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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
アーコロジー
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接触


 薄暗いオフィスにて、近衛はホログラムも出さずに外の光景を見ていた。


 その様子を知らずに老人の声は必至そうに請うた。


「だから、あんたの言う通りにした。約束を違えるつもりか近衛」


 それを冷酷な声と言葉で返した。


「論外です。まさかあなた方の家の中で、小娘一人仕留められないとは。私は利府里衛利をあなた方が殺せば、あなた方をアーコロジーに迎えると言ったはず」


「……っ」


 雅言は沈黙する。当然何も言い返せない。それでも絞るように懇願する。


「ちゃ、チャンスをくれ。まだ見つかっていないのだ。どこにいようと探し出して殺す。それでいいだろう?」


「ほう。今、アーコロジーに居る人間をどうやって?」


「なんだって!?」


「今しがた帰ってきたところです」


「無理だ。そっちでやってくれ、だが協力はしたはずだ」


 ため息をついた近衛は、右手の指を鳴らす。


「もう結構だ。契約も履行できない蛆虫が、もう用はない」


「待ってくれ!まだ、あんたの言うことは聞く、もう一度チャンスを」


「……」


 雅言の通信先からバリバリと激しいノイズが走り、通信が途切れた。


「やれたか?」


 メイドに振り返ると、彼女は目を閉じたまましばらく佇むと、指先を上げると監視映像を映し出すと、炎上する雅言の屋敷があった。


『爆撃は電波の約1m近くで着弾しました』


「ふん。しょせんそんなものだ。勝手に湧いてきた蛆の分際で」


 窓から向き直り、デスクに浮かぶ面会の要求と表示されたホログラムをタッチして少し目を細めた。


「もう一匹、蛆にしてはうるさいのが来たな」


 ユリア・ネスト。それが要求者の名前だった。


「利府里の報告と一緒にか」


 謝絶の欄をタップして拒否すると、椅子に深く腰掛けた。


「一緒に治安活動していたと言うだけで図に乗られては困る。私は執政員だぞ……おおむね、我々の派遣する治安維持部隊に入れてほしいとのことだろうが。残念ながら既にメンバーは決まっている」


 ダイヤルをタップして数字を入れると、あるファイルにたどり着き、それを更にパスコードを入力する。天井から白い光を浴びせられ、生体認証されるとファイルが開かれる。


「もう準備は出来たか?」


『後は被験生体を設置するだけです』


「一石二鳥だ。今度こそ使いつぶしてやる」


『来ました』


 近衛はモニターを消して、自動で開けられる扉を見る。


「ただいま帰還しました」


 制服姿に身を包んだ利府里衛利が歩を進ませてくる。


「やぁご苦労。剣の会の突然の裏切りには私も驚いているよ」


「……もう報告しましたでしょうか?」


「……見ていたのさ。だからすぐに呼び戻したんだ。うーん、正直君の報告する内容はこちらで把握しているんだよ。実は」


 近衛は大きく息をすって、部屋の中心のホログラムを起動する。光の束が重なり合い。ファイバーアーマーアイギスの3Dモデルが表示される。


「損傷したアイギスは既に修復してある。……追加で新たな新装備を試してほしいんだ」


 アイギスの頭部に、中心を青いバイザーが通り両端を鬼の角のようなパーツが伸びている。


「戦闘補助用のユニットだ。アイギスの性能を活かす為の工夫がしてある。試験運用を今からでも開始したいのだが?」


「承知しました。それと……」


「なんだね?」


「治安維持部隊の投入が決まりましたら、即時投入出来るようにしておいていただきたいのと。ユリアさんの部隊の参加をご許可してください。お願いします」


 近衛は顔色一つ変えずにうなづいた。


「前向きに考えておくよ。部隊投入の為に君のアイギスと新装備の調整が不可欠だ。早速調整に入ってくれ」


 了解。そう言って衛利は部屋を後にする。扉が完全に閉まり切り、近衛は舌打ちをする。


「偉くなったものだな。たかが司徒の実験動物の癖に」


 ―――


 結局、近衛にも会えず、行くところもないので「33」のおすすめしてくれた喫茶店の前でユリアは佇んでいた。


 流石にパラディウムは脱いで、インナーだけでは心もとないので、衛利の家の施設に合った白衣を羽織っている。さながら研究者とも女医とも見える格好。


 周囲には人が多くいて、喋り声が聞こえてくる。9時を回り多くの人が外へと繰り出したのだ。


「いらっしゃいませ」


 女性の店員がユリアに話しかける。


「ユリア・ネスト様ですね。招待を受けて下さり誠にありがとうございます」


「えっ、私は、招待なんて」


「プレミアム招待をお持ちですので、店内のあらゆる商品を全て無料でご注文できます」


「無料で?」


 おどろいたユリアは店員の勧められるまま店内に入ると、色々な人たちが思い思いに楽しんでいる。


「景色の良い個室が開いております」


「じゃ、じゃあそれで」


 個室はガラス張りで外へと向かってテーブルと座席が設置されている。


「へぇ~。いいもんだな。」


「人気のお席なんですよ。海や山が良く見えて」


「人気ねぇ……」


 ユリアが後ろを見渡すと客はカウンターやテーブル席で、逆に個室を避けて座っているような気がする。ただ景色が良いのは本当で座席に座ったユリアは余りの柔らかく沈んでいくのに驚いてすぐに立ち上がった。


「なんだこれ?」


「イヌモ製の心地の良い柔らかソファです。固い方が良かったですか?」


「ああ、出来るならそうしてくれ」


 店員がソファの後ろにある端末を操作すると、ソファは形を保ったまま動かなくなる。どうぞ。と言われてユリアが座ればちょうどよい腰を落ち着けられる硬さのソファとなった。


「ご注文をお待ちしております」


 店員が個室から退出すると、テーブルからホログラムが浮かんで注文可能な品が表示される。


「……」


 ゆっくり見る。


「……」


 一巡。


「……」


 二巡。


「……」


 三巡。そこで頭をかいた。


「どうすりゃいいんだ……」


 別に操作に迷っているわけではない。チュートリアルもあるが、そんなものなくても注文の仕方は分かる。


「選べないな」


 なぜか選ぶことが出来ない。自由なのに選べない。どれもそのほかのへの選択肢がなくなってしまうかもと考えると、ユリアはどれにも手がつかない。


「……33。どれがおススメなんだ」


『君の今の状態を鑑みるに、ジャスミンティーでも?』


「じゃあ、そうする」


 腕を組んだユリアは外ではなく、テーブルの上に表示される広告を何となく眺める。


「どうすればいいんだ。衛利が説得してくれるならいいんだが」


 近衛はきっと承諾しない。きっと同じ立場なら信用しないだろう。たかが治安維持で衛利と一度協力しただけだ。


 そんな考えをしていると後ろからのノックに気付いて後ろを振り返った。


 そこに居たのは男だった。少し優男な感じでスーツに身を包み、少し背が高い。強そうではない。それでも恐る恐る扉を開けて尋ねた。


「誰だ?」


「怪しいモノではないよ。久しぶりにここで人間を見てつい声をかけたんだ」


「は? 人なら店に……」


 男はパチンと指を鳴らすと、静寂が周囲を包んだ。


「……なんで?」


 さっきまではしゃいでいた子供や、一人思想にふける老人。それら先ほどまで居た「人間」は全員いなくなっていた。


「何をした?」


「君の網膜とサウンドを切ったんだよ。これまでずっと一人でいたんだよ」


「て、店員は?」


 厨房を見ると汎用フレームが対生活汚染の袋で包まれ作業していた。


「嘘だろ?」


「気色が悪くてね。僕は切っているんだ。隣に座ってもいいかな?」


「……ああ」


 急に心寂しくなったユリアはうなづいてしまう。


「じゃあ僕はココアだ」


 男は即決で注文をする。


「すぐ決めるんだな」


「? もちろん。今日はそういう気分だからね。僕はジュウエツ。君は?」


「ユリアだ」


「ユリアか。難民かい?」


「そんなところだ」


 ジュウエツはふーんと相槌を打った。


「そいつはすごいな、すごい技能を持ったりしてたのかい?」


「そういうわけではないんだが、少しイヌモと縁があってな。それで入れたんだ」


「奇遇だね。僕もイヌモと縁があってここに入れたんだ」


「あなたこそ、どういう縁で?」


 待ってましたと言わんばかりに、男はふふんと鼻を鳴らして口を開いた。


「郊外の治安でのお仕事でね」


 ユリアもジュウエツに振り向いてうなづいた。


「私もだ。郊外で悪いことが起きて始めているから、治安維持部隊のメンバーになれないかと」


「いやぁ。悪いことが起き始めているというより、元からあそこは悪い街だったよ」


「……そうだな」


「まぁやりがいはあるけどね」


 眉をしかめたユリアは注意する。


「そんな言い方はないだろ。あんたは傭兵かなんかか?」


「全然、そんな力強い存在じゃないよ。だけど……」


 ジュウエツはユリアをじっと見る。


「君は対処する側で、僕は仕掛ける側だ」


「……」


 動けなかった。ユリアは信じられずにすぐに動けずにいた。


「ジュウエツ。それは名前だ。姓の方が君には聞きなれているだろう?」


 そこまで言うならわざわざ必要もないのに、ユリアは確認するように頭に浮かんだ言葉をぶつける。


「ケドウ?」


「ケドウ・ジュウエツ。それが私のフルネームだ」


 穏やかにケドウは運ばれてきたココアを手に取って口をつけた。


「久しぶりに、自分の名前を言ったよ」


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