9.猫のことは猫に聞け
「遅い」
開口一番、ミケは不機嫌そうに口にした。
紡生は思わず片眉を上げてミケを見る。
「ミケさん、それはないんじゃない? 飼い主さんだって不安なんだからさ、話くらい聞いてあげないと」
「ターゲットの姿を把握したらすぐに動いた方がいい。猫は人間と違って動きが早いからな。人と話している間にも動き回るぞ」
「それはそうだけど……」
だからって人間の方を完全無視はどうなのだ。
「無駄な時間くったな。さっさといくぞ」
「あっ、ちょっと!」
不満げな紡生を意に止めた様子もなく、ミケは踵を返して行ってしまった。
「もー!」
小走りで後を追う。
「ミケさん今までどうやって仕事していたんですか」
「別に、猫を返して終わり」
「じゃなくて飼い主と会話しなきゃいけないときとかですよ! さすがにあるでしょ、そう言うとき!」
「うるせーな。文句があるなら帰ればいいだろ」
「もう! すぐそういう!」
ミケは至極面倒臭そうに頭を掻いた。
「だいたいな、いちいち飼い主の相手をしている暇なんてない。アンタは関わりすぎなんだ」
「ミケさんが関わらなさすぎなんです! 話を聞いてみないと分からないことだってあるでしょう?」
「へーへー。さいですか」
「聞く気ないですね!?」
ミケは軽く手をブラブラさせて紡生をあしらった。
人を小ばかにしたような態度にイラつきが募る。
けれどここで言い合いをしていてはなかなか前に進めない。
紡生はぐっとこらえて後をついていった。
◇
数分後たどり着いたのは、人通りの少ない住宅街の空き地だった。
草が生い茂り、もう何ヶ月も人が入っていないのが分かる。
「ここは?」
「ハチの外見が分かったから、まずは目撃情報を探す」
「目撃情報? ミケさんが?」
思わず思ったことを口にすれば、ジトっとした目を向けられる。
「別に人間に聞かなきゃいけないなんてことはないだろ」
「え?」
「猫のことは、猫に聞く」
いったいどういうことだろう。
不思議に思っていると、ミケはゆっくりと口を開いた。
「みゃーご」
「!?」
マジの猫の声が聞こえてきた。
成人男性から可愛らしい猫の声が。
(そう言えばこの格好だから忘れていたけど、ミケさんって猫だったな)
とはいえ普段の声と全然違う声を出されると違和感がすごい。
面白いような、可愛らしいような……。
なんとも言えない顔をしていると、空き地から十数匹の猫たちが顔をのぞかせたのが見えた。
気が付けばいたるところに光る眼が浮かんでいる。
「猫のコミュニティって聞いたことないか? 実際、猫の方が人間よりよっぽどこの辺に詳しいぜ?」
「あっ!」
ニヤリと笑ったミケに声が漏れる。
(そうか、猫からも情報を得られるんだ……!)
紡生では猫の言葉は分からないけれど、猫同士なら会話ができる。
ミケのいう目撃情報とは猫の目撃情報なのだろう。
「よう、お前ら」
「にゃう、にゃあ」
「今日はハチってやつだ。ああ、礼もある」
「なおーん、なあ?」
「あ? 違えーよ。こいつはアメの思い付きで」
「ウナ。ゥナーン」
「ばか。言ってろ」
ミケは親し気に猫たちに声をかけ始めた。
相手が人間でなければひねくれ者は発動しないらしい。
(……それにしても)
いろんな猫がニャウニャウ、ミョウミョウ。
入れ替わり立ち代わり声をあげる。
何を話しているか分からないが、ただひたすらに可愛い光景だった。
和んでいる場合じゃないのに和んでしまう。紡生は顔が緩むのを感じた。
「つーか、なんか数少なくねえ? あいつもいないし、なにかあったか?」
「にゃーご」
「おう。アンタか」
しばらくするとずいぶんと渋い声が聞こえ、ボスっぽい子が出てきた。
片目に傷を負ったガタイのいい猫だ。
それまで鳴いていた猫たちはそろって静かにしている。
上下関係が厳しいのかもしれない。
「うにゃ。ナウナウ」
「……ふうん? また面倒臭そうな……。まあいい。ほらよ、礼だ。分かっていると思うが、怪しいやつからもらった食い物には手を出すなよ?」
「にゃおん」
ひとしきり話し終わるとミケは袖から何かを取り出して地面に置いた。
よく見れば猫缶で、逆の袖からは小さな皿とスプーンが出てくる。
(……もしかしなくてもずっと持ち歩いていたのかな)
着物の袖に猫缶と器を入れて歩き回っていたのか。
そう考えるとなんだか面白くて笑いそうになった。
「なんだよ。変な顔して」
「いえ、別に?」
今の光景が可愛かったと言ったら、きっとものすごい顔をされてしまうに違いない。
紡生は何とかにやけそうになる顔を引き締めた。
「猫って人間の言葉分かるのかな、って思っていただけです」
「あ? あー」
ウソではない。というか、猫飼い的には知りたいことだった。
「まあ全員が全員ってわけじゃねーけど、大抵のやつは理解してるぜ。話せはしないけどな」
「そうなんだ。じゃあコムギとも話したの?」
「まあな。見つけたときに帰してやるからついてこいとは伝えた」
「えー。いいなー。私も猫の言葉が分かればしゃべれるのに」
「頑張って覚えれば?」
「無茶言わないでよ。ミケさんが通訳とおしゃべりの練習に付き合ってくれるならまだしも、一人じゃムリだよ」
「じゃあ諦めな。……それより」
ミケはふいに真剣な顔になった。
「ハチらしき目撃情報が入った。その猫は人見知りなのか、挨拶もせずに逃げていったらしい。この辺の猫のことは大抵知っているボスでも、そいつは見たことなかったらしいから、たぶんビンゴだ」
ミケは、その猫が走り去っていったという方向へと視線を向けた。
「ここから北方向、半径200メートルくらい。身を隠しやすそうな場所がないか探す。あんたも、手伝え」
「えっ」
「なんだ。まさか嫌とは言わないだろうな」
紡生の戸惑った声に、ミケは非難めいた視線を送ってくる。
「ああ、いや。そうじゃなくて。ちょっと意外で……」
「意外?」
「ほら。アメちゃんが私を送ってくれたみたいに、ふしぎな力とか使うのかなって思ってたからさ……」
縁を辿って猫の居場所を把握するとか、他の猫たちに依頼するとか。
そういう普通じゃない方法を想像していたから、地道に探すと言われて驚いたのだ。
「アホか。アメじゃあるまいし、オレにそんな芸当できねーよ。地道に探し出して、誘導するだけだ」
「へえ。ペット探偵みたいですね」
違うのは捕獲するのか、誘導するかくらいだろう。
「でも、ちょっと安心かも」
「安心だぁ?」
「だって縁を繋ぐのが仕事っていうから、特別な力とかがいるのかと思ってたの。でも地道に探すなら私にもできることはあるってことだよね。そうと分かったらやる気出てきたよ!」
紡生はぐっと力こぶを作ると、へらっと笑った。
「よーし、頑張るぞー!」
「あっ! おい!」
紡生は気合を入れて走り出した。
置いていかれたミケは頭をポリポリと掻いてため息をついた。
「……犬みたいなやつ」




