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第6話

たまには主人公不在回もと思いまして。

今回はヒロイン回をお楽しみください。

 パルティア王都アヴェスター。


 中原諸都市の水瓶セレス湖へと流れ込む大河、ハルハ川の河口三角州に有り、中原有数の穀倉地帯とセラス湖水運を担うアヴェス港を抱える中原北部有数の大都市であると言える。

 それらのもたらす富と優れた自然環境のため美しい外観を誇る都市としても知られているが、その内情は貴族・神官階級が一般階級の上位に君臨し、その富を吸い上げる貴公を持つ歪な国内状況を抱えている。

 そして、巨大な富を背景とした貴族階級によって、今や王室権力は喪失し、国政への関与は薄れつつある状況。


 そんな背景があるからこそ、王女ユフィア・パルティアは、外戚にして没落貴族オルヒデア家の息女として市井に紛れて暮らすことが可能となっている。

 今の彼女の状況は、一部の門閥貴族を除けば知るよしもない。

 それが、“修学院”と呼ばれる教育機関に通う貴族や一部一般階級の子弟ともなればなおさらであった。



◇◆◇


 フソラとユフィアの出会いから半年。王都郊外にあるアヴェスター修学院は、普段以上の喧噪に包まれていた。


 季節はすでに冬を迎え、敷地内にはわずかに降雪が降り積もるこの時期は、官吏登用試験への受験資格を得るための修学試験が執り行われ、成績如何では留年か放校の選択を迫られる重要な時期になる。

 そして、この日はその試験結果の発表日であった。



「ふあぁ……」


「お疲れのようですね」



 そんな重要な日にもかかわらず、机に突っ伏して緊張を緩めるユフィアとその様子に苦笑するノルン。

 ノルンはオルヒデアを後見としているため、ユフィアの付き人と周囲には認知されているため、上流階級のものに目を付けられたりはしていない。

 とはいえ、慣れない場である以上、何かあったらと言う不安はあるため、講義の合間にこうしてユフィアの元にやってくる。

 ただ、半年しか通っていないにも関わらず、試験に冠しては順調にこなしている。

 元々、交易の合間に両親や使用人たちから基礎知識は伝授されていたのだ。

 彼女のような一般階級の者が登用試験の受験資格を得るために修学院に遅れて入学してくることは珍しくもなく、大半が基礎的な学習は済ませている。

 そんな彼女も、半年間はユフィアとともに猛勉強の日々を続けていたため、今は気分的にも楽になっている。

 ただ、彼女から見てもユフィアの腑抜けっぷりは笑うしかないほどだった。



「ええ。ちょっと気を抜いたらね……。まったく、試験も終わったんだから羽を伸ばさせてくれても良いのに」


「お帰りも遅かったようですが」


「ニュンの連中に誘われてね。にしても、あんなに怒ること無いじゃないっ!! 見てよ、この瘤」



 そう言ってノルンの手を取って頭の瘤を撫でさせるユフィア。


 フソラは王女としての気構えや知識を授けると同時に、特権意識などは出来る限り排除するよう、悪さをした際にはきつい制裁をユフィアに加えている。

 と言っても、拳骨をくらわせたのは今回が初めてであったが、それは、単純に母親である王妃アティーナが帰省して来たにも関わらず門限を破って遊びほうけていたからである。

 “戦女神”と呼ばれる女傑も、愛娘がいつまでも帰らないことに不安と衝撃が重なり、涙ぐみながら外へ飛び出して行きかねるほどの取り乱しを見せた。

 結果、『母親にいらぬ心配を掛けたこと』を理由にゴツンと一発お見舞いされたわけである。

 もっとも、ユフィア自身問題児と言われていただけあって腕っ節は貴族の子女は愚か、同期の少年たちよりも強い。

 普段なら一般人の拳骨ぐらいだったものともしないほどタフな肉体と精神を誇っていたのだが、今回ばかりは相手が悪かった。

 フソラは亜人種であり、一般人よりは遥かに腕力が強いのである。

 ノルンは両親が交易に出てしまったため、オルヒデア家に居候していたのだが、速めに休んでしまったためそのような騒動のことは知らなかったのだ。



「でも、殿……、お母様やジェネシス様もご心配なされいたわけですし」


「何よ。ノルンまで二人の味方?」


「い、いえ。そういうわけではなくてですね」


「分かっているわよ。にしても、痛かった……。んで、試験範囲の問題を全部やり直せなんて言うのよ? 終わったのは明け方だし、きつかったぁ」



 そんなユフィアを何とか慰めようとするノルンであったが、涙目で見つめられると言葉に詰まる。

 ユフィア自身もノルンの言いたい事は分かっているため、今は涙目でたんこぶを撫でるしかなかった。



「もう授業も終わりましたし、帰るまではゆっくり出来ますよ。試験結果を見て、帰りましょう?」


「あれ? 教練は??」


「教官が出張らしく、週明けまで休みとのことです」


「寝不足だから良かったけど、唯一の楽しみもなくなったか……」



 そう言ってさらにがくりと項垂れるユフィア。


 それまで適当に過ごしていた修学生活であったが、唯一といって良いほど真面目に取り組んできたのがこの教練であった。

 母親譲りの戦いの才能はたしかで、武術教練では負け無しであったし、体力面も男子のトップクラスと張り合えるだけの結果を残している。

 悪さ仲間たちにも、勉学での成績より教練での成績は大事にするように申し伝えているほど熱心に取り組んできたのだ。

 そのおかげで、今まで放校されなかったとも言えるのだが、そんな理由は彼女の知る所ではない。

 実際、真面目に取り組んでいるのだから教師たちも文句を言う理由はないのだから。



「ええっと、あ、ありましたっ!!」


「おっ、すごいな。二度目で十番台か!!」



 掲示板に貼り出された成績順。全生徒の順位が掲載されており、受験資格に届かなかった順位の所は赤く線引きされている。

 おおよそ500人前後の学生が在籍しているが、受験資格を得たのは上位100人ほどである。

 とはいえ、貴族階級はわざわざ登用試験を受ける必要は無いため、見栄重視の者以外は特段気にしてはいない。

 むしろ、一般階級出身のおおよそ50名ほど。このうちの数名がそのラインに達していないため、本当に悲惨なのは彼らであると言える。



「そ、そんな、お父さん達になんて言ったら……」


「ちくしょう。奴隷みたいにこき使われてなかったらもっと勉強できたのに」


「軍に志願するしかないか」



 そんな声がユフィアとノルンの耳に届く。


 学費や生活費などは国費で賄われているとはいえ、入学に関しては貴族の推薦状がすべて。はっきり言えば、在学中に掛かる国費以上の金が推薦状を求められた貴族の懐に入っている。

 それでも、基礎学力で撥ねられる者が多数出るのだが、それならそれであきらめもつくものだろう。

 ただ、大金を払い、勉強に時間を費やして入学しても、お遊びで在学している貴族階級に虐げられてはやりきれない思いも当然出てくる。

 そんな学生たちの姿に、ノルンは自分があの立場になって居かねなかったという事実と恵まれた立場に預かれている事に申し訳ない思いを。

 ユフィアは自身の地位や両親をはじめとする歴代の王族達の不実が彼、彼女等の不孝を呼んでいる事に思わず目を背けるしかなかった。



「えっと、王、ユフィア様はどうでした?」


「え、ああ、そうね。お師匠は、『5番以内に入れるようにしてやる』なんて偉そうに言っていたけど」


「自信のほどは?」


「今までに比べればなんなく解けた問題が多かったかな。……今年で最後だし、頑張らないとって思いもあったからね」


「それじゃあ、主席も」


「ないない。今までまともに勉強していなかったわけだしね。下から見た方が早いよ」



 何とか話題を変えようと口を開いたノルンの言に、ユフィアは半年前にフソラが言った言葉を思い返す。

 たしかに彼の教え方は分かりやすかったし、今まで好きになれなかった分野にも興味が沸くように仕向けてくれたとは思う。だが、それまで落第生だった自分が、そんな簡単に上位に行けるようになっては、申しわけがないとも思える。

 ただ、試験の出来としては自信がないわけでもないのだが。



「無いですね」


「無いわね」



 しかし、下位から見てもユフィアの名前は無く、そのままノルンの順位にまで来てしまう。



「さすがにな……」



 そう言って笑うユフィアに、ノルンも苦笑するしかない。

 とはいえ、名前がないと言うのはさすがに考えられない。放棄や名前の書き忘れもしっかりと掲示されるのだ。



「あ……」


「うん? あ」



 そして、さらに掲示板に目を向けていくと、主席から数えて4番目の順位。そこに、“ユフィア・オルヒデア”の名が載せられていた。



「す、すごいですよ。ユフィア様っ!!」


「ほ、本当になっちゃったわね……」



 素直にユフィアの順位を賞賛するノルンに、目の前の状況に呆然とするユフィア。


 たしかに、ここ半年間は自分でも信じられないぐらい勉強漬けではあったが……、それでもここ数年に渡って上位で有り続けた者達の中に割っては入れた事は驚きでしかなかった。



「やっぱり、王っむぐっ!?」


「それ以上言っちゃ駄目だって」



 そして、興奮のあまり、“王女様”と言いかけるノルンの口を慌てて押さえるユフィア。



「ご、ごめんなさい。それでも、4番ですよ4番っ!!」


「そ、そうね。それより、昨日の晩御飯なんだけど、お師匠がおっきな猪をね」


「ちょ、帰って来てくださいっ!!」



 慌てて不注意を謝罪するも、まだまだ興奮が収まらない様子のノルンに、現実と妄想の区別が付かなくなっていたユフィアは、唐変木な話をはじめる。

 ちなみに、昨日は夜遊びをしていて怒られたのだから、当然夕食は食べていない。




「おー、ほっほっほっほ。万年下位争いだった不良娘は、慣れない順位に大慌てのようですわねっ!!」



 と、そんな二人の元に、届く甲高い少女の声。


 ほどなく、数人の取り巻きを引き連れ、ロールを巻いた金色の髪をゆったりと垂らした少女が高笑いをしながら歩み寄ってくる。



「……ええと、それでその猪をね」


「ユフィア様、それは先週の夕食では?」


「ちょ、無視すんじゃないわよっ!!」



 そんな少女の言に対し、二人は“関わらないようにしよう”という了解を口に出すことなく交わしたのであった。

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