表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/30

第7話

 冬の晴れ間は澄んだ青空を見るのが心地よかった。


「さてと、姫たちを迎えに行くとするか」


 ちょうど外へと目を向け、空と陽の様子から学院の終了時刻がそろそろであることを察する。

 しばらくは教練が無い事は聞いており、放っておくとまたどこかに行ってしまいそうなじゃじゃ馬娘を抱えているのだ。

 多少は骨を折らねば、教育係としての面目が立たない。



「失礼いたします。閣下、お加減はいかがですか?」


「変わらずだ。もう年も年だからな」



 そして、外出する前に屋敷の主に声をかけていく。


 屋敷の主、ケラヌス・オルヒデア。

 かつては、国政の中枢にあったものの、貴族間の謀略に敗れて以降は失意の日々を送っていたという。

 若くして妻を亡くし、その忘れ形見である娘も、自分に反発して家を飛び出してしまうと言う不遇の生涯であったようだが、今となっては王国の外戚という立場を得、病魔に犯されつつも穏やかな晩年を過ごせている。

 当人は、今更過去を悔やんでも致し方なしとして、ユフィアには好きなように過ごさせているようだったが、どうにも彼の血筋はやんちゃをする傾向が残っているらしい。



「ユフィアはどうかね? 私の孫ではなく、王女として立つ日々も近い。問題児と言われたが、無闇矢鱈と人を傷付けるようには育っていないと思うのだが」


「その辺りはご心配はありませんよ。喧嘩などはするようですが、弱者を一方的に傷付けるような真似はまずしないでしょう。勉強の方も、興味を持ってくれた分野は砂地に水を蒔くが如く吸収してくれております」


「そうか……。なれば、ごほっごほっ!!」


「旦那様。そろそろお休みに」


「うむ。ジェネシス殿、よろしく頼むぞ」


「はっ」



 そんな会話の中、激しく咳き込んだケラヌスを、側に付く使用人の女性、ラナエルが手早く支え、寝台に横たえる。

 彼女はニュン族の女性で、金色の髪の隙間から伸びる尖った長い耳が特徴の種族であり、治癒法術に長けている。そのため、医者が来ない日は彼女が治癒に当たっている。

 そして、彼女に治癒法術の柔らかな光で身体を包み込むと、ケラヌスはすぐに寝息を立て始めた。



「御館様は、ユフィア様の事を誰よりも案じております」



 治癒法術を施しながらラナエルが静かに口を開く。

 普段から口数の少ない女性であるが、今回は彼の病状を鑑みての事であろうか?

 やんちゃな子どもほどかわいいというのはどの世界でも共通することであり、特にユフィアはケラヌスに懐いているのだから当然とも言える。

 彼女が問い掛けてきたのは、『心配は無いのだろうな?』と言う意図があるのではと思う。



「王女としても、一人の女性としても心配は無いさ。俺が居なくても、彼女は立派になられる。ただ……」



 実際、やんちゃをするのは、既存の権力に対する反発心からであろう。それを、反社会的な行動で他者に迷惑を掛けるのではなく、それを打倒するための行動に繋げようとしているのだから問題はない。

 とはいえ、危険な事には変わりは無いし、ユフィアのことだからケラヌスやラナエルに対しても、自信の抱く野心は口にしていることだろう。



「反対勢力の打倒は、“俺が居なければ”厳しい。と言うことですか?」


「はは。それはどうでしょうか? では、少し出かけてきます」



 そこまで考えて、口に仕掛けたことをラナエルに期先を制される形で言葉にされる。彼女からすれば、そこまで言うのならば実現して見せろと言う事なのであろうが。

 ユフィアを大事に思う気持ちはしっかりと伝わってきている。だからこそ、それなりの準備が必要になってくるとも思うのだ。



「姫よ、気を抜いているヒマはないぞ。根詰めろとは言わんがな」




 一人、そう呟くと、学院への向かう。広大な敷地を有する施設であるため、郊外にあるのだ。


 それでも、巨大な白塗りの施設は遠くからでも十分に目立つ。冬の澄んだ陽光に照らされているため、よけいに輝いても見える。



「金の掛かっている施設だな。貴族の子弟が通うのだから当然か……」


「あら? 神官様。何か御用ですか?」



 そして、校門から中に入り、さらに校舎の様子を見つめると、思わずそう毒づかずには居られなかったが、背後からかけられた声に居住まいを正す。

 気配は感じていたが、声をかけられるとは思っていなかったのだ。



「ああ、お嬢様迎えに…………っ!?」


「? 何か?」


「あ、いえ」



 そんな声をかけてきた女性。


 目を向けると、一瞬言葉に詰まるが、女性の方は自分の反応に首を傾げるだけであった。



(まさか、こんなところで会うとはな)



 声に出すことなく、そう思う。

 年は重ねているが、それでも血の繋がりと言うべきか、忘れる事は出来ないと言うことなのであろうか。



「お母様っ!!」


「あら、リリア。どうしたのかしら?」



 そんな女性の元に駆け寄ってくる少女。眼前の女性に若さと鋭さを足した凛とした印象のあるリリアと呼ばれた少女は、自分に対して一瞬鋭い視線を向けた後、眼前の女性に対して笑みを向ける。



「ええと、ロリシオン教官っ!! 教官のご指導のおかげもありっ、見事主席を取ることがかないました。御礼申し上げます」


「なあに、改まって?」


「いいえ。そのままにお礼を申し上げるのが気恥ずかしくて。あ、神官様。お見苦しい所をお見せしました」



 リリアは快活な様子のまま、母親であるリゼラに対してそう告げると、リゼラの方は苦笑してその礼に応える。

 それが気恥ずかしかった……かのように振る舞いつつ、自分に対してもそう告げてくるリリア。

 なんとなく、言いたい事が分かった以上、余計なことを言うべきではないだろうと思う。



「いえ。ロリシオン様。主席卒業、おめでとうございます」


「あら、私達をご存じなの?」


「権門たるロリシオン家の皆々様を知らぬ方が失礼と思いますよ。我が神殿としても、懇意にさせていただいておりますが故」



 そう言って頭を下げるも、リゼラ……自分の母たる女性は、とくに気にする素振りも見せずそう言って首を傾げる。

 実際、末端の神官の事までは把握することはないだろうから、この反応も分かる。ただ、彼女から見えない場に立つリリアの表情は目に見えて曇っている。



「ああ、なるほど。それで、迎えに来た方というのは?」


「はっ。ユフィア・オルヒデア様で」


「あら? では、貴方が噂の?」


「噂?」


「暴れん坊だったユフィアさんを手懐けた凄腕の教育係……。今も成績上位者の間では噂でもちきりですよ」



 そして、なおも自分に気付く様子のないリゼラの言に応えるも、噂と言われるとしっくり来なかった。

 ただ、リリアの言を聞くと、少々まずかったようにも思えてくる。

 リゼラが気付いていないとはいえ、カリーヌや叔父達が自分に気付いていないとは思いがたい。むしろ、リリアの反応を見る限りでは、とうに知られているのだろう。



「なるほど。ちょうど、姫には手を焼いておりましてね。今日もどこかへ行ってしまわぬよう、迎えに来たわけです」


「ああ、そう言うこと。ふふ、でも、彼女が真面目になってくれて私としても嬉しいし、貴方には感謝しなくちゃね」


「もったいなき事です。それでは」



 そして、これ以上二人を話すのも危険と思い、その場を辞す。


 笑顔で見送ってくるリゼラに対し、やや表情が曇るリリアの様子が気にはなったが、今はその問題児を迎える方が重要であった。




「……って、何やってんだあいつらっ!?」



 そんなことを考えつつ、敷地内へと歩いて行くと、中庭にある広場に人集りが出来ている。

 何事かと思い、視線を向けると、その輪の中心にあったのは、見覚えのある黒みがかった銀色の髪。

 どうやら、目的の人物がしょうもないトラブルに巻き込まれているようである。



「まったく……。拳骨の次は尻叩きか?」



 ため息をつきつつ、そう呟くと、その騒動の場へと足を向ける。とりあえず、騒ぎは出来るだけ早く収めた方が良い。


 これ以上目立つことは出来る限り避けたかったのだ。




◇◆◇




 そんな様子で、目の前の騒ぎを収めるべく歩みを向けるフソラ。そんな彼に対し、静かに視線を向ける少女が一人。



「お兄様……」



 静かにそう呟いた少女、リリア・ロリシオンは、去りゆく兄に当たる人物の背に視線を向けつつ、彼の後を追うように騒ぎの場へと足を向けていった。



 幼き頃より教えられてきた兄たる人物の人となりが真実であるのかと確かめるべく……。

明日はもう少し早く投稿できると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ