第4話 嵌められて『特殊な部隊』への道
「あのー……」
実家の小型車と比べて明らかに乗り心地に勝るランの高級乗用車の見晴らしのいい助手席の座り心地を確かめながら、誠は手を挙げて質問した。
運転席では、小さなランが大きな座席にちょこんと座っている。どう見ても幼女体形である彼女向きの運転席にはすぐに一般男性が座れる程度の細工がなされていた。ランはおそらく34歳と言うことで飲酒運転を避けるために運転代行を呼ぶのだろう。そんな考えが誠をよぎった。
どう見ても普通ならアクセルにもブレーキにもクラッチにも足が届きそうにない彼女がどうにか運転できるのは、ペダルに特製の下駄が取り付けられているからだった。確かにそれを外せば運転代行の成人の運転手が来ても問題がない。そんな事を考えながら画面にやたらボタンが少ないランの将棋対局が映される画面を誠は見つめた。
「……なんだよ。運転手に声をかけるように東和宇宙軍では教育されてるのか?まー、アタシは『人類最強』のパイロットだから問題ねーけど普通の下手な自動車運転手なら大事故につながるぞ。まーいーや。言ってみろ」
しばらく無視を決め込んでいたランが、いつまでも画面を見つめている誠が気になったようで前の危険物を運んでいるトレーラーが止まったタイミングで振り返り、不機嫌そうに応えた。
「これ、テレビと将棋中継をやってる東都経済テレビしか映らない設定になってますよね?」
誠は何度か助手席からランが睨んでいる画面の横のスイッチを見ながらそう確認した。
「ナビ……付けないんですか?というか、ナビのあった場所にテレビをつけるのは分かりますけど……なんでそんなコアなチャンネルしか見ようとしないんですか?なんでTHK教育テレビと東都経済テレビ以外は映らない様になってるんですか?それともナビの無い車種ですか?」
THK教育テレビは誠は子供時代はまだしも小学校以来見ていないし、東都経済テレビは深夜にコアなターゲットを狙った日中はとても放送できない表現満載の誠の好きなアニメを放映するのでよく見るチャンネルではあった。
「確かにこの車……元車両は地球製のナビが発明される前の車ですけど。今はそんな車、今は走ってないじゃないですか……うちの母の『初代マーチ』だって後付けでディーラーでナビを付けてくれましたよ。そんなにナビが嫌いなんですか?」
誠はそう言って、ランが座る運転席の隣にある大きな画面を指さした。
「ナビ?半人前が説教か?笑わせんなよ。戦場じゃ、戦場の状況は頭に入ってて当然の話だ。そんなアタシにカーナビ?馬鹿馬鹿しー。まあ、暇人が慣れない観光地に出かけた時に迷わないようにするためだけのファミリーカー向けの……カーナビのことか。そんな一般人向けの素人装備なんて付いてねーよ、この車。アタシがこの車を買った時はディーラーが気をつかせてそれを用意したが、アタシはテレビじゃ将棋中継しか見ねーんだ。東都経済テレビはこの遼州情勢、地球情勢を経済的側面から分析するのが的確だからアタシも見る。それ以外の番組?興味ねー」
面倒くさそうにランはそう言った。
「それにアタシは『方天画戟』と言う今でもその性能を上回る性能を持つシュツルム・パンツァーがどの国も量産できるスペックで作れねーものを扱ってたんだ。そんな人間が機械の指示で運転しろって言うのか。虫唾が走る。車で行く先が決まったらその道順を完全に覚える。そんなもんは軍人であるアタシには当然の話だ」
どうやらランにとっては目的地が決まったらそこまでの順路は頭に入れるのは常識のことらしい。ただ、400年間新しい道路の建設など行われたことのない東和共和国の誠には自然なことに思えた。
「地球圏のやたら新しい道を作ってナビがねーと生活できねー車が持てる金持やゲルパルトの中産階級が好んで乗る完全なAI依存の自動運転ってのは嫌いでね……オメーはいいよな。下手で馬鹿で間抜けだから。ただ、これまで通りナビ頼りで戦場に行けるなんて思うなよ……アタシが徹底的にそのあたりを鍛えてやる……ナビなんて言葉が頭に浮かばない程度にな……覚悟しとけよ……」
ランは吐き捨てるようにそう言うと、再び運転に集中した。
「はあ、そのように努力します。それにしても司法局実働部隊ってどこにあるんですか?それ聞かなかったです……どこにあるんです?」
純粋な疑問を口にした誠に、ランは一瞬唖然とした後、右手で頭を軽く叩きながら再び前方を見つめた。
「そんなことも知らねーで人事部の辞令を貰ったのか?普通の人間ならその部隊の場所くらい聞くだろ?少し気の利く奴ならさらにその部隊の指揮官の特徴を尋ねるもんだ。もっと先が読める人間ならそこの配備されている兵器や機材、そしてそのパイロットの性格まで人事部の責任者に確認するもんだ。その点ではオメーがいつまでも就職先が決まらなかった理由はよく分かった。そこで質問だ。オメーの配属先はどこだ?言ってみろ」
明らかに怒りを抑えていることが分かる口調で、ランは問い詰める。
「正式名称が無茶苦茶長くて……なんだか『特殊な部隊』って呼ばれてるところですけど……ああ、思い出しました、正式名称は『遼州同盟機構司法局実働部隊』……だったと思います」
誠は素直に答えた。
「思います?その認知症の疑いが見受けられるような記憶力って……オメーは本当に23歳なのか?実はアタシの見た目に合わせて脳は8歳まで退化してるんじゃねーのか?それでも聞くぞ、そいつはどこにある……言えるだろ?それくらい。そんぐらいで着なきゃ社会人失格だ言えるだろ?当然」
ランの語気がさらに強まる。
「知りません……っていうか……司法局実働部隊って何なんです?『特殊な部隊』って何です?特殊浴場のことですか?僕は行ったこと無いですけど」
誠の無邪気な疑問に、ランの顔がみるみる怒りに染まる。
「このクソ野郎!テメーは軍人だろ?東和宇宙軍が誇る電子戦に特化した『シュツルム・パンツァー』を操るパイロットだろ?まあ、使えねード下手でそれ失格だったからどこの部隊からもお声がかからなかったのは事実だけど。だったら現在の銀河系での主力兵器である飛行戦車をその格闘性能で飛行戦車の近接戦闘の弱さに付け込んでそれを圧倒する『シュツルム・パンツァー』を使う所に決まってるだろ!オメーも一年その訓練に血反吐を吐いて集中してたはずじゃねーか!少なくともアタシはそう聞いてんぞ!書類上オメーの籍がそこにあんの!頭に白子ポン酢でもあん肝でも詰まってんだろ!ポン酒のアテとしてちょうどいいな!」
ランは怒りに任せてハンドルを放り出し、後部座席の誠を怒鳴りつけた。
「危ないですよ!興奮しないで!前を見て!前!運転中です!」
誠が慌てて叫ぶと、ランはハッとして、すぐにハンドルを握り直した。
「オメー……何にも知らないんだな……東都理科大……理系の単科大学最高峰も落ちたもんだ。まあ、アタシは明法大の夜間の文学部の出でね……オメーみたいなエリート学歴とは違うんだ。それにしても馬場大や三田義塾大やソフィア大なんかの私大三大巨頭と並び称されることもある私立理系の最高峰出身の一流大学出身の未来のエリートがこんな使えねー馬鹿を社会に放出するなんて……世も末だな」
ランは自分自身を落ち着かせるように、静かな口調で言葉を絞り出す。
「遼州同盟司法局は知りませんけどその名前から役割は想像は付きますよ。遼州同盟加盟国の警察を統括する組織で、国際犯罪の捜査の指揮とか、海外逃亡犯の情報を配ったり……まあ、テレビのニュースにも時々出てきますから。でもその下に『実働部隊』なんてものがあるなんて……聞いたことがない。機密が必要な組織なんですか?」
その言葉は誠の本心だった。
辞令を受け取ったときから、どうせロクなところではないと思っていたが、まさか本当に誰も知らない組織だとは思わなかった。
「なーに、所属なんてーもんは方便って奴だ。司法局という『警察組織』の下に軍隊並みの武装を持った部隊を配備する……それにはちゃんとした理由があるんだ。まあ、お巡りさんの身分があると色々便利っちゃ便利だしな。うちの『仕事』とされてるもんは、正規の兵隊さんが政治的理由とかなんやらで出ていけないところに出かけてって喧嘩すること……その為に巡洋艦に匹敵する火力と防御力を誇る運用艦と『シュツルム・パンツァー』という正規の軍隊と一戦交えることができるだけの兵器を用意する。まあ、そんぐらいの知識でいーんじゃねーか?今んところ……オメエには……アタシはオメーの教習レポートを見た段階であまり期待はしていねえが……これまで来たような元地球人の遼州同盟加盟国の操縦だけが取り柄の馬鹿が来るのを考えるとずいぶんましだ。アタシは地球人が嫌いでね。地球人には生きている価値はねー。隊長の許可があれば三年で根絶やしにしてやる」
ランは運転しながら、誠の様子をバックミラーで伺う。
「まあ、うちが何者かなんて知識が必要になるまで、オメーが逃げ出さなかったら……そん時教えてやんよ……警察官であり、同時に軍人でもある。その立場を説明するのにはアタシの頭じゃ足りねーんだ。司法試験を一発で通って法律学の博士号まで持ってるあの『駄目人間』ならその説明ぐらい見事にして見せるだろうよ」
その言葉に誠は不安を感じ、思わずバックミラーを覗き込んだ。
そこに映るランの口元は、楽しそうに笑っていた。
車は東和共和国の首都・東都の都心を抜け、千要の主要都市に向う国道へと乗り入れた。
「千要道……このまま東銀道路に行くつもりですか?それとも立山道まで行くつもりですか?このまま行くと……海ですね……まあ、立山道まで行けば途中で東和海軍の富裏基地があるからそれも納得できますけど」
誠は沈黙に耐えかねて、何気なく口を開いた。千要道は千要市内でそのまま東の大遼洋の砂浜で知られる百里浜に続く東銀道と千要半島の東都湾の内湾を通る立山道に分かれる。立山道は千要半島の先端の立山市まで続いているが、誠の印象ではゴールデンウイークの度に潮干狩り客で渋滞する富裏付近の干潟が有名なイメージが強かった。
「東銀?なんでそんな砂浜しかねえところに行かなきゃなんねーんだ?そんなに海水浴がしてーのか?東和海軍の冨浦基地?あそこに行って名物のアサリラーメンでも食うつもりか?まあ、バターが効いたあれもそれはそれで結構旨いもんだが。そもそもなんで海なんかに行かなきゃなんねーんだ?そんなに海が好きなのか?そんなところまでは行かねーよ。行き先は千要半島の中心部の豊川だ。まー、東都の下町生まれのオメーには知らねー場所かも知れねーがな。後は豊川の基地まで50キロ。時間にして一時間前後……まー渋滞が無ければだけどな。まあ、見ての通りの渋滞続きだ。いつつくのかは保証は出来ないがな」
ランはまた急停車したトレーラーの後ろでブレーキを踏むと淡々と答えた。
「知ってますよ、千要と合併するとかしないとかで揉めてた豊川でしょ?僕をそんなに馬鹿にしないでください。千要県ですよね。知ってます。その先まで行くと成畑空港がある……って、あそこって東都に通うサラリーマンが一戸建てを買う住宅街しかないじゃないですか?そんなところに基地があるなんて聞いたことが無いですよ。そんなところに基地なんて……」
車の窓の外、中央環状線の外側に林立する高層ビルを眺めながら、誠は疑問を口にした。
「まあ、国鉄と私鉄で一時間前後のベッドタウンだし、5年前の第二次遼州大戦の地球圏に東和共和国が多量に発行した戦時国債の償還期間を迎えたことがきっかけの開発が進んでるのは事実だが……あそこには、菱川重工の工場がある。それにオメエも知ってるだろ。一応軍に籍はあったわけだから。東和陸軍の空挺レンジャー第一空挺団の存在くらい。習市野に連中は駐屯してる。アタシにとっては敵とはみなせないぐらいのへっぽこ部隊だが、地球人にとっては東和陸軍の最凶部隊なんだそうな」
ランがさも得意げに独り言のようにつぶやく。
「行き先は菱川重工って言いましたよね?……東和では航空機や宇宙船建造の四大メーカーです……僕も就職面接で会社説明会は行きました。それからの音沙汰は無いですけど」
誠は思い出しながら答えた。
「まーな。あれだぜ、あそこ、うちで使うような実戦に耐えるシュツルム・パンツァーも作ってんだ。先月、東和海軍に採用が決定した水中対応型局地『シュツルム・パンツァー』の『海07式』を開発したのが、あそこだ。良い出来だったぞ……あれはあれで。水中用の『シュツルム・パンツァー』にはどうしても水圧に耐えつつ機動性を確保するという難題が課される。アレはそのどちらもクリアーしてた。採用する東和海軍も仮想敵の遼北の水中型『シュツルム・パンツァー』に勝てると威張ってた。どっちも遼州同盟加盟国だろ?まったくそんなところで競い合ってなんになるんだよ。地球の連中はいつも丸ごと遼州を手にするつもりで遼州に艦隊を派遣しているっていうのに」
ランはそう言うと、再び黙り込んだ。
しばらく沈黙が続いた後、ランが口を開く。
「その菱川重工。特にこれから行く豊川工場は、東和共和国建国時に国策で発足した『豊川砲兵工廠』が元になってる工場だ。それが菱川コンツェルンに払い下げられて、今に至ってる。伝統のある工場ってわけだ。東和建国の400年の歴史を背負った工場。興味がねー訳じゃねーよな?」
ランの説明に誠は驚いた。
「そんな歴史が……」
「まあ、要は古い工場なんだわ。今じゃ、臨海部の新設工場に主要な生産ラインが移ったが、遊休地もたんまりある……そこで、アタシ等の部隊があるってわけだ」
誠はランの表情をバックミラーでうかがう。
「それにしても……豊川か……」
誠は、まだ見ぬ新たな土地の名を、かみしめるように呟いた。
車の外。
郊外へと向かう国道に寄り添う建物たちは、次第に小さくなり、誠にもここが都心部とは呼べない場所になったことが分かった。
「そういやー、オメー。さっきからアタシの話を聞いてばかりで、自分から職場環境とか聞かねーんだな?結構大事だと思うんだがな。アタシは。まあ、そんなに危機感がねーのは、酒盗でも詰まってんだろ?自分が一生をかける職場がどんな職場か考えねえってことは結局何にも考えずにあっさり暗殺された幕末の英雄坂本龍馬くらいのもんだ。アイツも金と人望はあったがアタシが見ると頭はさしてよくなかったみたいだな。英雄は殺された時点で英雄失格だ。それが歴史だ。どうせ竜馬の頭にも土佐名物の酒盗が脳みその代わりにつまってたんだろうよ。オメー酒盗も知らねえだろ?カツオの内臓の塩辛のことだ。くせーが、慣れると味があって良いもんだぞ、あれも」
突然ぽつりとランがそう言った。
「そのつまみの好み……クバルカ中佐は完全な日本酒党なんですね。職場環境って……何か問題でもあるんですか?」
誠がそれとなく尋ねてみた。
運転席では、頭の頂点しか見えないランが、その頂点を驚いたようにピクリと動かした。
また、しばらく沈黙が流れた。
「やっぱ、言わなきゃだめだよな……言わなきゃ。次は乾きもので行こうと思ったけど」
ランの口調には、明らかに『言いたくない』という心の揺れが表れていた。
「しゃーねーなー。あの『馬鹿娘達』と『ゆかいな仲間達』の話は、うちじゃー避けて通-れねーからな。うちにゃー馬鹿がいる。特にその中の四匹……いや、他に一匹ひでーのが……割り算できない馬鹿がいてさー。隊長は……あの『プライドゼロ』は別格だな。ちなみにうちはこの男社会の東和共和国にあって女がすべてを支配する職場だから。まーアタシがオメーを迎えに来たこと自体で良く分かってるとは思うがな」
ランは、ひどいことを迷いながらも言った。
「あの……『馬鹿』とか『ゆかいな仲間達』とか『割り算できない』とか『プライドゼロ』とか……クバルカ中佐、無茶苦茶言ってません?それに女性上位って……まあ、常識の範囲内なら問題ないですけど」
誠はランの言葉に冷や汗をかきながらつぶやく。
「なーに。隠し事なんてーのはいつかバレるもんだ。たぶん、主要な馬鹿な女と究極の馬鹿の男が一名オメーとやたら絡むことになる。そんでだ……」
一度ランは誠を振り向いた。そして、困惑の表情を浮かべる誠を確認すると、再び前を向き運転に集中する。
「多分、オメーはそいつ等にとっちゃ常識外れの馬鹿だ。パワハラ、セクハラ、その他社会問題になるようなハラスメントのターゲットにオメーはなる。かわいそうに……まあ、こんなことを最初から言ってくれる職場ってレアらしいな。その点では感謝しろよ、アタシに」
……ランは、ひどいことを言った。
その内容通りの職場が実際にあるなら、すぐに然るべき機関に相談するべきだ。
誠にも、それくらいの常識はある。
「冗談……ですよね?普通それが日常でも少しはオブラートにくるむとかするもんじゃないですか」
恐る恐る、誠はランに問いかけた。
一瞬、時が止まった。
低速で走っていた車が、前の車が停止するタイミングで止まった。
すると、ランは満面の笑みを浮かべて振り返った。
「おい!能無し!テメーみてーな落ちこぼれに、人並みの職場が待ってるとでも思ったか?そんな企業がこの資本主義社会で生存できる?そんなにこの競争社会は甘くねーんだ!テメーの脳みそはオメデテーな!自由競争!当然負けたら死が待ってる!そんな社会で使えねえクズを上手いこと言って騙してこき使わねえ会社がこの世に存在しねーと思ってんのか?クズにはクズにふさわしい居場所があるってことだ!そこに空いてる席があるから、アタシはそこにテメーみてーなクソ馬鹿を座らせる!その為にアタシは今、車を運転している!アタシがさっき、うちは馬鹿しかいねーカスの集団だって紹介したのは、そいつ等に会ったとき、テメーみてーな無能が卒倒しない為のアタシなりの配慮だ!そのくらい察しろ、低能!」
誠は、怯えた表情を浮かべながら、ランを見つめた。
彼女は満足げに誠を上から下まで眺めた後、再び前を向いてハンドルを握りなおした。
さすがに、温厚なのが数少ない長所であると自覚している誠でも、ここまで罵られれば怒る。
『なんだ?この餓鬼……こいつがあの遼南内戦共和軍のエース?口が悪いだけの別人が来てるんじゃないのか……このチビがクバルカ・ラン中佐本人だって証拠は見せてもらってないじゃないか……あんな身分証だって偽造するのは簡単だし、あの見せてもらった戦闘映像の機体にもこの餓鬼が乗ってたという証拠はないしな』
誠の目は、冷たいものへと変わる。
「……神前……まあいいや。若いオメーには分からないことがある。それを全部説明するほど、アタシは親切じゃねーからな。でだ、オメーに悪さしそうなアタシの部下達。まあ、言っても信じちゃくれねーだろうが、その悪さは、悪気でやってるわけじゃねーんだ。アイツ等が人間失格のクズだったらアタシはこの国の法律を犯してもれんちゅを斬り殺してる……でも連中はそこまでひどくはねえ。連中なりに気を使ってるんだ。そのことは分かってくれ」
停まっていたタンクローリーが動き出し車はまっすぐ進む。
「悪気じゃない?」
ランの言葉には悪気しか感じない。誠は半分向きになりながらそんなことを口にした。
「かばう義理はねーが、連中は悪人ではない……まあ例外がいるから全員そうだとは言わねーが、あの馬鹿共全員には、歓迎すべき人間を見抜く才能がある。まー大概、結果的にその人間に迷惑しかかけねーがな。そん時は笑って許してやれや。それが人間の度量と言う奴だ」
ランは淡々と言い放つが、誠には信じられなかった。
「それで、セクハラとかパワハラとかその他もろもろのハラスメントをするんですか? その『善意』とやらで……ただ迷惑なだけじゃないですか……うちは公務員だから労働基準監督署や職安が相手にしてくれないからって脅してるだけじゃないんですか?」
ここまで言われると誠も少し気になってランにそう言ってみた。ランは停まったタンクローリーを確認すると笑顔で振り返って誠の顔を見つめた。
「だから、そう感じたらうちを辞めてもいーって最初に言ったじゃねーか、そこを判断するのはオメー次第だ。アタシはうちの問題点を全部言った。それを判断できるかどうかはテメー次第だ」
相変わらずの口の悪さ。
完全に呆れ果てた誠は、視線を窓の外に移した。
「かわいそうだと思うよ、オメーは今回嵌められて……」
「チビ……今『嵌めた』って言いましたよね?」
誠の猜疑心は、一気に確信へと変わる。
「……聞き違いだろ……アタシはそんなこと……」
ランの口調が弱弱しくなった。誠の質問に、ランの耳たぶがわずかに紅くなった。
『あ、図星なんだ』
ランの口調の変化と耳たぶの色で誠はその事実を悟った。
これまでの自信は完全に吹き飛び、言葉は震えていた。
「聞きました! ちゃんと『嵌めた』って……」
誠は言いかけて、途中で後悔した。
目の前の相手は、どう見ても幼女である。
さすがに幼女を困らせるのは、大人としての良心が痛む。
「コホン」
ランは咳払いをした。
「あのー、ランちゃん……」
誠は、優しく声をかける。
だが、ランは完全無視。
誠が再び声をかけようとしたとき、車は左の路側帯に入り、停まった。
「ランちゃん?」
不穏な雰囲気が車内に漂う。
「おい、ボングラ」
ゆっくりと振り返ったランの目は、明らかに誠に向けて殺意を放っていた。
「あのー」
あまりの豹変ぶりに、誠は慌てる。
「おっ……、今、言い訳したな……誰が許可した。そんなこと一体誰が許可したんだ。言ってみろ……言えないよなー……そーだよなー。だーれもそんなこと許可してねーんだ」
ランは、にじり寄るように誠を睨みつける。
「言いました」
誠は静かに確信した。誠に残された選択肢は、それだけなのだと。
「嵌められるってのはな!馬鹿だから悪りーんだよ!」
車内に響く、可愛らしい毒舌ボイス。
誠は、ただただ呆れるばかりだった。




