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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第二章 こうして僕は『特殊な部隊』に流れ着いた

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第5話 終わった工場で始まる職場

「あったことあるんですね……詐欺……あんなのかかるのどうかしてると思ってたんですけど……現実に居るんだ」


 誠はランの様子を観察しながら、何気なく言ってみた。


「……なんだよ……馬鹿にしてーのか?なんとでも言え!オメーにはその権利がある」


 そう言うと、ランはうつむいたまま静かに肩を落とし、ブルブルと震えだした。


「やっぱり、あったんですね……手口は何ですか?絵画詐欺ですか?振り込め詐欺?それとも投資詐欺?未公開株の優先割り当て詐欺……いや、クバルカ中佐はそんな損得勘定で動くような人じゃないですよね?あれですか、妊婦をはねたから隠密に処理したいとか、甥が会社の金を無くしたからそれを保証してくれとか……妊婦の知り合いも甥もいそうじゃないですけどクバルカ中佐なら引っかかりそうですよね?」


 誠が調子に乗って言葉を続けると、ランはゆっくりと顔を上げて目に涙を浮かべ始めた。

挿絵(By みてみん)

 言うことはことごとく図星だった。ランの鋭い目つきの中に涙を浮かべ、完全に幼女のものだった。


 顔も、口元も、表情も、まるで本物の子供……。その迫力を感じさせる強さの裏付けのある自信はそこには無かった。


「うー……」


 萌え要素全開の泣きそうな目に、大粒の涙をためた幼女がそこにいた。恐らく誠の『情』に訴えかける特殊詐欺にはことごとく引っかかったことがあるのだろう。ランのハンドルを握る方は激しく震えていた。誠は、さっきまで『人類最強』と豪語していた人物と同一であることを、頭では理解しながらも感情が拒否していた。


『かわいい……』


 さっきまでの態度の大きい、口の悪いガキとは打って変わって、今や見る者すべてが抱きしめたくなるようなキュートな幼女として存在している。


 ランの視線が遠慮がちに誠を伺い、タイミングを見計らっているように見えた。

 

『かわいいね、君』と言うべきか、それとも何も言わない方がいいのか、誠は迷ったまま見つめ返す。


 二人はしばし見つめ合った。


 次の瞬間……。


 ランはサッと涙を拭い、顔を真っ赤に染める。


 まるで湯気が出るかのように、真っ赤になった彼女は慌てて運転の姿勢に戻った。


「あのー、ランちゃん……?」


 誠は戸惑いながらも、背を向けたランに声をかけた。


「誰がランちゃんだ!遼南共和国で敵の8割を撃破したトップエースと言う言葉すら足りねーの私に『ちゃん』付けできる資格のある人間は、これまでもいなかったし、これからも現れねーんだ!ちゃんと『偉大なるクバルカ中佐殿』と呼べ!それが嫌なら『人類最強のクバルカ中佐殿』と呼べ!アタシに勝てる人類はいねーんだ!まー相手が神様とか悪魔だったら、どーかわかんねーけどな!この世にアタシをちゃん付けで呼べるのはアタシを倒した一人の餓鬼しか居ねーんだ!そいつもアタシを『友達』と呼んでいる!だからこの宇宙にアタシを下に見れる人間なんて一人も居ねー!うちの隊長の『駄目人間』もアタシには一目置いている!新人のテメーがアタシをちゃんづけするなんて10億年はえーんだ!」

挿絵(By みてみん)

 そう言って振り返ったランの表情には、先ほどの幼女らしさは微塵もなく、完全に元の口の悪いガキに戻っていた。ただその表情を見ている誠の胸に、説明のつかない小さな引っかかりが残った。


 そして、今度は表情を消し、まるで悟りきった老練な戦士のような真剣な目つきで誠をにらみつける。


「……そんな……『人類最強』?吹いてるでしょ……?それに上官が一目置いてるなんて……どうせ隊長はあの嵯峨とか言う人でしょ?うちの母さんもあの人は問題だらけの人間失格の存在だって馬鹿にしてましたよ。そんな人になんで僕が頭を下げなきゃいけないんですか?」


 誠は明らかに詐欺被害者で弱点丸出しの幼女に向けてそう言い放った。どうせ司法局実働部隊の隊長はあの誠に妙に執着してきた嵯峨と言う男に決まっている。母が語る嵯峨と言う欠点だらけの男に誠は何の敬意も抱いていなかった。


 そんな誠の挑発する発言を聞いても肩を震わせて詐欺にかかった事実を思い出しているランの姿は誠から見てもどう見ても幼女だった。


 ただ、その眼光だけは、これまで誠が見たことのない鋭さと、見る者を威圧して黙らせる凄味を備えていた。


「随分と調子に乗ってデカい口を叩くじゃねーか。オメーはアタシの言うことを信じてねーのか?まー無理もねーわな。おかげでアタシも命じられて殺す相手に油断をさせる時にこの姿で随分役に立ったのは事実だからな。おかげでアタシが仕えた『外道』の敵対者を殺すたびに『真紅(しんく)の粛清者』と呼ばれるようになった。後に遼帝国が滅んでシュツルム・パンツァーでの戦いが主流になって『汗血馬(かんけつば)騎手(のりて)』って呼ばれる方になった方がよっぽどマシだった……アタシが遼南内戦では目の前の敵のほとんどを落とすとんでもないエースだって聞いてんだろ?状況を判断するには十分なヒントがあるんだ。敵を選んでから戦いな……」


 誠も『汗血馬の騎手』の名を持つエースの存在を知っていた。

 

 赤い機体を駆り、格闘戦無敵を誇ったエースの伝説を……。


「アタシは自分の手札をこうして信頼できるとアタシが見込んだオメーに晒した。こういう『ヒント』が、いつもあるとは限らねー。1つのヒント……そこから自分の知識と勘でどうにか次に自分がするべきことを判断し、的確な行動に移す……まあ、ぽっと出のテメーにゃ無理だ。相手がそこまで配慮してくれると思うなよ。あの『脳ピンク』の隊長が目を付けたって言うから、下手な割に意外に筋があると踏んでたが……アタシの思い過ごしか……まあいいや」


 百戦錬磨の古強者が放つようなセリフを吐き、ダメ押しの殺気を帯びた視線を放った後、何も言わずに前を向いた。


 圧倒的迫力と、その見た目のギャップに、誠はただ呆然とするしかなかった。


 ランは静かに自動車の発進動作を開始した。


「……ただ、もしも役立たずなだけじゃなくて、見込みのねー馬鹿だったら、近くの駅までタクシーでも拾えってとこだったがよー、オメーはウチに必要な人間だってことはわかったわ。さっき言ったようにオメーにはうちの馬鹿には無いアタシ等『特殊な部隊』の隊員にはレアな『才能』がある。それだけは認めてやる」


 車は順調に走り始める。郊外に入り、渋滞を抜けたらしい。


「オメーの仕事は、詰め所で椅子に座ってること、それだけだ。時々その『才能』を発揮して場を和ませるぐらいの期待しかしていねー。他は全く期待するに値しなねーや。逆に言うと、それをしている限り、オメーを必要としている職場であるという自覚が持てるわけだ。オメー向きだよ、うち」


 誠は座りなおしながら、窓の外の住宅街を眺めた。


「席にいればいいんですか?それとその『才能』ってなんです?椅子に座っているだけで出来る事なんですか?」


 誠は恐る恐るつぶやく。


「まあ、椅子にずーっと座ってろってのは、物の例えだ。例え出動があったとしても、オメーには何にもできねーからな。うちの連中が命懸けで、オメーみてーな役立たずを守ってくれるんだ。いーだろ?そのオメーの『才能』をそん時に生かしてくれればいーだけだ。他の仕事ができるか?今見た限りそんなことができるとはアタシには思えねー」


 バックミラーには、ランの不敵な笑みが浮かんでいた。


「『才能』ですか?」


 誠はその言葉に違和感を感じながら、つばを飲み込んだ。


「そーだ、『才能』だ。多少違和感は感じるかもしれねーが、とりあえずその『才能』はウチには他にねーんで、オメー以上にその『才能』がある人間でも来ねー限り。安泰だ。多分一日中その才能を発揮する機会が転がってるから、ぜひその『才能』を伸ばしてくれ。うん、うん」


 冷静なランの口調で語られるその言葉には、妙な重みがあった。


「あのー、その『才能』って……なんです?」


「まあ、ずばり言わないのはアタシの教育方針でね。わかる奴はわかるってことだ。ちなみにその『才能』を極めると、テレビに出られる」


 ランは相変わらず将棋の対局の画面を見つめていた。どうやら一方が投了して勝負がつき、対局の説明の画面に映っているところだった。


「テレビ?僕、バラエティーとか見ませんよ。アニメしか見ないんで」


 誠はオタクなのでバラエティー番組も歌番組もニュース番組も母が適当にチャンネルを合わせたとき以外は目にすることの無い青年だった。


「そーだ、テレビだ。アレはアレで良い金になるみてーだぞ。アタシには関心ねーけど。ま、今は知らなくていい。知ったらどうなるか、決まってんだろ。その『才能』だけが取り柄の自分に絶望するよなー」


 誠はその得意げなランの振り返った自信ありげな瞳が怖かった。


『それって……芸人……?僕は芸人になるために軍に入ったのか?』


 誠のそんな自分の運命が珍妙を通り越して非常識な方向に向かうかもしれないという恐怖に囚われていたが、そんな誠の心情とは関係なく次第に出口から出ていくトレーラーを中心とした大型車が減って車はスムーズに、四車線の国道を進む。


「とりあえず、あと30分くれーかかる。寝とけ。スカタン。無駄にゲロでも吐いてみろ……殺すかんな!その間にアタシはさっきの将棋中継の解説とこの機会に入ってる過去の対局データでも見てるわ……まあ将棋はアタシの趣味なんでね」


 ランはそう言って黙り込んだ。


 誠はちらりとバックミラーを見た。

 

 ランは明らかにそわそわしていた。


「眠った方がいいですか? 僕」


 その問いに、ランはふっと微笑んだ。


 誠にも、初対面の上司の車で胃の内容物を口から出すわけにはいかないという常識はあった。

 

 ランの言葉に甘え、錠剤を飲んで眠る。もちろん、それは『乗り物酔い』の薬である。

 

 薬の効果で誠はすぐに眠りについた。こうして、かわいい上司の前で醜態をさらさずに済んだのだった。



 「あの……」


 いつの間にか眠っていた誠が目覚めた。薄曇りの空、窓ガラスの内側に結露がついている。


 外の湿気はかなりのもののようだ。


 真夏である。ここ東都の七月は曇っていても気温が三十度を軽く超える。


 蒸し暑さを想像しながら、誠は汗をぬぐった。


 東都宇宙軍の本部地下駐車場で車に乗り、ランに思うままに罵倒され、勧められるままに眠り……そして、今ここ。


 『可愛らしい萌え萌えロリータな上官』の高級国産車の中である。


 外を見る気分にならず、誠は伸びをしながらランの座る運転席の後ろをぼんやり眺めた。


「やっと起きたか……よく寝てたんで、声を掛けそびれた……魔法世界か……アタシも『魔法少女』にはなってみてーんだ……って、さっきオメーが寝言で言ってたろ。『ランちゃん魔法少女〜』とか」


 誠はその言葉で夢の中で敵の妖怪たちを次々と魔法の杖から放つ『魔法』で打ち払う無敵の魔法少女の姿のランの戦いの夢を見ていたことを思い出し、同時にそのことをかなり詳細に寝言として口にしていたことをランに聞かれていたことを知って赤面した。


「『魔法少女』……いつかはアタシもそー呼ばれてみてーもんだ。あの変身はアタシにも出来ねー。地球人のヒーローの出来ることはアタシにも一通りできる。あの地球の大国アメリカのアニメや映画に出てくるヒーローの技はアタシはほとんどできるが日本系のバトル魔法少女アニメの魔法少女たちが使える『変身』だけは何度試しても使えねーんだ」


 ハンドルを握りながらランはしみじみと心の底からアニメの『魔法少女』を尊敬しているという調子でそうつぶやいた。


「ここだけの話だが連中の仕える攻撃魔法。アタシは似たようなのはいくらでも使える。だがいわゆる『魔法少女』ができるフリフリ衣装や急に大人になるような返信魔法だけは使えねー。そんなものが使えねえヒーローなんてただの雑魚だ。アタシは地球人が考え出した存在で『魔法少女』を超える存在はねーと思ってる。『魔法少女』以外の地球人の考える強い人間なんて所詮アタシから言わせれば『強い』と言うが、何度もその戦闘シーンを見たらアタシより弱いぞ。なんであれが『ヒーロー』とか呼ばれてるんだ?連中が『ヒーロー』だ?変身や大人になれる方がよっぽどすごいじゃねーのか?音速や光速で走れる?空が飛べる?そんなのできて当たり前だ」


 ランが当たり前のようにとんでもないことをつぶやく。


「今、『音速や光速で走れて当たり前』とか『空が飛べて当たり前』とか言いましたよね?出来るんですか?中佐は。だったらなんで車に乗ってるんです?」


 当たり前のように浮かんでくる疑問をランに向けた誠だがランは聞くまでもないというように振り向く様子すら見せない。


「そんなもん、もしアタシがそんなことやったら道路交通法違反だろーが。オメー理系の大学出てるよな?『ソニックウェイブ』って知ってるよな?アタシが音速に達する。その瞬間もの凄い衝撃波が発生する。そうなるとどうなる?この周りを走ってる車は全部吹っ飛ぶだろーが。そんな当たり前のことも分かんねーのか?それとアタシが空を飛んでみろ。オメーもびっくりするだろ。もしそれを見た人物が心臓に持病のある人間だったらどうなる?心臓発作で死ぬぞ。そんなにオメーはアタシに人を殺させたいのか?」


 誠はランの理屈は通っているようでどこか根本的にずれているとこれ以上の質問を諦めて窓の外に視線を移した。巨大なコンクリートの建物が並んでいる。すれ違うトレーラーは、何も積まれていないものばかり。


「まあ、中佐なら出来ても当然ということにしておきます。それより……クバルカ中佐……ここはどこですか?」


 間抜けな挨拶をする誠を、ランは呆れたように見た。


「まったく観察眼のねー奴だな。寝ぼけてんのか?ここは東和共和国千要県豊川市!アタシやオメーが行ってみたいと思ってる『魔法世界』じゃねえ!『現実』見つめろ!そのどこかを知りたいのか?そんなの周り見ろ!窓の外見りゃここがどんな場所かわかるだろ!察しろ!」


 強い調子でランに言われて周りを見回す。

挿絵(By みてみん)

 灰色の巨大な建物群……工場地帯の風景が広がっていた。


「でもあの世界はこんなにモノクロの世界じゃなかったような気がするんですけど……もっとフリフリフリル付きのカラフルな可愛い少女たちが魔物たちと魔法で戦ってたような気がするんですけど……」


 誠の口答えに、ランは冷ややかな目を向けた。


「オメーみてーな深夜アニメオタクには、世界はカラフルに見えるんだろーな!魔法なんざ使える奴がいて初めて機能するもんだって、その深夜アニメで学ばなかったのか?アタシが知ってる限り、魔法使いモノの物語には、魔法を使えねー無能がいっぱいいて、魔法に感心する場面が出てくるのがお約束だぞ。違うか?ちなみにアタシは……ああ、あの『駄目人間』隊長からそのことについては他言無用って言われてたわ。さっき言ったことは忘れろ!」


 ランが妙に詳細なアニメ知識を披露してきた。将棋が趣味のちっちゃい敗戦国の英雄に誰がコアな人気を誇るバトル系魔法少女アニメを勧めたのか不思議に思いながらハンドルを握るランの背中を誠は見つめていた。


「確かにヒロインが魔法を使えないと魔法少女モノじゃなくなるし、一般人がいないと魔法少女の影が薄くなっちゃうから……まあ、そういうキャラは出てきますけど……でも詳しいんですね?好きな作品は何なんですか?僕は魔法少女アニメにはちょっとうるさいんで……色々お話しできますよ?」


 誠はとりあえず色々ツッコミどころがありそうな上官と仲良くしたいと思ってそんなことを言ってみた。


「アタシは魔法少女の変身以外の出来ることは全部できるって言っただろ?あの『駄目人間』隊長はアタシが戦争に負けて捕虜になってた時に『地球の記録映画だ』と言って勧めてきたんだ。当時はすげーっておもったが東和に来て調べてみたらアレはアニメじゃねーか。フィクションじゃねーか。地球には実在の魔法少女は居ねーらしーな」


 誠はここで『東和共和国のアニメの魔法少女もフィクションです』と言いたかったが、明らかに誠を振り向く様子の無いランの態度にツッコミを入れる機会を失った。


「じゃーアタシの方が地球人より上だ。ただ、地球人があんなものを考えるということは……実は軍で要請している可能性はあるな……地球人は油断ならねー」


 得意げにそう言う割にランは誠の様子をうかがうわけでもなくただ真っすぐ続く工場内の連絡道路に車を走らせた。


「そんな作り話の話はどーでもいーんだ。改めて言うぞ、ここは魔法世界じゃなくて菱川重工豊川工場だ……普通の工場。どこまでもリアルな世界だ。これがオメーの現実だ」


 ようやく振り返ったランは勝ち誇ったよな表情を浮かべていた。


 工場内の連絡道路は何時までも続く。もう10分は真っすぐの道が延々と続いている。


「……ここが工場ですか?でかいですね」


 ちょうど一台のトレーラーが通り過ぎる。


 積んでいるのは、まるでトイレットペーパーのように巻かれた巨大な金属の円柱だった。


「ここが東都の東、三十五キロ東にある菱川重工豊川工場だ。デカい?そんなもん都心から離れてて地価が安いんだから当たり前だろ?」


 ランは特に感情も無いというようにそう言った。


「『菱川重工豊川』?」


 誠はぼんやりとつぶやく。


「まったく……寝ぼけやがって……知ってんだろ?中央総州内陸工業地帯の最大の工場って言ったらここだ。オメーは……東都の中学だったな。なら知らなくとも当然か。千要の中学なら嫌でも習うぞ」


 ランの面倒くさそうな口調にようやく誠は理解する。


 東和共和国の有力財閥『菱川ホールディングス』の重要企業、その中でも『豊川工場』は、東和共和国が地球圏から独立した時まで歴史をさかのぼる、伝統ある工場だった。


「でもな、ここはもう終わった工場なんだ」


 ランは少し寂し気にそうつぶやいた。


「終わった工場……それってどんな意味ですか?」


 そのある意味、残酷なランのこの巨大工場への評価に誠は首をひねった。

 

「オメーは寝てたから分かんねーかもしれねーがこの10年でこの周りの都市化が急激に進んだ。都市化が進む……つまり住宅が増えて車が増える……つまりトラック輸送なんて渋滞だらけで時間もコストも読めなくなるって意味だ。そんな工場に臨機応変に最新鋭の大型機械の発注をする?そんなの誰がするよ。この工場が出来た当初は何にもない畑の中の道を渋滞無しで引っ切り無しに資材を運べたが今じゃそんなことは不可能だ。いつ着くか分からない材料を待ってその度に生産ラインを止めるのか?金の無駄だろうが。今は……ここの工場のメインの仕事はこの工場でしかできない金属の表面処理とか特殊な付加価値の高い工程なんだと。でかい機械も作ってるが、多くの部品が必要になるそんな仕事は臨海部やより郊外の安定して陸送が可能な工場でやってるからそっちはあくまでついでだな。それにデカい機械なら出荷の際に大きさの制限のない船が使える海沿いの新しい工場で作った方が輸送コスト面で安くつくかんな……当然と言えば当然か」


 誠はランの言葉につられ、外の工場群を眺めた。


「つまりだ、コンテナに載せるってことは、当然大きさに制限があるわけだ。そうなればデカいものを作ればそれなりのコストがかかる。コスト至上主義の昨今。そんな無駄なことをする企業があると思うか?」


 まるで当たり前のように語るランの口調が少し悲しげになる。


「さっき言ったよーに、『工場』としてはここは『終わって』るんだ……400年前、ただひたすら工業化にひた走っていた頃のこの国ならどーか知らねーが、今は稼げる工場が企業では一番大事にされる。稼げない工場は終わる。それが必然だ」


 ランはハンドルを握りながらそう言った。


「終わってる?こんな立派な工場が?」


 誠はその言葉の意味が分からず、聞き返した。


「そんなもん、メーカーなんて稼げなんぼだ。稼げねえ工場に存在意義はねー。花形の大型重機やらの最終製品出荷なんて諦めた、ただのでっかい金属の表面加工が専門の部品工場でしかねーんだ。その表面加工に使う特殊な原料も系列の化学系素材企業から買うしかないから、素材の値段すら決められねえ。でっかい町工場。それがここの今の本当の姿だ。その最後の賭けも……見事玉砕。オメーも軍人なんだから5年前に東和陸軍で新制式シュツルム・パンツァー選定コンペがあったことは知ってんだろ?そん時もこの工場の機体は負けた……アタシはテストパイロットをしていたが……アタシとしては別にひいき目では無しにここの工場の機体が上だと思ったんだがな」


 東和陸軍の新制式シュツルム・パンツァー選定コンペの噂については誠も知っていた。


 東和陸軍の新制式シュツルム・パンツァーコンペでは2機の機体が最終テストまで残ったという。結局そのうち機動性重視の設計思想が東和陸軍幹部の好感を得た07式と言うシュツルム・パンツァーが採用されたということは知っていた。


 その最終選考にまで残った機体を作ったのがこの工場。最後の賭けで東和陸軍の制式シュツルム・パンツァー採用コンペにも見事に負けたことでここはまさに終わった工場と言えるのかもしれない。その雰囲気が車内にいる誠にも皮膚感覚で伝わって来た。


『もうここは詰んでるんだ……僕の行く『特殊な部隊』も……』


 誠は改めて窓の外を見た。そこに自分が『押し込まれた』という事実だけが、やけに現実味を帯びて胸に沈んでいく。


 確かに工場の建物は古びている。中には朽ち果てた建物すらあった。


「おー見えてきたぞ。オメーの配属になる部隊だ」


 誠は窓の外を眺める。左右に視界が続く限り、果てしなく壁が広がっていた。それは使い道が無くなったということで半分廃墟となっている工場内の長く使用された形跡の無い倉庫の群れを遥かに超えて見えなくなるまで続いていた。


「広いんですね、本当に」


 そのあまりの大きさに誠は圧倒されていた。


「当たり前だ。『特殊な部隊』の活動拠点だから広くて当然だ。オメー本当に当たり前のことしか言えねーんだな。『特殊な部隊』の活動拠点だから広くて当然だ。それこそアタシが今でも兼務している裾野の東和陸軍の教導隊の基地に比べたら『猫の額』程度のもんだぞ。まーあそこは射爆場とか併設施設が一杯あるからデカくて当然なんだけどな」


 東和陸軍の基地は確かに大きいのは誠も知っていた。そのトップエースであるランの率いる教導隊基地のある裾野基地はシュツルム・パンツァーのロングレンジレールガンの射撃訓練も行われる巨大施設でそこで年に一度総合火力演習が行われることで知られた巨大施設として知られており、そもそもそれと比べる方がどうかしていると誠は苦笑いを浮かべた。


「まーこの基地が舞台の規模に比べて異様にデカいのには理由があるんだ。今時、大型ジェット機を飛ばす訳じゃねーんだけどな。うちの所有で『運用艦』ってのがあるんだがそいつを最大三隻置ける土地を確保しようとしたんだと。どこの間抜けがそんなこと言いだしたかは知らねーけどさ」


 ランは頭を掻きながらそう言った。


「運用艦ですか?専用の船があるなんて……凄いですね」


 誠の言葉にランは再び頭を掻く。そして、しばらく考えた後、口を開いた。


「んなの、凄かねーよ。そんでもって巡洋艦クラスのデカさの『運用艦』なんてモノを東都近郊の密集した住宅街の上空を飛ばそうとしたから大問題になったわけだ。最終的にこの土地を菱川重工から譲ってもらう契約を結ぶ条件に『運用艦』はよそに配備するって条文が加わって、その計画は結局ボツになった。アタシ等の機体も、その他の使い慣れた機材も、『運用艦』のある港まで、えっちらおっちらトレーラーやコンテナや貨物列車で運ぶんだ……」


 そう言うとランは車を左折させる。そこにあるゲートの前で車を一時停止させて、運転席の窓を開けた。近づいてくる延々と続く駐屯地の壁に感心しながら誠は窓の外を眺めていた。


「それにこの隊の設立時には地域住民の反対運動があってな……正直、豊川市役所もアタシ等にはあんまりいー顔はしてくれちゃいねーんだ。まー、隊長好みの『落ちこぼれ』や『社会不適合者』を集めた『特殊な部隊』だからな」


「……『落ちこぼれ』……『社会不適合者』……?」


「そーだ。オメーは立派な『高学歴の理系馬鹿』兼『社会不適合者』! ちゃんと該当してるじゃねーか!」

挿絵(By みてみん)

 ランの満面の笑みに、誠は胃の奥から込み上げる嫌な感覚を覚えた。


「……はあ」


 そして、ランはトドメの一言を付け加えた。


「それと、オメーの機体にはちゃんと『エチケット袋』を用意させるつもりだ! 安心しろ!」


 誠は本当の意味で、『特殊な部隊』へと配属されてしまったらしい。誠は、笑うべきか怒るべきか分からず、ただ曖昧に口をへの字に曲げた。


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