嘘の章:―⑤―
▽▽▽
――それから数日後。
連日滞在している宿屋に延長の宿泊費を払い、ルシェンテとベルムナートは今日も朝から村を散策していた。
「ねぇ、リガルドさんが言ってた茶店に行ってみない?」
ベルムナートの言葉にルシェンテは快く頷く。二人は噂の茶店に向かった。
「こんにちはー」
ルシェンテがそっと店のドアを開けると、中は茶葉の良い香りが漂っていた。
店内には様々な種類の茶葉が丁寧に包装され並んでおり、カウンターでは店主らしき男が新聞を読みながら座っていた。
店主らしき男は入ってきた二人に気付くと新聞を畳んで言った。
「いらっしゃい。茶葉を買いに来たのかい?」
「いえ。飲み歩きしたいので淹れてもらえますか? 僕はこの新作のハーブ茶で。ベルは?」
「あたしはこれ! この砂糖菓子が上に乗ってる冷たいヤツ!」
ベルムナートは店主に注文すると、店内を見渡しながら尋ねた。
「洒落てるお店ね。若い男女も多いわ。ねえ? ここにリガルドさんよく来るの?」
「リガルド? ああ、偶に来るよ」
店主は手を動かしながら答える。ベルムナートは続けて尋ねた。
「どんな話するの?」
「どんなって……世間話だよ」
店主が言うと、ルシェンテがベルムナートに耳打ちする。
(ベル? 質問が露骨だよー…)
(もー! だって知りたいでしょ!?)
そんな二人のやり取りを見て店主は笑って言った。
「ははは、別に悪い話じゃない。ただ、リガルドが今エイプリルにお熱でな。だけどエイプリルには思い人がいるらしく、絶賛片思い中だと嘆いてたよ」
「あら、そうなの?」
店主の言葉にベルムナートは驚いた様子で反応する。しかしルシェンテは考え事をしているかのように落ち着いていた。
「成る程……それで?」
「それだけだよ」
ルシェンテの問いに店主は再び笑った。そして店の奥からお茶の入った紙の筒を持って来て二人に差し出した。
「ほら、どうぞ」
「わあ、いい香り!」
二人は礼を言って受け取り、代金を支払う。
茶筒の受け取り際、ルシェンテが店主にそれとなしに訊いた。
「最近新しい茶葉が入荷したのですよね? この暑い時期ですと三番茶ですか?」
子供からの教養ある質問に気を良くしたのか、店主は快く答えてくれる。
「いいや。ここより涼しい北の地で採れた茶葉らしくてな。領主が仕入れて来てくれたんだよ。何でも領主は昔《北》に居たらしく、ツテがあるんだとよ」
「…《北》、ですか」
ルシェンテは少し考える素振りを見せたが、直ぐ笑顔を作り店主に向き直りお茶の礼を言い、二人店を後にした。
「なんだかあんまり有益な情報はなかったわね」
ベルムナートが言うと、ルシェンテは店主に淹れて貰ったお茶を一口すすった。新茶の良い薫りが鼻をくすぐる。
ルシェンテは店主が言った《北》について思いを巡らせていた。
――《北》。
このユースティア大陸に住む者なら《北》と言うだけでその意味は伝わる。
ここハーデン村より馬で十夜ほど更に北方へ向かうとデルニカ公国の国境に出る。
デルニカに隣接する要塞国家バシュマールは今も尚、国境間でデルニカとの領土問題で揉めていて、この何十年か小競り合いが絶えない。
紛争地域一帯の治安は荒れ、真っ当な人は皆国境付近から遠ざかり、争いと犯罪を好む悪党や戦争屋たちの溜まり場と化していた。
その戦災指定地域を人々は通称《北》と呼んだ――
(…《北》か……実際目の当たりにしたことはないけど、その聞くに堪えない噂は嫌と言うほどイングレッサにいた頃でも耳にした。ここの領主は《北》と何か繋がりがあるみたい……領主の召し使いだというエイプリルさんをもう少し探ってみてもいいかもね…)
ルシェンテが一人押し黙り神妙な顔をしていることに、ベルムナートは心配そうに覗き込む。
「ルーシェくん? あたしの一口あげようか?」
ルシェンテは大切な人に心配を掛けまいと努めて明るい表情を作り返す。
「…いや。大体頭の中で整理がついたよ。行こう、ベル!」
ルシェンテはそう言うと、ベルムナートと共に足を早めた。
「行くって……どこに行くのよ?」
ベルムナートが尋ねると、ルシェンテはハッキリと答えた。
「エイプリルさんの所だよ!」




