19.押し入りじゃー!
「はい。というわけでやってきました。黒永さん宅~!」
紡生は再び黒永の家に来ていた。
といっても中に入っているわけではなく、どう入れてもらうかを絶賛検討中である。
普通にチャイムを鳴らしたところで出てきてはくれないだろうし、かといって出てくるまで鳴らし続ける訳にもいかない。
そんなことをすれば即通報案件だ。
「そこで考えました。人間ではできないのなら、《《猫》》にやってもらえばいいと! てわけでミケさん! ゴー!!」
「ゴー、じゃねえよ! なんでオレだ!」
「だってミケさん猫でしょ? で、黒永さん愛猫家でしょ? だったら窓の外で座っていれば開けてくれないかなって」
「人間に、しかも男に愛でられろというのかっ!?」
「うん! 思わず窓を開けたくなるように愛くるしくしてね! がんばっ!」
「シャーーーー!」
ミケは大きく髪を逆立てた。絶拒だと言わんばかりの表情である。
「仕方がないじゃん。私も人型のミケさんも顔を知られちゃっているわけだし。大丈夫。私もミケさんが気を引いている間に庭に忍び込むからさ!」
住居不法侵入だが、もはやそんなこと言っていられない。
向こうが窓を開けて招いてもらう算段だから押し入るわけではないし、多少強引なのには目をつぶっていただこう。
「嫌だ。やらんぞオレは」
「そうはいってもミケさん。迷ってる時間なんてないでしょ。やるっていったのはミケさんなんだからさ」
「こうなるとは思わないだろうがっ!」
「大丈夫大丈夫! 窓を開けてもらえれば後は私が何とかするし! ね、ほらレッツゴー!」
「ちょっ、押すな! アンタ変なとこでアメに似てきたな!?」
「そうかもねー」
といいつつミケの背を押すのをやめない。だってミケは案外押しに弱いから。
アメもそれを知っていたからグイグイとツッコんできていたのだろう。
確かにグイグイ来られるとつい引き受けてしまうのは紡生にも身に覚えがあったし、実際効力はあるのだろう。
なので紡生も心置きなく使わせてもらうことにした。
「はい、いってらっしゃい!」
「ああもうっ! クソッ!」
目論見通りミケは猫の姿に変化し、家へと向かっていった。
紡生も見えないように隠れながら近づいていく。
ガリガリガリ。
窓を爪でひっかく音がする。
鳴けばいいのに鳴かないのはミケのプライドが許さないからだろうか。
なんて考えていると黒永が窓に寄ってきたらしい。
ガラガラと開かれる音がした。
「――……アズキ? ……なんだ違う子か」
(よし、突撃――――!)
紡生は一目散に庭に走った。
途中黒永がすごい顔でこちらを確認したのが見えたが止まるわけにはいかない。
紡生はハードルを飛ぶように押し入った。
「てえい!!」
「うわあ!?」
殺せなかった勢いをいなすように床に転がり、何回転かして体操選手のようにぴたりと止まる。
「……いててて。でも入れたかな。よかった~」
「いやよくないだろ。黒永轢いてるぞ」
「え? ……うわっ」
よかったよかったと頷いていると、いつの間にか人型になったミケが引き気味でやってきた。
その視線をたどってみると、窓付近で黒永がつぶれていた。
どうやら巻き込んでしまったらしい。
「……あー。おじゃまします?」
「言うとる場合か」
ミケは黒永を近くにあったソファに運ぶと揺さぶる。
「おい、起きろ」
「……う、うう」
黒永はうめき声をあげ、ゆっくりと目を開いた。
うっすらと目を開けた黒永は小さく口を開いた。
「ご、強盗か……?」
「ご、強盗!?」
確かに危害を加えてしまったけれど、別に故意に傷つけようとしたわけじゃない。それになにかを盗む目的でもない。
まさかそんなものに間違われるなんて思いもしていなかった紡生は大いに慌てた。
「違います違います! アズキちゃんの話をしたくて来ただけです!」
「アズキ……? ……ああ。昼間の不審者か君」
衝撃でぼんやりとしていた焦点が合ってきたのか、ようやく紡生のことを把握したらしい。
「……まだそんなことを言っているのか。こんな強引に入ってきて……。なにが目的だ」
「目的って……だからアズキちゃんの話を――」
「そんなの、君らの作り話だろっ! いい加減にしてくれっ!」
黒永が怒りのこもった目で睨み上げてきた。
……怒りはごもっとも。
でも紡生だって、ここで引くわけにはいかない。
「だってこうでもしないと聞いてくれないでしょう」
「聞きたくないって言ってるんだ! 出てけ!」
「いやです。聞いてもらうまで帰りません! だってもう時間がない。アズキちゃんが消えてしまうっていうのに、黙って見ているだけなんていやなのよっ!」
「……は? アズキが、なに?」
少しの間の後、呆然とつぶやいた黒永はようやく紡生を見た。
「……アズキちゃんはあなたのことが未練になってこの世にとどまっている。でも魂だけでこの世にいるなんて危ないことなの」
ミケが言っていたことを思いだし、ブルリと震える。
時間がない。
もしこのまま黒永が話を聞いてくれなかったら、アズキは遠からず自分のことすら忘れてさまようことになってしまう。
そんなのはいやだ。
「アズキちゃんだって危険なのは分かっていた。それでもここにいる。それはあなたに伝えたいことがあるから。だから聞いてほしい。お願いします」
「……アズキがいる?」
黒永はひどく傷ついたように紡生を見つめた。
「どうして……だって供養はちゃんと」
「表面上のな。アンタ心の中では全然受け止めきれてねーだろ。夢枕に立てるのは受け手が現実を受け入れたときだけ。だからアズキはアンタの夢に出られなかったんだよ」
ピシャリと言い切るミケに黒永は息を飲み込んだ。
「…………なんで君にそんなこと言われないといけないんだ」
ようやく絞りだした声は喉が干上がってしまったようにひどく掠れていた。
図星を突かれたことへの動揺なのか、はげしく目が泳いでいる。
「そんなの、アズキにアンタの夢にでたいと頼まれたからに決まっているだろ。オレらは『あわせ屋』だからな」
「あわせ、屋?」
ミケは面倒くさそうに紡生へと視線を送ってきた。
どうやら自分で説明する気はないらしい。
どこまで話していいのか分からないが、このままなにも言わないわけにもいかないだろう。
「あわせ屋というのは、猫社に祈られた願いを叶える実働部隊みたいなものです。今回はアズキちゃんからの依頼で貴方のもとに来たんです」
仕方がなく言葉を引き継ぐと、黒永は瞬いた。
「アズキからの依頼で……?」
「はい。信じられないのもムリはないですけど、とにかく一度話だけでも聞いてくれませんか」
真っ直ぐに黒永を見つめ続ければ、黒永は二三度瞬いた後、自嘲気味に笑った。
「…………そうか。そうだったんだな。それなら、話を聞くまでもないよ」
「え?」
「アズキは、俺を恨んでいるんだろう? だから俺の夢には出てくれない。……当然だよな。アズキは――俺のせいで死んだようなものだから」
笑っているけれど、泣いている。
涙は出ずとも言葉が、纏う空気が、泣いていた。
「アズキちゃんが死んだのが、黒永さんのせい……?」
そんなこと、アズキは言っていなかった。
風邪をこじらせてそのままだったはずだ。
けれど黒永はアズキが死んだのは自分のせいだと思っているらしい。
「そうだ。滑稽だろう? 俺はアズキに助けられたのに、アズキが苦しんでいることにも気が付かなかった。まだ生きられたかもしれないのに、俺の、せいで……っ」
言葉の途中で黒永の顔が歪んだ。項垂れるように力なくうつむいていく。
「まだ十歳だったんだ。腎臓が悪いと言っても、まだ寿命もあったろうに――……」
黒永は独白のように口を開いた。




