10.怪談話?
紡生たちがたどり着いたのは河川敷の一角だった。
遊歩道が整備された人通りが多いところから少し離れ、陸橋の下へと向かう。
不法投棄された大型家電には草が絡みつき、橋の向こう側で柳の木がざわざわと音を立てている。
その場所は昼間ですら薄暗く、いかにも何かが出てきそうな雰囲気が漂っていた。
紡生は引きつった顔でミケを見上げる。
「……まさかここって言わないですよね?」
「そのまさかだ」
無情にも言い切られてしまう。
「ここなら若い猫が隠れるのに最適だろ。調べるぞ」
「え!? ウソウソ、ちょっと待って!?」
がさがさと踏み入っていくミケを慌てて引きとめる。
「ここって、その。で、出るって噂の場所なんだけど……」
「出るって、何が」
「……幽霊」
「はあ? 何言ってんだ」
「いや本当なんだって! こ、こんな話、聞いたことない?」
その昔、女性を殺した男が警察の目を欺くためにこの川の付近に死体を埋めた。
ほとぼりが冷めた頃の夜、男は死体を掘り出しにきた。
けれどどこを掘っても死体が見つからない。
慌てた男が辺りを探していると、ふと足に草か何かが触れているような気がした。
そういえばずいぶんと長い間動き回っているのに、この感覚はずっとあった気がする。
男は恐る恐る足元を見てみた。
それは草などではなかった。
手だ。土で汚れた、女の手首。
その手は突然男の身体を這い上がり、地面へと引きずり込もうとしてきた。
振り払おうとしてもこの世のものとは思えない力で抗うこともできない。
そして―ー翌日には男の亡骸が発見された。
自分を殺した相手を祟り殺したのだ。
これで事件は解決かと思われた……が。
「でも、手には目がないから引きずり込んだ男が自分を殺した相手か分からなかった。だから夜な夜な通りがかった相手を引きずり込むんだって……!」
おどろおどろしい口調で語り終わると、胡乱気な顔を向けられる。
「バカバカしい。よくある怪談だろ」
「そう思うでしょ? でも私の友達にも夜にこの辺りを通ったら変な音を聞いた子がいるんですよ!」
「あ? どんな?」
「なんか、こう……何かを掘る音みたいな、ザシュザシュって感じの音って……」
夜にそんな音が聞こえてきたら、悲鳴上げて逃げるだろう。
想像して身震いした。
「そ、それってさ、何かが土の中から這い上がってくる音なんじゃないかって、皆騒いでて……」
「なんだ、怖いのか?」
「怖いっていうか……危なくないかなって。引きずり込むとか明確な害意だし、急にそんなことされたら話もできないだろうし、ちょっと……」
話ができないなら説得もできない。
なすすべなく埋められるなんてまっぴらごめんだ。
「ふーん、話ができたら怖くねーと思ってるってことか。おめでたい頭してんなぁ」
「え?」
「話ができても人間を殺せる力を持っている奴なんて五万といる。それこそ目の前にな。オレがあやかしだってこと、忘れたか?」
ミケはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、紡生の喉元へと手を伸ばした。
「オレはあやかし『五徳猫』だぞ」
「ご、五徳猫?」
「ああ。人間と会話はできるが幽霊なんかよりよっぽど強い力を持っているし、火だって吹ける化け物だよ。……分かるか? 気分次第でアンタなんざどうにでもできるってことだ。今だってこのまま首をへし折ることもできる」
爪が立てられてピリリとわずかな痛みが走る。
「それでも怖くないと言えるのか?」
見上げたミケは相変わらずの笑みが浮かんでいた。
けれど笑みの裏に影が潜んでいるようで、背筋がゾクリと粟立つ。
確かに、ミケがそうしないという確証はない。
そう断言するには紡生はミケのことを知らなさすぎるから。
でも、害を与えようとする人がわざわざ事前に宣言するだろうか。
こんなのまるで警告だ。
自分にはそうするだけの力があるから近づくなと言っているようなものだ。
そしてそれは、人間が嫌いだから近づけたくないというより……
「……つまり『傷つけたくない』ってこと?」
そう言えばミケは一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐに呆れたような顔になった。
「アホか。なんでそうなる」
「え、だって」
「よーくわかった。アンタが底抜けのバカだってことが。……まったく、どんだけ楽観的なんだか」
「あ、ちょっと!」
ぱっと首を解放するとミケは先に草むらへと向かっていく。
慌てて後を追うけれど、思ったよりもぬかるんでいて歩きにくい。
しかもあちこちに転がっている粗大ごみを覆うように草がはびこっているから滑って仕方がない。
紡生は数分もしないうちに派手にすっころんでしまった。
「うへぇ、ドロドロ……」
「何やってんだ」
泥があちこちに跳ねてべたべたする。
身体についた泥をはらっていると、相変わらずのあきれ顔で見降ろされていた。
いつの間にか戻ってきたらしい。
「あっははは、派手にこけた!」
「見りゃわかる。怪我は?」
「ない! 普段からよく転ぶから受け身とるのはうまいんだ!」
「……それはどうなんだ?」
「ある意味で特技だよ!」
「…………そうかよ」
ミケはなーんかペースが狂うんだよなとぼやきながら頭を掻いた。
「まあまあ、ぼやいても仕方がないよ」
「アンタがいうか」
「そう言えば何に引っかかったんだろ?」
「聞けよ」
ミケはまだ何かぶつくさ言っていたけれど無視して足元を見た。
そこには草にと草の間に青い紐のようなものが絡まっている。
どうやらコレに引っかかって転んだらしい。
「なにこれ、首輪?」
拾い上げてみるとリンと小さな音が鳴った。
よく見てみるとリボンと鈴がついている首輪だ。サイズ的に、猫のものだろう。
内側には名前と思われる刺繍が施されていた。
「ルルー? 脱走猫のかな」
猫の首輪は簡単に外れるものが多い。
木や柵などに首輪が引っかかって宙づり状態になったり、変に圧迫してしまったりする事故を避けるためだ。
この首輪の持ち主も、恐らくそういう状況にあったのだろう。
「迷子になっていないといい、け……ど」
紡生は首輪から顔を上げた姿勢で固まった。
一点を見つめ、目をそらさない。
「……ミケさん」
「あ?」
「――あれ」
紡生が指さした場所には、赤黒い液体が滴っていた。




