第57話 釣り師だけの母港——多賀港へようこそ
三日後。
誠は着替え一式と、航海の一週間を退屈させないための……製作途中の戦車プラモ一式を詰めこんだ大きなバッグを抱え、本部のやたらに広い駐車場に立っていた。夏の陽炎が白線の上で揺れて、アスファルトから立つ温気が靴底を通して膝まで上がってくる。
「神前。貴様は新入りだろ?隊員輸送のバスは貴様が運転した方がいい……いや、無理だな。他人が乗ると事故る体質だったな。分かった。無理を言った私が馬鹿だった。反省している」
隣に立つのは、エメラルドグリーンのポニーテールを揺らすカウラ・ベルガー大尉。嬉しさの滲む無表情(当社比)で、手提げ袋を握っている。このような嬉しそうなカウラを見たのは初めてかも知れない。誠は戦闘用に作られた人造人間の本能がそうさせるかと思いかけた。
「カウラさん、そんなにあっさり諦めないでくださいよ。それにそんなに嬉しそうなんて……実戦が好き……いや、違いますね。それだったらあそこで群れてる女子がいつも通りのテンションと言うのが説明がつかないですから。まあ、あの人がいつも楽しそうなのはアメリアさんのよく発売禁止にならないなというような同人エロゲ作りから解放されるからですから。それとは違う理由でカウラさんが楽しそうなことですよね。それにしても、なんだか本当に楽しそうですね。宇宙にパチンコ屋はないですよ? 『パチンコ以外の趣味は呼吸』なカウラさんには苦痛じゃないですか?もしかして台を業者から買って……なんてさすがのカウラさんでも……」
誠はこの数週間のカウラとの付き合いでその程度の冗談を言ってもカウラには堪えないことを知ってて嫌味のつもりでそう言った。
「神前中々察しが良いな。運用艦『ふさ』には私のパチスロ・コレクションルームがある。今回は一台夏のボーナスとこの前大勝ちした時の金をつぎ込んで買った新台もある。メーカーに直談判して手に入れた私の魂だ。中佐の許可も得ているから艦の実機のシミュレータ機能を使っての訓練と必要な睡眠時間は全てその時間に使って良い。中佐の許可でパチンコ三昧の日々が過ごせるんだ。確かに景品は出ないが、何度となく連荘するさまを見ていると今からワクワクしてくる。演習場到着まで、私はまさに一日中パチンコ三昧だ。……楽しい演習になるな。神前もプラモに集中できる。お互い一つの趣味を極めるものとして楽しい演習までの時間を過ごそう」
右拳をぎゅっと握る。光を受けた髪が透明に弧を描く。
誠は思わず笑ってしまった。そして、自分にはプラモデル以外にも趣味は有ると言いたかったがカウラのあまりに嬉しそうな顔を見るとそんな機会を失ってしまった。
「ええ、まあ楽しみます。それにしても新台ですか……本当にメーカーから直で?もう軍を辞めてパチンコ・アイドルに転職した方が早いんじゃないですか?カウラさんなら普通のアイドルだと25歳は引退を考える年かもしれませんけど、あれだけパチンコに情熱を傾けてるアイドルってたいてい30代の地下アイドル脱落組ですから25歳のカウラさんならすぐにテレビに出られるくらいにはなると思いますよ。そのエメラルドグリーンの髪や瞳なんかも視聴者にはインパクトがありますし、『ラスト・バタリオン』であるなんて言う過去もそれこそトーク番組には引っ張りだこになりそうですから」
誠のそれとない嫌味をまるで無視してカウラは隊のゲートを指さした。ちょうど駐車場のゲートから、大型の観光バスが三台、鼻先を連ねて入ってきた。サイドに地元私鉄系のエンブレム。エンジン音が低く唸り、ディーゼルの匂いが風に混じる。
「何度も言っているが私はパチンコを仕事にするつもりはない。あくまでも趣味だ。それより貴様、酔い止めは?バス移動は長いぞ。飲んだのか?」
誠の嫌味をまるで聞いていなかったことが分かるカウラの反応に一安心しながらカウラに目を向けた。
「今朝と、さっき強いのを飲んだんですけど……正直、吐かない自信は無いのでエチケット袋も十枚持ってきました!」
誠も5時間というバスの乗車時間は人生でも最長記録に近い乗車時間である。これまではどんなに強い酔い止めを飲んでも30分と持たなかった誠に5時間という数字はあまりに途方もないものだった。
「そうか……。なら、私が用意したこれの出番はないな……少し残念かもしれないな……いや、十枚じゃ済まないほど貴様が吐けばこれも必要になる。神前、小隊長命令だ……最低15回は吐け。そうでないと貴様は女性の敵だと私は認識することになる」
カウラが手提げ袋を後ろに隠し、珍しく頬を染めた。カサリ、と中で包みが鳴る。
「何を……それと15回も吐いたら僕は死んじゃいますよ……」
言い終わる前に、背中から飛んできた蹴りで、誠は視界を一瞬でアスファルトに貼り付けた。
「元気!」
糸目がさらに細くなったアメリア・クラウゼ少佐が、真っ赤な『修羅の道』と黒い筆書きをされた誰が好きで着たいと思うのかTシャツで仁王立ちしていた。どう見ても『一軍事組織の幹部』の風体ではない。ただの馬鹿である。
「何をするんですか!アメリアさん!上官だからっていきなり蹴らないでくださいよ!アメリアさんのやってることはいつも滅茶苦茶ですけど、暴力まで振るうことは無いじゃないですか!これじゃあ西園寺さんですよ!と……そう言えば西園寺さんは?」
誠は制服の埃を叩き落としながら抗議する。しかし、アメリアはただ顔面に砂がついて無様な誠を笑うだけでまるで罪悪感を感じていないようだった。その笑顔は反省と言うよりも逆に誠に『おいしい』どつかれキャラをつけてやったのだから感謝しろとでも言っているようだった。
「いいじゃない誠ちゃん!ちょっとした私なりの挨拶よ!気にしないで。それよりバス来たわよ!それとかなめちゃんは整備班の連中のバスに乗って先発したわよ。あの子の狙撃型は組み上げの際に微妙な照準の調整図画が必要になるんですって。射撃馬鹿もあそこまで行くと一種の芸よね。いつもは遅刻ギリギリに出勤してくるのが当たり前のかなめちゃんが戦闘となるとまるで別人になる……戦うために作られた『ラスト・バタリオン』のアタシやカウラちゃんだって面倒なあんなど田舎に先乗りなんて死んでも嫌だって言うのに……もしかしたらかなめちゃんもサイボーグ化の過程で闘争本能を担当技師に強化されたんじゃないのかしら?」
アメリアが親指で入口を指す。バスの自動扉がプシューと開き、冷えた空気が一筋、地面を這う。
誠はアメリアのいつものかなめへの陰口に国一番のお姫様に能改造をするような国は特撮モノにしか出てこないとツッコむとそちらの方にも造詣の深いアメリアのうんちくが止まらなくなることを悟って黙り込んだ。
バスが現れたあたりで本部棟や倉庫の日陰で真夏の日差しから退避していた隊員たちが現れていつの間にか周囲は思い思いの格好をした隊員だらけだった。夏の光に目を細め、ダルそうに立つ『実働部隊の平常運転』が始まろうとしていた。
アメリアは真っ先にステップを上り、振り返って叫んだ。
「誠ちゃんは最前列の窓側!酔うから!誰も酸っぱい匂いを好き好んで嗅ぎたいわけじゃないのよね♪」
能天気にアメリアはそう言ってハイテンションなアメリアに嫌な予感しかしないという顔のドライバーの後ろの席を指さした。
「荷物が……」
誠がそう言う間に、誠の大荷物はカウラの手で中央トランクに収まっている。手元に残ったのは、十枚のエチケット袋と『最終兵器』の酔い止め錠剤だけだった。
アメリアは明らかにアメリアに対して警戒感を隠そうとしない運転手の肩をポンポンと叩いた。
「じゃあ行きましょう!艦長命令。このバスも私の艦の管轄下。その間も貴方は私の部下と言うわけね」
と満面でアメリアは運転手に笑いかける。私鉄の制服を着た運転手が『……はぁ』と業務用の微笑みで応じてマニュアルのシフトレバーに手をかけた。
誠はそのやり取りを真横に見ながら運転手に深々と頭を下げた。
「たぶんこの運転手さん、ろくでもない客を乗せちゃったなあとか思ってるだろうなあ』
常識人である誠にはまるでバスガイド気取りでマイクを握って入り口で仁王立ちするアメリアとは違って迷惑をかける自覚はあった。
そうして5時間多賀港。
最初に降りた誠がやったことは、吐くことだった。
「神前……大丈夫か?」
どぶ川の柵に手をつき、胃液を絞り出す誠の背中を、カウラが円を描くようにさする。潮と油と海藻が混じった匂いが鼻を刺し、遠くでカモメが笑う。
ようやく腹の底が空になり、誠は顔を上げた。5時間という誠のバス乗車時間の最高記録は誠の予想を超えていて、きっちりカウラの命令通り車内で15回の吐瀉のメニューをこなしたうえにバスを降りた途端に吐くという事実に直面した誠は心配そうに自分を見つめて来るカウラに苦笑いを返した。
心配そうなカウラのエメラルドグリーンのポニーテールの背後に広がっていたのは、『武装警察の戦場にすら駆けつける可能性のある運用艦の母港』のイメージからは数光年外れた光景だった。
『真新しい』漁村が、港の曲がり角にぱっと広がっている。その『真新しさ』が誠の頭の上にこの港の存在自体に疑問を感じさせた。
広い駐車場。色とりどりの幟に『活いか』『煮魚定食』『朝マズメ直送』と言う文句が躍っていた。釣具屋のショーウィンドウには最新のリールがキラキラ光り、氷機のガラガラという音が一定のテンポで響く。天日干しの網から、魚の影がゆらり。
どう見ても『この二、三年以内に出来上がった釣り客を集めるための観光地』の光景がそこには広がっていた。最新式防弾装備一式がクーラーボックス、同じ駐車場にそんなどう考えても結びつかないものが当たり前のように並んでいる光景が、どうにも現実感を削いだ。
「ここ……うちの基地ですよね?遼州同盟機構の司法実力部隊の運用艦の母港ですよね?『釣り客目当ての観光地』じゃなくて?ほらあの建物、看板に『釣り宿』って書いてありますよ。しかもどれもこの二年ぐらいで作ったような建物ばかり……つまりここが『特殊な部隊』の運用艦の母港って決まってから作られた建物ばかりってことですよね?なんでそんな急激な観光開発が行われたんですか?運用艦の母港になると魚が集まるとか言うジンクスでもあるんですか?」
荷物を提げたアメリアが、当然の顔で隣に並んだ。
「なによ、誠ちゃん。言ってくる言葉の中に疑問詞が多いわね。確かにここにある建物が建てられたのは司法局実働部隊の運用艦『ふさ』の母港がここに決まってからの話なのは事実だけどね。でもその瞬間からここは『釣りのパラダイス』として知らない人はいない、新たな釣りの聖地となったのよ。司法局実働部隊・運用艦『ふさ』の専用母港でもあるけど……それはあくまでついで。『ふさ』が来てからは、この地での勤務を本務とする隊員達の総意で一大釣りテーマパークとして成長してるの!そして今でもこの地は釣りの聖地、釣りを志す者の目指すべき『ガンダーラ』として成長を続けているのよ!」
アメリアの情熱に満ちた言葉を聞いて誠は自分が『特殊な部隊』にいることを思い出した。学生の常識は、ここではだいたい無力だった。
「アメリアさん、今さらっと『釣りテーマパーク』と言いましたよね?なんでそんな観光客の減少に苦しむ地方自治体が町おこしのために運営しそうなこじんまりとした施設のようなコンセプトでこの遼州同盟と言う国際機関が誇る司法執行機関が運営しないといけないんですか?一体、隊長は何がしたいんです?アメリアさんは一応、その『ふさ』の艦長なんでしょ?そのあたりの事情も当然知ってますよね?」
誠は誠の実家の近くにも『済田川ハゼ釣り公園』と言う区の施設があったのを思い出してそう言ってみた。あそこも、ハゼとスズキとテナガエビ以外に魚が住んでいないと子供のころから誠が思っていたあまりきれいではない『済田川』を観光資源にしようと誠の子供の頃の区長が作ったとか言う話を誠は思い出していた。
「神前。貴様はずっと吐いていたから知らんだろうが、この多賀港の半径二十キロ内に人家はない」
背後から、カウラの落ち着いた声。
誠は眉をひそめる。
「それは、どういう……?それがなんでこんな珍妙な街が運用艦の母港に決まったとたんに現れたことと関係があるんですか?」
この時点でも誠はカウラまでこのどう考えても存在自体に疑問符が付く釣りの観光地に何の疑問も持っていないことを不思議に思っていた。
「『ふさ』の維持管理には多くのマンパワーが必要だ。だが、こんな僻地に常勤で来る者は稀だ。そもそもそんな人間が居るのなら会ってみたいものだ」
カウラは冷たくそう言い放った。ただ、その言葉は誠の理解を超えたものだった。
「でも、軍人や警察官などと言う人の命を守るためなら自分の事を犠牲にして当然と考える人なら宇宙や極地での不便は甘んじて受け入れますよね?地球人だって宇宙開発が始まった当初はそれこそ命を賭けて何もないとても人が住めないような惑星群ばかりを開発してたって聞いてますよ。それとも遼州人はそんな環境には住みたがらないから人が集まらなかったと言いたいんですか?確かに僕は遼州人で、そんなことは絶対したくないですから遼州人の隊員が集まらなかった理由の説明にはなりますけど、遼州同盟には甲武やゲルパルトや遼北みたいに元地球人の国が一杯あるじゃないですか。あの人達だって普段は日本語をしゃべってるって聞いてますよ?実際、ここにボケーと僕とカウラさんの会話を軽蔑するような目で見ながら聞いてるだけの艦長のアメリアさんだってゲルパルトの出身で普通に日本語喋ってますよ?言葉の問題で隊の運営がまま無くなるとかそう言うことは無いでしょ?なんでそんな元地球人の僕からしたら信じられない奇特な神経の持ち主を呼ばなかったんですか?」
ここで誠がイメージしたのは遼北の領有している遼州北極基地や甲武のさらに内側を回る地球で言えば水星に当たる過酷な環境でも調査研究に従事する危険を顧みない科学者たちのことだった。かれら元地球人の科学者たちは誠のような遼州人から理解不能な不便な環境で『科学の為』という理由で命を賭けて研究を続けている。……そこまでして何かを探したい、という気持ちが、誠にはどうしても実感できなかった。
『今困らなければ別にいいんじゃないの?』で全部通用してしまう誠達遼州人から考えると彼等、極限状況に身を置きたがる元地球人の行動は理解不能な『珍行動』にしか見えなかった。
ただ『田舎だ』ということだけならば、お給料さえ出せばそんな『不便な場所で住んで何が楽しいの?』と考える東和の遼州人でも志願者が居るに違いないと誠には思えた。
「バーカ」
擦れた声。いつもの細い茶色のタバコの煙が流れてきた。
誠が振り返った先にはかなめが、港風に髪を少し乱しながら立っていた。
「地球人とか遼州人とかが問題じゃねえんだよ。そんなことをうちに三週間も居て分かんねえのか?そんな『志』の高い連中が、うちみたいな特殊な部隊に来ると思うか?あの『駄目人間』の下で働きたいと思うか?あの見た目からしてどうかしている『人外魔法少女』の怒鳴り声を延々と聞かされる環境を望むと思うか?そんな人間なら他に務まる任務はいくらでもある。元地球人の極地任務の人材だって完全に不足しているんだ。遼州圏に住むようになって元地球の仕組みの国に住んでる元地球人も『面倒くさい』というのがすべての行動理念の中心を占める遼州人に毒されてそんな風になったんだ。神前は遼州人だったな?そんな風に元地球人を染め上げた責任はオメエが取れ。まあ、そんな責任問題は別としてもだ、ただ、艦の管理をしていろ、他の面倒ごとはするんじゃないなんて言う仕事なんざしたがる人間だったら他の組織がいくらでもうちより良い条件で一本釣りだ。当たり前だろ?馬鹿かテメエは?」
かなめは軽蔑交じりのたれ目を誠に向けて笑っていた。
「西園寺さん!確かに遼州人は地球人から『縦のものを横にもしない』とか馬鹿にされてますけど……まあそれは事実だから認めますけど……それ、自慢になりますか?ただうちが『役立たず』って世の中から思われてるっていう証明以外の何物でもないじゃないですか?」
誠のまっとうな疑問は、潮風にさらわれたまま帰ってこない。
「叔父貴は最初はなんとかなるだろうと甘い見通しでごく普通に募集要項をバラまいて関係各所に当たったんだ。それでも何の反応も無いから、それっぽい人間には目をつけてそれなりの待遇を用意して声をかけたんだが、多くは現状とアタシ等の行状を知って逃げだした。理由は簡単だ。僻地で娯楽ゼロ。しかも仕事らしい仕事は何時やってくるのか分からねえ。……で、そんな条件でも最後に三人だけ残った。その三人の連中は『ある娯楽』に命を懸けるという共通点があった。叔父貴はそれに気付いて人材募集の方針を完全に変更してここの連中を他の海軍や宇宙軍が羨むような人材ぞろいの精強部隊へと化けさせた。これが、うちの最強部隊の核になった。まあ、ぶっちゃけた話をすると、まともな人間は誰もこんな僻地で常勤なんかしたがらねえから、『釣り』で釣るしかなかったって話だ」
かなめの言う『異常な常識』と嵯峨の常識にはとらわれないというレベルを超えた卑怯さには、誠もさすがに慣れてきた。
「『ある娯楽』って……釣り、ですよね?そんなもので『全宇宙が羨む精強部隊』が作れるんですか?西園寺さんの意見だと『釣り師』が軍人より強くないとおかしいっていう理屈になりますよ?」
誠にはかなめは要するに嵯峨の口車に騙されているだけだと踏んで馬鹿にするようにそう言った。
「軍人だってご飯を食べないと死んじゃうわ!海に放り出されたらどんな最強の軍人だって釣りが苦手なら飢え死にして、釣り師が生き残るから釣り師の方が強いのはこれは誰もが認める事実!だから『軍人』かつ『釣り師』であるここの住人は宇宙最強の軍隊なのよ!『釣りをしている時間は任務中に換算』。隊長は募集要項にそう一言足したの。『ふさ』を支えるのは、釣りと海産物に対する情熱で前しか見えない釣りマニアたち!私達運航部、島田君の技術部、そして『偉大なる中佐殿』を『神』と仰ぐ機動部隊以外の『全部』は、彼らが回してる!その名を司法局実働部隊艦船管理部!運用艦の機関管理から所有するすべての艦船の運用。そして管内での医療、白兵戦等、そしてこの基地の治安まですべてを取り仕切る最強の部隊よ!」
アメリアの糸目が、誇らしげにさらに細くなる。
「言っときますけど僕は中佐を『神』認定してません。萌えはしますけど。……体育会系すぎて。まあ、『人外魔法少女』なんで逆らえないのは事実ですが」
三人は、そろって完全無視した。
「連中はな、釣りへの愛のために人生が壊れた奴等だ」
カウラが、ふと熱を帯びる。パチンコと同じ匂いを纏った共感が、言葉の端に滲む。
「遼州各地から『釣りのせいで居場所を失った』連中が集まった。で、ここ多賀港で誓い合った。『釣りマニアの天国を作ろう』。国境も人種も連中には関係が無かった。釣りと言う共通言語が連中を激しく結び付けたんだ。目の前には豊かな海、背後には手つかずの山野……釣りにすべてをささげた人生を送って来た連中に火がつかないわけがない!」
カウラの笑顔は無邪気で、だから少し危うい。
「カウラさん、もしかして『釣り部』の人たちにシンパシーを?感じてません?パチンコも釣りも待つのがなんぼの世界だって聞いてますからね」
呆れ半分に誠はそう口にした。
「確かに昔の私を見ているようでは、ある。だが、パチンコは生活費を稼ぐ手段にもなる!食料にしかならない釣りより高等だ!」
カウラには『パチンコ依存症』の割に『パチンコは釣りよりも高等な娯楽』と言うプライドがあるらしいと誠は察した。
「でも、釣りのために強盗したとか言う話は聞かないですよ?パチンコは……聞いたことありますけど。……で、『釣り部』の人たち、どれくらい投げうったんです?その人生やらを」
誠が、煙を細く吐くかなめに視線を送る。
「大したことじゃねえ。釣りのために家族を捨てたり、戦場で持ち場を離れて釣りしたり、釣れないと破壊活動したり……普通だろ? カウラのパチンコよりマシだ」
「何を言う!適度に嗜めばパチンコは娯楽の王者だ!それに私は仕事をサボることはあっても家族を捨てたり破壊活動をしたことなどない!」
「きっちり仕事をサボってることは認めたな?それとオメエが家族を捨てないのは捨てる家族が居ないだけで、破壊活動をしないのはランの姐御と言う『人外魔法少女』の監視の目があるからだ。無ければ何をするか分かったもんじゃねえ」
言い合う二人を見て、誠は『普通の基準』について深く考えるのをやめた。
「それとな、万が一にも連中の竿に触れてみろ。次の瞬間、貴様はこの世にいない」
カウラのエメラルドグリーンの鋭い視線が自分は安全圏に居るという気の抜けた意識の誠を射抜いた。
「……気をつけます」
カウラが真顔で言うと、冗談に聞こえない。
港の奥で、巨大な白と赤を基調とした艦影がゆっくりと息をしていた。港の奥で、巨大な艦影がゆっくりと息をしていた。その腹の中に、自分たちの『戦場』がしまわれている。




