第5話
閑静な森林の中にある古びた神殿の敷地。
その一角は今、不釣り合いなほどの賑やかさに包まれている。普段はしんと静まり返る森であったが、今日だけは事情が異なっていた。
◇◆◇
一際大きな焚き火を中心に、小さな焚き火が同心円状に置かれている。
魔物除けの魔方陣を組んでいるのだが、魔除けと言うよりも、単純に組ごとに楽しむことに重点を置いている事はよく分かった。
「賑やかだな……」
「そ、そうですね。あ、おいしい!」
石段に腰掛けて、そんな騒ぎの様子を見つめる。
気心の知れた者達どうしの宴会である以上、気を使わせるのも申し訳ない。それ故に、差し出された祝い酒を一口飲むと、ノルンと2人、宴を外から観察するに留まっている。
見た目は外での宴会であったが、その更正は端から見ると非常に異質であると言える。
髪や肌の色がバラバラなのは当然として、男女の隔てもない。
加えて、耳が長く尖ったもの、自分と同じように獣耳を持つもの、子どものような体躯でありながら、酒を樽ごと煽るもの、非常に攻撃的で厳つい外見を持つものと対照的に背に翼を抱えて線の細い美しい外見の者もいる。
つまり、多くが自分と同じく、被差別階級。正しくは亜人種と呼ばれる者達であった。
「ノルンはこういう場には慣れているのか?」
「はい。都市を出ると、何だ感だ仲良くやっている所もあるんですよ。差別がそれほど強くない国もありますから」
「なるほどな。……本当に上手いなこの肉」
渡された串焼き肉の味付けは、いまだに元いた世界の味が忘れられない自分にも良く合う。
様々な民族が調味料などを持ち寄るため、自分にあった味付けを見つけやすいのだ。
「よう、2人とも。楽しんでいるか?」
「はっ。ですが殿下、酒を嗜まれるのは感心しませんな」
「固いねえ。安心しなよ、これは果実水。酒を飲めない年なのは分かっている」
そんな調子で輪から外れている自分達の元に、にこやかな笑みを浮かべているユフィア王女がやってくる。
大分期限が良さそうであったため酒でも口にしたかと思ったのだが、その辺の分別はあるらしい。
「ノルンもいきなりで驚いただろ?」
「は、はい。ですけど、親の仕事で亜人種とも付き合いがありましたから」
「そう言えば、商人だって言ってたっけ? お師匠も嫌われなくて良かったねえ」
「そうですな。ところで殿下」
自分達と同様に石段に腰を下ろしたユフィア王女が親しげにノルンに話しかけ、ノルンも特に緊張せずに話をしている。この辺りは年が近いことが大きいからであろう。
ただ、楽しんでいるところ悪いが、聞きたいこともある。
「かたっ苦しいなあ。もうちょっと砕けた呼び方をしてよ」
「しかし……、名で呼んだりするのもまずい気がしますが?」
「その辺は自分で考えてよ」
そんな無茶な事を要求して来るも、何だ感だ頑固な側面が垣間見える。そのため、適当な呼び方がないかと思案するが……。
「では、姫」
「ふーん、短絡的だな。で、なに?」
どうやら、悪くない選択だったらしい。
「彼らは、如何様にしてお集まりに?」
亜人達が楽しむ様は、忌避の目で見られ続けて来た自分としては驚きでしかない。
奴隷身分以外は下手に街路を歩くことも出来ないし、達の悪い人間の目に入れば、攻撃対象にもなりかねない。
それ故に、亜人種の多くは深い森の奥や急峻な山岳地の他、荒涼たる荒野、延々と続く草地等に移住し、細々と暮らしているのが現状だった。
だが、今の彼らは人間も混ざって笑顔を向けあっている。人間であるものも、若い青年から中年の男も居るし、騒ぎながらも気品を感じる女性や少女もいる。
少なからず、身分格差も存在しているだろう。
「んー? 別に意図したわけじゃないよ。仲間と連んでこの神殿を見つけたときに、ニュン族の子と出会って、それからご飯食べたりしていたら自然とね」
ニュン族とは、森に住む精霊を祖とする民族の総称で、尖った耳と線の細い美しい容姿を持つ種族や成人しても少年少女のような外見と器用な手先を持つ種族や厳つく筋骨隆々とした外見を持つ勇猛な種族なども含まれる。
細かく言えば独自の種族名もあるのだが、その辺りは適当なものである。
「そ、そんな調子で?」
「うん。まあ、どいつも変わり者ばかりだと思うよ。普通のヤツがここに来たら慌てて逃げ出すんじゃないかな?」
「たしかに、リュコス族やキュオ族の方を見たら驚いてしまいそうですね」
「リュコスは気が短いヤツが多いけど、キュオなんか呑気なヤツばかりなんだけどね」
リュコスは狼のような耳と尾、キュオは犬のような耳と尾というのが分かりやすい例えであると思う。
両者は良く似ていて、体格も良く力も強い。加えて、鼻がよく聞く点も共通している。
異なると言えば、リュコスの方が部族意識が強く、牙なども鋭いぐらいであろうか?
キュオ族は良くも悪くも義理堅く、個人で動くものも多い。あと、気持ちが通じるのか、犬を非常に大事にする。
「そう考えると、お師匠の種族は珍しいんだよね。会ったこと無いし」
「俺も無いですけどね」
「そうなん? 両親は?」
「母親は人間だが、父親は知りません。祖父曰く、ティグ族だったらしいですが」
「そっか。悪い事聞いちゃったな」
「気にしないでください」
実際、様々な種族が居る中で、自分のように虎のような耳と尾を持つ者は居ない。全滅したとすら言われている種族なのだから当然かも知れないが。
「みんな、今は笑っているけど、一歩森から出たら、私らと並んで歩くことは出来ない」
そんな時、ユフィア王女が静かな口調で口を開く。先ほどまでのような気さくな感じはなく、どこか真剣な面持ちである。
「実際、種族の中での掟があったり、人間とは違う慣習もあるから共生するのは難しいのかも知れない。でも、美味い食べ物と美味い飲み物があるだけでこんなに仲良くなれることも事実。それは見て分かるだろう?」
「ええ」
実際、彼らの笑顔は外界では見る事は難しいだろう。ある意味で、自分達は貴重な場面に立ち合っていると言う事になる。
「私も間もなく成人。一応、修学院の卒業までは猶予があるけど、それでもいつかは王族としての務めを果たすことになる。だったら、こんな感じに種族間の隙間無く、仲良くなれるようにしたいという思いはある」
「だからこそ、彼らと積極的に関わっているのですか?」
「ええ。せっかくの機会だし、悪さ仲間と連んでいるだけでは進歩がないからな」
そして、それまでになく真剣な面持ちで語る王女。その表情にふざけているような様子は見られず、それどころか静かな語り口の中には熱い思いがあることを察することは出来る。
「そのためには、まず、王権を取り戻さないと駄目だ。幸い、ここの連中はいざとなったらともに戦ってくれると聞く。でも、私はこの通り問題児だ。まだまだ知識や経験が足りなすぎる。だからこそ、お師匠、いや、ジェネシス・フソラ・ロリシオン」
「はっ」
「私を導いて欲しい。会ったばかりとは言え、お母さ……母上が認め、オルフェノ等が推薦してきただけのことはあると、私の直感が告げている」
そんなユフィア王女の言が終える頃には、先ほどまで笑顔で騒ぎを続けていた者達も神妙な面持ちでこちらへと視線を向けている。
キュオやリュコスの者が格場所にいたのは、会話を皆に伝達するためでもあったのだろう。つまり、はじめから話はついていたことになる。
直感とユフィア王女は言うが、それは自分自身でも感じていたのかも知れない。
「最初に言っておく。姫」
「何か?」
「王だけでは、その大望は叶えられない。むしろ、貴族社会に取り込まれて面倒ごとに巻き込まれる。それだけではつまらん」
「つまらないって……はは。それじゃあ、ジェネシス。貴方は私を何にしてくれるの?」
期待の眼差しを受けるのはやや緊張もするが、どちらかというと気持ちの高揚の方が強い。酒が入っていることもあるだろうが、今まで抑えつけていた大望の類。
むしろ、自分が事を為すと言うよりは、事を為す者を育て上げるという野心が心の奥底から渦巻いてきている事を自覚した。
だからこそ、眼前の少女には一国の王者程度で終わってほしくないと言う思いが口を付いたのだ。
「中原の覇者。すなわち、帝王……、私が、貴方を皇帝なるものにして見せよう」
静かに静まり返った森林に、そんな声が響き渡る。
覇者となるのではなく、覇者を育てる。自分の中にあった野心がこう言ったものであったと言う事を、口に出してはじめて自覚していたのだった。
◇◆◇◆◇
この日を境に、“問題児”と忌避されたとある没落貴族の少女は一片、熱心に就学に努めていくようになる。
そして、この日の出会いと誓いがパルティア王国、引いては中原一帯を巻き込んだ大動乱の火種となった事を、今を生きる人間達は知るよしもなかったのだった。
「さすがね。それじゃあ、そんな大言をかました以上、私を覇者にして見せてよ?」
「うむ。さっそくだが、姫。帰って勉強をはじめるぞっ!!」
「…………えっ!?」




