23.ごまかせない
熱くて赤い渦の中に、私はいた。
また、子供のころの夢だ。
けどいつもとどこか様子が違う。
ああそうか。あの部屋じゃないんだ。
日本風な屋敷――どうやら以前見た穏やかな夢の家にいるらしい。
前と違うのは、ここが穏やかな場所じゃなくなっているということ。
風が桜を躍らせるのを眺めていた部屋で、私は倒れていた。
子供のころの記憶と同じように、迫りくる炎をただ見ていた。
私の中にはもう手遅れなだという気持ちが溢れていて、動こうという気すら起きずに目を閉じた。
――チリン
鈴の音が聞こえてうっすらと目を開ける。
もうかすんでうまく見えないけれど、あの子の気配を微かに感じた。
ああ、あの子だ。
あの子が傍にいるのだ。
ダメだよ。
ここにいたら貴方も巻き込まれてしまう。だから逃げなさい。
私はもう動くこともできないけれど、貴方だけでも逃げて。
逃げて……生き延びてほしい。
強くそう思うのに……声はもう出なかった。
あの子が泣いている気がするのに、私はもうその頬を撫でることすらできない。
体に寄り添おうとするあの子をふり払ってやることもできない。
ああ、ごめん。ごめんね。
神様。
どうかこの子だけはお助けください。
この子は他の子と少し違う部分があるだけ。それだけなんです。
本当は誰よりも優しくて……。
だから――
◇
「――……逃げて」
伸ばした腕が空を切った。
目を開けると見知った天井が映る。
「……あれ」
ここは――
「あわせ屋……?」
「そだよー! 起きた? 紡生ちゃん」
元気のよい声がすぐ隣から聞こえて顔を向ける。
艶のある白い毛並みが視界いっぱいに広がった。
「……アメちゃん?」
「うん! 気が付いてよかった!」
「あの……ちょっと近いかな。くしゃみでそう」
アメは足を折りたたみ、横たわる紡生にちょうど胸毛を押し付ける形で座っていた。
ふわふわの毛が顔中についてなんだかムズムズする。
ネコハラは大歓迎だけれど、鼻や口にたくさん毛が入ってしまうのでご遠慮願いたい。
「アニマルセラピーのつもりだったんだけど、くしゃみ掛けられるのはイヤだなぁ。仕方がない。退きますか~」
途端に視界が明るくなる。
今まで気がつかなかったが、布団に寝かされた紡生の近くにはアメだけでなくミケもいたらしい。
それから、恐らく処置をしてくれたのであろう白衣を着た先生らしき人(?)も。
「……!?」
紡生は先生らしき人に釘付けになった。
大きな牙と三角の耳、つぶらな黒々とした目とつぶれた鼻。
ずんぐりむっくりとした体には茶色の毛が生えそろい、その下に細い足がついている。
これはどう見ても人間ではない。
人間サイズだけど、二足歩行をしているけれど、どう見てもこの特徴は……。
「…………いのしし?」
「はい。狛いのししのイブキと申します。神余が管理している五社のうちの一社、猪社のものです」
イブキと名乗ったいのししは器用に正座をし、三つ指をでおじぎをしてきた。
あまりにも流れるような所作で見惚れてしまう。
ハッとなり、紡生も慌てて体を起こしおじぎを返そうとするが制された。
「まだ体お辛いでしょう。そのままで結構ですよ」
「え、でも……神様、ですよね? 神様相手に寝たままっていうのはさすがに……」
「いいのです。わらわは神使といえど医者の端くれですから。患者に無理はさせられません。そのままで」
「あ、はい……」
「イブキはね、紡生ちゃんのたんこぶを治してくれた神だよん!」
「え? あ、そうなんですか?」
どうやらイブキは治癒の神らしい。
いつの間にか痛みすら消えていたのでたんこぶを作っていたことすら忘れていたけれど、治してくれたのならお礼をしなければ。
「その節はご迷惑おかけしました。そしてありがとうございました」
「いえ、とんでもない。あれはアメのミスに巻き込まれたと聞いておりますし、災難でしたね。……それで、今お体はどうですか?」
「そう言えば……」
寝っ転がったまま身体を動かしてみるけれど、痛いところは全くなかった。
どうやら気絶した際にできた打ち身なども治療してくれたらしい。
「重ね重ねありがとうございます。助かりました」
「っ、ほほほ。そんなそんな」
感謝の念を込めてじっと見つめると、イブキは顔に手を当てて恥ずかしそうにはにかんだ。
そんなに恥ずかしがること言っただろうか、と不安に思っているとアメが体の上に乗ってきた。
「気持ちは分かるなー。紡生ちゃんの言葉って真っ直ぐだから照れるよね~!」
アメの言葉に全力で首を振るイブキ。
紡生の言葉には思いがしっかりと乗っているのだとかなんとか。
あまり考えたことなどなかったし、自覚はないけれど、まあ神様がいうのならそうなのだろう。
「まあそれはともかく。紡生さんが気絶してしまった理由は寝不足とお聞きしましたが……眠って起きた後すぐの気絶だったようですので、他に理由がありそうですね。なにか心当たりはありますか?」
「あ、えっと……」
じっとつぶらな瞳に見つめられて言葉がつまる。
心当たりはある。
でも、それを人に話すのは……。
「アンタ、煙を見てぶっ倒れたんだ。寝ている間、ずっとうわごとのように逃げろと言っていたぞ。……何があった?」
思い悩んでいると、今まで沈黙していたミケがふいに尋ねてきた。
そういえば気絶する前はミケと動いていたんだった。
となると、あわせ屋まで紡生を運んだのはミケなのだろう。
その際、聞かなくてもいいことを聞いていたらしい。
「心配してくれているの? 珍しいこともあるんだね」
紡生は決まりが悪くなってお道化てしまった。
「……わりぃかよ」
「え」
まさか肯定されるとは思っておらず、思わずまじまじとミケの顔を見てしまう。
ミケはただじっと紡生を見ていた。
その目からは言うまで付き纏うぞという意志を感じる。
……これはうやむやにできそうにないな。
紡生は一つため息をついて口を開いた。
「……小学生のころにね、私、火事に遭ってるの」
小さく語りだしたのは昔の記憶。
あの夢の記憶だ。




