6.……ミケさん?
「という具合でして」
「あはは。ミケくんらしいねぇ」
あわせ屋に向かって歩きながら先日あったことを話すと、紡生は肩を落とした。
自分の発言で気分を害してしまったのなら申し訳がない。
「あわせ屋の仕事を甘く見ていたわけじゃないんですけど……」
「まあミケくんはあやかしだからねぇ。人間に近づきたくないって思うのも仕方がないっていうか」
「え? そうなんですか?」
どうやら神余は事情を知っているらしい。少し悲しそうに眉を下げた。
「紡生ちゃんはミケくんを……ひいてはあやかしという存在をどう思う?」
「うーん」
急に問われると答えに困る。
紡生は少しだけ考えて口を開いた。
「あやかしのことは正直よくわかんないです。でもミケさんは別に普通の猫かなって。悪いことをするようには見えませんでしたし」
しゃべるし、妙にしっかりしているし、普通の猫とは違うというのは分かる。
でも火の玉が浮いている訳でもなければ透けてもいない。
見た目はどこにでもいる可愛い三毛猫だ。それ以外の何物でもない。
紡生は猫とつくものならばあやかしだろうが神だろうが愛せる自信があった。
そう答えると神余はカラカラと笑った。
「あっはは。そっか! なるほどなぁ。だから選ばれたんだぁ」
「え?」
ひとしきり笑い終えた神余はふと穏やかに微笑んだ。
「君は『あやかし』としてではなく『ミケくん』という個を見てくれているんだねぇ」
「え、っと?」
「ああいや、ごめん。ちょっと嬉しくて」
「嬉しい?」
「うん。誰しもがそういうふうに見てくれるわけじゃないからさぁ」
神余は笑いすぎて浮かんだ涙を拭い、どこか遠くを見つめた。
「人間は自分たちと違う者を怖がるからねぇ。あやかしはあやかしってだけでくくられていろいろと苦労したんだってぇ」
「……それって」
神余はそれ以上は口にせずに困ったように微笑んだ。
それでも言わんとすることはわかってしまう。
たぶん、恐れられたり避けられたり――それだけではく、口にするのもはばかられるような経験をしてきたのだろう。
(だから私を入れるのにあんなに反対したんだ……)
そんな目に遭わせてきた人間と一緒に働くなんて、ミケからしたらとんでもないことなのだろう。
気持ちはわかる。
紡生だって理不尽なことは大嫌いだ。
ミケにとっては人間は理不尽なものなのだろう。
けれどミケは近づけたくないと言いつつも、人間に関わる仕事を選んでいる。
普通は避けたり遠ざけたりするものだと思うのだが。
「ミケさんはどうしてあわせ屋をやっているんでしょうか?」
あわせ屋は猫と人間の縁結びの実働部隊だと言っていた。となれば人間と関わることも少なくないはず。
どう考えても人間嫌いには向かない仕事なのに、どうして。
「ああ、それは僕も少ししか知らないんだけどねぇ、徳を積むためって言っていたかなぁ」
「徳?」
「うん。神様の下で働いて失った徳を取り戻すんだとか」
神余の言っている意味はよく分からないが、ミケにも何か目的があってあわせ屋をやっているらしい。
そしておそらく目的を達成するのにあわせ屋をやるのが一番手っ取り早いのだろう。
それはなんとなくわかった。
「よくわからないですけど、要するに目的の為に苦手なことに取り組んでいるってことですよね? すごいなぁ。……でも私邪魔してますよね」
人間と関わるのは仕事上だから仕方のないこと。
そう割り切っているとしても、仕事仲間として内輪に人間を入れるとなるとまた違う。
「頑張っている人の邪魔はしたくないんだけどなぁ……」
詳しい事情を知らずにやると決めてしまったけれど、ミケの事情を聴いてしまうとこのままあわせ屋の仲間入りをしてもいいものかと迷ってしまう。
アメには期待してもらっているし、恩は返したいし、人や猫の役に立てることがあるのならしたい。
だから今更やめるという選択肢はない。けれどミケの負担になるのは不本意だ。
一体どうすればよいのだろう。
唸っていると神余はニコリとほほえんだ。
「そう思える紡生ちゃんなら大丈夫だよぉ。それにミケくんもすべての人間が嫌いってわけじゃない訳じゃないし、そのうち慣れてくれるってぇ」
「そうだといいんですけど」
「大丈夫大丈夫。その証拠に、ほら見て」
神余の指さす先には古びた木製の扉があった。
それを潜り抜ければ美しく整備された日本庭園と、立派な構えの武家屋敷が悠然とたたずむ。
このお屋敷こそ「あわせ屋」の本拠地だった。
「ここに来られるのは招かれた人だけだから、少なくとも紡生ちゃんは拒まれてはいないはずだよぉ」
「これも『そういうもん』なんですか?」
「うんうん。『そういうもん』だよぉ」
あわせ屋を手伝うにあたり、事前にいわれたことがある。
人間の常識と神やあやかしの常識は異なっているらしく、人間がありえないと思うようなことでも割と普通に起ったりあったりするらしい。
コムギを探しているときに時空を超えて家に戻されたこともその一環だし、この屋敷も猫社から徒歩数分の商店街の細い裏通りという絶対に入るスペースなどない場所にある。
端的に言えば異空間のようなものなのだろう。
原理とか法則とかそう言うのはわからないけれど、実際に体験した身としてはただありのままを受け入れるしかない。
だから理解が及ばないことは「そういうもん」と思うようにしている。
「さてと。じゃあ僕はコレを蔵に入れてくるねぇ。紡生ちゃんは休んでてぇ」
「あ、私もやります」
「いいからいいから」
神余はそそくさと持っていたお供え物を運んで行ってしまった。
休んでろと言われても、まだここに慣れていないからどうしたらいいのか分からない。
けれど突っ立っているわけにもいかないので玄関に手を掛けると、引いてもいないのにドアが開いた。
「え……」
出てきたのは長身の男性だった。
美しい琥珀色の猫目。
黒髪に茶色と白のメッシュが入った柔らかそうな髪。
透明感にあふれた肌。
それらを兼ね備えた、どこか浮世離れした雰囲気を持つ二十代後半くらいの男性だ。
それに身に着けている服も変わっていた。
濃いグレーの着物の中に白いハイネックのシャツを着こんだ……なんというか、大正ロマン味のあふれる格好だ。
がっつりと見てしまったがこのまま棒立ちで見ている訳にもいかない。
紡生は意を決して声をかけた。
「あ、あの、あなたは?」
「はあ? 何言ってるんだアンタ」
「へ?」
「それよりそんなとこ立ってられると邪魔なんだけど」
すごく邪険にされてしまった。
というか男性の言葉や態度の節々に既視感を覚えるのだが……
「……まさかミケさん? って、そんなわけないか」
ミケは猫だし、この人は人間だし。
まさか猫が人間になるなんてありえない……はずなのに
「あんだよ」
男性は普通に返事をしてきた。
「……え?」
「だからなんだよ」
「…………ミケさん? 本当にミケさんなの!?」
「うるせえな。急に大きな声出すんじゃねーよ。耳が痛くなるだろうが」
「この言い草はミケさんだ!」
耳を覆いながら眉を顰めて睨んでくる姿に確信する。
この人は間違いなくミケだ。
「えー!? なんで? なんで人間? 猫じゃないの!?」
「あ? ……ああ。アンタそう言えばオレの人型見るのは初めてか。言っただろあやかしだと。普通の猫じゃない。人間にだって化けられる。当然のことだろ」
「そうなの!?」
またしても紡生の常識外の常識が出てきてしまった。
そういうもん案件だ。
「えー……まじか、えー」
「この程度のことで驚いてちゃあ、この仕事なんてやってられねえぞ。今からでもやめておけ」
驚きで固まっていると、鼻で笑われてしまった。
ミケは顔をあわせるたびに、こうして辞めさせようとしてくる。
人間である紡生を傍に置いておきたくないのだろう。
あの話を聞いた後だとその気持ちもよくわかる。とはいえ紡生の事情もある。
紡生は少しムッとして口を開いた。
「ミケさんには悪いけど、もうやるって決めたの。まだ何の役にも立ててないのにやめられないよ。せっかく恩返しできる機会なんだし」
「恩返しねぇ……」
ミケはものすごく何か言いたげな目で見てきた。
「な、なに?」
「別に? ただの人間に何ができるんだと思っただけ」
「な、なにおう!?」
「だってそうだろ。唐揚げで滑ってこけた人間さん?」
「ぐっ……!」
ミケはまるで煽るようにニヤニヤとしていた。
(確かにこけた。こけたけど!)
「それはミケさんを受け止めたからだし」
「頼んでねぇが?」
「それはそうだけどさぁ!!」
ミケのにやけ顔がやけに腹立たしい。
どこかで見たことのあるにやけ顔だからかもしれない。
(……そうだ、近所の悪ガキ三人衆だ!!)
紡生の家の近所には大人をからかって遊ぶ悪ガキがいる。
大人が手を出さないことを分かったうえでどこまで耐えるのかのチキンレースを楽しむとんでもない悪ガキどもだ。
その悪ガキどもと笑い方がそっくりなのだ。
紡生には何もできないと高をくくり、おちょくって楽しんでいる。そんな笑みだ。
過去の経験で人間を信用していないのかと思っていたけれど、これはそんなんじゃない。
単純にもとから性格がひねくれているのだ。間違いない。
つまりこれはケンカを売られているということだ。
「上等ですよ! それなら役に立ってミケさんの口から『お前がいて良かった』って言わせてやる!」
この手のやつは舐められたら終わり。
そう分かっていた紡生は瞬時にケンカを買って出た。
今では悪ガキにも懐かれている紡生の処世術である。
「へえ」
言い返されたのが意外だったのか、ミケは少しだけ目を広げた。
けれどすぐに元のニヤニヤ顔に戻る。
「やってみろよ。ま、できることなんざねえと思うがな」
「む」
ミケはそう言うと紡生の横をすり抜けて外へと向かった。
「見ててやりてぇのはやまやまだが、あいにく忙しいんでな。何かやりてぇってんなら指示はアメに貰え。オレは一切かかわらん」
「そうはさせないよん!」
「は? ……うおっ!?」
「!?」
ミケの上にすごい勢いでなにかが降ってきた。
よくよく見てみると降ってきたのは白い毛玉……もといアメだった。
下敷きにしているミケのことなどお構いなしにニコニコ顔で話しかけてくる。
「やあ紡生ちゃん。三日ぶりだね~! なかなか来られなくてごめーんね!」
「あ、いや全然。……それよりミケさん、大丈夫なんですか?」
さっきまでいがみ合っていたけれど、さすがに心配になった。
だって首からしちゃいけない音が聞こえたから。
「あやかしはこれくらいじゃなんともないから大丈夫大丈夫!」
「そうなんだ。ならいっか」
神がそう言うのならそうなのだろう。これもそういうもん案件だったようだ。
「いいわけあるかっ! 早くどけ!」
と思っていたが、どうやら違ったらしい。
ミケは額に青筋を浮かべ、アメをひっつかんで投げ捨てた。
「何するのよミケ!」
「なにするの、はこっちのセリフだっ! アンタおおざっぱすぎんだよ。座標くらいちゃんと指定してこい!」
「失礼な! ちゃんと指定した上でミケの上に降りてるに決まってるでしょ!」
「なお悪いわっ!」
怒るミケの髪の毛がボフっと膨れている。
人型になっていても猫は猫。毛は逆立つもののようだ。
「まあそれより、ようやく紡生ちゃんにやってもらいたい仕事が来たの! 今日はミケについていって!」
「え!?」
「はあ!?」
ミケと同時に声を上げる。
けれどアメは止まらなかった。
「言っとくけど、ミケに拒否権はないからね! 今日の仕事は迷い猫『ハチ』の捜索よ。商店街の肉屋さんの子ね」
「ちょっとまて! いきなり何言って――」
「じゃあよろしく~!」
ミケの制止もむなしく、アメはどろんと音を立てて消えた。
後に残ったのはアメのどこか楽しそうな声だけだった。




