第47話 平和主義者と撃つ女たち
「それより、アメリア。さっきからおとなしいのは何か言うことがあるんじゃないか?オメエが大人しいとこっちまで不安になる。言いてえ事が有るなら早く言え!アタシとオメエの仲じゃねえか……何かあるんだろ?オメエは少佐でしかも運航部部長にしてうちの運用艦の艦長だ……オメエがいつもと違うってことはいつもと違う『何か』がここにいる全員を巻き込むことになる……アタシの勘は間違ってるか?どうだ、言ってみろ」
かなめは、ラムの満たされたグラスを片手に、目の前のアメリアをじっと見つめながら言った。確かにいつも騒がしいアメリアが静かだと、月島屋のざわめきまで一段落ち着いて聞こえる。その真剣な表情に、アメリアはちょっとだけ視線を逸らす。周囲の騒がしさとは裏腹に、空気が一瞬、静かになったような気がする。
「言うこと?何が?別に隠し事なんか……してるけど、色々……今言うの?私の口から?なるほどねえ……かなめちゃんの勘は正しかった……それだけで終わりってことにならない?」
アメリアは相変わらず、糸目を半開きにして、ぼんやりとした調子で返事をする。しかし、言葉の隙間に、明らかに何かが隠れているのは誠にも分かった。
「そうだな今日珍しくクバルカ中佐が仕事をしてた。久々の演習か?そうでも無ければあの仕事中には棋譜しか見ていねえあの中佐が仕事をするわけがない」
カウラは小夏からお代わりの烏龍茶を受け取りながら、話の流れを変えた。ほんの少しの冷やかしを含んだ言葉が、会話の中に溶けていく。
「知ってるんだ……へー……進歩したのね、カウラちゃんも。それでこそ同じ『ラスト・バタリオン』の後輩というわけね。でもカウラちゃんにはパチンコと戦争以外の事を学んでほしいと思っている私としては複雑だけどね。それとかなめちゃんの勘が鋭くなっていってこのまま甲武を背負うような人材にまで成長していったらかなめちゃんのお父さんが望んでいる通り、うちを離れて政治家になっちゃうものね。二人にも分かるほどの事態……でしょうね、あの件は……まあ、今のところはその最終目的は言えないとだけ予防線を張っておきましょう。私も部長職を解かれて手当が減って私のライフワークと言って良いエロゲ製作の為の資金が捻出できなくなるのは嫌だもの」
アメリアは少し大袈裟に、そして周囲に気配りを見せながら、他の面々が見ていないことを確認して小声で言った。
「かなめちゃんとカウラちゃんの想像通り、今のところの名目は『演習』と呼ばれるものが予定されてるともうそろそろクバルカ中佐から誠ちゃんを含めた三人にも知らされるわよ。しかも今回は参加部隊はうちだけ……まあ、この時点で何かあると察するのが普通の神経の持主よね」
その言葉に、かなめとカウラは違和感を覚え、目を合わせた。誠も、思わず会話に耳を傾けた。アメリアの明らかに何かを隠していてそれを明らかに言うつもりはないという態度に不満は覚えたが、それが『武装警察の暗黙の了解』なのだろうと思って誠はその態度に慣れようとした。
「うちだけ?東和陸軍の火力演習に間借りするとかそう言うことではないのか?同行する部隊はないのか? うちの予算では独自に演習を行うような予備費はないはずだが……それが貴様の口から『有る』という。この時点でその『演習』とやらが何かを私達に行えという同盟司法局上層部の意思と考えるべきなのだろうな」
カウラは冷静に、そして自分の知識を頼りにアメリアに問いかけた。彼女は東和陸軍からの出向者であり、そういった事には詳しいはずだ。
「カウラちゃんも小隊長らしくなって私としても『ラスト・バタリオン』ならそれぐらいのことは当たり前なのは分かっているけどちょっと複雑。しかも場所は前の大戦の古戦場……つまり宇宙空間での戦闘訓練って訳。ここまで聞けば、察しの良い二人にはその不穏さが分かると思うけど……隊長もあの『人外魔法少女』も随分とまあ大変な要求を私達にするものよね……あの二人が想定している結末まで知ってる私としては『ああ、そう来るのね』くらいなんだけど……それをここにいる私以外が知ると私の立場が無くなるの。だからそれぞれ自分でそこんところは考えてよね。まあ、あの『悪内府』と甲武じゃ恐れられてる隊長の考えていることだから……たぶん思った通りに事は運ぶんじゃないの?ここにいる全員が隊長とランちゃんの想定通りに動きさえすれば」
アメリアは、トリ皮串を口に運びながら、言葉を続けた。誰かがその意味に気づいて欲しいというニュアンスを含んでいる。
「まあ、運用艦である『ふさ』がある以上、宇宙での作戦行動も想定内だよな……叔父貴とあのちっちゃいのが悪だくみをするのはいつものことだ、慣れてるよ。でもそれが運用艦を使って……つまりシュツルム・パンツァーも使うってことだよな?となるとそれなりの規模の軍隊相手に戦争をするってことだ。戦争ねえ……アタシは『暗殺』はしたことはあるが『戦争』はこれまで未経験だ。アメリアは『戦争』経験者だもんな……後で色々聞かせてもらいたいが……今回の『戦争』に至るまでにオメエ等の運航部が何か仕事をしたのか?エロゲを作ることとお笑いライブの稽古以外をしているところをアタシは見たことがねえぞ」
かなめは軽くアメリアに言うと、そのままラムを舐めながらあえて話題を振った。
「そう言うかなめちゃんはしてるの?県警の下請けの交通違反の切符を切ったことくらいじゃない。この一月でした仕事らしい仕事って……それに『戦争』ってことは相手がいるってことでしょ?隊長とランちゃんはそんなことはしない奴だと言うけどいきなり相手が白旗上げてきたら『戦争』にはならないんじゃないの?私としてはその方が楽でいいのよね……せっかく誠ちゃんと言う絵師が来て、サラの少女漫画チックなヒロインキャラから少しエロティックな絵柄にチェンジできると私のブランドが発展できるチャンスなんですもの!この機会をつまらない『戦争』で潰すなんて面倒以外の何物でも無いわ」
アメリアに痛いところを突かれたかなめは、それ以上何も言わずにグラスを軽く回した。そして、誠はどうやらアメリアはかなめが野球部の監督として左腕投手として誠を期待してるようにアメリアは同人エロゲの原画師として期待していることを理解した。確かに、18禁のイラストサイトにそういう絵を時々投稿している誠としてはアメリアがそんなところまで自分をチェックしていたのにどう反応して良いか迷っていたが、とりあえずその話は無視する方向で話題を勧めた。
「そんなにうちって暇なんですか?確かに僕が来てからクバルカ中佐が詰将棋と僕をグラウンドで怒鳴りつけること以外ほとんど何もしてないのは事実ですし、そう言う僕もずっと走ってるか筋トレしかしていないような気がするのは事実なんですが。これに加えて県警の下請けの駐禁の取り締まりまでやる……県警の下請け仕事って何のための同盟機構直下の司法執行機関なんですか?駐車違反の取り締まりなんて、民間企業に委託するしごとでしょ?県警は費用が発生する民間への委託ではなくただでこき使えるうちを使ってそんなにお金儲けがしたいんですか?でもまあ、暇なうちに依頼が来てもおかしくないですよね。ランニングと筋トレとシミュレータでの訓練以外何もしてないのは事実じゃないですか?」
誠の言ってはいけない発言に、三人の女性上司達は厳しい視線を誠に向けてきた。さりげない誠の発言が、うまく伝わらなかったようだ。
「すみません。僕もランニングとかのクバルカ中佐が監視している時間以外は暇なんで、暇つぶしの端末を使ったゲームくらいしかしていないもので」
謝りながらも、どこか冗談っぽく言い換える誠。小夏がビールを運んできて、少し気まずい空気を解きほぐす。島田達は雑談を続けながらもアメリアの言葉に聞き耳を立てているのは誠にも分かった。
ただ、次に何をアメリアが言い出すのかを待ちながらも、島田達はアメリアが簡単に結論を言い出すにはあまりにひねくれていることを知り尽くしているようでそれぞれ手を挙げて目の前の空いたサラを小夏に見せびらかした。
「追加で焼鳥盛り合わせで」
「アタシはつくねな!」
「はいはい」
アメリアの注文とかなめの威圧を軽くいなした小夏は、カウンターの向こうに姿を消した。料理を待ちながら、会話の流れが自然と元に戻る。
「で?古戦場だって前の大戦は遼州の広い各地で戦闘が行われたんだ。色々あるぞ……遼北領か?ゲルパルト領か?外惑星連邦か?遼北が絡むってことは東和のどこかの企業の依頼か?うちは何時から民間企業の下請けになったんだ?ゲルパルト……あそこだとネオナチか……下手に手を出すと藪蛇だぞ。アイツ等それなりの艦隊をアステロイドベルトに保有しているとか言う噂もあるくらいだ。たった一隻巡洋艦で何ができる。外惑星連邦……まず遠い。それにあそこは金がねーから何か起こそうと思っても何も起こすだけの金なんかねーだろ。同盟機構の協力金だって二年間滞ってるんだぞ?うちより金が無いのはこの遼州系で連中ぐらいだ。まあ、そうなると消去法で結論は出るわけだな……」
一口酒を口に含んだ後、かなめはアメリアをじっとにらみながら言った。言葉の裏に、警戒心が滲んでいる。
「かなめちゃん、何にも知らない誠ちゃん向けの正確な消去法の展開有難うね。甲武領の第二惑星近辺の前の戦争で出来たデブリ地帯……例の『第六艦隊』のいるところって訳……甲武の貴族でその軍人であるかなめちゃんならこのことを聞いた時点で隊長とランちゃんが何を考えているか分かるでしょ?そして『敵』が誰かも……」
アメリアの言葉に、かなめとカウラの表情が突如険しくなった。誠はその反応を見逃さなかった。そしてアメリアが『敵』という言葉を使った時点で誠の背筋に緊張が走った。
「第六艦隊。本間さんのところだな。あんなところに行くのか……ヤバくねえか?と言うが、オメエ、今、『敵』って言葉を使ったな。そうか……連中が決起するのか……叔父貴の所までその情報が洩れて来るなんて本当に間抜けとしか言えねえな」
仏頂面の小夏から皿を受け取りながらかなめが難しい顔でつぶやいた。突然、演習の場所とその艦隊の名に、何か不穏な匂いが立ち込めた。
「第六艦隊だとなにかまずいことでもあるんですか?うちよりおかしい艦隊なんですか?それと今、西園寺さんはその人たちを『間抜け』って言いましたよね?うちより間抜けな部隊って宇宙に存在すると知って僕は安心していますと言えば満足なんですか?」
何も知らない誠が無邪気に聞くと、三人は言葉を濁し、そして真剣な面持ちで誠を見つめた。アメリアの『第六艦隊』と言う言葉でかなめとカウラに緊張が走ったのが誠にも分かった。
「うちより間抜けな兵隊なんざ山ほどいるから安心しろ。世の中なんざ間抜けが寄り集まってできてるんだ。それより前の戦争で甲武は負けて軍縮を強要されたわけだ。7つあった艦隊は1つ減らして6つになった。しかも、核は全て没収されて、艦船の数も制限されたから、実質、第六艦隊は艦隊の名前はついているが艦隊の体をなしていない。実質戦力としては数えられていない存在自体が無駄な艦隊だ」
カウラの言葉がいまいち理解できない誠だが、その表情から演習場所がかなり大変な場所だということは予想がついた。
「その第六艦隊の司令が本間中将。士族や武家貴族がでかい顔をしている海軍では珍しい平民出の将軍様だ。確かにとても平民とは思えない金持ちの生まれで、『サムライ』に生まれた以外に能の無い軍の中では異色の存在として期待されている人なんだが、士族がでかい顔をしている海軍が珍しい平民出の本間中将に対する嫌がらせの為にそこに配置したんだろうな。結局、比較的『サムライ』が大人しくしている海軍でも軍部での士族の影響力は絶対なんだ」
つくねを口にしながらかなめが話を続けた。
「本間さんは親父の信奉者の一人……身分制度が甲武を腐らせている『サムライ』なんて宇宙から消えてしまえってのが本間さんの主張でそれを堂々と公言している。本間さんは平民だが金持ちの出だからな……金で苦労したことが無いから金でその反伝統主義の思想をどうにかできる人じゃない。本間さんを買収したり軍の権威をかさに着て脅したところで、あの御仁がその信念を曲げるとは思えねえのにさ。士族や武家貴族出身者しかいない海軍上層部は平民が将軍やってるのが気に食わなくて頭の固い本間さんになんとか失点をつけようと思想的に過激な問題児ばかり所属させる……結果として海軍の貴族主義者の危ないのが何人も所属しているってわけだ」
かなめの語る『サムライ』と『平民』の生まれの差による絶対的な違い。その甲武の富ですら埋められない隔絶した血の流れという物を身分制とは無縁な東和共和国出身の誠には理解できずにいた。
「それに『飛燕』の配備があそこに一番最初だったのも、甲武海軍で一番実戦で政府や軍上層部の意図とは関係なく勝手に前線指揮官が暴走して使いそうな艦隊だから、というのが上層部の本音じゃねえかな。あそこは年中近くにあるアメリカ海兵隊の基地ともめ事を起こしてる。海軍上層部としては最新鋭機の実戦データが欲しいんだろうな。そうすれば実戦経験のない『飛燕』のデータが取れる上に本間さんに全責任を負わせて海軍から追い出すことができる。『サムライ』の海軍軍人にはこれ以上の事態は無いわけだ」
かなめはラムを飲みながらそうつぶやいた。誠はかなめの説明を聞けば聞くほど、第六艦隊は『間抜け』というより『面倒くさい大人の集合体』に思えた。
「貴族主義者ですか。身分制度の無い東和共和国生まれの僕には分からないんですけど……『サムライ』ってそんなに偉いんですか?遼州人の僕には気に入らないと切腹するだけのただの馬鹿にしか思えないんですけど」
ビールを飲んだ後につぶやいた誠の言葉を聞くと全員が大笑いを始めた。
「そりゃあ貴族が政治をやってる国だもの、貴族主義ぐらいあるわよ。特に甲武国の身分制度は絶対。貴族は一番偉い、士族は軍人か警察官か役人に優先的になれる、平民はその下で貴族や士族の指示に従う。それが甲武国の国の形だもの」
アメリアは誠の言葉がかなりツボに入ったようで大笑いをしながらそう叫んだ。
「しかし、本当に無事で済むのか?西園寺の話だと第六艦隊には過激思想の持主が集まっているんだろ?今回の演習でも過激思想の持主が動かないと言う保証は無い……いや、隊長とラン……そしてアメリアは知っているな?何が起きるかを……そして私達が何を要求され……結果としてどうなるかまで……ただ言うつもりはないんだろ?聞くだけ無駄か」
砂肝串を手に取るとカウラはそう言ってかなめに目をやった。
「『本間様には及びもせぬがせめてなりたややお殿様』って歌もあってね。本間さん……海軍でも士族出身者ばかりでこのところ親父がやってる軍縮政策で次々と士族出身者が軍を追われてる状況の中では相当に恨まれてる。無事じゃあ、済まねえだろうな。叔父貴もランの姐御も神前の『力』がどれほどのものか見ようと何か起きるかまるで待ち望んでいるみたいな有様だ。いや、同盟の首脳部だってアタシ等があそこに行けば何かをすると踏んでる。アイツ等も神前が何者か知りてえんだろうな……わざわざ予算が無くて演習の予定が組めないアタシ等に独自の演習をして来いなんてポンと金を渡すなんてことは何かあると考えた方が良い。アタシはそう見たね」
かなめはそう言ってつくねを頬張った。
とりあえず問題はかなり複雑で危険を伴うことらしい。誠に理解できたのはそれだけのことだった。
「何かって、何をです?」
誠のボケに三人はあきれ果てたような顔をしていた。
「テメエがその中心になってることも分からねえのか!あの『法術増幅システム』。あれについちゃあアタシも詳しくは知らねえが、オメエがその初めての機体に乗るわけだ。当然、これまで実戦で使用されたことは無い機体だ……アメリアに聞くだけ無駄なのは分かっちゃいるが……神前が何を起こすかこの糸目だけが知ってるっていう状況がアタシには不愉快だ」
かなめはラムを飲みながら誠を見つめた。それは拉致された時に敵を撃つときのかなめの狂気に満ちた目だった。
「戦闘になるってことですか!そんなの御免ですよ!」
かなめの言葉を聞いてようやく誠は自分が置かれた立場を理解した。
嵯峨が誠を作為的にこの部隊に入るように仕向けたその目的がはっきりしようとしている。
その事実に誠は気づくと同時に背筋に寒いものが走るのを感じていた。
「誰かが撃つからな……撃つなって言われると必ず撃つ女……そんなことだから隊長もクバルカ中佐も今回のような無茶を仕組もうと考えるんだ!」
「そうよね。かなめちゃんは撃つものね……いくら人が止めても……ちゃんと誠ちゃんの『力』の発動条件にはかなめちゃんの存在も関係してるみたいだから!がんばっね!」
カウラとアメリアがラムを飲むかなめに目を向けた。
「そりゃあ……撃つなって3回言われたら撃てってことだろ?普通。それとアタシはどうがんばりゃ良いんだ?最初に撃てってことか?」
かなめは平然とした顔でそう言った。
「それはバラエティー番組のお約束であって実際撃つ人はいないと……撃つんですか?西園寺さんは……それにより話を物騒にして楽しいですか?」
誠は小夏からビールを受取りながらカウラに目をやった。
「こいつなら撃つ。間違いなく撃つ」
「撃つわよね……かなめちゃんは」
カウラとアメリアの言葉を無視することを決めたかのようにかなめは葉巻を取り出して吸い始めた。
「撃たないでくださいね……僕は平和主義者なんて……それとそれを前提に作戦を立てるなんて悪ふざけとしてもやりすぎですよ!」
あまりに好戦的だと言うかなめに対するカウラとアメリアの評価に怯えて誠はそう口走っていた。
「相手が武装しててそれなりの覚悟があったら撃つだろ?普通……前の任務ではそうしないと死ぬのが当たり前のちょっと変わった任務に就いててね……軍事機密だから深くは言えねえが、あんな地獄を体験したら誰でもアタシと同じ気分になる。そう言う任務だ」
結局はかなめは撃つらしいことを理解した誠は再びこの『特殊な部隊』からの逃走について考えをめぐらし始めた。
ただ、グラスを持つ指は、さっきから微妙に震えっぱなしだった。




