嘘の章:―⑥―
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――その頃、リガルドの家(領主別邸)。
陽が真上まで上りきり、西の空に傾き始めた頃、リガルドはいつもより早く野良作業から戻ってきた。思っていたより人手があり、予定より早く片付いたのだ。
「ただいま帰ったぞー」
リガルドはそう呼びかけながら誰も居ない家に入る。勿論返事は無い。
領主の息子だからと、一軒家を与えられはしたが、やはり一人者でいることに最近は寂しさを覚えることも多くなった。
そろそろ自分も結婚して妻が欲しい。妻にするなら器量良しで子供たちからも好かれる心根の優しいエイプリルみたいな女子が良い。いや、エイプリルが良い!
そんなことを考えながらリガルドは居間のソファに腰かけた。そして、ふと窓の外を見ると、そこには領主の屋敷に向かうエイプリルの姿があった。
「エイプリルっ!」
リガルドは驚きの声を上げると、すぐに家の外へ出た。そしてエイプリルに駆け寄る。
しかしリガルドはそこで立ち止まった。何故ならそこに居たエイプリルはいつもの彼女ではなかったからだ。
「お……おい! どうしたんだ!? その格好!?」
リガルドが驚くのも無理はない。今の彼女は普段の清楚な格好と打って変わって大胆に肩を出し、まるで娼婦のように派手で妖艶な出で立ちをしていたからだ。
だがそんなリガルドにエイプリルは淡々とした様子で答える。
「あ……リガルドさん、こんにちは。今日はお仕事上がるの早かったんですね?」
「違うだろ!? その格好はなんだ!?」
リガルドが叫ぶとエイプリルは少し驚いたような仕草を見せたが、すぐに笑顔になって言った。
「……ああ! これですか? これは……そう! 新しい服です!」
エイプリルは明るい口調で言うが、リガルドは納得しない様子で更に問い詰める。
「そんな破廉恥な格好……お前の趣味じゃないだろう?」
リガルドの言葉にエイプリルは平静な顔で言った。
「これは私が選んだんです。ちょっと露出は多いですけど……」
エイプリルの言葉を聞きながら、リガルドは頭が痛くなった。しかしそれを悟られないよう平静を装うと、リガルドは問いかけた。
「…親父のところに行くのか?」
「それは……」
エイプリルは言葉に詰まると、言いづらそうにしながら答える。
「あの方が、この服だと喜んでくれるんです…」
その言葉にリガルドは怒りを露わにした。
「あのクソ親父ッ! エイプリルにこんな格好をさせて……!」
リガルドが拳を強く握りしめると、エイプリルは慌てた様子で言った。
「あ! 違います! 違うんです! これはわたしが望んでやってること。決してあの方の言いなりになっているわけじゃありません!」
エイプリルの言葉に、リガルドは更に困惑する。するとエイプリルは申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい……」
「ん!?」
リガルドは思わず聞き返すと、エイプリルは再び俯きがちになりながら言った。
「…いつも、声を掛けてくれて、ありがとう…」
エイプリルのその沈んだ声にリガルドは眉をひそめるが、冷静を装い彼女に尋ねる。
「……お前は一体、何者なんだ?」
「わたしは……あの方に、居場所と役割を与えて頂いた、それだけの存在です……」
「居場所……? 役割……?」
リガルドの言葉にエイプリルは頷く。そして彼女は言った。
「そう……居場所と役割……!」
エイプリルの瞳に涙が浮かぶ。そして彼女は語り始めた。
「わたしは《北》の戦災孤児です。小さい頃から人と喋ることも上手にできず、友達も居なくて独りぼっちで過ごしてきました……そんなわたしを拾って下さったのが、あの方なんです」
「親父が!? 一体どこで……」
リガルドは尋ねるが、エイプリルはそれには答えなかった。
「ある日、あの方からわたしの故郷がまた戦争に巻き込まれて全滅したことを聞いて……それで……」
「それで……?」
リガルドが続きを促すと、エイプリルは涙ぐみながらもハッキリと答えた。
「わたしは、あの方の《メイデン》になることを決めました」
「メイデンだとッ!?」
リガルドが驚き叫ぶと、エイプリルは頷いた。そして続ける。
「……はい。幸いわたしには魔導の才能があり、《印》が強かった。わたしはメイデンになって、あの方の道具として生きていくことを決めました」
エイプリルの言葉に、リガルドは動揺を隠せなかった。そして彼は言った。
「親父は……言われてみれば、昔からエイプリルを気に掛けてたな……」
リガルドはエイプリルの告白に驚きながらも、どこか納得している様子だった。
「はい……あの方はわたしに力を与えてくれました。この暴力に溢れた世界で、一人で生き抜く為の力を!」
エイプリルはそう言うと、リガルドに向かって深々と頭を下げた。
「今まで嘘をついてて済みませんでした……! ですから、あなたの好意は受け取れません…」
エイプリルの突然の告白にリガルドはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「つまり、お前は…自分の意志で、親父のメイデンに……」
「……はい……恐らく……」
エイプリルは小さな声で答える。するとリガルドは自嘲気味に笑って言った。
「……そうか」
そしてそのまま黙ってしまう。しかし彼は意を決して尋ねた。
「……親父と一緒にいて、楽しいか?」
その問いに、エイプリルは戸惑いながらも答えた。
「それは……その……ええと……」
答えられない様子のエプリルに、リガルドは更に尋ねる。
「楽しくないんだろ?」
リガルドの言葉にエイプリルは驚いて顔を上げ、やがて少し微笑み答えた。
「…そうですね。楽しいとは、違う気がします…」
エイプリルの返事にリガルドも微笑む。そして彼は言った。
「じゃあ、もう親父の所には戻るな」
「……はい?」
リガルドの言葉が理解できず、エイプリルは首を傾げる。すると彼は続けた。
「お前は、俺の妻になれ」
「……え!?」
突然のプロポーズにエイプリルは驚きの声を上げた。だがリガルドは構わず続ける。
「親父には、俺から言っておく。そしてお前はお前の人生を俺と生きろ!」
「で、でも……」
エイプリルは困惑しながら言うが、リガルドは更に続けた。
「お前のことが、昔から好きだった」
エイプリルはしばしその場に呆然と立ち尽くし、彼の言葉に自分の耳を疑った。
「……今更、わたしに、そんな人生……」
「どういうことだ?」
エイプリルはゆっくりと振り向き、庭先に隠れ様子を伺っていた二つの影に視線を移した。
そして、更にその対面からやって来るもう一つの人影を見て覚悟を決めたように目を閉じ俯いた。




