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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二十五章 『特殊な部隊』の特殊な家族たち

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第63話 遥かな星からの視線

「お父様、お姉さま達の参加する司法局実働部隊の作戦ですが……まもなく始まります」

挿絵(By みてみん)

 甲武国の首都・鏡都。屋敷町の奥、路地は石畳が吸い込むように濡れ、街路樹の葉は硫酸の霧雨で縁だけ白く焼けていた。暖簾を落とした古い旅館……甲武建国の折に創業したという……は、時の権力者たちの『臨時官邸』でもある。表の式台には水打ち、軒の飾り金具は指で触れなくても鉄の匂いがした。


 奥座敷は三間続き。手前の畳には枯山水を切り取るように欄間越しの光。中の間は文机と硯、奥は床の間に古い刀装具。障子は内側から楔で留められ、欄間の小孔には暗視の検知器。外見は伝統、内実は要塞だ。


 和室の中心に、甲武海軍式の黒の礼装で正座する『青年将校』がいた。輪郭は端正、襟足は短く、目元は凛としている。だが胸許には規律をも困らせる豊かな曲線がひときわ目を引いた。男装の麗人、日野かえで少佐……あの『機械魔女』と『特殊な部隊』で陰口を叩かれている西園寺かなめ中尉の実妹にして、日野伯爵家当主だった。


 対座するのは、宰相・西園寺義基。彼は義弟・嵯峨惟基特務大佐から届いた毛筆書類の分厚い束を、驚くほどの速度で繰っていた。墨の艶がまだ生きている。筆の勢いがところどころ笑う狐のように跳ねる。


「しかし、新三郎の奴にも困ったもんだよ。いくら『廃帝誅滅』の為とはいえ、これまでは『公然の秘密』だった『法術師』の存在を『秘密』から『当たり前』にする為の『法術公開ショー』に、この甲武国を利用するとは迷惑な話だ。まるで俺が新三郎の思惑を利用して俺がアイツをそうするようにけしかけて『官派』を叩いているみたいにしか見えないじゃないか。まあ、新三郎が何もしなかったとしても近藤君は遅かれ早かれ憲兵隊にしょっ引かれる運命だったかもしれんがな。今回の決起……彼は少しせっかちすぎた。『官派』でも弱気な陸軍高官が過激思想の持ち主である彼が決起することを自分達に連絡してきたと醍醐陸軍大臣に密告してきたそうだ。どこにでも裏切者がいることを、近藤君も冷静に判断できる人間だったら思いついただろうに」


 義基の声はまるで他人事とでもいうように軽い。だが紙面を撫でる親指には紙縒りを作る癖が戻っている。緊張時のそれだ。あくまで、今回は本来であれば甲武国が自国内で処理すべき事案なのは義基にも分かっていた。何度となく海軍大臣経由で第六艦隊本間提督が近藤の軍籍はく奪の許可を提言してきたのを義弟(おとうと)の嵯峨の頼みで海軍大臣に大臣を任命した宰相である自分が頭を下げてまで握りつぶしてきた。その屈辱は今この時の為であることは義基も自身が一番よく分かっていた。


 甲武国宰相としてはこれを機に自国内の軍の管理すらできない国のレッテルを張って、同盟内部での発言権強化をもくろむ司法局の最大出資元である東和共和国が何か自分が口にするたびに騒ぎ立てるのは面白い話では無かった。しかし、嵯峨と妻の康子から圧倒的な経済力を持つ東和共和国相手に20年前の敗戦以降、多額の賠償金とアステロイドベルトの利権を失い、さらに地球圏での資産を凍結されている現在の甲武など東和の政府はおろか財界の一勢力の思惑で簡単に苦境に陥ると説得されるとここは東和に自国の恥を晒しておくのも仕方がないとあきらめざるを得なかった。


 顔は平然としていながら複雑な腹の内の父の表情を見つめながら、かえでは湯気の薄い煎茶を啜った。湯呑の胎土は薄く、唇に当てると土の温度がわかる上手物だった。


「『お姉さま』からは何か話が無かったのですか?」


 問う声は柔らかいのに、父の視線を絡め取る艶がある。姉への『禁断の崇拝』が、抑えた笑みの端で光る。


「かなめからか?いつも通り『女王様』……この国風に言うと『関白太政大臣』になる方法を言ってきたから、『なれば?』って言っといたわ。遼帝室の旦那を連れて帰国すれば誰もが自分を喜んで『関白』に推挙するだろうだなんて……アイツらしい単純な発想だ。政治家の俺としては合格点はやれないな。まあアイツの結婚相手を考える手間がなくなるのはいいことだしな……まあ、西園寺家(うち)は『個人主義』だから」


 義基は苦笑いを浮かべつつかえでの方に向き直り静かに見つめた。


「俺の娘は産まれる順番を間違えたようだ。この国は『嫡子相続』が原則だからな。西園寺家の嫡子は長女であるアイツで、確かにいつまでもあの地位が空白って訳にもいかないからな。時が来れば誰かがアイツを『関白太政大臣』に推挙するだろうね。別にアイツの旦那が何者であろうが問題じゃないよ。その辺をアイツも理解するべきだ。そうなると宰相である俺をいつでも罷免できる立場になる。俺の代は別にいい。俺はアイツの操縦法は心得てるからな。だが、俺の次の宰相にそれが出来るかな?たぶん……無理だな。あの単純な考え方じゃカッとなってつい宰相を罷免して政府を滅茶苦茶にしてしまうかと思うと気が気で無いよ。その点色恋絡み以外は『我慢』ということができるお前なら立派にその地位を守って『関白太政大臣』の職責を全うできるだろう……確かに色恋絡みの快楽を前にするとそちらに夢中になってしまうのが悪いところだが、そんなことは昔の英雄英傑にはよくある話だよ。『英雄色を好む』っていうからね。そう言う俺も遊びが過ぎてかなめが生まれたのが48の時なんだから人のことは言えないか」


 義基は、文机の隅に無造作に積まれた未開封の外務袋を指で弾く。封緘糸が『ぱつ』と鳴った。


「まあ、そんなことはこの場で口にするだけ野暮だからね……それよりこれだ……地球のいくつかの政府の特使が、三時間前にここに代表を送ってきたんだ。そいつ等『法術師』の公表に関して『これでお願いします!』なんて俺も知らんような計画並べ始めてたよ、国交のないはずの地球の連中がだ。地球圏は地球圏にとっても目障りな近藤さんを『亡き者』にすることには大賛成だとさ。身内だけじゃ無く地球圏まで敵に回すなんて……どんな地球圏に目を付けられるような人間と手を組んでの行動かは知らないが、近藤さんも本間君の所に飛ばされて完全に冷静さを失っているみたいだね。そんな冷静さを失った彼を誰か地球圏にとっても見逃せないような『大人』がけしかけたんだろうなあ……。意思の強さは時に自滅を招くという良い見本だ。甲武国(このくに)法律(るーる)では『国家反逆者』の家族と知り合いは公家は『流罪』、士族は『切腹』、平民は『斬首』だからな……「10万円盗んだだけで『斬首』にする国だもの……まあ『官派』の連中に言わせるとそれが『伝統美』であり『この国のあるべき姿』なんだろうけど」


 障子の外、石庭の砂紋に酸の雨粒が落ちるたび、微かに『しゅっ』という音がする。穏やかな音なのに、法の残酷さをなぞる。


 義基は束の最後を読み切ると、筆圧の跡を逆光に透かし、満足げに顎を引いた。


「次の庶民院に提出する法案ですか?新三郎叔父様が書かれた……さすがは陸軍大学校首席でいらっしゃる」


 かえでは、父の乱暴な語り口をするりと受け流した。西園寺家では、嵯峨が養子に出る前の名「新三郎」で通っている。


「そうだ。先の国会で審議不足で先送りとなった憲法の草案にアイツなりに加筆を加えたものと、それに伴う枢密院の改革法の原案だ。まあ新三郎はここ甲武の最高学府の鏡大(きょうだい)の法科の博士課程を陸軍大学のついでに通ってた奴だからな。第三者的立場で冷静に現状を分析できればこれくらいの物は簡単に作るよ、アイツは……同じ問題児でもかなめとは大違いだ。かなめなら『こんな面倒なことは嫌だ』と駄々をこねて逃げ出すよ。間違いない、賭けてもいいくらいだ」


 ここは戒厳下だというのに、宰相の頬は柔らかい。『決める顔』を見せる時ほど、彼は笑う……それが政敵から『甲武のペテン師』と呼ばれる所以でもある。


 かえでは、父と姉に共通するたれ目を見た。自らの細く鋭い眼差しの中に、血の連なりが確かにあることが、妙に心を落ち着かせる。


「僕が通っていた武家貴族の為の軍学校『高等予科』では伝説ですからね。叔父様は法律、経済がらみの授業だけ(・・)は起きてたって」


 本来公家である西園寺家の人間に最上流の『サムライ』だけが通うことを許される『甲武軍高等予科学校』への入学資格は無い。ただ、その『サムライ』の象徴ともいえる『征夷大将軍』の職を代々継承してきている甲武建国の家、田安家と友好関係にある西園寺家の人間は校長の許可さえあれば特例で入学が許されるのが慣例となっていた。


 事実、これまで義基を散々てこずらせてきたかなめは入学した上流貴族の女子が学ぶ『修学院女子高等部』を喫煙、飲酒、発砲と言う不良行為を何度も繰り返して放校となり仕方なく義基が『高等予科』の校長に頭を下げて編入させたという過去があった。義基は『高等予科』の校長に学内での銃の所持を禁止するという条件を付けられたことを苦笑いを浮かべながら思い出していた。


「まあな、それ以外の授業の時は校庭でタバコ吸ってたらしいからな……それ以前にそもそも学校自体に来ることが稀だったみたいだし。真似した馬鹿貴族が、何人も留年してる」


 義基は、ふ、と天井の煤竹を見上げる。


「高等予科じゃ、俺と新三郎、それにかなめか。三代続けて問題児だったからな。その中では素行は三人とも似たような評価だが成績はなぜか新三郎が一番なんだ。頭の中に電子辞書がつまってる『サイボーグ』のかなめより上なんだぜ?まあ、確かにこの草案、貴族だってことだけで議員席に座ってる馬鹿でも反対できない内容だな。それに運用次第ではそいつ等を政界から追放できる文言まである……アイツが義弟で本当に良かった……俺はアイツの敵にだけは死んでもなりたくないよ」


 それだけ言って、義基は立ち上がる。畳を踏む足音は軽いが、廊下の節は彼の体重を正確に覚えているのか、いつも同じところが鳴る。


「お父様!」


 かえでは裾を整え、すぐ立つ。帝都でも過激派が狙撃銃を構えているかもしれない。だが義基は、肩越しに笑った。


「安心していいよかえで。この部屋を狙撃できるポイントはすべて遼州同盟の司法局の公安機動隊が制圧済みだよ。さすが、『武装警察の特殊な部隊』の隊長、嵯峨特務大佐のご威光という奴だな。そう言う抜かりは無いのがアイツなんだ」


 硝子越しの空は金色。酸の細雨に街灯の緑が滲む。


「それより、かえで。本当にいいのか?新三郎の『特殊な部隊』は『特殊』すぎるぞ。お前さんがある意味『特殊』なのは誰でも一目見ればわかるし、お前さんの特殊な性癖で俺がこれまで何度泣きを見たか分からんが……まあ、その話は置いておいてだ。あの『特殊な部隊』にお前さんほどの人材が望んで転属を希望したら同盟機構は大喜びだろうが……二度と甲武国海軍には戻れないと思うぞ。確かにお前の『女癖』と『男との奇妙な関係』で海軍から何度俺がどやされたか分からんが、お前さんもそれを上層部に黙らせるだけの実績を上げているんだ。今からでも遅くない。考え直さないか?」

挿絵(By みてみん)

 父は珍しく『父の顔』を乗せて問うた。箸袋を二度折る癖が出るとき、それは本気の合図だ。


 かえでの『女癖』は筋金入りだった。舞踏会と聞けば香の匂いを追い、高貴な既婚の美婦にだけ反応する磁石のようだった。しかも、その全員が婿養子を迎えた嫡子に限ると言うのは誰が見てもかえでの『女癖』に明らかに何かの作為があることは分かる事だった。甘言と美貌で彼女らを口説き落とし、やがて『マリア・テレジア計画』と名付けた政治的人脈を作った。二十四に及ぶ『縁』は、美婦達が望んで産んだ彼女に忠実なかえでのクローンである娘たちへとつながる……倫理で測れば非難は免れない。だが彼女の頭の中では、これは『民派』には不可欠なインフラだと言う。当然、その父である義基は事を海軍内部と上流貴族だけの秘密で収めようと奔走したが、かえでが極秘の軍法会議にかけられることだけは防ぐことができなかった。

挿絵(By みてみん)

『僕は愛する女性を、ただ愛しただけです。彼女たちは皆、僕を求めました。それが罪でしょうか?』


 その軍法会議の場で、審問官にそう答えたかえでを高位の爵位に物を言わせて傍聴席に陣取って見つめる24人の熱い瞳。その後ろで肩を震わせた義基は、そのときも笑っていた。政治家は、失笑すべき時に笑っておく術を知っている。


「僕の浮名の話は良いんです。僕は『お姉さま』を愛するために生きていると思ってます。そして、『お姉さま』の愛しているものはすべて僕も『愛する』んです!」


 その声には、倒錯では片づけられない真剣さがある。かえでにとって『愛』とは、理屈ではなく選択の連鎖だ。


 義基は予想していた返答を受け取り、逆に言葉を飲んだ。


「それに、あの友達の少ないお姉さまに『下僕』ができたと教えてくれました。僕に見せびらかしたくなるような面白い『下僕』だそうです。お母様からもその『下僕』を僕の『許婚』としてはどうかと言われました……僕の『許婚』としてふさわしいか、じっくり見極めさせてもらうつもりです。僕はこれまで男とは女性に快楽を与える為だけの存在と考えてきましたが、お母様やお姉さまの話しでは彼はその点でも立派なモノをお持ちだとか。それにお母様がそのお友達から聞いたところによるとそんな僕の男に対するイメージを覆す人物だとか……彼に会うためにも僕は『特殊な部隊』への転属を希望いたします。この決意は揺らぐことはあり得ません」


 愛を語る時も軍事を語る時も政治を語る時も常に冷静。その落ち着き払った態度が魅力だとかえでの魅力に囚われた最初の女性と会った時に言われたことを義基は思い出した。


「『下僕』ねえ……俺は貴族の位をかなめに譲って平民になった。じゃあ俺も奴の『下僕』か?旦那になると『下僕』として扱われる……それがいつうちの伝統になったんだ?まあ、かなめにしろお前さんにしろ……そして康子……うちの女達は一度決めたら二度と俺の言うことなんか聞かないからな……ただ、俺は転属には反対をしていた。その事実だけは覚えておいてくれ」


 義基は額に手を当てた。家訓がない家の強みと弱みは、だいたいこういう時に露わになる。


「お姉さまが認めた『下僕』なら、僕も認めます。僕もお姉さまも忠実なる『奴隷』ですから。それだけのことです」


 かえでは平板に告げる。だが耳朶が、わずかに赤い。母・康子が見せた一枚の写真……屈託のない笑みの青年兵……そして、姉がぽつりと語った『人となり』。生まれて初めて、男に対してほのかな興味が芽生えた。興味は好意に似る。好意は、ときに残酷な観察へと変わる。


「その『下僕』はお母様の古くからの東和のご友人のご子息だそうです。お母様の言う通り立派な体格の方で……僕が男の唯一の価値と認めるものも見たことが無いほどに立派に機能するとか。僕もこの方が『許婚』ならそれでいいのかと……」


 義基は、娘たちの『男女観』が社会通念と真逆であることをとうに承知している。被害を被るのはだいたい『官派』の偉いさんなので、関与を最小限に留めているのも事実だ。まして妻・康子は『甲武の鬼姫』である。彼女は二人を止めない。むしろ煽る。そして笑う。『女狐』と呼ばれる彼女の真骨頂がそこにある。


「へーそうなんだ……そうだったな。お前さんはかなめの奴に虐められるのがこの上なく幸せな(たち)なんだったな。それとお前さんにとっては男は『白い液を吐き出す棒』で、その液の量と棒の大きさが男の価値のすべてなんだったな。まあがんばれや」


 義基は珍獣を見る目で娘を見、また上座へ戻った。座布団の角を直角に整える几帳面さは、彼が平民を選んでも消えない。


「それにしてもかなめの奴め。アイツは都合のいいところだけ『貴族』を使いやがる……アイツも貴族は嫌だと年中言ってるくせに。俺はそんな貴族が嫌だから平民になった。アイツにも俺の気持ちが分かる日は……たぶん来ないだろうね」


 皮肉の音程は軽いが、底は深い。


「お姉さまはお姉さまなりにお父さまを尊敬していると思いますよ。西園寺家の庶民的な雰囲気を嫌がりもせずずっとお父さまを見守っているじゃないですか」


「お前さんの貴族趣味は康子譲りか……アイツにも困ったものだ。今回の近藤の一件も康子はあいつの屋敷に出入りしている貴族主義の連中から事前に知ってたと思うぞ。それをことが陸軍の内通者経由で俺のところまで回ってくるまでだんまりだ。夫婦ってのはそんなもんじゃ無いと思うんだがな」


 義基は独り言の調子で愚痴を零し、すぐに目の色を変えた。仕事の顔がそこには見えた。


「かえで。早速、海軍の中でも信用できる海軍の陸戦部隊一個中隊を呼んでくれ。そうだ、伊達君の奥州第十三独立陸戦中隊がバルキスタンから帰国したばかりだったな。伊達君……彼女なら信頼できる。かえでとも馬が合うという話じゃないか、早速連絡を取ってくれ。この書類は最高レベルの機密書類だ。できれば司法局の作戦終了時まで伏せておきたい。それと……くれぐれも『東和共和国』に戻っても『許婚』のストーカーその他もろもろお前さんがやりそうな世間の倫理からかけ離れた行為で逮捕されないでくれよ。これ以上恥をかかされるのはいくら俺でもごめんだ」

挿絵(By みてみん)

「承知しました」


 かえでは膝の前にタブレットを起こし、軍用暗号通話に切り替える。液晶に走る青い筋が、回線の跳躍を示す。発呼先——海軍省/陸戦局。


 同時に、座敷の天井裏で微かな足音が移動した。司法局公安の狙撃・観測班が、警戒線を一段階縮める合図である。


「さあて……今回の近藤さんの決起で連座することになる将軍達をどう救済するか……勝者は情けを持たねえと嫌われるからな……新三郎の憲法の草案を使って他に逃げようのない『逃げ道』を用意してやるのも良いか……連中にとっては屈辱でしかないかもしれないがね」


 宰相は、障子の向こうの金色の雨を眺めた。歴史は、いつだって濡れている。乾く前に手を置いた者が、文言を決める。


 『官派・殺害目標一位』たる平民宰相・西園寺義基は、人懐っこい笑みで独り言を結んだ。


 かえでは送信を終えると、ふと胸ポケットから旧式の写真を抜き出した。母が渡した一枚……青い司法局の制服姿の青年が、笑っている。裏に細い字で、姉の名と、短い評。『背中を預けられる』らしい。


 日野かえでは、その写真を指先で二度、折れない程度にしならせ、そっと戻した。


「……見守っていますよ。遥かな星から……誠君……君の『力』の発現というモノを……そしてあなたの母君が言う信じられないほど立派で、大きく、そして太く……ああ見てみたい……一度直接僕が味わってみたい……。それでいて聞くところによると信じられないほどの大量の白いものを一日に何度でも出しても平然としていると言う話……。君のお母様は全て君の最大の長所をご存じなんだよ。遠い星に住まう僕の心をここまで直接見ることも無く惹きつけて離さないとは……。今すぐにでも見てみたい……君のご立派で僕の理想とする男性の条件をすべて満たす『モノ』を……」

挿絵(By みてみん)

 かえではそう誰にともなく呟くと、雨は少しだけ強くなった。石庭の砂紋が、一筋だけ、新しい道に見えた。自分の『愛』が世間のそれと少し違うことくらい、かえでも分かっていた。だが、間違っているのは世界の方だと信じている……昔からずっと。

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