第3話
「あそこがオルヒデア家のお屋敷です」
王城から小高い丘を挟んだ閑静な場所に、目的地であるオルヒデア家の屋敷はあった。
肥沃な平原地帯と湖の入り江に注ぐ大河の三角州の中にある王都アヴェスターであったが、そのため森林は神殿があった町に比べると少ない。
その数少ない森林は、一応の実家であるロリシオン家とここオルヒデア家の持ち物であると言う。
先ほど賊徒に襲われているところを救った商人の娘、ノルンに案内を頼みようやく到着することが出来た。
「案内してもらって悪かったな。ふむ、なるほど……」
ほどなく門前へと到着すると、手入れは行き届いているが、どこか閑としていて、活気などは感じられない。
老いた当主と幾人かの使用人だけが暮らすと聞いていたが、評判通りの様子である。
そんな感じで屋敷の様子を一通り見まわすと、それを待っていたかのようにノルンが口を開く。
「いえいえ、とんでもない。それより、荷を持ってもらってありがとうございました。重たくないですか?」
「問題ない。荷物運びは慣れたものだからな」
「そうですか。助けていただいた上に、こんなことまでしてもらって」
「気にするな。それより、ノルンさん。一つ聞いても良いか?」
なんとも恐縮しきった様子であったが、たしかに女性がもつにしては重すぎるようにも思える。
自分は種族が種族であるため、見た目の割に筋力もあるが、彼女の細腕では荷車で運ぶにしても大事だろう。
普段は使用人と二人で運んでいるそうだが、健気な物だとも思う。ただ、一つだけ気になることがある。
「はい? なんです……っ!?」
「なぜ、君が祖父の聖印の入った、書を持っている?」
門の脇にある鈴を鳴らしていたノルンに対し、荷に紛れていた封書を見せつける。
気取られないようにはしていたようだが、どうしても荷の中が気になるような様子は見せている。
そして、気付かれないよう抜き取るぐらいの芸当には慣れたものだ。
汚れ仕事を行う際には、情報が生命線となる。どんなつまらぬ書類でも入手できるに越したことはない。
「私用だったら飛脚の類を使うこともあるし、交易商に伝を頼むこともあるだろう。だが、これは公式……いや、最高機密に当たる文章とも言える。……君達は何者だ?」
そう言って、封書をノルンに対し見せつける。
聖印とは、ある意味王族とのやり取りの際にのみ使用が許可されていると言っても過言ではない最高機密である。
ノルンは目を見開いたまま、そんな封書を見つめ、何とか平静を保とうとしているが、身体のわずかな震えだけは隠しようがない。
もっとも、その様子を見れば、間者の類ではないことは分かる。
むしろ、庶民の少女を脅してしまったことには多少の罪悪感も湧いてくるものだ。
「そ、それは、その……。ええっと、ジェネシス様は」
「オルフェノ・ロリシオンの孫に当たる。もっとも、ロリシオン家からは追放されているけどな」
「追放?」
「さすがにここでは理由は話せない。それで、これは何かの推薦状かな?」
「っ!? ええっと、その……」
「うん?」
「王女殿下の学友推薦状と、その……」
「学友推薦? それと、この家が何の関係が?」
「は、はい。オルヒデア家は、長くパルティオン王家の側近を務め、時には外戚を担ったときもあるとの事で……。私の編入に関して力になってもらえるよう、ロリシオン閣下にお願いしてもらったんです。その……、ごめんさないっ!!」
そう言って頭を下げるノルン。
慌てて顔を上げてもらったが、どうやら、商人と祖父と付き合いがあり、そのツテでノルンの就学に関して力になってもらったようだ。
一応、この世界、この国にも公営の教育機関である、『修学院』という組織が存在している。
だが、基本的に門戸は貴族階級のみに限定されており、彼女のような平民階級であれば、莫大な賄賂と就学期間の奴隷的拘束を強制される現実を受け入れなければならないが、希望者は中々多いと聞く。
これは、貴族や悪徳神官が跋扈する国政であるが、当然、その手足となる役人は必要になり、役人への登竜門が、この修学院を卒業することであるのだ。
ただ、親心として、貴族の奴隷扱いを娘に強いることを商人は受け入れられなかったのだろう。
「いや、謝る事じゃない。祖父が認めたなら、私がとやかく言う事でもないし、陰謀に巻き込まれでもしたら敵わないと思ってな」
「そ、そうでしたか。でも、先ほどは」
「そりゃあ、間者の類だったら捕まえておかないとだからな。さ、中へ行こう」
実際、オルフェノはこの手のやり取りを好まないのだが、それでも彼が認めたというのは、商人との付き合いとノルンの人となりを認めたことの証左でもある。
だからこそ、とやかく言う筋合いは無いのだ。
そして、屋敷の入口にて使用人に訪ないを告げると、屋敷の奥の部屋へと案内される。客間と言うには手狭で、やや日陰めいた部屋であったが、作りは丁寧で声が漏れずらくなっており、調度品なども品のあるものが揃っている。
「なんだが、寒気がします」
「監視されているからな」
「えっ!?」
部屋に通され、腰を下ろしているとノルンが静かに身体を震わせる。
やや冷えてきたようにも思えるが、どちらかと言えば、周囲を取り巻く警戒心に溢れた気配が原因であるだろう。
実際、自分がそう口を開いた時には、気配がやや動いたように思える。
没落したとはいえ、名家であることの名残は屋敷の到るところに残されていると言うことであろうか。
「な、なぜですか?」
「そりゃあ、孫の師になる人間と……、まあ、なんだ。王女の学友になる人間が変なものだったらまずいからだろ」
「そ、それじゃあ、問題があったら私達は」
「ノルンさんは何もされんから安心していろ」
とはいえ、そんな状況になれているはずもないノルンは今にも泣きそうになりながらク問い掛けてくる。
実際、貴族は非常に排他的であり、自分達をその輪の中に入れようとすること自体稀なのだ。
ただ、ここまでの様子やノルンとの絡みを見て、なんとなくだが、この屋敷の事情が分かってきたようにも思える。
話を聞いた中では老当主が孫娘と幾人かの使用人とともにひっそりと暮らしている。との事であったが、それだけではこれだけの監視の気配は強すぎるし、何より、住んでいる人間の数の割には屋敷内の雰囲気は落ち着いたものであるように思えるのだ。
とても、病を抱えた老人と少女が暮らす家のものとは思えない。
「もしかしたら……むっ!?」
そこまで考えた後、身体がゾクリとした雰囲気に襲われる。ノルンも察したのか、ビクリと身体を震わせて、泣きそうになりながら表情を凍りつかせている。
意図は分からないが、なんと言うべきか、噂に聞くものだけのことはあると、この時ばかりは思わずには居られなかった。
「よくぞ参られた。まずは、偽りを申していた事を詫びよう」
そして、ゆっくりと開かれた扉から、ゆったりとした動作の中に、一片の隙も感じられない所作をもって入室してきた妙齢の女性。
赤き衣服に身を包み、黒みがかった艶やかな銀色の髪を靡かせ、柔らかな笑みを浮かべながらも、目には凛とした鋭い光をたたているその女性は、ここパルティアの民ならば、知らぬ者はいないであろう。
「お初お目に掛かります。私は、ジェネシス・フソラ・ロリシオン。王妃陛下の御下命とはいざ知らず、大変ご無礼を致しました」
「なに、失礼なことなどあろうか。私も、オルフェノの孫とは会ってみたかったのだ」
そう言って笑う眼前の女性、パルティア王妃アティーナ・パルティオン。
“鮮血の戦女神”とまで渾名され、中原諸国にその名を轟かせる女傑。
現時点で、彼女の意図を知るよしはないが、自分もノルンもまた、彼女が呼び寄せたことに代わりは無さそうであった。
タイトルやあらすじを試行錯誤しています。中々落ち着かずに申し訳ありません。




