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第2話

 十数年ぶりの王都アヴェスターに特に感慨はなかった。

 転生してすぐにこの地を離れてしまったのだから当然と言えば当然であるし、それ以上にジェノン神官長との別れの方がつらいと言えばつらい。

 ヒュプノイアやオルフェノのように近い存在ではなかったとは言え、何かと目をかけてくれた恩人でもあるのだ。



「それでは、フソラ君。達者でな」


「はい。神官長……いえ、司教猊下も」


「悪いようにはならん。しっかりな」



 そう言って笑いかけたジェノンを見送り、指定された屋敷へと向かう。

 フードを被り、神官服に身を包んでいるためか、かつてのような視線に晒される事はない。

 幻術も常時掛けているのは肉体の疲労に繋がるため、こうして厚着をしているときには、解いているのだ。


 しかし……。



「騒がしいな。何事だ?」



 何やら、騒がしい声がそこかしこで上がっており、何事かと思って表通りへと出る。

 すると、何やら大きめの商店から火の手が上がり、待ちの人間達が慌てて消火作業にあたっていた。



「あ、神官様っ。それが、あの商店が賊徒に襲われて」


「ほう? 警備兵はどうした?」


「ここのところ、混乱続きで、人手が足りていないんですよ。あの商店は大商人ってわけでもないから、どうしても後回しに」


「そうか。王都がこれでは、地方が疲弊するわけだな」



 そんな光景を遠巻きに見ていた男に声をかける。

 どうやら、商店の周りで野卑た笑みを浮かべている者達がその賊徒達であろう。服装はバラバラでかつボロボロだったが、得物は中々しっかりしている。

 あれでは、町の人間は何も出来ないだろう。今も、笑い声を上げる賊徒達を放って置いて消火作業に励む者が大半だ。



「きゃあっ!!」



 そんな時、燃え盛る商店の脇から、一組の家族が引き出されてくる。


 やや上等の衣服に身を包んだ壮年の男女と年代がバラバラの男女数人。それと、一際格かわいらしい少女が一人。

 商人家族とその使用人たちだろう。



「こいつらは、法を破ってたんまりと金を貯め込んで居やがった。本来だったら、罪人として打ち首物の所を、俺様達が金を没収するだけで、無罪放免になる。文句があるヤツは居るかっ!?」



 そして、そんな商人達を抑えつけながら、賊徒の頭目と思しき男が声を上げる。

 商人が金を稼ぐことを禁じた法がどこにあるのか知らないが、おそらく、賊徒達はどこかしかの貴族辺りと繋がっているのだろう。

 そうでなければ、この様にわざわざ声を上げる必要は無い。



「違う。正規の商売で得たモノだ。私は不正などしていなっぎゃっ!?」

「お父さんっ!? きゃああっ、離してっっ!!」



 そして、それに対し抗議の声を上げた商人。だが、他の盗賊たちに蹴り上げられ、商人を案じた娘は盗賊たちに引き立てられる。



「へへへ、とっぽい親父にしてはべっぴんな娘じゃねぇか。金と一緒に可愛がってやるぜ」


「む、娘だけはっ!!」


「母親も中々上玉だな。こいつも一緒に連れて行けっ!!」



 そんな、ありきたりな行為に手を染めていく賊徒達。


 自分としては、時代劇などで良く見た光景だったが、当人達にとってはたまった物ではないだろう。



「し、神官様……」



 ついでに、他の町民たちは助けたくても助けられない状況。加えて、何やら自分に縋るような表情を向けてくる野次馬たち。



「はあ。良いだろう…………おい、その人たちを放せ」



 こうなっては仕方がないと思うしかない。少なくとも、神官の職務には武芸に励むことも含まれている。



「ああん? なんだてめえ?」


「引っ込んでろ。クソ坊主がっ!!」



 ゆっくりと歩み寄っていくと、野卑た笑みを浮かべたまま声を荒げてくる賊徒達。女性二人はすっかり怯えてしまっており、商人達も暴行を加えられて息も絶え絶えな様子である。

 強気になるのも当然と言ったところか。



「ふん、俺は禿げてないぞ」


「ぐべぇっ!?」



 とはいえ、失礼なことを言った連中には仕置きが必要だろう。

 とりあえず、自分を押し退けようと腕を伸ばしてきた男の腕を掴み、背後へと投げ倒す。



「な、なんだ、てめえ? はぶっ!?」



 続けて掴み掛かってきた男には、手にしていた錫杖を振るって鼻っ柱に叩きつけ、後方へと突き飛ばす。

 次いで、襲いかかってきた賊徒たちを残らず討ち倒し、唖然としていた頭目に対して錫杖を突き付ける。



「曲がりなりにも、聖職者に刃を向けるってのは、それなりの覚悟があるんだろうな?」


「ぐ、ぐぐっ、てめえ、俺にこんなことをして、ただで済むと思ってるのか?」


「知らんわ。今日、はじめてここに来たんだからな。ただ、面倒ごとはごめんだから、いっそばれないようにしてやろうか?」



 表情を歪ませつつ、なおもそんな声を上げてくる頭目。

 それに対し、錫杖で身体を撫でるようにしながらそう告げる。

 貴族との繋がりはあろうが、死んでしまえばそれまでだろう。こんな人間の代わりはいくらでもいるのだ。



「ひっ!? て、てめえまさか、神殿騎士か??」


「いや、ただの神官だが? まあ、」


「お頭を放しやがれっ!! こいつがどうなっても、いいのかっ!?」



 と、そこまで言いかけて口を閉ざす。

 背後からの声を察するに、賊徒の一人が娘か母親を盾にしようとしているのだろうか?



「おらっ、早くしろっ!! こいつの耳をそぎ落とすぞっ!!」


「た、助けて……」


 そんなことを考えている間も、賊徒のイライラは増して行き、さらに捕らえられている娘さんの消え入りそうな声が耳に届く。



「やれよ。俺の耳じゃねえ」


「……え?」



 そして、錫杖を頭目に突き付けたまま、振り返ると、躊躇うことなくそう告げる。

 周りの野次馬たちを含め、誰もが娘のために武器を捨てると思った場面であろう。だが、そんな事をしたところで二人仲良く死ぬだけだった。



「ふっ!!」


「ぎゃっ!?」



 そして、周囲が呆気にとられた刹那、頭目を蹴倒すと、振り返った勢いで錫杖を賊徒に向けて投じる。

 発言に呆気にとられていた賊徒は、勢いの付いた錫杖の投擲に目を見開きつつも、先ほど潰された鼻をさらに顔の中にめり込ませながら、倒れ込むと、地を蹴って母娘の下へと向かい、二人を抱きかかえる。



「えっ!? あ、あのっ!?」


「捕まってろ」



 そう言って、賊徒達の側を離れ、野次馬たちの元へと二人を連れて行く。



「少しの間ぐらいは守ってやれ。すぐ終わる」



 野次馬たちに対し、そう告げると、再び賊徒達の元へと戻る。あっさりと叩きのめされ、尋常ではない動きを見せたためか、頭目を中心にへたり込んでいる。



「つ、強ええ、こいつやっぱり神殿騎士じゃ」


「だからなんだ?」


「ひっ!? ま、待ってくれ。このご時世、あんたら神官も食うや食わず何だろ?」


「な、仲間にならねぇか? そんだけ強けりゃ、食い物や女にも苦労はしねえぜ?」



 先ほどまでの強気がどこへやら、必死に謙ってくる賊徒達。


 たしかに、昨今の神殿の窮状は厳しかった。とはいえ、庶民の生活が苦しいのはどこも同じ。こいつ等の仲間になったところで、それが改善するとも思えなかった。



「別に、飯にも女にも困っていない」



 そう言って、頭を垂れている頭目を蹴り上げる。血を吐き出しながら倒れ込んだ頭目は、なおも必死に懇願してくる。



「ひいぃっ、ま、待ってくれ。殺さないでくれぇっ!!」


「あ、あんた等神官様や貴族様達にはわからねぇだろうけど、俺達はこうするしか食っていけねえんだよ」


「み、見逃してくれよお……」



 口々にそう言って、今度は泣いているような素振りまで見せてくる。だが、仮に自分が許しても、商人や町民達が許すはずもないだろう。

 いっそ、彼らに恨みを晴らさせても良いが、それでは彼らにも罪を背負わせることになる。



「先ほど、商人に対してお前達はなんと言った? 泣き叫ぶ女性たちに対してどんな扱いをした? 彼らの懇願をどのようにして踏みにじった? 俺は神に仕える身だからよく分かるが、神に慈悲はあっても、俺には無い」


 そして、ひどく残酷な気持ちになっていることにも気付く。

 自分達の怠惰を棚に上げて他者を踏みにじり、甘い汁を吸おうとする。立場は違えど、記憶の中にある汚辱に塗れた連中と姿が被るのだ。



「覚悟しろ」


「ひ、ひいいいいいいっっっっっ!!」



 再び握りしめた錫杖を振り上げる。

 ほどなく、先ほどまでとは打って変わり、賊徒達の悲鳴が街路に響き渡ることになった。





「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」


「いや。八つ当たりのような物だから気にしないでください。それより、お身体は?」


「このぐらいの傷ならば大したことはございません」



 賊徒達を成敗して警備兵たちに引き渡した後、商人家族から声をかけられる。

 奪われかけた財は取り戻せたが、店舗は焼けてしまっていて、これ以上の商売は難しいだろう。

 幸い、暴行を受けた商人や使用人たちは大事無さそうであったが。



「あ、あの……。助けていただき、本当にありがとうございました」



 そして、商人の娘が恐る恐ると言った様子で頭を下げてくる。商人と違い、彼女の身体はいまだに震えている。


 当然と言えば当然であるだろう。


 賊徒に盾にされた彼女を自分を、自分は平然と見捨てたような物だ。あのまま言うとおりにしていれば、自分も彼女も殺されていただろうが、それは可能性の話。

 現に彼女は無事であり、自分のせいで危機が大きくなった可能性もあるのだ。



「無責任なことを言って悪かったな」


「い、いえ。そんなことは」


「君の耳が削がれそうと、俺はかまわずあいつ等を成敗したと思う。と言うわけだから、礼には及ばないよ」


「それでも、現に娘も私も無事でいられましたわ。本当に、ありがとうございました」



 なおも恐縮する娘と母親。


 母親からすれば娘が無事であることがすべてであるだろう。とはいえ、怖がられたままというのも、さすがに傷つく。

 自業自得とは言え、美しい娘さんだったからなおさらだった。



「その通りです。この通り、金しか残っておりませぬが故、いくらかお持ちを」



 そして、助けてくれた礼にと、いくらか金銭の入った袋を差し出してくる商人。

 だが、この場の通り、これからいくら金が必要になるかわからない人間から、金を取る気にはならない。

 汚れた金であるならば気にすることはないが、真っ当な商売で得た報酬なのである。



「結構です。これから色々と物入りになるでしょうし、ご迷惑を掛けたくはありません。それより、教えていただきたい事が」



 そして、金よりも、今は必要な情報がある。


 自分の目的地であるオルヒデア家。


 その屋敷がどこにあるのか、見当が付かなくなっていたのである。平たく言えば迷子であり、土地に詳しい人間の助けが必要であったのだ。



 そのことを告げると、ようやく娘さんは笑ってくれていた。

タイトルやあらすじをちょっといじるかも知れません。ご了承ください。

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