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結局、クイさんは部屋に残った。そして私はヘルさんとクイさんが座っている間に置かれた。ヘルさんの腿に上半身を持たれかけ、クイさんには腰から足をなでなでされている。羞恥心って案外早くなくなるものですね。こんなことをされても、今ではなんとも思わない。思わないったら思わない。
おなかはやめてください、くすぐったいです。
「どこもかしこも柔らかいねえ……うまそぉ……」
「見るな触るな話しかけるな涎をたらすなマリカが穢れる」
ヘルさん、あんまり引っ張ると私の体がちぎれるよ。
「こんなにかわいいのに、なんで殺したりしたんだろうね」
おおっとなんだか不穏な言葉が聞こえてきました。
「ころす……?」
「ああ、いや、ちがうよ。昔のことさ」
「クールーエルガの罪と罰か」
なんのことだろう。教えて欲しくて、ヘルさんを仰ぎ見る。こうして近くにいると、大きすぎて顔もよく見えない。ヘルさんは頭をなでてくれた。クイさんは私の膝のあたりを熱心に触って、曲げたり伸ばしたりと遊んでいる。楽しいのだろうか。
「千年以上前の話だ。クールーエルガも、マリカと同じようにやってきた。
時々みつかる不思議な生き物が、マナと関係があることはわかっていたし、だからほとんどの場合大事にされていた」
昨日もみた本を広げてみせてくれた。描かれていたのは蝶々って言うか蛾だ。鳥肌が……。下の方に豆粒みたいなのがあるけど、なんだろう。
「綺麗だろう? だけど、クールーエルガは体が大きすぎて、意図してではなかったのかもしれないが、辺りを破壊した。危険とされて、殺されてしまった」
その豆粒は人でしたか。たしかにそれだけ大きければ、それだけでも危険だ。
「すると世界中からマナがはじけて消え、殺された場所は今も毒の沼ができていて近づけない。大地の悲しみと怒りを知って、彼らが大地の愛しい子だったのだと気が付いた。
その出来事がクールーエルガの罪と罰と呼ばれている。
大地の愛するものを私たちも愛そうと、保護する取り決めがなされたのはその後だ」
「私を大事にしてくれるのは、災厄を起こさないため?」
「私はマリカが大事だよ」
「前の……寵児のひとは?」
「前の? フフ様のことかな? もっちりして大変かわいらしかったけど」
あ、いまなんかムカッときた。
私は体を起こしてクイさんにしがみついた。クイさんには足をつかまれたままで、ねじれて苦しいけど気にしない。それにしても女の人とは思えないほど硬い体だ。
「マリカ?」
「そんな格好じゃ痛いだろ」
私を持ち上げて、向かい合わせになるように腿の上に乗せられた。ヘルさんとは逆の方を向いて、ちょうど顔の位置に来た胸に顔を押し付ける。
私の知る限り女の人の胸というのは柔らかいもののはずなんだけど。
「クイさんは女の人だよね」
「マリカ」
「そうだよー。なんだい、もしかして男に見えたのかい?」
苦笑している。こんなに体の線が出る服を着ているというのに、女の人かどうか聞くなんて、失礼だっただろうか。
「ううん。女の人にしか見えないよ。でもなんだか……私と違うから、もしかしたらって」
「マリカ!」
ぐえ。そこは胃です。胃をつかまれると大変なことになるんです。
「返事をしてくれ」
振り返らない。だって怖い顔をしているってわかってるから。
「あたしと仲良くしたいんだよね、マリカは。
そういえばさ、マリカはあんたとは結婚したくないって言ってたよ。声は好きだけど他は好きじゃないって。
わかったらその手を離しな」
クイさんの言ってることは、正しいけど正しくない。昨日であったばかりで結婚なんて考えられない。好きといったのは声のこと。でもそれ以外を好きじゃないなんて思ってない。
おなかをつかんでいた手が離れる。
「違うよ、好きだよ。でも苦しい」
怖くて振り返れない。すがりつきたいのに、私の手の届かないところにいる。
わがままをいっても、私を大事だといってくれる?
「私以外に、心を移さないで」




