェネシス様っ」



 倒れ込んだリヒャルトに対してそう告げると、踵を返して扉を蹴破り、その場を後にする。

 期限は今から半日。それが過ぎれば、ソフィーは……身を汚され、一日が過ぎれば命を奪われることになるのだ。

 リヒャルトの普段の所業を考えれば、当然の報いであったのかも知れない。とはいえ、冷酷を装う哀れな男をこれ以上悲しませる気にもなれなかったのだ。

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