15.困ったことになりました
「おっ! 来たねー。ほらほら座って!」
あわせ屋の屋敷につくと居間には既に人型になったミケもおり、アメの後ろに座っていた。
ミケはちらりと紡生を見ると、隣に置かれていた座布団に目線を向けた。
どうやらそこに座れということらしい。
「え? なんで?」
いつもは各々好きなところに座っているのに、どうして今日は座る場所を指定されるのだろう。
しかも三人で固まって座る形なので、話し合いには向いていないと思うのだが。
そんな疑問が顔に出ていたようで、アメにコロコロと笑われてしまった。
「今ね、お客さんがきているんだ」
「お客さん?」
「そ」
アメが目くばせしたところには座布団が一つ置かれている。
位置的にはちょうどアメの正面に当たる場所だ。
なるほど。そこにお客さんが座るからあわせ屋関係者はまとまって座れということか。
紡生は納得してミケの横に腰を下ろした。
「今は席を外されているんですか?」
「アホ」
「なぜ急な罵倒!?」
そろそろと座るとミケに罵倒される。
意味が分からない。
「もういるに決まってるだろ」
「え? でも……」
もう一度向かい側を見るけれど、人の姿などどこにもない。
いったいどういうことかと首を傾げていると、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「アンタな。ここがどういうところか、もう忘れたのか?」
「どういうところって言われると……神社関係?」
「……」
すんごいジト目で睨まれてしまった。ミケの望んでいた答えではなかったらしい。
いやだってそうとしか言いようがないことない?
しょうがないじゃん。なんて答えていいかなんて分からないんだから。
紡生はそう思いながらもジト目を避けるようにアメに助けを求めた。
「今回のパターンは初めてだもんね。分からないのも無理ないよ」
アメは何が面白かったのか、笑いをこらえながら説明をしてくれた。
曰く、今紡生たちの前に置かれている座布団の上には猫が……正確には猫の魂が座っているのだとか。
「た、魂……」
やっぱりあるんだ。そう言うの。
神やあやかしがいる時点でなんとなく分かってはいたが、実際に目に見えない何かと対面するのは初めてだ。
なんとなく身構えていると、ミケに肘でつつかれてしまった。
「変なことすんなよ」
「し、しないよ!」
潜められた声に潜め声で返す。
変なこととは何だ。失礼な。
いくら幽霊に驚いていると言ってもお客さん相手、しかも猫ちゃんに変なことをするわけがない。
「はん、どうだか。アンタ考えなしもいいところだからな」
「はあ!?」
意地の悪いニヤニヤ顔に思わず声が漏れる。
「ゴホン! 紡生ちゃん?」
「あ……ごめんなさい」
アメに咳払いをされて慌てて謝る。
隣を見ればフルフルと肩を震わせているのが見えた。
(こいつ……!)
わざと怒られるように仕向けやがった! 許せん!
あまりにも腹が立ったので横腹をつついてやった。
びくっと震えて睨みを効かせてくるけれど、知ったこっちゃない。さっきの仕返しだ。
紡生はしらを切り続け、アメと魂の話に耳を傾けた。
「――それで、依頼は『元飼い主の夢枕に立ちたい』ということでいい?」
魂が何と言っているのか分からないけれど、問題なく会話は進んでいるみたいだ。
アメは紡生にも話の内容が分かるように会話の端々にヒントを散らしてくれていた。
そこから分かったことは四つ。
一つ、依頼者はメスの黒猫の魂で、一週間前に虹の橋を渡った子だということ。
二つ、猫の名前はアズキといい、飼い主は黒永という人間だということ。
三つ、アズキは元から腎臓がよくなかったが、最近の気温差で風邪を引き、そのままだったということ。
四つ、アズキは黒永のことが未練になりとどまっているということ。
どうやらアズキちゃんは、飼い主の黒永さんが塞ぎがちになってしまったことを心配して昇れずにいるらしい。
なんて健気で飼い主想いな子なのだろう。
「貴女は未練……黒永の夢枕に出られたら、ちゃんと昇る? そう……。分かった」
しばらく話すと、アメはミケに目くばせした。ミケは立ち上がり部屋を後にする。
「?」
不思議なことに、なんだか少しだけ部屋の空気が軽くなった気がする。
なんだなんだと首を傾げていると、大きく伸びをしたアメに笑いかけられた。
「ミケにアズキちゃんの案内を頼んだから空気が軽くなったんだよん。さすがに一週間も留まっていた魂を外に出しておくのは危ないしね。……ああ、もうここにはいないから楽にして大丈夫だよ!」
「え、もういないの?」
「ええ。紡生ちゃんにはやっぱり見えないのね」
「えっと……はい」
何が、と問われれば「魂」が、である。
「私霊感ないので……。今までもお化けとか見たことないし」
「あはは、普通はそうよ。見えない方がいいものだし」
「え? そうなんですか?」
「そりゃあそうでしょ。見える人って普通の魂だけじゃなくて、悪いモノまで見ちゃうっぽいし。そういうのって見えている人とか助けてくれそうな人に寄っていくものだし、あっちはあっちで大変そうよ?」
アメはコロコロと笑いながら話しているが、全然笑える話ではない。
というかアメのいう「悪いモノ」って……。
「……」
やめよう。深く考えてはいけない。
紡生は首を振った。
「でも見えないとなると、私にはなにもできそうにないんですけど……」
依頼主が見えない、しかも言葉も聞こえないとなるとなすすべがない。
というか、人間ではなく猫が依頼主になり得るということも初耳だ。
生きていようが魂だけだろうが、紡生には猫の言葉が分からないのだからそもそも相手などできないだろう。
それなのにアメは紡生に頼みたい仕事だと言って呼び出した。
圧倒的に向いてない仕事だと思う。
けれどアメはニコリと笑った。
「そうでもないんだな~、これが」
「え?」
「だって依頼内容が依頼内容だし~?」
「依頼内容って……アズキちゃんを黒永さんの夢枕に立たせるっていうやつですよね?」
先ほどの会話でちらりと聞こえたことだ。
夢枕と言えば、生者の夢の中に死者が現れてメッセージをくれるというものだった気がする。
それこそ人間の力じゃどうしようもない領域だ。
「そういうのってアメちゃんの領分じゃないですか?」
「そうなんだけどぉ~、でも今のままじゃちょーっとムリっていうか?」
そう指摘すると、アメは体をくねくねとくねらせた。
(あっ、この動きは……)
最近分かってきたが、アメがこういう仕草をしているときは大抵言いにくいことを言おうとしているときだ。
紡生の上にミケを降らせたことを告白するときにもしていた。
今度は一体どんな無茶ぶりを言おうというのだろう。
紡生はごくりと唾を飲み込んだ。
「どういうこと?」
「うーんとね、一応あたしも神様だから夢枕に立たせてあげることはできるんだけどぉ、条件があってね」
「条件?」
「そうそう。確かに神様は人智を越えた力があるし人間にできないこともできるんだけど、好き勝手やったら秩序が乱れるでしょ? だから神様力を使うには課せられた条件をクリアする必要があるの。いわゆる《《神ルール》》ってやつね」
神ルール、以前聞いた言葉だ。
確か神様の取り決め事みたいなものだったはずだ。
「で、今回の願いを叶える条件なんだけど……『見る側が現実を受け入れていること』なんだよね~」
「現実を受け入れる……」
思わず苦い顔になってしまった。アメが言いよどんだのも頷ける。
だって現実を受け入れるということは――。
「つまり黒永さんとアズキちゃんを引き合わせるには、黒永さんがアズキちゃんの死を受け入れる必要がある……というわけですね」
「そのとーり」
アメは満足げに頷いたが、紡生は頭を抱えるはめになった。
だってアメが今のままでは夢枕に立たせられないということは、黒永はまだ現実を受け入れきれていないということに他ならないのだから。
「このままだと依頼が達成できない。じゃあ私が呼ばれた意味って……」
「うん! 紡生ちゃんに黒永の説得みたいなことをお願いしたくてさ!」
「やっぱり!」
やたらいい笑顔で指をさされて顔を背けたい衝動に駆られる。
つまりアメが言いたいのは、アズキの死を受け入れられていない黒永に受け入れるように説得してこいということだろう。
「そんなの私にどうこうできることじゃなくないですか!?」
ケガした子の保護や飼い主のフォローはともかく、助からなかった子のことを受け止めきれない人を説得しろだなんてできるわけがない。
人に何か言われて受け入れられるようなら、そもそもふさぎ込んでなどいないのだから。
だというのにアメは可愛らしく足にすり寄ってきた。
「大丈夫だって~。少し話を聞いてあげるだけでも変わるものだし~!」
手触りのよい毛並みが大変気持ち良い。
でもここで流されるわけにはいかない。
紡生はアメを撫でたい欲を押さえつけて首を振った。
「ム、ムリですよ! 私黒永さんと友人ってわけじゃないですし! 初対面の人にそんなずけずけと言えないですって!」
ムリだ。絶対にムリだ。
そんなのもし自分がされたら間違いなく怒る。
なんで初対面の人にそんなこと言われないといけないのかと怒り狂うだろう。
怒られる、もしくはもっとひどいことになると分かり切っているのにツッコんでいける鋼の心臓は持ち合わせていないです。残念ながら。
そう激しく首を振るけれど、アメは諦めるつもりがないらしい。
上目遣いで尻尾を足に巻き付けてきた。
「ね、おねがーい。この中だったら紡生ちゃんが一番可能性があるのよ~。あたしはそもそも人前に姿を現しちゃダメだし、この手の依頼だとミケは成功した試しがないし~」
「ぐっ、かわいい……じゃなくて! そ、そもそも私はアズキちゃんの話も聞けないわけで……!」
「大丈夫大丈夫! 今回はミケをサポートにつけるし! 二人でならなんとかなるっしょ! じゃ、よろしく!」
「そんな無茶ぶりな……ってアメちゃん!?」
アメは逃げるようにどろんと音を立てて消えた。
広い客間に一人ぽつんと残される。
「…………どうしろっていうのよ」
紡生の呟きは虚しく消えていった。




