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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十六章 『特殊な部隊』のブリーフィング

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第64話 かなめの拳、カウラの願い、ランの笑み

 司法局実働部隊運用艦『ふさ』、機動部隊控え室。


 名ばかりの『控え室』ではない。床は黒ずんだ吸音ゴム、壁は防弾複合材、天井には配線の束と赤い非常灯。四人分のパーソナルロッカーが金属音を残して半開きになり、油と洗剤の匂いが混じる。出港以来ほとんど医務室で横になっていた誠は、この部屋に入るのが初めてだった。


 左端に第一小隊小隊長カウラ・ベルガー。背筋を糸のように伸ばし、無表情の横顔にエメラルドグリーンの髪が一筋だけ頬へ落ちる。隣に第一小隊二番機担当・西園寺かなめ。左脇のホルスターは磨き込まれ、革の鳴きがかすかにする。そして『05式特戦乙型』の配備を受ける神前誠は、喉の渇きを飲み込みながら直立不動。三人の視線は、前に立つクバルカ・ランに注がれている。


 前列には機動部隊長、通称『偉大なる中佐殿』にしてその正体は『人外魔法少女』……クバルカ・ラン中佐の姿がちんまりと見える。どう見ても八歳前後の幼女が、軍人の癖を身体の隅々に宿したまま、当たり前のように指揮位置に立っていた。腕時計を合わせる三人が腕時計を合わせる『コッ、コッ』と乾いた音が三つ。小さな中佐が最後に針を押し込み、目を上げる。

挿絵(By みてみん)

「今回の『クーデター首謀者確保』作戦の特機運用はこのメンバーでやる。他からの支援はねーかんな!」


 間髪入れず、かなめが肩で笑う。


「いいぜ、そんなもんだろ?こっちの戦力は公表されてるんだ。近藤の旦那が数にものを言わせて一気に勝負を決めようってのは目に見えてる」


 まるで勝利が決まっているかのような口調。誠の胃は冷たく縮む。


「ぼ、僕にも敵の戦力ぐらい教えてくださいよ。どのくらいの数なんですか?敵は」


 手を挙げる声が、思ったより高く出た。


「質問は後!12:00(ひとふたまるまる)に、ベルガー、西園寺、神前はハンガー集合。別命あるまで乗機待機。以上。質問は?」


 これまで無視され続けてきた誠は思い切り目立つようにランの前に一歩進み出た。


「ハイ! ハーイ!」


 誠の手が反射で伸びる。ランは視線だけ動かし、即答した。


「ちなみに神前の質問はすべて却下する!オメーの『法術』はうちの切り札だが……今、オメーにその使い方を教えても意味はねー!」


 非情なランの一言で誠は心は折れかけたが、これから向かうのは命を賭けた戦場である。何も知らずにあっさり撃ち落されて終わりなどと言うのはあまりに悲しすぎる。誠も自分が現状ではまさにアニメに出て来る『画面に登場すると単に主人公に撃ち落されて終る雑魚キャラ』並みの操縦技術で、ラン達が言う『力』が無ければ何の役にも立たないと言う自覚はあった。


「……でも!……僕だって出撃するんですよ! 敵の戦力も分からずにどう戦えばいいんですか!それにもう出撃ですよ!僕が『力』とやらを発動しないと勝てないんじゃないんですか?それを何も知らずに戦場にって……確かにそう言うアニメもありますけど……そう言う主人公に限ってラストは酷い死に方をしますよ!そんなの嫌ですよ!」


 控え室の空気がわずかに重くなる。ランの目尻だけが笑った。


「神前!オメエのアニメ談義は今ブリッジで艦の侵攻ルートを検討してるアメリアと作戦終了後にしろ!それにそもそも今回は連中はあまりに間抜けな理由で死ぬことが決まってんの!オメエが油断して本当にアニメの雑魚キャラみたいにあっさり堕とされたら洒落にならねーから教えてねーだけだ!それにオメエがアタシの事を『人外魔法少女』って呼んでんのは知ってんだぞ!その『人外魔法少女』であるアタシが臨機応変でその場で考えて指示を出す!オメエ等が言うにはアタシは『人外魔法少女』らしいから相手は絶対『人外魔法少女』には勝てねーから全員死ぬ!」


 ランはもうすでに誠やかなめやアメリアがランを『人外』扱いしていることは知っていると言うようにそう叫んだ。


「ああ、神前。オメーは理系のいい大学出てるから言葉じゃ理解できねーから勝てる数字を言えばいーって顔だな?オメーは……数字で言や満足か?さすが理系馬鹿。数字でしか戦力を見ねーんだな。数字なんて意味はねー!それでも知りて―なら教えてやる!相手は確かに数は圧倒的。近藤の乗艦『那珂』を頭、巡洋艦五、駆逐艦十二。搭載シュツルム・パンツァー百超え。だが有利なのは数だけだ。向こうの主力は大戦末期に連合国から『紙装甲』って笑われた九七式にレールガン付けただけの『火龍』。兵器としての世代差はこっちが圧倒的。それに、こっちにはエースのアタシがいる。負ける要素がねえ!オメーアタシを『人外』扱いしてたな?相手は所詮普通の人間。アタシはそれをものともしねー『人外』。負ける要素がどこにあるんだ?具体的に言ってみろ……聞いてやるから」


 小さな喉から飛ぶ無茶苦茶な檄が飛んだ。だのに、奇妙な説得力があった。自信は伝染する、と誠は知る。


「確かにこれまで中佐を『人外』扱いしてたのは事実ですけど……。その数の差!圧倒的じゃないですか!そんな……無茶な話ですよ……こっちには四機のシュツルム・パンツァーしか無いんですよ!いくら中佐が強くても勝てっこないじゃないですか!だから僕は、その『無茶を勝ちに変える』秘策の中でどう動いたらいいか……知りたいんです。切り札の割に、扱いがひどくないですか……!もし、中佐が僕の思ったような『人外魔法少女』なら、05式なんて言う鈍足機体に乗らずに素手で戦った方が強いんじゃないですか?使えるんでしょ?『魔法』!クバルカ中佐も常々『自分は魔法少女』だって言ってるじゃないですか!」


 ランはその言葉に余裕の笑み浮かべて誠を憐れむような目で見ていた。


「アタシが機体に乗らねーほーが強い?それは確かに事実だ。05式に乗るより素手のアタシのほーが強い。ただな、その事はこの宇宙ではバレちゃいけねーことになってる。アレだろ?オメーの好きな『魔法少女』アニメもそいつが魔法が使えると分かると最終回を迎えるらしーじゃねーか?じゃあ、アタシが素手で相手を全滅させて。オメーは最終回を迎えたいわけだ。たぶん、そのアニメの最終回以降は地獄が待ってるぞ。アタシが素手でそれだけの戦力を全滅させれば地球圏の連中は手加減せずに本気で核だのなんだの使ってくる。連中は何かというと核で解決したがるからな。アタシは魔法を使ったからその場にいねーんだ。オメーの05式乙型は核の直撃を受けて耐えられるようには出来ていねーんだ!それになによりアタシはパイロットだ!パイロットが機体に乗らなきゃパイロットとは言えねーだろ!たとえ、機体に乗った方が弱くても意地でも機体に乗る!それがパイロット魂だ!だから『魔法少女』は、いつも最後の最後まで『変身』を取っておくんだ。いずれアタシが『変身』が出来るようになった時……宇宙に真の平和がもたらされる!」


 ランは高らかにそう宣言したが、誠には『人外魔法少女』がいつも通り滅茶苦茶言っているようにしか聞こえなかった。


 ランの暴論はまるで無かったかのようにカウラが、わずかに顎を引いた。


「中佐が素手で戦えば敵は瞬時に全滅するが、そうできない理由があるんだ。これは中佐の決定だ。神前は臨機応変に対応すればいい。それに甲武の刑法の厳しさを考えれば、艦載機パイロット全員が今回の決起に同調しているとは思えない。……数は敵が上だが、20年分の設計思想の差は、戦場で露骨に出る。05式は『タイマン』で無敵の機体だ。機体性能を信じろ」


 冷たい事実だけを置く声。誠は自分の機体の肩越しに眠る秘密……『法術増幅システム』……を思い出す。どこまで自分が使えるのかは知らされていない。だが、そこにすがる以外の握りは無い。


「神前よ。なんなら逃げてもいーぜ。アタシ等はオメーを恨まねーし、責めねーよ。それもまー人生だ。……ただな、『戦う』より『逃げる』方が、難しいんだ。百戦錬磨のアタシが言うんだ。間違いねー!そん時は撃墜されたアタシが素手で戦って敵を全滅させるから安心しろ!」


 ランの笑みは太陽の角度だった。誠は思わず目を細める。ただ、最後に付け加えられた言葉を信じるのはやはり今の誠にはあまりに難しい課題だった。


「クバルカ中佐も逃げて良いって言うんですね?隊長にも同じことを言われました。でも、僕は逃げません!僕は『特殊な部隊』の一員です!もう決めました!それと中佐を人間扱いしたいんで素手で中規模の艦隊を全滅させる中佐を見たくないんで!」


 自分の声が、ほんの少しだけ低く響いた。ランは短くうなずき、全員を見回した。


「ああ、分かってくれりゃあそれで良い。戦場なんて宇宙でも地上でもその本質に変わりはねー。状況は百戦錬磨のアタシがこれまでの経験から見て状況に応じてすべて搭乗後に連絡すっからな。甲武は『クーデター加担=一族皆殺し』の国だ。敵は捨て石覚悟で無茶もやる。どれくらい出てくるか、読み切れねー。さらに、この宙域の外縁で『静観』決め込んでる地球圏艦隊の動きも不確定だ。だからルートは複数想定、作戦開始直前に絞る」


 ランが一歩だけ誠へ近寄る。ちいさな靴がコツ、と鳴る。かなめが白い目を投げた。


「わかったけど……ほんと、神前に何やらせんの?」


 かなめはランが『人外』なのは全部認めた目で見ていたが、かなめから見て『役立たず』にしか見えない誠が何をランに押し付けられるかが気になるようだった。


「今のところ、西園寺が言ってたようにこいつの役目は『補給係』。背中の予備ラックに西園寺機用の230ミリロングレンジレールガンのマガジン詰めるだけ詰めて待機させる。西園寺、向こうの制式『火龍』程度は敵じゃねーだろ?値段で言や『火龍』の15倍。05式が落ちたら、司法局本局の予算屋が泡吹いて倒れるわ!」


 余裕の笑みを浮かべながらランは勝利を確信した笑みを浮かべてそう叫んだ。


「ふうん。けど『アレ』な小隊長と実戦ゼロの新入り。不測の事態ってやつがな……実戦経験者として言わせるとそう言う時が一番あぶねえ。現場指揮は現場になれた人間じゃなきゃ出来ねーし。新入りは足手まといどころか敵より始末の悪い存在になるのが戦場だ。姐御も実戦経験者なら思い知ってるだろ?戦場で一番怖いのは最強の敵じゃねえ、無能な味方だ」


 かなめの口角に棘。すかさずカウラが拾う。


「……西園寺は自信が無いらしいな。それにその無能な味方に模擬戦とはいえ負けたのは何処のどいつだ?」


 その挑発的な口調に『瞬間核融合炉』のかなめが火を噴いた。


「そんな訳ねえだろうが!それにあれは偶然だ!アタシは弱くなんかねえ!」


「やめろ!」


 ランの一喝で空気が整列する。誠は三人の表情を順繰りに見た。ランは余裕の笑い。かなめは獣のような挑戦の目。カウラは氷面のような静けさ。しかし、その奥に……なんだ?


「ともかく、これが『現状』の命令だ。各員、出撃準備。……一応、聞いとく。『遺書』、書いとくか?規則でそう決まってるからな」


 ランの声だけが、少しだけ柔らかく落ちた。


「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」


「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」


 かなめとカウラは、同じ角度でドアへ歩き出す。誠の口が、勝手に動いた。


「僕、書きます」


 空気が止まり、三つの視線がこちらに刺さる。かなめが、二歩で目の前に来た。右の平手……『パアン』という乾いた音。頬が熱い。鉄の味が口に広がる。


「勝手に死ぬな、馬鹿!オメエが死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう一回殺してやる!」

挿絵(By みてみん)

 それは、甲武で『貴族』が命令してきた千年分の殺し文句を、そのままひっくり返した言い方だった。吐き捨てるや、振り向きもせず扉の向こうへ消えた。誠は追いすがる代わりに、両足を揃え、敬礼を返した。視界の端に、かなめの肩が一瞬だけ震えた気がした。


「へー、『自分以外は愚民』が合言葉の西園寺がねー。こんな反応が見られるとは面白えや。……そんでカウラはどう思ってるんだ?神前のこと」


 ランの顎で示され、カウラが目を瞬かせる。


「仰ってる意味がわかりませんが?恋愛感情のことをおっしゃりたいなら、私は『ラスト・バタリオン』……戦闘用人造人間です。戦うために作られた存在です。愛とか恋とか、そういった感情はロールアウト時にインプットされていません」


 本当に不思議そうだった。誠はその瞳の奥に、理解の届かない輪郭を見つける。


「……まあ、どうでもいーや。神前、どうする?西園寺はあんな感じだったけど、それでも遺書、書いとくか?」


 誠は首を横に振った。さっきの頬の痛みが、むしろ背骨を立ててくれる。


「まー、05式は『タイマン最強』が売りだ。素人のオメーが乗っても『火龍』程度ならいなせる。いざという時は機体を信じろ。……それと後で『酔い止め』渡す。薬局じゃ売ってねー特別製だ……それにアタシはオメー等の言う通り『人外魔法少女見習い』だ。骨はしっかり拾ってやる!」


『その骨は、できれば『足の骨』くらいでお願いしたいけど……クバルカ中佐のキャラ的には頭蓋骨希望なんだろうな……』


 誠達に背を向けたランを見ながら誠はそんなことを考えていた。ランは片手をひらひらさせ、音もなく出ていく。残された誠は、しばらく立ち尽くした。室内の換気ファンが『ふー……』と回る音だけが、耳に居座った。


「カウラさん?」


 うつむくカウラに、呼びかけがこぼれた。視線がすぐ跳ね返ってくる。


「隊長命令だ。直立不動の体勢をとれ」


 反射で踵を鳴らす。


「一言、言っておくことがある。……これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」


「はい!」


 カウラの肩が、気付く者だけが気付く幅で震えた。緑の瞳がこちらを捕まえる。光が宿る。濡れている?


「……死ぬな。頼む。……そうして、もう一度、貴様と海を見たい。それだけだ」

挿絵(By みてみん)

 ついさっきまで『遺書を書きます』と言いかけた自分の舌が、情けなくも、少しだけ愛おしかった。


「……はい」


 喉から出た声は、小さかった。カウラは自分でも驚いたように瞬きをし、天井を見上げた。


「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」


 敬礼。返礼。ドアの閉まる音。


     


 『ふさ』艦内の廊下は、他の軍用艦より気持ち広い。とはいえ、今の誠にはやけに長く感じられた。靴底と床材が擦れる音が、自分の鼓動とズレたテンポで響く。誰もいない。医務室で顔なじみになった整備班の掛け声も、ブリッジの女子の笑いも、釣り部の“釣果自慢”も、今日は聞こえない。


「静かなものだなあ。これから決戦だっていうのに」


 独り言が、酸素の味で喉に張り付く。エレベーターに乗り、居住フロアへ。扉が開くとすぐ脇に喫煙所……無人のはずが、白い煙が緞帳みたいに垂れている。


「なんだ?ちんちくりんな『脳味噌筋肉』に絞られたのか?アイツ本当に『人外魔法少女』なんじゃねえのか?だったら一人で素手で全部相手を殺せば済む話じゃねえか」


 かなめがいた。灰皿に右肘、左手に細身のタバコ。照明の蛍光が、目尻の金属フレームに薄く跳ねる。誠は思わず目を逸らした。


「おい。ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」


 鈍い光の双眸。誠の足は床に縫い付いたまま動かない。


「そうか」


 右ストレート。避ける時間も、避ける気持ちもなかった。壁に背中がぶつかり、空気が肺から洩れる。血の味。涙ではない水が、目の端に滲む。

挿絵(By みてみん)

「……どうだ? 気合、入ったか?」


 かなめは背を向ける。声はいつも通りの乾き。


「済まねえな。アタシはこういう人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まねえな」


 最後だけが聞き取りづらかった。肩が一度だけ揺れる。


「ありがとうございます!」


 背筋が、自然と伸びる。直立、敬礼。かなめは吸い差しを灰皿に押し付け、エレベーターに乗る。


 ちょうど扉が閉じる直前、ひよこが乗り込んできた。


「あ、誠さん」


 いつもより少し硬い微笑。誠は頷き返す。


「どうも」


 何を話せばいいのか分からない沈黙が二秒。扉が閉まる。箱の中の空気が、わずかに甘い。消毒液と安い香水の匂いが混じる。


「……実戦、ですね」

挿絵(By みてみん)

 ひよこは、そっと誠の左手を握った。細く、温かい。


「そうだけど……頑張るよ」


「大丈夫ですよね……どんな怪我をしても、私がなんとかしますから……」


 いつもの笑顔。誠はうなずきながら、どこかから湧いてくる“最悪の想像”を押さえ込む。コックピットに直撃、装甲を貫通……そこで終わる生。言葉にした途端、それは現実に重力を持ち始める。


「怪我で済めばいいんだけど……」


「大丈夫ですよ……きっと誠さんは帰ってきます。無事に。祈ってますから。……そしたらまた、医務室にいた時みたいに、私の詩を読んでくださいね」


 短い沈黙のあと、エレベーターが誠のフロアで止まる。扉が開く。誠は片手を上げた。


「それじゃあ、頑張るから!」


 ひよこは、言葉の代わりに手を強く握り返し、それから離した。扉が閉じる直前、彼女の唇が『気をつけて』と形を作った。声は、聞こえない。


 通路の突き当たり、自室の小さな扉。その前で誠は一呼吸だけ長く吸い、長く吐いた。頬はまだ熱い。だが、足はもう震えていない。


「……僕は、ここにいる」


 視界の隅で、非常灯が一度だけ瞬いた。赤い点滅は、戦闘配置の呼び水。遠く離れたハンガーから、油圧の唸りがかすかに伝わってくる。四人の影が、同じ方向へと伸びているのが見えた気がした。

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