18.最愛の人
「アズキと黒永は九年前、外で出会ったみたいだ。もともと野良として暮らしていたけど、ある日の夜、偶然《《黒永を拾った》》ってよ」
「ん? 黒永さんを拾う……?」
逆では? と思い詳しく聞くと、間違いではないという。
「赤い顔で倒れていたから気になってつついてみたら、泣きながら縋られた……らしい」
「な、なんだそりゃ」
夜に赤い顔で倒れていた。しかも泣いていた……? あの強面さんが?
一体全体なにがあった。
疑問しか出てこない出会いにツッコみたくて仕方がないが、今はとりあえずアズキの話を全部聞くのが先決だ。
「黒永はずいぶん繊細な人間なんだと」
「繊細?」
(あの見た目で?)
どちらかというと繊細というより鮮烈だったが……。
「言いたいことは分からんでもないが、顔に出過ぎだ」
「あ、ごめん」
紡生は顔を揉んで真面目な顔に戻した。
思っていることがすぐに顔に出てしまうのを何とかしなくては。
「それで、繊細な人がなぜ外で倒れていたの? なにかあったのかな?」
「さあ。それは分からなかったらしいが、出会った当初の黒永は《《抜け殻》》だったらしい。だから気になって近寄ったそうだ」
「抜け殻って?」
「魂が器から抜けてしまった状態だ。生気を失った状態ともいえるな」
「魂が抜けるってよく聞くけど、本当にあるの?」
「……まあ、一応。全部抜けきることはないが、なにか大きなショックを受けると一時的に飛び出ることはある」
「そっかぁ……」
生きる気力を失った状態。活力がなくなった状態。
いろいろと言い換えはできるが、途方もなく悲しいことがあったのは間違いなさそうだ。
それで外で倒れていた、と。
「いつもなら放っておくけれど、そのときは何故か放っておいてはいけないと思った。だから黒永と一緒に暮らし始めたらしい」
初めはすぐに死んでしまうのではないかと思っていたアズキだが、気がつけば九年もの間傍にいることになった。
そしてアズキから見た黒永は、紡生が見た黒永とはずいぶんと様子が違っていた。
「アズキにとって黒永は面倒を見てやらないといけない子どもみたいなものだったらしい。狩りもできないし、どんくさいし、野生だと生きていけないダメな猫だったって」
「散々ないわれようだなぁ……。じゃあアズキちゃんは黒永さんが生きて行けるかが心配でとどまっているの?」
「……いや、少し違うな。狩りもできないダメ猫ではあるが食べものは手に入れられていたし、一緒に暮らし始めて半年後には生きる気力も持ち直していた。だから生活で面倒見てあげないとという心配はしていないらしい」
「じゃあ?」
「……自分が死んでしまったとき、出会ったころと同じ気配を纏っていたんだと」
「同じ気配ってことは……」
再び抜け殻になってしまったということだろう。
黒永はアズキの亡骸を抱え激しく慟哭した。
それ以来ぼうっとして、情緒不安定が続いているのだという。
「だから逝く前に発破を掛けたいらしい。自分がいなくても腑抜けることのないように」
だから夢枕に立つことにこだわっていたのだろう。
自分の言葉でなければ黒永に響かないことが分かっていたから。
アズキのことは飼い主を心配する健気な子だと思っていたが、話を聞く限り結構気が強いのかもしれない。
肝っ玉が据わっているというか、豪胆というか。
もしも人間だったら黒永のケツを蹴り上げていそうだ。
そんなアズキだからこそ、黒永が自分のせいでまた抜け殻になるなんて見逃せないのだろう。
そしてそれは、自分の魂を危険に晒してでも必ず叶えたい強い願いでもある。
「……」
自分だったら、どうだろう。
そんな風に思える相手がいるだろうか。
魂を危険にさらしても伝えたい思いがあるだろうか。
もしもそんな風に思える相手がいるとしたら。
「……最愛の人だったんだね」
誰よりも、自分よりも。
その人の為なら何だってやってみせられる。
それを愛と言わずになんと呼ぶのか。
紡生にはまだそんな人はいないけれど、それでもアズキの真摯な願いは心を揺さぶるのには十分すぎた。
「大丈夫。絶対に黒永さんと話ができるようにしてみせるからね」
何をしたら黒永の心に響くのか。それはまだ分からない。
それでも立ち止まっている訳にはいかない。
アズキの思いをなかったことになんてさせたくないから。




