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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第十三章 『特殊な部隊』を抜けられない理由

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第36話 英雄への道を捨てた若者

 夜のとばりに包まれた機動部隊詰め所は、まるで終業後の工場のように静まり返っていた。


 蛍光灯の光が金属机の表面をぼんやり照らし、書類の端が風にかすかにめくれる。


 誠は重い足取りで部屋に入り、無人の事務椅子に身を投げ出した。


「……疲れた……こんなことがこれからも続く……それがここでの仕事……ここでの生活……」

挿絵(By みてみん)

 椅子の背もたれが軋み、遠くの換気扇の音だけが響く。


 彼の頭の中では、今日という一日の映像が何度も再生されていた。


 飛び交う銃弾、転がる死体、その合間に殺人を楽しむかのようなかなめの笑顔。どれもこれも誠が望んでいた世界とはかけ離れたものだった。


 そして救出後に聞いたかなめ達の会話からするとこの事件の全てを仕組んだのはおそらく嵯峨……あの男ならそんなことくらい平気でやりかねない。


 だが誠がこの部隊に配属される前から、何者かの監視を受けていたのも事実だった。嵯峨が動かなかったとしても似たような運命が誠を待っていたのかもしれないとは思うがそれはこれほど血と暴力に包まれたものだとは誠には思えなかった。


「おそらく……辞めても監視は続く。アメリアさんが言ってた『目』は消えないんだろうな。でも今回、あの嵯峨という情報を聞きつけた無法者たちに拉致られたことで、僕に地球人には無い『力』があるって裏社会で知れ渡っちゃった。地球人にない、遼州人だけの……そんなもの僕は一度も欲しいなんて思ったことは無いのに……そんなものが無ければ誰も僕になんか見やしないのに……その方が僕には良い。あんな思いをするくらいなら……そんな『力』なんて必要ないんだ」


 口に出した瞬間、自分の言葉に寒気が走る。


 もはや『普通』の生活には戻れない。けれど、そう思いたくない自分もいた。


「そうよ」


 突然、背後から声がした。


 振り返ると、詰め所の入り口にアメリアが立っていた。


 帰り際らしく蛍光灯に照らされた水色のTシャツに『危険人物』の黒文字が彼女の趣味らしく輝いて見える。糸のように細い目が、笑っているようで笑っていない。


「なんですか、いきなり。僕は『特殊な部隊』を出ていきます!今決めました!こんな思いをするのはうんざりです!しかもその結果が僕が全部悪いとあの嵯峨という人とクバルカ中佐は言うんですよ!無茶苦茶ですよ!これが世の中という物なんですか!つまらないことを言って誤魔化しにかかっても今の僕は騙せません!僕の決断は変わりませんよ!」


 誠はもうすでに出ていた結論。この『特殊な部隊』を出ていく。その言葉を相変わらずのアルカイックスマイルで立ち尽くすアメリアに向けて口にすることで、誠の決意はさらに固まっていった。

挿絵(By みてみん)

「へー、そんなお子様みたいなことを言いだすんだ。でも、仕方ないのかな……私から言わせると誠ちゃんはお子様だから。別に隊長が情報を教えなくてもああいった連中はいずれ誠ちゃんの前に現れるわよ。今回拉致されて、そして『特殊な部隊』の仲間達が居て命が助かってよく分かったでしょ?誠ちゃんは、誰かの『監視の目』から逃げられないなら……もし生きたいなら……ここに残るしかないのよ。ここに居ればそのことについて知り尽くしている私達が居る……かなめちゃんが人殺しが大好きなのは事実だし、それに嫌悪感を感じたのなら嫌うならかなめちゃんだけにしてね。私は誠ちゃんには嫌われたくないから。でも普通の会社にもし誠ちゃんが務めていたら誠ちゃんは今頃はどうなってると思う?恐らく次から次へと誠ちゃんの持って生まれちゃった『力』に関心のある人の間をたらいまわしにされて挙句の果ては……。だから誠ちゃんには他の選択肢なんて何一つない。誠ちゃんがもし生きたいのなら選ぶ道は一つしかないのよ」


 アメリアはカウラの席に腰を下ろし、脚を組んで誠を見つめた。


 誠はその糸目に見つめられ続けているという事実に耐えられず、視線を逸らした。


「確かに……他に行っても監視されて、また拉致されるかもしれないですけど。今回だって東都警察は僕達の動きを掴んでたみたいじゃないですか?彼等だって自分の領域で地球人に好き勝手されるなんて気分が悪いはずですよ!その時は警察がなんとかしてくれます!東和警察は突入作戦であんな強引な銃撃戦なんかしかけないことで知られてますから、嫌というほど死体を見るような今日みたいなことは起きないはずです!『特殊な部隊』の強引すぎる作戦で僕以外の人が死ぬのを見るのはもうたくさんです!」


 誠の脳裏にはこの『特殊な部隊』から逃げ出す論理しか生み出せないでいた。


「そう。そんなことまで知ってるんだ。まあ、東和警察……とくにこの治安が自慢の東和共和国首都を守る東都警察にも宇宙で一番治安の良い国である東都の平和を守るという意地があるから今回の事件のおかげで誠ちゃんにはそれなりの配慮はしてくれるかもね。でも、誠ちゃんの『力』について知ってはいても、その『力』を自分で使えるように訓練してはいけない。誠ちゃんの『力』は表ざたにならない様にだけ気を付けろ。そんな二つの命令を絶対守れと上から言われている彼等に何ができるのかしら?もし誠ちゃんがここにいついて時が来て『力』の本質を知ることができればこの国の警察がいかにあてにならない存在か嫌でも分かるようになるわよ。でも、そんなことを警察の人達は誠ちゃんには教えないし教えちゃいけないと上層部からは指導されている。警察や軍に置いて上からの命令は絶対。だから誠ちゃんは一生、警察にそれなりの配慮を受けるだけの存在として扱われてその警察に隙が出来れば今回のような目に遭って……たぶん遠からずそうなるわね。今回はまだマシな方よ。今こうして誠ちゃんは私とお話が出来てる。その事実は認めた方がいいんじゃないかしら?もし今回の襲撃者が金目当てのマフィアなんかじゃなくて地球の諜報機関や『法術』研究機関に捕まってたら、今頃は……仮死状態にされてどこかの地球への実験施設への便に乗せられて……そのままモルモットみたいな実験動物扱いよ……それが現実よ……いい加減認めなさいな」


 アメリアは軽い調子で言うが、その内容は背筋が凍るほど冷たい。それでも冗談めかして言わないと、この話はきっと誰の口からも出てこないのだと、誠はぼんやり思った。


 誠は苛立ちを隠せず、にらみ返した。


「そんな怖い目で見ても、現状は変わらないわよ。個人の願いで世の中がその個人の望むように変わるほど甘くはないってその年になっても気付かないのかしら?誠ちゃんが安全に生きるには、私たちのような『力』の何たるかを知る人間達の『監視』の下にいるのが一番なの。確かにマフィアとかできの悪いテロリストなら私達の実力を正確に把握することもできないから誠ちゃんを強引に拉致するような無茶をするかもしれないけど、正規の特務機関なら私達の目がある限りそれと正面からやりあって証拠も残さずに誠ちゃんを連れ去ることが無理なことくらいは知っている。だから、私と島田君であなたに『監視』をつければ誠ちゃんは今回のような目に遭うことはほとんどあり得ない。それじゃあ不満?じゃあ何を希望してるの?誠ちゃんの状況は今そんな状況なのよ。今日自分に起こったこともそれを体験した今では分かるはず。それともそれでも分からないなんて本当に島田君並の馬鹿なのかしら?」


 淡々と語るアメリアに、誠の胸に小さな怒りが灯る。


「でも、一生この『特殊な部隊』の一員として、隊員の誰かと一緒に過ごせとでもいうんですか?そんなの籠の鳥ですよ。僕は一生『特殊な部隊』で飼われるんですか?そんな人生最悪ですよ!」


 誠は怒りに駆られてそう言った。

 

「『飼われる』なんて言葉で自分の『最善の状況』を表現するなんて誠ちゃんは今日の出来事で本当にうちが嫌いになったのね。若い男の子を『飼う』なんて私に似合うかしら?かなめちゃんなら『男を飼う』とか言う状況は好きそうだけど……じゃあ、言い換えて『安全を守る』とでもすれば満足なわけ?どうすれば私達は分かりあえるのかしら?ただ、私達は誠ちゃんに安全に『力』を使えるようになってもらって活躍してもらいたいだけ。それまでの命の保証はすると言ってるんだけど……それじゃあ不満?何が気に入らないの?」


 アメリアは苦笑した。だが、その奥にどこか本音の影があった。


 誠はその表情を直視できなかった。


「でも、隊長の狙い……そして誠ちゃんこれからもここに居続けるということが続けばもうすぐ状況は変わるわ。……誠ちゃんの地球人には理解不能な力『法術』が、公然の秘密じゃなくなる時が近いの。もしかしたら、誠ちゃんがその扉を開けることになるかもしれない……あんだけゲームで世界を変えるヒーローになる体験をしてるんだから自分がそんなヒーローになってみたいとは思わないの?」


 相変わらずふざけた調子でアメリアはそう言った。


「僕が?ただの出来損ない士官候補生ですよ。ヒーローは最初は出来損ないですけどそれなりの生まれの過去とか何か伏線があるものですけど、僕には剣道場の道場主の母と剣道教師の父と言うありふれた伏線しかありません。それに、そのアメリアさんが言う『法術師』について何も知らされていません。僕が何者なのか、いい加減教えてくれてもいいんじゃないですか?部長なんでしょ、アメリアさん。そのぐらい知ってて当然じゃないですか?アメリアさんが僕に何かを隠しているのはバレバレですよ。そんなに言いたくないんですか?」


 誠の顔には皮肉混じりの笑みが浮かぶ。


 アメリアはしばし沈黙した後、机の端を指で軽く叩きながら口を開いた。


「そうね……ちょっとはなぜ誠ちゃんの『力』が私達に必要になったかくらいは知っててもいいかもね。だいぶ前に、ある男が目覚めたの。巨大な『災厄』をもたらす遼州人が。ほとんど野心を持つことのない遼州人でもあの男は異質な存在で、野心に満ちていた……まあ、地球人にもいろんな人間が居るように遼州人にもいろんな人間が居るのよ。そんなアブナイ考えの人間に限って強力な『力』を持っているだけに質が悪いのが遼州人にそんな人間が少ないことの理由なんだけどね」


 アメリアは真面目でいながらどこかふざけた調子でそう言った。


「……ある男?」


 誠にはまるで無関係に思える言葉を何故アメリアが口にしたかが気になってそう尋ねた。


「その男の『法術師』としての能力は異常なほど高い。そして遼州人としては珍しい『野心』がその男を突き動かしている。その男……『廃帝ハド』と呼ばれる男。彼が目覚めたときから、この『特殊な部隊』は作られる運命にあったのよ」


 誠の中で、何かが(きし)んだ。


 捨てられた臣民すら見放した存在を意味する言葉『廃帝』と呼ばれる野心に狂った男……その響きに、ぞっとするような既視感があった。


「でも、いくら超能力者でも、一人の力で何ができるんですか?それに今は何も起きてないじゃないですか。そんな野心家がどうこうして世の中がどうにかなるなら逆に見てみたいくらいですよ」


 自分に与えられた不条理に近い処分に頭に来ていた誠はそう吐き捨てた。


「そうね、今のところ何も起きていない。でもそれはまだ『ハド』がかつての自分の失敗を学習して行動を自粛しているからなだけ。でも、あの男が自分に従うに似合う『力』を持った遼州人を束ねるような『組織』を持てば話は別よ。彼を封印から解いた連中は、それが無かったことが『ハド』が封じられるきっかけを作ったと説得して今は身を潜めて力を蓄える時だと考えて密かに動いている。遼州圏を中心に『法術師』の『力』で、今の『地球圏中心の科学と経済が作った秩序』を、まるごと塗り替えるつもりでね」


 静かな声に、誠は言葉を失った。


「……その『災厄』って、どんなものですか?この東和にも影響が及ぶほどのものなんですか?」


 アメリアは再び笑った。だが、笑みの下に微かな怯えが見えた。


「『力あるもの』が支配する世界。選ばれた『法術』を持つ者を頂点とした新しい宇宙の秩序……それが『ハド』と彼を復活させた連中の理想の世界。かつて帝を廃され、遼大陸に封印された時に彼が望んだ世界よ。僅か5年で滅んだその理想の世界を今度は地球人と言う力を持たない人間を利用して永続できる帝国としてこの宇宙に存在させようとしている……遼州人の血からの前では無力な存在でしかない地球人を上手く利用する方法を考え付いた……『ハド』のことを多少褒めてあげてもいいんじゃないかしら?」


 皮肉めいた笑みを浮かべてアメリアはそうつぶやいた。


「……それを阻むために、この部隊があるってことですね……そんな組織に力もない連中に銃で脅されて拉致される人間が必要なんですか?」


 誠は卑屈そうにそうつぶやいた。


「それは誠ちゃんが『力』について何も知らないからでしょ?私は卑屈ですって言うことがそんなに自慢?でも、うちに居着く覚悟を決めた誠ちゃんがここに根付いた時には状況は変わる。そう。でも、隊長……あの『駄目人間』がその全容をどこまで掴んでいるかは分からない。『災厄』がどう形を取るか、誰にも読めない……いいえ、『駄目人間』は読んでいるけどそれを誰にも話そうとしない」


 誠はしばらく黙り込んだ。


 机の上の書類が一枚、エアコンの風にめくれた。


「隊長一人でだんまり。そんなの意味無いじゃないですか!じゃあ、こんな部隊無駄じゃないですか!」


 声が詰め所に反響した。


 アメリアは、微動だにしなかった。


「それが無駄かどうかは……これから分かることよ。少なくとも私は無駄だとは思っていない。だから私はここにいる。別に私は趣味で私の部下の女の子達にエロゲを作らせるためだけにここにいるわけじゃないの……ああ、ここはツッコミを入れるところよ」


 それ以上、何も言わなかった。


 沈黙が降り、時計の針がゆっくり進む音だけが残る。


 誠は深呼吸をひとつして立ち上がった。アメリアのボケにツッコむような余裕は今の誠には無かった。


「僕は、そんなSF小説に出てくるような野心に狂った異能力者の野望を挫く『英雄』にはなれませんよ。柄じゃないです。今日は帰ります。明日、実家に戻ります」


 アメリアは肩をすくめた。その『力あるものが支配する世界』という言葉に、誠はほんの少しだけ、ぞっとする懐かしさを覚えた。


 だが、その感覚に名前をつける前に、アメリアの声が上書きする。


「寂しくなるわね。……地球で飼い殺しにされる危険の方が、ここにいるよりマシってことね」


 誠は答えず、苦い笑みを浮かべた。


「僕がいなくても、誰かが代わりを務めますよ。僕が特別なわけじゃない。東和には1億2千万人の遼州人がいるんですよ……僕の代わりなんていくらでも見つかりますよ」


 投げやりに誠はそう言ってアメリアを見つめた。アメリアの糸目に少し影が差すのが誠には悲しかった。

 

「そう思うなら、そうしてみなさい。ただ、誠ちゃんほどの『素質』を持つ者は、今のところ他にいないわ。それにまた一からこの国の全国民からそんな人間を探す苦労なんて私もしたくないの。目の前にはすでにその『力』を持つ人物がいる。これを手放したくない」


 アメリアの声は、意外なほど静かだった。


 誠は無理に明るく笑って、出口へ向かった。


「冗談のつもりはないですよ。僕は英雄なんて、なりたくないんで。いるんじゃないですか?英雄になりたい人。ネットで『英雄募集します』とか書き込めば意外と簡単に見つかるかもしれませんよ。そうすれば本人も希望している訳だしその『力』とやらもあるんだから何も僕を()める必要なんてなかったんですよ……良いアイデアでしょ?」


 ドアを開ける音だけが響く。


 背後から、アメリアは何も言わなかった。


「……僕は英雄になんてなれない。それに、英雄になったところで何が変わる?それで世の中が変わるって?今のままの世の中で何が不満なんだよ……それに『ハド』なんて……そんな野心が実現するんならこの世の中は当にそんな人に支配されて変わっている。アメリアさんは僕を騙そうとしているだけだ。あの人が信用できないのは隊長の次くらいだからな」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。


 その声は、広い廊下に吸い込まれていった。


 寮の自室に戻ると、部屋に飛び込み泥のように眠った。


 


 そうして次の朝が来た。


 目覚めた誠はベッドの上から部屋を見回した。まだ乾ききっていない洗濯物が床に投げ捨てられている。机には未完成の模型が並び、紙やすりと接着剤の匂いが漂う。


「たった一週間で、いろんなことがあったな……」


 誠は、荷物をまとめながら思い返した。

挿絵(By みてみん)

 ……『ちっちゃな敗戦国の英雄』クバルカ・ランとの出会い。


 ……嵯峨惟基という『駄目人間』の策謀。

 

 ……アメリアたち悲しい運命を背負った戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』との騒がしい日々。

 

 かなめの歌声、カウラの沈黙、島田のうるさい笑い。

 

 そして、まだ名前すら呼びにくい『ひよこ』の詩。


 どれも面倒で、滑稽で、どこか温かかった。


「……まあ、いいや。もう終わりだ」


 布団を畳み、汗に濡れた制服から私服に着替えバッグに目に付いた私物を詰め、プラモデルの道具を段ボールに入れる。

 

 テープで段ボールを閉じる音が、やけに大きく響いた。


「それじゃあ、行こうかな」


 立ち上がった瞬間、背後に気配を感じて振り返る。


 ……カウラ・ベルガーが立っていた。

 

 窓から吹き込む風が、彼女のエメラルドグリーンの髪を揺らす。


「僕は実家に帰ることを決めたんで。止めるんですか?」


 誠の問いに、カウラは首を横に振った。

挿絵(By みてみん)

「出ていくんだろ?貴様が決めたことだ。それで間違いはない。人は選べるときに選んだ方がいい。……それが、人工的に作られた私が学んだ唯一のことだ」


 その声は穏やかだった。

 

 誠は少し肩透かしを食ったように、苦笑する。


「僕に『力』とやらがあったとしても『法術師』なんていうなんだかよく知らされていない異能者と戦うのは僕には無理です。……しばらくバイトでもして、大学に戻って教職でも取ろうかなって……そもそも戦いなんて僕には向いていません」


 自嘲気味にそう言う誠にカウラは珍しい心のこもった興味を引かれたような笑みを浮かべた。


「教師、か。貴様には似合うかもしれないな。あの、運用艦の副長のパーラも『隊を一日でも早く辞めて体育教師になりたい』と言っていた。人を導き教えるような仕事。クバルカ中佐を見て居れば分かるがやりがいはあるようだ。私は軍以外の環境をあまり知らなくてな……貴様の気持ちを上手く説明できなくて済まん」


 淡々とした口調に、なぜか胸が締め付けられる。


「カウラさんこそ、軍以外の生き方があるんじゃないですか?戦いだけが全てじゃないでしょう」


 はかなげなカウラの笑みに思い切って誠はそう言ってみた。


「そうかもしれない。だが私は……戦うために作られた。戦いを離れて生きるほど器用ではない」


 短い沈黙。

 

 夏の風が、机の上の紙片をさらう。


「……貴様が決めたことだ。それで間違いはないだろう。教師……なれると良いな。頑張ってくれ」


 カウラはそう言い、誠の背中を静かに見送った。そう言いながら、カウラは自分の足には、まだ逃げ出せないほど重い鎖がついていることを、改めて意識していた。

挿絵(By みてみん) 

 誠は廊下に出て、振り返らずに歩き出す。


「これで……僕は自由になれた。もう誰にも縛られない……これが本当の自由なんだ」


 そう呟いた彼の胸の奥で、何かがまだ揺れていた。

 

 まるで、見えない鎖が足首に残っているかのように……。

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