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第1話

今回から新章に入ります。

 ルルーシアから刻印を受け取ってから10年の時が流れ、数えて18歳になっていた。


 オルフェノはいまだに前線に張り付き、終わりなき攻防に身を捧げ、ヒュプノイアとルルーシアは中央神殿内での政治抗争に振り回されているという。

 ヒュプノイアからは愚痴まみれの手紙と同時に、参考資料としての書物も送られてきている。

 そんな自分は、今ではジェノン神官長の補佐官として、式典や祭事へと赴き、10年前に比べれば遙かに忙しい毎日を送っていた。

 もっとも、他の神官達のように知識の習得への時間を削れば自由な時間は増えるのであるが……。

 この10年。残念ながら、自分のような人間の生活状況は改善されたとは言い難い。


 ジェノン神官長の協力を得て、フードを被れないときに頭部の耳を隠す術は生み出せたが……。それでも、亜人主達にとっての根本的な解決にはなっていない。


 神殿内でも、ヒュプノイアが去ったことで自身に対するいじめが増えた時期もあった。

 曰く、『亜人風情が何故ヒュプノス神官に贔屓される?』と言う理由らしい。

 いじめの首謀者は所謂貴族階級の少年だった。

 はじめこそ、罵倒の類であったが、自分が反抗しなかったことで増長。暴力に訴えかけられる場面もあったが、最終的には喧嘩両成敗となる方向へと持っていった。

 簡単に言えば、骨の一本や二本と言うことであるが、ジェノン神官長に掛けた負担は巨大なものであっただろう。

 首謀者は神殿を去り、その実家を神殿中央権力を持ちだしてようやく収めたという話は聞いている。


 それを気に、神官長が親身になって、所謂幻術の類の研究を助力してくれたり、ヒュプノイアと懇意であった神官達とも共同で生み出すことが出来たのだ。

 神殿中央にも、単純な功績として認められたのは以外であったが、ヒュプノイアとルルーシアの働きがあった事は容易に予測できる。

 そして、その評価とともに、亜人種としては極めて異例の処置として、神官長補佐官の地位を得る事が出来たのである。


 これは、正式な神官として認められ、聖名の下賜もあった。


 自身の聖名は、“ジェネシス”。次代に通じる術式を生み出したことから、次世代、新世代を意味する名であるという。


 ただ、喜んでばかりいる訳にもいかなかった。以下に、正式な神官となったとはいえ、所詮自分は亜人。

 当然、やっかみの類は増えるし、明確な憎悪や敵意を向けてくる人間も増えている。特に、実家からの圧力が強いというのは、ジェノン神官長やオルフェノから聞いていた。



 そして、それらの問題を抱えつつも、職務に従事していたある日。



「ジェネシス補佐官。貴官に対し、上殿要請が参ったぞ」


「上殿? この時期にですか?」


「うむ。権門たるオルヒデア家の息女が入神の儀となるという。そのための教育係を貴官に要請したいとのことだ」


「…………私はいまだ若輩にして、修行中の身でありますが?」



 職務中にも関わらず書類を手にした神官長がやって来てそう口を開く。


 何事かとは思ったが、その表情を見ると、事情は後ほど語るとも言外に告げている。ただ、普段とは異なる様子にまた、面倒ごとが舞い込んだかと思った。


 そもそも、上殿とは都へと上ること、入神の儀は成人式の事であるが……、何故わざわざ自分を指定したのかという疑問は大きい。

 補佐官に任命された矢先であるからなおさらだった。


 ちょうどそんなことを考えた時。



「ふん、補佐官ともあろうものが、神殿の窮状を理解していないらしい」


「なに?」



 背後から嘲るような声。


 自身より一回り年長の神官であるノーミュルという男である。やはり貴族階級の出身で自分とは折り合いが悪い。

 また、今も彼の側で職務に従事する取り巻きたちとともに、自分が中央から正式に神官就任を認められた際にも中心となって抗議の声を上げていた。



「獣の身であることを隠せるようにはなったが、そのせいで大飯ぐらいを追い出す口実が消えた。おかげで、この神殿では他の者を養いきれなくなっているのさ」


「……それを知っているからこそ、貴方の贖免符売買を黙認しているのですが?」



 獣。と呼ばれた事に、胸の辺りがチクリと痛むも、今更の事だと思いつつ反論する。

 この男が自分を嘲る以外にも、贖免符と呼ばれる神殿発行の手形であるが、神殿への寄進や善行の積み重ねによって、罪を一等減じられる特権状のようなものの事である。

 本来は、貴族達の義務に対する見返りような側面があったのだが、ここ数年、社会情勢の悪化に伴い、神殿の財政も窮状しているため、それらを発行して寄進を集める行為が多発している。

 結果として、賊徒などに神殿がお墨付きを与えかねない現状まで生まれはじめているという現状があった。



「ほう? それで、お前はどうだ? 私はそれでも神殿に貢献している。私が得た金でどれだけの孤児たちが養える?」


「その一面だけを見れば、褒められることでしょう。ですが、それらの乱発が邪悪なる者達に名分を与える結果に繋がりかねない事を理解しておられるのか?」


「ふ。清教徒を気取っておるが、結局は神殿に貢献した者が評価をされる。貴様は知らぬであろうが、神官長はほどなく中央への招聘が決まった。そして、後任の神官長には私が就任する」



 そんな現状に腹を立てて居るところにノーミュルの挑発である。


 贖免符の発行で金銭を得ているのもそうだが、取り巻きたちとともにそれを乱用していることも知っている。

 しかし、こちらの告発もどこ吹く風で、思いも寄らぬ事実を自分に突き付けてきた。



「っ!? 神官長……、真に?」


「う、うむ」


「そ、それは、おめでとうございます。ですが……」


「ふ。分かったら、荷でもまとめてはどうだ? 一日でも早く神殿を去ってくれるとありがたいのだがな」


「……仕事に戻ります」




 そんな事実を前に、ジェノン神官長へと視線を送るが、彼もまた表情を曇らせたまま歯切れ悪く頷く。

 とりあえずは、栄転でもあることであり賞賛を送るしかないが、なおもノーミュル等の咎をどうするつもりなのかを問う前に、ノーミュルの言にてそれを妨げられる。

 はっきりと、“出て行け”と言われてしまえば、それ以上抗弁する気にもなれなかったのだ。




「いったい、どういう事ですか?」



 職務を終え、手早く荷をまとめると、足早に神官長の私室へと足を向ける。

 ちょうど、人払いをしてあったのか、ジェノン神官長は自分が来るのを待っていたようである。

 ただ、どうしても口調は荒くなる。今も、声色だけは落ち着いているが、詰問するような口調になっていることは意識せずとも分かる。



「どうやら、やり過ぎてしまった。と言うのが正しいな。君が産みだした法術……、これは隠密行動などの軍事に転用できることであろうが、上層階級にとっては、おもしろくない話だったのだ」


「“獣”が、一般社会に入りこむことが許せぬと?」


「うむ。それまで、ヒュプノイアのような手に負えぬ者は捨て置かれたが、これからは君のように才ある者は外見での差別が減るだろう。加えて、奉公などに出る子どもにこれを施せれば、子どもたちだけでも差別からは逃れられる。亜人種にとっては救いとなるものも、彼らにとっては受け入れ難いものだ」


「…………それで、閣下と私を引き離すと?」


「うむ。私が君の手助けをしたと見られたようでな」


「事実ですが……?」


「いや、私や資料や資材を整えただけだ。功績は君の物だ。ただ、今回はそれのおかげで1番緩い処分となった。ただ……」


「今後は飼い殺し。と言うことでしょうか? 閣下も私も」


「うむ。君に教育係を求めたオルヒデア家であるが……」


「当主に子はなく、養子子も無し。断絶が決定していると承っております」



 現当主に関しても、元々は息女しかおらず、その息女は幼き頃に亡くしているという。加えて、妻もすでに亡く、当主本人は病魔に犯されていると聞く。

 つまり、老人の介護を行って、その後は勝手にしろとでも言うのであろう。

 オルフェノや神殿と引き離された以上、自分に後ろ盾はない。その後は煮るなり焼くなり自由。と言うことだ。



「知っていたか。ただ、ヒュプノイアやオルフェノからは、受け入れろとの言があった。何某かの手は打ってあるはずだ」


「そうですか……。つまり、私を放逐する大義名分を“作りだした”以上、こちらからも、残留への動機を“作り出す”と?」


「……さてな? 私からは何も言えん」



 そう言って口元の笑みを浮かべるジェノン神官長。


 自分が形の上で栄転する以上、地位を失う自分に対する後ろめたさはありそうだったが、離れていてもヒュプノイアやオルフェノとの協力関係は続いている様子。

 彼らの目的がどうなるかまでは分からなかったが、それでも、見守ってくれている人間が居ると言うことは心強かった。



 そして、一月ほど後、ジェノン神官長の中央への招聘と大司教への昇任が通達され、補佐官の任を解かれる日がやってきた。


 おおよそ三ヶ月ほどの短期間であったが、それまでと比べれば仕事はしやすくなっているはずである。

 ただ、肝心要の後任神官長次第でもあったが……。



「閣下、王都まで御同行いたします」


「うむ。エレンコス神官長。後は、よろしく頼む」



 出立に際し、神殿の者達との別れを済ませたジェノン神官長。

 十数年に渡ってこの地に尽くしてきた人物の旅立ちと言う事もあり、住民達は総出で見送りに出てきている。

 神殿に預けられている子どもたちも、皆涙ながらに見送っている。その中には、自分と同様に出自によって虐げられてきた子どもたちも居るが、今では皆が皆、同じ人間としての容姿をしている。


 小手先の幻術ではあったが、彼らがそれに頼らない時代を作ることが出来たら……。

 そんな思いを抱くこともあるが、それでも、自分がその先頭に立つのは難しいと言う思いしかない。

 亜人である以上、多くの人間からは理解されないという思いが捨てきれないのだ。



「御意に。……ぼんくら。精々、閣下のお伴を果たすことだな」


「はっ。ああ、ノーミュス」



 そんなことを考えている矢先、新神官長となったノーミュスが野卑た笑みを浮かべて来る。ともを果たすのは当然であったが、旅立つ前にやっておくことがある。


 そう思うと、左手の甲が熱くなり始めたのを感じる。


 ジェノン神官長だけがその異変に気付き、視線を向けて来たが、やっておくべき事だとは思う。

 そして、黒紫の光がその場に放たれると同時に、ノーミュスとその背後に控える取り巻き達に対して、一つの命令を下す。



「公正かつ公平な職務に従事しろ」



 そう告げた刹那、眩い閃光がその場に炸裂する。しかし、それを認識できるのは、その言葉の対象者と使役者。そして、高位の魔力を持った人間のみである。



「……………なんだ、ぼんくら?」



 一瞬、表情が消えたノーミュス等であったが、すぐに野卑た笑みに戻り、自身の言に応える。



「神官長へのご就任。改めてお祝いいたします。もう二度と会うことはないでしょう」


「ふん。私も、貴様などとは二度と会いたくないな」



 最後まで憎まれ口をたたきあうと、ジェノン神官長を促して馬車へと身を移す。


 町の出口まで、住民達が神官長を見送ってきたが、町を出てしばらく行くと、それまで耐えてきた事が応えたのか、急に意識が遠退きかける。



「フソラ君っ!? まったく、下手に使うなと申しておいただろうっ!!」



 ぐらりと揺れた視界とともに、倒れかけた自分の身体を支えつつ、ジェノン神官長が声を荒げる。



「はぁはぁ。それでも、あの男達をほっぽっておくわけには行かなかったので……」



 視界が霞みかけ、身体は気怠さに包まれている。


 先ほどの命令。それによって、ノーミュス等は職務に関しては公正・公平に従事することを強制される。


 これが、ルルーシアから受け継いだ黒の刻印の力。生命力そのものを削って他者を意のままに操ることが出来る法術。

 実際に、使役したのははじめてであったが、成功する確信はあったし、今のような代償も覚悟していた。

 ジェノン神官長が去り、あの強欲な男が権勢を振るえば、孤児たちだけではなく、町の人達のためにはならない。

 自分の力が及ぶ範囲ならば、なんとしてでも抑えるつもりだったが、もはやそれも望むべくもなかったのだ。


 しかし、まさに神の力。

 禁忌とも言える力の行使である。多用すれば、文字通り命を失うだろうと言う事ははっきりと理解できた。



「君の思いは買う。だが、それに支配されたときには……」


「はい。宜しくお願いします」



 ジェノン神官長に対し、そう告げた後、意識は遠退いていく。

 刻印の使役によって、心が犯されている可能性は大いにある。ルルーシア自身、強い心を持ってこれを使役していたが、長年の拘束と虐待によって、心を乱され、最終的には刻印によって狂わされた。

 つまり、彼女のようになった時には……。

 だからこそ、刻印の使役は控えるよう言われていたのだが、それでも、人ならざる力を頼らねばならないときには、躊躇をするつもりはなかった。



 そして、恐るべき力を持つ刻印を手に、飛躍の舞台は刻一刻と近づきつつあった。

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