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第8話

「美味かったけど、丸焼きって言うのはちょっと豪快すぎるよな」


「そうですね。勉強にもなりましたけど」


「食事のことから離れなさいっ!!」



 成績表が貼り出された広場では、そんなやり取りが今もなお続けられていた。


 ユフィアの順位が信じられなかったことと、なんとも面倒くさそうな一団に絡まれたことが原因でもあったが……。

 とりあえず、二人にとっては猪の丸焼きなどと言う大味な料理の印象が強かったことはたしかである。

 とはいえ、二人の現実逃避をさせたままにはさせじと、一団を率いた少女は声を荒げて二人の関心を自分に戻す。



「うるさいわね。ノルン、誰よこの子?」


「ええっと……」



 関わらないようにしようという魂胆は見事に失敗し、仕方なく相手をすることにした二人。

 掲示板に視線を向けたノルンは、少女を一瞥するとユフィアへと向き直る。



「話の流れから察するに、席次三位のソフィー・アルベルトさんですね」


「へー」



 そう言われても、興味ない。

 と、一言で切って捨てようと思ったユフィアであったが、アルベルトという名を聞くとさすがに無視するのもまずいことに気づく。

 権門の一つで、両親と仲の悪い大貴族の家であるのだ。下手にかまうと面倒な事になるのは避けられないだろう。



「こらあっ!! あくまでも私の存在を無視するつもりですのっ!?」


「いや、無視も何も、話をするのは初めてだろ」


「なっ!? 入学試験で私の顔を潰しておいて……、私を知らないとおっしゃりますの? 貴女に主席入学の座を奪われたのですよっ!!」


「え? ユフィア様、入学時主席だったんですか?」


「いやいや。裏口だから、名目だよ名目」


「それよっ!!」


「うわっ!?」



 そんなユフィアの言に、ソフィーは、ビシィッと音がしそうな勢いでユフィアに対して指を突き付ける。



「どういうわけかは知りませんが、裏口などと言う手段でもって主席を取るなど、我々に対する冒涜ですわっ!! しかも、それを良いことに入学後は放蕩三昧っ!! 今回はどんな卑怯な手段をお使いになられましたのっ!!」


「うっ」



 あまりの剣幕に思わず言葉に詰まるユフィア。


 ノルンもまた、彼女の言っていることは間違っていないため、何も言い出すことが出来ずに口を閉ざすしかない。

 実際、当時は王女であることを慮って官僚たちが手を回したようであるが、実際試験に真摯に取り組んできた人間にとっては腹立たしい事実でもある。

 ソフィーはユフィアの出自は知らずとも、裏工作ぐらいは知る立場にあったのだろう。



「あ、あの、今回はユフィア様はしっかり勉強していたんですよ?」


「嘘をおっしゃいっ!! 何年も問題児としてまともに出席もしていなかった子が、突然上位に来られるわけ無いじゃありませんのっ!!」


「そんなにサボっていたんですか?」


「教練は真面目にやっていたぞ?」


「でなければ放校ですわっ!!」


「お、落ち着いてください」


「でもさ、結局年下二人に私ら負けているんだから、気にしても仕方ないんじゃない?」


 と、声を荒げるソフィーを宥めるノルンや取り巻き達。

 彼女の言い分もまるっきり間違っているわけではない以上、2人も中々言い返す言葉が見つからず、なんとも言えない気持ちになっていた。

 たしかに、落第生だった人間が半年ぐらいでトップ争いをするなど、普通に考えれば信じがたい事でもある。

 ついでに、ユフィアは別に彼女にどう思われようとあまり気にならないので、誤解を解くつもりもないと言うのが本音でもあるが……。


 むしろ、目の前の現実として、1年年下に当たる人物達に主席と次席を奪われているという事実があるのである。

 今更過去を気にされても、どうしようもない。と言うのが、ユフィアの本音でもある。



「……ふう、はしたない真似をして申し訳なかったですわね。ですが、それならば普段から真面目に取り組むべきですわっ!! 私達は国家に尽くすべき貴族です。なれば、民の範たらねばならぬ立場。貴女の普段の振る舞いは……」


「おいおい、お前らがそれを言うか?」



 そんなユフィアの本音などを知るよしもないソフィーは、彼女の言と周囲の言葉に一端言葉を切る。


 元々、彼女が言いたかったのはこう言った貴族としての在り方であり、旧家オルヒデアの息女ユフィアの振る舞いには我慢ならないところがあったのだ。

 ただ、ユフィア自身も権門アルベルト家の息女である人間に、“貴族の在り方”や“国家への忠誠”等を語られたくはなかった。



「何ですって?」


「いや、ソフィーだっけ? お前の実家って国政でやりたい放題やってるって有名だろ」


「そのような事はありませんわっ!! お父様は国家を想い、日々政務に取り組んで……」


「ああ、娘にはそう言っているわけか。おめでたいことだな」



 ユフィアからすれば、権門と呼ばれる大貴族達は祖父から権力を奪い、父や母を蔑ろにする敵対者という認識が強いし、亜人排斥や奴隷の拡大を広めるやり方を普段から嫌っている。

 ただ、所謂秀才であるソフィーは、父親の表の顔知らないと言うことであろうし、そもそも父親のやることが間違っているという認識は無さそうでもある。



「なっ!? 父への侮辱は許しませんわよっ!!」


「分かった分かった。んでも、私は不正なんかしていないぞ? そんな事する暇があったら逃げるし」


「胸を張ることじゃないと思いますよ?」



 とはいえ、彼女の認識を変える義理はユフィアには無い。


 そのため、自分にかけられた疑いだけは否定しておかないとまずいと思い、成長真っ盛りな胸を張りながら、堂々と試験を放棄する旨を口にする。

 そんなユフィアの態度にノルンは苦笑しながら問い掛けるも、そんなユフィアの態度に非常に傷ついたことは彼女の中での秘密でもある。



「では、急に成績が良くなったことをどう証明しますのっ!?」


「どうって言われてもな。この半年は勉強に掛かりっきりだったわけで、遊んでいる所なんてほとんど見られ無かったと思うけど?」


「そんなこと……、数年間頑張ってきた者達が居る中で、たった半年ですわよっ!? たったそれだけで私に……」



 それでも、ソフィーは納得がいかないのか、さらにユフィアに対して問い詰めてくる。とはいえ、ユフィア自身、自分の成績が信じられないのも事実。

 ただ、彼女に対する助け船は思わぬところからやって来たのであった。



「それは、やり方の問題ですよ。お嬢さん」



 丁寧な物腰でその場に割って入ってきた人物。白を基調とした神官服に身を包んだ男は、他ならぬユフィアの教育係、フソラであった。



◇◆◇



 揉め事の成り行きを見守っていると、姫の成績に関する事で揉めていることは分かった。

 姫は予想通りの成績を残したようであったが、成績の急上昇を考えれば疑いたくなるのも当然と言えば当然であろう。



「お嬢様。お迎えに上がりました」


「え、何、その言い方?」


「よそ行きの言葉だ。馬鹿者」


「ああ、そう言うこと。って、んな事より、なんとかしてよっ!!」


「有名税だと思うのですな。ただ、お嬢さん。お嬢様は、今回に限っては何もしておりませんよ? 要点を絞っての学習を致しましたから、効率が良かっただけです」



 実際、試験範囲というものがある以上、その中の要点を押さえれば高得点は可能である。

 加えて、ユフィア自身、政治行政などには関心があったから飲み込みも早い。

 おそらくであるが、政党を導けなかったのは貴族絡みの正当化辺りだとも思う。

 計算なども、解法を徹底的に覚えさせてから、反復をさせ、効率を重視して数をこなさせたりもしている。

 眼前の見知らぬ少女が文句を言うように、長い年月を努力してきた者にはまだまだ及ばないとは思うが、試験などに関してはやり方次第という所があるのだ。



「うん? 如何いたしました?」


「え? い、いえ、あ、あの。し、失礼いたしますわっ!!」



 しかし、そのような説明を重ねるも、眼前の少女は呆然としたままこちらを見つめているだけである。

 何事かと問い掛けると、目を見開き、慌てて身を翻してその場を去っていく。

 彼女の友人と思われる女学生たちが慌ててその後を追っていくが、何事だ? と言う空気が周囲を包み込む。



「お師匠、ソフィーに何したん?」


「ソフィー? ああ、あの子の名前か? 私は知りませんよ??」


「ふうん。まあいいや、それより見ろよ。4番だよ、4番っ!!」


「うむ。頑張ったな」


「へへ。私だってやれば出来るだろ?」



 そんな少女が立ち去った後、勝ち誇った笑みを浮かべつつ掲示板を指し示すユフィアとその様子を微笑ましげに見つめるノルン。

 二人とも相当良い順位を得る事が出来た様子だったが、せっかくそれだけの結果を残したのだから、それを無駄にすることはない。



「そうだな。では、今日は問題範囲の応用といこうか」


「…………え? 今日もやるの??」


「学習って言うのは継続が一番大事なんだよ。復習しないとせっかく覚えたことを忘れてしまうし、それをやるんだったら応用も含めた方が効率が良い。てなわけで、今日は真っ直ぐ家に帰りますよ」


「ふええ……」


「ま、まあ、頑張りましょう?」



 しかし、自分の言はユフィアにとっては死刑宣告のようなものであったらしく、売れていく子牛の如く消沈してしまっている。

 さすがに、普段よりは軽めのものにしようとは思っていたのだが、それを口にするとまただらけそうなので言うべきか言わざるべきかという問題もある。


 とりあえずは、慰め役はノルンに任せておくしかない。



「もし。そこの方」


「うん?」



 そんなことを考えていると、背後からかけられた凛とした声。聞き覚えのあるその声に振り返ると、先ほど顔を合わせた少女リリアが、声と同様に凛とした態度でこちらに視線を向けている。



「ああ、先ほどの。何か御用でしょうか?」


「その前に、ユフィア・オルヒデア、いえ、ユフィア王女殿下のご許可をいただきたく」


「なに?」



 そんなリリアに対し、努めて他人行儀で語りかけるが、そのことに一瞬眉を顰めた彼女は、声を落としつつユフィアに対し、そう問い掛ける。

 すっかり消沈していたユフィアであったが、あえて王女と呼んだリリアに対し、鋭い眼光を向けながら顔を上げる。



「どういうつもり? ん? そう言えば」


「ええ。私は、この方の妹、リリア・ロリシオン。ほんの一時でも良いので、お時間をくださりますか?」


「うーん。まあ、別に良いけど、ジェネシス、あんたはどうなの?」



 そんなリリアに対し、ユフィアもさすがに顔を覚えていたらしく、さらに彼女が口にした“ロリシオン”という家名に対しても察するところがあったらしい。

 ただ、自分に気を使って問い掛けて来るとことが彼女らしいと言うべきか。



「かまわんよ。先に帰っていてくれ」


「ふーん。んじゃ、好きにしてくれ。ノルン、行こ?」


「え、は、はい」



 そして、事情を問い掛けてくる事も出来たはずが、それをせずに居てくれる彼女なりの配慮に感謝しつつ、その背中を見送る。



「どういった要件かな?」


「人が少ない所に行きましょう」



 そして、二人を見送ると、リリアに連れられて校舎裏の庭園へと案内され、そこに用意されていたベンチに腰掛ける。

 どういう意図があるのかを考えたが、やはり先ほどの母リゼラのことであろうか?



「まず。始めまして、“お兄様”」


「ああ、始めまして、リリア」


「お時間をいただきありがとうございます。それで……」



 互いに兄妹とは思えぬ形のあいさつを交わす。そして、リリアは静かに口を開く。

 今まで話だけは聞いていた妹との再会になるのであったが、記憶に無き少女の口から何が出てくるのか。

 それに若干の恐れを感じている自分に戸惑いを覚えつつも、今は黙って彼女の言葉に耳を傾けるしかなかった。

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