嘘の章:―⑪―
▽▽▽
「お疲れ様、ルーシェくん!」
ベルムナートがいつもと変わらない明るい笑顔で出迎えてくれる。
ルシェンテはただそれだけのことがとてつもなくありがたく、嬉しかった。
「お待たせ、ベル。宿に戻ろうか」
「うん! で!? どうだった?」
ルシェンテの言葉にベルムナートは目をキラキラさせてそう問うた。
「うん。エイプリルさんから“大罪の烙印”は確認出来なかった。人違いだったよ」
ルシェンテの簡素な報告にベルムナートは「そっか!」とだけ答えて、彼の前に躍り出た。
「一度エウロンの冒険者組合に戻ってさー、今回の依頼の達成報酬貰って来ようよ!」
意気揚々のベルムナートにクスッとルシェンテが微笑む。
「そうだね。討伐依頼『《北》の逸れ操者狩り』だったね。確かにブリトバ氏は偶然にもその内の一人だったから一人分の報酬は貰えるよね」
「そうよお! 路銀だって無限にあるわけじゃないんだから、こつこつ依頼こなしながら生計立てて行かないとね!」
「あはは! ベルはそういう所しっかりしてて助かるよ。将来きっといいお嫁さんになれるね」
何とは無しに言ったルシェンテの言葉にドキリとベルムナートの胸が高鳴った。その秘めた鼓動を悟られないように彼女は話を切り替える。
「そ、それにしても、偶然ってわけじゃないんでしょ? ブリトバが《北》の逸れだったっていうの。いつから気付いてたのよ?」
ルシェンテは少し焦って喋る彼女を横目に、相変わらずその口元には余裕の笑みをたたえながら答える。
「あの後も何度か茶店に足を運んで店内にある調度品や茶葉の種類を訊いたりしてたんだ。店主自体は正規の卸業者から購入してたから問題なかったんだけど、その卸業者に物資を提供していた人を辿ったらブリトバ氏が浮上したんだ」
「へぇ〜…」
「茶店の店主も知らなかったことだけどね。あの店に置いてある調度品の中にはバシュマール製の物も混じっていてさ。今のデルニカはバシュマールとの貿易は表立ってしていないから、闇市などでしか手に入らない。それをここの領主がいつも簡単に珍しい物を仕入れて来てくれるって言ってたのが引っ掛かって、ね」
「ふ〜ん…相変わらず人の話をよく聴く子だこと。お姉さん、感心しちゃう」
ルシェンテの考察に本気で感心しながらも、口ではおどけて見せるベルムナート。
二人はしばし顔を見合わせると、どちらからともなく「ふふっ」と笑いが溢れた。
「じゃあまた“《大罪の烙印》の女”の情報集めないとだね! どうする? またエウロンに戻る?」
ベルムナートがルシェンテに笑顔で提案してくる。ルシェンテは少し考える。
「この前、茶屋の店主から火竜山を治める《紅玉のリングゴング》って人の話を聴いたじゃない? 何でも、複数のメイデンを従えているとか…」
そのルシェンテの言葉を受け、ベルムナートも手を顎に当て考えるような素振りをする。
「火竜山ね……ここからちょっとあるけど、エウロンからそう離れた場所でもないわね…」
「そうなんだ。行ってみない?」
ルシェンテが蒼玉を散りばめたような満天の星空と同じ綺羅びやかな笑顔をベルムナートに向ける。
ベルムナートは好奇心の塊のようなその笑顔を見せられるといつも何も言えなくなってしまう。
「…仕方ないわね。付き合ってあげるわ!」
そんなベルムナートの返事にルシェンテは嬉しそうに目を細めて「ありがとう」と返した。
ルシェンテは思う。
一緒に居てくれる人がベルムナートで良かったと。行動面の手助けだけでなく、心の清涼剤にまでなってくれている掛け替えのない親友。
ルシェンテは心から想う。
この先何が待ち受けていても絶対にベルムナートだけは護ろうと。
ベルムナートが生きる未来、それが自分の生きる世界の全てだと自らに再認識させるように、ルシェンテはその瞳をそっと閉じる。
そして、今回のメイデン、エイプリルのことを思い出していた。
エイプリルは自他共に多くの嘘を付いていた。ただただ今の自分を守ることだけに目が行ってしまい、その結果自分に嘘を重ね続けて他人に希望を見出すことを忘れてしまっていた。
この先、リガルドがエイプリルにとっての頼れる存在になってくれたら良いと思うし、もしそうでなくても、今のエイプリルならきっと自分の人生を切り拓いて行ってくれると信じたい。
髪をなびかせる夜風が今夜はやけに心地良く感じる。そう思い、ルシェンテは瞳を開け、隣を歩く親友の笑顔をそっと見つめた。
(…僕の、君を思うこの気持ちに、嘘は無い)
宿屋へ向かう二人の心と足取りはとても軽やかで、ルシェンテはこの先も二人ならどこまでも行けるような気がした――
――『強勢のメイデンシャフト』――
〜嘘の章〜
【完】




