33.あわせ屋の役目とミケ
「…………紡生ちゃんはそう言うと思ったわ」
「え?」
小さくつぶやかれ思わず顔を上げると、アメは困ったように笑っていた。
「被害者を消すだけがイヤなのはアタシも同じだった。でも役目は放棄できない。だから『あわせ屋』があるのよ」
「……どういう」
「あわせ屋にはいろんな役目があるわ」
はぐれてしまった者たちを再び繋ぐ「会わせ」。
別々の想いを抱いている者たちの想いを繋ぐ「合わせ」。
すれ違ってしまった縁を繋ぐ「逢わせ」。
「これらは紡生ちゃんにもやってもらった仕事ね。飼い主たちがいい行いをしていたからこそいい結果を返せる依頼だった。……なら逆は?」
一方がもう一方を不当に扱っていたのなら? 死なせでもしたとしたら?
悪い行いをしていたモノには何が返ってくる?
「それは当然、悪いものが返ってくることになる。……でもね、悪いことをするやつは大抵、それが罪だと思っていないの」
罪の意識もなく、悪いことをしたとも思っていない。
だからこそ被害者の恨みも悲しみも、加害者は知らない。気がつこうともしない。初めからないモノだと思っている。
加害者にとって被害者の嘆きなんて初めから存在しないのだ。
「神には怨霊を消滅させる役目があるわ。でも消滅させるということは、加害者に思いも届かず自らの存在も恨みも一方的に消されるということ。……そんなの、あまりにも報われないじゃない。だからせめて消す前に被害者の思いを加害者に《《引き遭わせて》》あげるの。それがあわせ屋の最後の仕事……『遭わせ』の仕事よ」
話し終わるとアメは自嘲気味に笑った。
「そんなことをしても怨霊が報われるわけじゃない。そんなことは分かってる。それでも何かしてあげたい。そう思っちゃったの」
怨霊がそうしてくれと言ったわけでもなければ、それに意味がある訳でもない。
迷い猫を帰すことや縁結びなどの感謝を得ることだけが目的なら、猫社だけで事足りる。
けれど猫社だけでは神としての仕事はできたとしても、気持ちの問題や寄り添うことはできない。
だからあわせ屋を作った。あわせ屋は報われない者たちの想いに寄り添うために生み出されたのだ。
「ミケも賛同してくれたわ。……あわせ屋はね、いうなればあたし達のエゴでできているの」
「エゴ……」
「ええ。あわせ屋にとって大切なのは『遭わせ』の仕事。だからこそミケは貴女を関わらせたがらなかった。もちろん紡生ちゃんを関わらせるつもりはなかったけれど、関わり続けていたらいずれ危険な目に遭うことになりかねないって」
脳裏に、紡生をあわせ屋に入れるとなったときのことが思い浮かんだ。
ミケは今まで何度も紡生をやめさせようとしてきた。
あれはそう言うことだったのだろうか。
「……それに、昨日言われたわ。貴女を辞めさせた方がいいって。でもあたしは答えを先延ばしにした。個人的な理由でね。その結果がこれよ」
行方不明の猫は怨霊になり、あわせ屋には『遭わせ』の仕事が入ってきた。
それを悟ったミケは紡生を遠ざけようと追い出したのだという。
……その甲斐もなく紡生は犯人とであってしまったけれど。
それがことの顛末だとアメは言った。
全責任は自分にあるのだと。
「……ミケは貴女がこのままあわせ屋にいたら、いずれつぶれてしまうって心配していた。だから嫌われてでも離れさせようとした。つぶれてしまうより、嫌われる方がマシだったんじゃないかな」
「…………どうして、そこまで」
アメの話が本当なのだとしたら、紡生は知らず知らずのうちに守られていたことになる。
ミケは人間が嫌いなはずなのに。
それなのになぜ、人間である紡生を守ろうとなんてするのか。
浮かんだ疑問に、アメはふいに悲しそうに瞳を揺らした。
「……昔ね、紡生ちゃんに似たような人がいたの。あやかしだからと虐げられていたミケを匿って、受け入れてくれた優しい人が。……でも」
その人は屋敷ごと燃やされてしまった、とアメは小さく言った。
「そんな……」
「あやかしを受け入れるというのは人間にとってはリスクでしかないのよ。人智を超えた存在は憎しみや恐怖の対象になりやすいの。だから普通と違うミケを怖がる者も、見世物にしようとした者もいた。……でもその人は自分の限界を超えてもミケを守ろうとした。だから火をつけられてしまったの」
怖いから庇うものごと排除する。
よくある話と言えばよくある話だが、紡生にはとても悲しいことのように思えた。
「ミケは自分と関わったから死んでしまったと思ってるわ。もっと早くにその人の元を去っていれば、少なくとも死ぬことはなかっただろうって」
自分ではどうしようもない望みを――その人と共にいたいと願ってしまった。
自分の力では叶えられない欲を抱いたから、その人を死に追いやってしまったのだと、ミケはそう思っているらしい。
だから紡生に「自分の力以上のことを望むな」と言ったのだろうか。
あのときの言葉は自分に向けての言葉だったのだろうか。
それともミケを庇ったというその人に?
どちらにしても紡生にそう伝えたということは――
「――ミケさん、まさか本当に私を心配していたの……?」
アメは静かに頷いた。
「……ミケはね、貴女にはあの人と同じような目に遭ってほしくなかったんだと思う」
「…………なによ、それ」
ぽつりと言葉が漏れた。
だってミケに嫌われたと思っていた。
ミケが言ったことは、全て事実だったから。
自分にはなんの力もないくせに関わろうとして、足を引っ張って。
そんなだから嫌われた。だから追い払われたって。
でも守ろうとしてくれていただなんて……。
「気がつけるわけないじゃない……!」
結局全て、ミケの優しさだったと言うのか。
本心は全くの逆だったのだろうか。
紡生を危険にさらさないように、自分が恨まれても追い出そうとしていたのだろうか。
そんなの、気が付ける訳ない。言ってくれないと、分からない。
いつもいつも、ミケの優しさは――
「分かりにくいのよ……」
ジワリと目の奥が熱くなり、喉が震える。
(……優しいのは、どっちよ)
紡生のことをつぶれないように遠ざけたというミケの方が、よっぽど優しいじゃないか。
だって優しくない人がそんなことできる訳がない。
紡生は滲んだ涙を振り払い、腹に力を入れてアメを見た。




